B


「笠原」
「………」
「笠原」

 目を開けると、俺の部屋だった。
 何度目だ、このパターン。目が覚めたら違う場所。いい加減にしてくれよ。
 でもいいんだ、夢なら夢で。俺は最初からあんな場所になんておらず、監禁なんて勿論されてなくて、部屋で転寝していたら、たまたま妙な夢を見ただけ。それだけの話だ。
 そうだったら、よかったのに。

「……渦見……」
「おはよ」

 上から、渦見がぎゅっと抱き着いてきた。俺は虚ろな目で、辺りを見渡す。灯も、銃も、血だまりも、何もない。
 俺にべったりと張り付いていた血しぶきも、綺麗に消えている。まるで、何もなかったみたいに。ここは確かに俺の部屋だ。渦見が、俺に抱きついて泣いている。あやすように頭を撫でると、くぐもった声が聞こえてきた。手、重いし、つかれた。ぼんやりしながら、力を抜いて、目だけ動かして渦見を見た。抱き着いてるから、髪の毛だけが見える。
 喉、乾いた。水が飲みたい。

「……渦見、灯は」
「夢だよ、笠原」
「は……?」

 渦見が、顔を上げる。そこにはさっきまでの泣き顔はなく、いつもの笑顔があった。いつもの渦見の顔だ。へらへらして、ふざけたような顔。でも、少し違う。一応、付き合いは長いんだ。それが作り物だってことくらい、気づく。
 大体、夢だって? そんなはずないだろう。俺は、全部覚えているんだから。
 夢ならよかった、夢なら、俺は夢の存在に感謝してもしきれないだろう。けれど、それで片づけてしまうには、あまりにも色々ありすぎた。それに、裏打ちするように、体が痛いんだ。尻も、体も。特に胸が、焼けるようにひりひりと痛む。布団の中の手を動かして、心臓付近をさわると、やはり鋭い痛みが走って、顔を顰めた。考えるまでもない。
 現実だろ、全部。

「……渦見、夢じゃないだろ」

 俺は、かすれた声で言う。

「夢だよ。全部夢だから、忘れて、ぜんぶ」

 渦見は、小さく答えた。

「夢じゃねえよ、覚えてる、ぜーんぶ、ははは」
「夢だってば」
「覚えてんだよ、手の感触も、あいつに、挿れられた時の感触も、あいつの声も、顔も」
「忘れて」
「だから……」
「笠原、忘れて」
「……」

 上体を起こして反論しようとすると、渦見が、再び俺に抱きついてきた。俺の首もとに顔を埋め、ごめんなさい、と呟く。子供みたいな声だった。
 いつも冷たい渦見の体は、やけに熱く感じて、熱でもあるんじゃないかとすら感じた。実際、熱がありそうなのは俺のほうなのにな。肩を寄せ、強く抱かれると、渦見は何度も繰り返す。

「ごめんね、笠原、ごめんね」
「…………」
「ごめん、俺、ごめんね」
「何が……」
「笠原が、こんなになってるの見ても、俺、笠原のこと手放したくないって思う。ごめんね。全体的に笠原がこうなっちゃったのは俺のせいだから、笠原は俺のこと恨んでいいよ、忘れてもいいよ。でも、俺は笠原の側にいたいんだ、ごめん」
「…………」

 ぐすぐすと、涙混じりの声に、頭がまだぼやけていて、うまく働かない。かける言葉が見つからなければ、欲しい言葉もわからない。ただ、眠かった。
 渦見は、俺のことが好きなんだろう。好きだって、言われた。俺も、渦見のことが好きだ。結局のところ、俺は渦見を見放せなかったし、いなくなってほしくない。こいつが悲しむのは嫌だと思う。あんな家に縛られるのも、また家に戻るのも可哀想だし、ふざけてると思う。俺を好きだと笑う渦見を、愛しいと感じる。でも、俺だって、そろそろきついし、限界だ。好きという感情だけで、全部片づく世界じゃないんだよ。そんなきれいごとばかり言ってられれば、世界はもうちょっとマシになってる。
 肩に顔を埋める渦見の頭を撫でると、嗚咽が止まる。

「渦見……、俺さ」
「うん」
「……眠いから、ちょっと寝るわ、今、なんか色々限界だ」

 もう、疲れた。頭がおかしくなりそうだ。いや、なってるのかもしれない。おかしくて、おかしくて笑いだしそうだ。やっぱり、全部無駄だったのかもな。俺は選択を誤ったんじゃないだろうか。そう考えると、何もかもが嫌になってくる。目を瞑って、渦見に体重を預けると、渦見の手が、俺の頭に伸びてくる。さっき俺がやったように、ゆっくりと頭を撫でてきた。その動きが心地よくて、俺は瞼を閉じた。

「笠原、寝るの?」
「うん」
「そっか、おやすみ」
「うん」
「忘れる?」
「うん」
「…………笠原」
「…………」

 もう、口を開くのも億劫だ。
 忘れるか。それもいいな、出来たらいいよな、全部全部、なかったことにするんだ。最初からやり直そう。そうすれば、もうこんなことにはならないかもしれないから。忘れろ、全部。忘れるんだ。自分に何度も言い聞かせる。忘れてしまえ。渦見の言うとおり、全部全部。なくしてしまえばいい。
 頭を撫でる手が、心地良い。心臓の音が聞こえる。均一なリズムで刻まれるその音を聞いていると、自然と力が抜けていった。

「笠原」

 渦見の声が聞こえる。でも、もう眠くて、何を言ってるのかさえ聞き取れない。
 忘れよう、全部。
 全部全部、忘れてしまえ。

 何もかも、きれいさっぱり。






「笠原」
「……」
「笠原、起きたの?」
「…………」
「おはよう、笠原」
「お前」
「ん?」
「お前、誰だっけ」



- 32 -
PREV | BACK | NEXT



×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -