灯りをともす@




 部屋を抜けると、灯に手を引かれて暗い通路を歩ていく。階段を上ったり下ったりしている内に、すでにここがどこだかわからなくなってしまった。灯は俺と違ってこの屋敷の構造を把握しているんだろう。進める歩みにも迷いがない。けど、握った手はとても冷たかったから、灯も灯なりに緊張しているのかもしれない。
 少し早足で歩く灯についていく。

「こっから、すぐ出られるのか?」
「あー……隠し通路抜けていけば、たぶん出られるやろ、でも早い方がええかも」

 隠し通路? 俺が、灯が幽閉されていた場所に行くときに通った道みたいなもんだろうか。足早に前を行く灯を、必死で追いかける。前はこのくらい、ぜんぜん平気だったのに、やっぱり監禁されて体は鈍っているんだろう。息が上がってきた。くそ、情けない。けど、体が全体的に痛いし、もう限界も近いかもしれない。早く家に帰りたい、帰ったらのんびり風呂に入って、布団でゆっくり眠りたい。疲れた体を慰めるように、抜け出した後のことを想像する。階段を上がり、灯が、近くの花瓶を動かすと、別方向の壁が動いた。

「こっち」
「あ、ああ」

 やっぱり、忍者屋敷だ。
 どうなってんだろうこの家は。そして、把握してるこいつもこいつだ。というより、これ、灯以外も知ってる道なら、バレたりしないんだろうか? 戸惑う俺を余所に、灯は俺の手を引っ張っていく。ついてくだけなら、手は握らなくてもいい気がするけど、暗闇の中だと、見失うからかもしれない。強く握られた手を、あえて振り払おうとはしなかった。
 すると、灯がぽつりと呟いた。

「良介くん」
「ん?」
「首の、取らへんの」
「首? あー……」

 首も取に手を当てて、思い出す。忘れていた。
 ずっとつけられていたから、ほとんど違和感を感じなくなっていたみたいだ。俺の首には未だに奏が買ってきた赤い首輪がはめられていて、触れると少しゴツゴツした感触がある。意識すると、途端に気になってきた。
 なんで、こんなのつけてなくちゃいけないんだ。あいつは俺を家畜とかペットとか言ってたけど、俺はれっきとした人間だ。

「外す、ちょっと待ってくれ」
「ええよ、僕が外したる、首もとなんて見えへんやろ」
「あ、ああ」

 灯が立ち止まって、俺の首元へ手を寄せた。細いけれど男らしい骨ばった指で、首の戒めを解いていく。さっきまで違和感を感じてなかったけど、取れたとなると、急に解放感に溢れてきた。変だな、こんな首輪つけてたのは、数日のことなのに。

「取れたで」
「……おー」
「…………。良介くん」
「なんだよ」
「……、いや、なんでもない。後で言うわ。行くで」
「? ああ」

 何か言いたげな顔をしていたが、またすぐに手を引かれて歩きだした。





 それから、どれくらい歩いただろう。結構長く感じられたけど、それは、俺が早く逃げたいと思っていたから、長距離だと錯覚したのかもしれない。おそらく地下であろう道を抜けると、灯の手を握る力が強まった。

「ここ上がったら、外に出られる。そしたら、車に荷物積んであるから、僕運転するし、それに乗って」
「あ、ああ」
「はよ行くで」

 …………。
 こいつ、なんで急にこんな協力してくれる気になったんだろう。最初に俺を閉じこめていたのはこいつなのに。それどころか、酷いことを沢山してきた癖に、どういった心境の変化だ? できれば、その変化は続けて欲しいけど。せめて、俺が逃げきるまで。
 曖昧に頷き、灯の後を歩いていたが、後少しで抜けると言うところで、突然灯が歩みを止めた。

「うわっ」

 急に止まられたので、慌てて足を止める。もう少しで、背中に衝突するところだった。

「おい、急に止まるなよ」
「…………」

 しかし、灯は何も言わずにじっと前を見ている。俺の声が聞こえていないのか、あるいは、それよりも気にすべきとがほかにあるのか。……前に、誰かいる? 視線を移すと、そこには俺も知っている、にこやかな笑顔があった。

「何処に、行くのかな?」
「…………あ、旭、さん……」
「こんにちは、笠原くん。久しぶりだねえ」

 以前会ったときと同じように、柔和な笑みを携えて、その人はそこに立っていた。渦見、旭。渦見の兄ちゃんで、まともな人、だったはずなのに。
 きっちりと着込んだ和服がとても良く似合っていて、人の良さそうな顔立ちは、見ていると安心してくる。あまりにも自然に、俺に話しかけてくるもんだから、うっかりお久しぶりですとでも答えてしまいそうになるが、すんでのところで、口を押さえた。
 だって、ここに現れて、こんな穏やかな口調で話している時点で、どう考えたっておかしいんだ。ここは、灯が言うところの、隠し通路なんだろう? なんで、突然現れるんだ。
 この人は、今まで俺がどんな扱いを受けていたのか、知っているんろうか? まともな人生歩んでいれば、まず受けないような事を、沢山された。それを、知っているんだろうか? ……多分、知っているんだろうな。旭さんを前にした瞬間、灯が握る手の強さが、一層強まった気がしたから。
 旭さんは、後ろにはガタイのいい白装束を二人ほど侍らせ、当たり前のような佇まいで、俺たちの方へと歩いてきた。灯は、少し掠れた声で、旭さんの名前を呼ぶ。そういえば、こいつらも、兄弟なんだっけ。

「……旭兄……」
「やあ。彼を連れてどこに行くの? そんなこと、お前には許されていないだろう」
「…………」

 旭さんは、笑顔のまま、叱咤するような声で灯に言った。灯は、黙ったまま俺を自分の背後へと隠す。それから、旭さんと同じように、顔に張り付けた笑みを浮かべて、口を開く。

「……出ていくんや、この家。もう未練もなーんもないし」
「へえ、お前が? 誰よりもここに執着してたくせに?」
「せや。此処には僕の欲しいもんや、欲しかったもんがいっぱいあったけど、もういらへん。僕はずっと、旭兄にも、認めてほしかったけど、それももうええわ。どうでもええ」
「……ははは」

 おかしそうに笑うと、旭さんは俺の方を見た。穏やかな瞳の中に、剣呑な光が宿っている。

「馬鹿だね、お前は。そんなだから、あの子と違って駄目だったんだよ」
「……せやなあ、いつも、そう言われてはったわ。その度にむかついとった、けど、それもええねん」
「その子を返しなさい」
「お断りや」
「そう、仕方ないな」

 すると旭さんが、俺に笑みを向けてきた。後ろで白装束が動こうとしたのを右手で制して、凛とした、良く通る声で、俺の名前を呼んだ。

「笠原くん」
「……なんすか」
「ごめんね、色々と説明不足で。身内の恥を晒して悪かったね」
「…………」

 正直、説明不足とか、そういう問題じゃない。そりゃあ説明は不足すぎたけど、ここまでくればもうそれすら些細なことだ。
 こんなこと、説明されても許さないし、許されないだろうよ、普通は。俺はぐっと口を結んで、彼を見た。

 この人に最初に会った時、穏やかで、優しそうな人だと思った。あんな変人な渦見でも、まともな兄ちゃんがいるんだな、なんて考えたのに。でもどうしてだろう、今も、佇まいはまるで変わっていないが、優しく、まともそうだなんて、到底思えなかった。と言うよりも、俺はこの家でまともな人間なんて会った覚えがない。全員どこかしらおかしかった。
 唯一、雨くんだけは、少しまともな感覚を持っていそうだったけれど、彼だって同じ年頃の子たちと比べると、激しく歪んでいる。
 なら、この家の人間で、雨くんよりも年上なこの人は、もっと歪んでいるんじゃないだろうか。警戒して目を見ると、旭さんは口元に柔らかな笑みを浮かべた。

「怒っているよね。当然だ、いや、許されることじゃない」
「……はあ」
「でもね、僕も弟が可愛いんだ。終夜は、いつも一人ぼっちだったから。昔は、妹が側についていたんだけど、彼女ももういないし。君みたいな『友達』が出来たって聞いて、嬉しかったんだよ」
「…………こいつも、あんたの弟だと思うんですけど」

 灯を指さしながら伝えたが、その問いには答えず、旭さんは続ける。

「だから、終夜に会って欲しい。元々、その為に君を呼んだんだけど、色々食い違って、酷い目に遭わせてしまってすまないと思ってるよ」
「…………」
「下手な嘘はやめた方がええと思うで、旭兄」
「お前は黙ってなさい」

 ぴしゃりと言いつけて、旭さんは俺を見た。
 ……この人の発言は、とても嘘くさい。灯も結構胡散臭いけど、この人もやはりどこかおかしい。
 色々食い違った? 酷い目に遭わせてすまなかった? 謝って許されるようなことじゃないだろ。俺の体、今までの人生で一番ぼろぼろになってんだけど。そもそも、気づいてなかったとは思えないし、気づいてなかったんなら、せめてもっと必死に謝れよ。なんでそんな、にやにや笑ってるんだ。そのこと事態がもうおかしすぎて、到底信じられそうにもなかった。

「笠原くん、終夜に会ってくれないかな」
「……は?」
「別にね、僕は元々君と終夜を会わせることが目的だったわけだから、会ってくれれば、君が逃げるのを止めようとなんて思わないよ。酷い目にあって、ここにいたくない気持ちはよくわかるし。ただ、会ってくれないなら、僕は弟の為にまた君を追いかけるかもしれない。それは、君も望むところじゃないと思うんだ」
「……あんた、おかしいです……。っつーか、この家も、ここにいる奴らも全員おかしい。狂ってるよ、どう考えても」
「知ってるよ、でも仕方ないんだ。僕たちはこれを普通として育てられてきたから、今更どうしようもないんだよ。それより、笠原君、どうする?」
「…………」

 会ってくれ、と言っている割には、会わないと逃がさないぞと脅しをかけている。やっぱり、この人は最初から何もかも全部知っていたんじゃないだろうか。俺がここにつれてこられたことも、されたことも。むしろ、この人が俺を連れてくるように仕組んだのか? わからないけど、俺はもう二度とここに捕まりたくなんてない。あんな所に戻りたくないし、ここに来ること自体二度とごめんだ。
 俺が返答する前に、答えたのは灯だった。

「行かへんよ、あいつの所になんて、良介くんは僕と此処を出るんや」
「お前には聞いてないよ」
「だいたい、最初から逃がすつもりなんてないんやろ、旭兄」
「そんなことはない。僕は、終夜が元気になってくれれば、それでいいんだ」
「あいつが元気になるってことは、それ……!」
「で、どうかな? 笠原くん」
「……俺が、ここであいつに会いに行きますって、言うと思ってんですか。あんた、俺がここでなにされたか知ってるんでしょう」
「知っているけど、僕はただ、選択肢を与えてるだけだよ。会ってくれないのなら、仕方ない」

 なんだってそう上から目線なんだ。いや、実際上の存在なんだろう、この人は。後ろに待機させている白装束は、この人の命令なら、なんだって聞きそうだ。ガタイも良さそうだし、監禁生活で鈍りまくってる俺の体は、ほぼ戦力にならないだろう。まともな状態だって、勝てるとは思えない。灯だって、筋肉はあるけど、細身だし。
 ……会えば、逃がしてくれる。会わなければ、また捕まえる、か。捕まったらどうなるんだ。また拷問にでも合うのか?
 そもそも、この人の言葉が本当だという根拠がない。

「あいつに、渦見に会ったら、本当に逃がしてくれるんですか?」
「ああ、勿論」
「そんなん、嘘に決まっとるやん。良介くん、行こう、僕が絶対に逃がしたるから」
「ははは……、お前、本当にそのまま行って逃げられると思ってるの? 無理に決まってるだろう」

 俺の手を引き歩き出すが、旭さんが言葉で制すと、灯の足が止まった。
 灯は何も言わないけれど、その沈黙が回答に思えた。つまり、旭さんに見つかってしまった時点で、このまま何事もなく逃げるのは不可能ってことなんだろうか。この人が呼べば、あの沢山いる白装束だってまた来るだろうし。見つかった時点でダメなのか。
 握られた手が、僅かに汗ばんでいる。俺は、すっと息を吸い込んで、覚悟を決めた。いつだってこうだ、ここにいる間、何度も選択を迫られた。そして、その選択を信じて進むしかないんだ。諦めたらダメだって、わかってる。だから。

「……わかりました。会います、渦見に」
「良介くん!」
「ああ、よかった。終夜も喜ぶよ、あいつ、友達とかいないからさ。じゃあ、ついてきてくれるかな。案内するよ」

 案内する、なんて言う割には、俺と灯の横には、ぴったりと白装束が陣取っている。逃げるなよってことだろうか。

「何考えとるん!」
「……また捕まったら、頼んだ」
「アホなん君!?」
「しょうがねえだろ、どうせこのままじゃ逃げられないんだから、可能性がある方に賭けるしかない」
「はは、終夜から君は馬鹿って聞いたけど、その考え方は嫌いじゃないよ」
「……言っておきますけど、あいつと会ったら俺、必ずここから出ますから」
「うん、わかっているさ」

 くすくすと笑う旭さんに対して、灯が声を張り上げた。

「あかん!」
「灯?」
「あかん、あいつに会うのなんて! 絶対ダメや! 許さへん!」
「お前は黙ってなさいと言っただろう」
「こっちの台詞や! 良介くん、頼むから行かんで、やって、そしたらまたあいつに……良介くん取られてまう……!」

 子供みたいに、縋って、灯が俺を抱きしめてきた。旭さんは呆れたような視線を灯に送っていたけれど、俺はなぜかそのまま突き放す気にはなれず、少しだけ息を吐いた。俺よりも背が高い癖に、子供みたいに縋られると、どうしようもない気持ちになってくる。
 別に、情が沸いたわけじゃない。どちらかというと、未だに許してないし、許さないだろう。ただ、なんとも言えない気持ちになるんだ。突き放せなくて、伸ばした手のやり場に困った。俺は、やっぱり馬鹿かもしれない。どうしようもなくて、最低な奴なのに、なんだって振り払うことができないんだろう。ポン、と灯の頭に手をおいた。こいつがしたことが許される訳でもないけど、とりあえず今は一緒に脱出する約束をしている。俺はそのまま灯の頭を撫でた。

「取られねえよ、いいから、離せ」
「嘘やそんなん! やってあいつ、昔からへらへら笑いながら、僕の欲しいもん全部持ってった。良介くんも、笑いながら持ってかれてまう、そんなん嫌や、あいつにだけは取られとうない」
「あのな、まず俺は物じゃねーし、あいつに持ってかれるとかないから。だいたい、こんな目に遭ってんだから、文句の一つや二つ、言ってもいいだろ」
「けど」
「いいから、早く行くぞ。……二人で出るんだろ」
「…………うん」
「話はまとまったかい? じゃあ、ついてきてくれ、終夜はこっちだよ」

 うっそりと微笑むと、旭さんのあとについて、暗闇の方へと進んでいった。

- 26 -
PREV | BACK | NEXT



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -