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 深夜二時。
 部屋の中で、渦見と笠原は静かな寝息を立てていた。時折外から風の吹く音が聞こえる以外は、至ってしんとした空間だった。渦見は目を閉じて、暖かい布団の中に潜るようその身を埋めていた。しかし、それから少し時間が経つと、上半身に重みを感じて、目を開ける。いつの間にか、隣の寝息が聞こえなくなっていた。胸の上で、誰かが乗っているような重みを感じて、布団から顔を出しすと、豆電球の光が、頭上で僅かに揺れている。
 渦見は、自分の上に乗っている人物に向かって、小さく口を開いた。

「……笠原?」

 渦見の問いかけに、笠原は声を出さずに笑う。
 そのまま身を屈めると、渦見の口に唇を落とした。ちゅ、というリップ音を立てて離れ、そのまま抱きついてくる。呆然としている渦見の両頬を包み、にっこりと微笑んだ。

「渦見、セックスしよ」
「…………」

 その言葉に、渦見を目を細めた。小さく首を振る。しかし、笠原は気にせず、渦見のシャツのボタンをはずしながら続けた。
 一つ一つ、ボタンを外しながら、寂しそうな顔で笠原が言う。

「昼間はごめんな、お前のこと覚えてなくて。でも、今は覚えてるよ、大好きだよ、愛してる。な、セックスしようぜ、お前もたまってるだろ」

 顔から首、鎖骨にかけて、何度もキスしてくる笠原に対して、渦見はその手を掴んで止めた。厳しい視線が、笠原を射抜く。笠原が不思議そうな顔をして、渦見に微笑みかけた。

「渦見、どうした?」
「夕、やめて」

 その言葉に、笠原は手を止める。それから、きょとんとした顔で、渦見に問いかけた。

「何言ってんだ? 夕ってお前の姉ちゃんだろ、もう死んだんだろ? いるはずないじゃん」
「夕」
「そんなことよりほら、俺も服脱ぐからさ、あったまろう。お前、冷え性だもんな。俺が温めてやるよ」

 着ていたシャツを脱ぐと、笠原の上半身が露わになる。元々薄っぺらい体だったが、最近は入院生活であまり動くことがなかったせいか、少し肉付きがよくなったらしい。白い肌の上には、心臓付近に渦模様がついている。その印を見て、渦見が顔を顰めた。

「夕、俺、怒るよ」

 いつもよりも大分低めの声に、笠原が、否、笠原の姿をした彼女が手を止めた。その声に、恍惚とした笑みを浮かべて、自らの両頬を包むと、布団の中に潜り込んできた。肌と肌が触れあい、確かな体温に笠原が笑う。

「怒らないで終夜」

 うっとりとした表情で、渦見の腿に手を這わすと、そのまま渦見の上に腰を下ろした。ぴったりと胸をくっつけると、にんまり笑む。

「この方がいいかなって思ったの。終夜、この体が好きでしょ? 可哀想な終夜、終夜は何も悪くないのにね。だから、好きにしていいんだよ」

 シャツを捲り、頬を染めながら、耳元で囁いた。声は男のものなのに、重なる声は女性の声で、聞き馴染んだ二重音声に渦見は顔を顰めて笠原の肩に手を乗せた。そのまま強く押すと、呆れた声を上げた。

「夕、離れて」
「何で? 好きにしていいんだよ。終夜が望むならこの体でフェラしてあげる。終夜のおちんちん舐めて擦っていかせてあげる。終夜の気持ちいいところ知ってるから、大丈夫。この体っぽく振る舞ってあげるよ。何してもいいの、中出しもなんでも、終夜が望むなら何だってしてあげる」
「いいから。笠原から出てって」

 冷たい視線で見下ろすと、笠原の体を借りた彼女は、興奮した表情で息を荒げ、鎖骨付近に吸いついた。皮膚を食み、音を立てて吸うと、肌に赤い痕が残る。満足げにその痕を舐めると、苛んだように渦見が肩を押した。

「夕、邪魔」
「……わかった。わかったよ、怒らないで終夜。怒った顔もいいけど、えへへ、またね。今度はエッチしようね」

 そう言うと笠原の体から力が抜け、渦見の方へもたれかかってきた。渦見はその体を抱き止めると、部屋の中を一瞥し、小さく手を払った。この部屋は、渦見を中心として、全く綺麗な部屋ではない。不浄なもので満ちている。胸の中で静かに寝息を立てる笠原を抱きしめて、唇を噛んだ。

「笠原……」

 胸の中の笠原は何も答えない。静かに目を瞑って寝息を立てている。このことを彼は覚えていないし、それでいいと、渦見は思う。
 そのまま頬に手を当てると、笠原の目が開いた。

「何や、寝込みでも襲うつもりか」
「っ!」

 胸の中で突然響いた聞き覚えのある声に、渦見は手を離した。笠原はそのまま渦見から離れ立ち上がると、けらけらと笑いながら、渦見を見下した。

「あらら、嫌われたもんやね、おにーちゃん。ははっ! まあ僕もお前のことが大嫌いやから、丁度ええわ」
「…………」

 笠原の体にいる彼は、満足げに笑うと、近くにあった椅子の上に腰を掛けた。渦見は、無表情で笠原の事を見つめている。笠原はそんな渦見を見て、口元に弧を描くと、嬉しそうに腕を組んだ。

「そんな人殺しそうな目で見んでもええやん。ま、僕もう死んどるけどな」

 冗談めかして言うと、自らの胸にある後を愛おしそうに撫でた。赤く浮かび上がった渦模様。灯がつけたその印は、蚯蚓腫れの様に膨らんでいた。

「これ、憎くて憎くてしゃーないやろ」
「…………」
「僕は感謝しとるで。これがあるから、僕と良介くんは繋がっとるんや。ほんとは、夕姉みたいに、お前の所行かなあかんかったんやろうけど、そんなん嫌やしなあ。死んでまでお前とくっつきたないわ。色々調べてよかった〜、僕、嫌いやったけど今はお前に似たこの能力もちょっとは感謝してんねんで」
「…………」

 渦見は何も答えない。
 ただ、黙って見つめている。笠原、ではなく、笠原の中に入った灯を。灯は鼻を鳴らして、渦見をあざ笑う。

「でも、これのせいで入りやすくなってもうたし、大変やなあ。良介くん覚えてないんやろ? 思い出したらどうなるかな」
「笠原から、出てって」
「はあ? 僕が出てったら低級の奴に入られてまうかもしれへんやん。そんなん嫌やで」
「そいつらは俺が全部消すし、お前も消す」
「はははっ、でけへん癖に」

 口を閉じた渦見に対して、灯は椅子から立ち上がり、渦見に近づいた。口元に指を当て、そのまま下へ落としていく。

「ざまあみろ」
「……」

 口元を吊り上げると、不意に、灯はさっきまでの表情を引っ込めた。眉を顰め、まるで普段の笠原の様な表情を作る。それから、渦見を見下すと、静かに口を開いた。

「渦見、俺、お前の事大嫌い。お前さえいなければ、ちゃんとした人生歩めたかもしれないのに。お前のせいで台無しだよ。お前となんて会わなければよかった」
「……」

 笠原の口調を真似て、先刻までの笑みを消すと、抑揚なく続けた。

「お前さえいなければ、俺はまともだったのに、お前なんて大嫌いだ。死ねよ。死んじまえ。……ま、これが良介くんの言いたいことやろねえ」

 再び笑みを浮かべ、灯は舌を出した。
 げらげらと笑いながら、手を叩く。

「せやから、僕はちゃんと忠告したんや、良介くんもアホやな。可哀想に。可哀想な良介くん。夕姉はお前が可哀想とか抜かしよるけど、良介くんのがずっと可哀想や」

 愛しそうに自分の体を撫でて、渦見の首を絞める。

「このままお前殺したってもええけど、そんなん、全然おもろないしな。あー良介くん、早く僕んこと思い出さへんかなあ。最近、よく目が合うねん。向こうは気のせいや思っとるかもしれんけど。早く思い出してほしいわ。どんな声で啼いたか、どんな風に喘いだか、どんな風に犯されたか思い出してほしいな。なあ、そしたら、どんな反応見せてくれるんやろ。はよ、絶望して僕のところ来てくれればええのに」

 くすくすと笑いながら言う灯に対して、渦見が手を伸ばし、そのまま体を押し倒した。嘲笑しながら、灯は渦見を睨みつけた。

「なんや、殺す? 出来る訳ないなあ。お前は、良介くん生かすこと選んだんやから。それに、今良介くんが死んだら僕のもんや。精々気張り」
「…………っ!」
「まー、そろそろ思い出してくれるんちゃうかなって、思っとるんやけどね。ほな、また」

 ふ、と豆電球の灯りが消え、再び笠原が小さな寝息をたてはじめた。
 渦見はその姿を痛ましい表情で見つめながら、胸にある印の上に手を置いた。


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