夜に溶ける@


※入院中に渦見が失踪しなかったらEND



 車に轢かれたものの、奇跡的にも軽傷だった俺は、少し入院はしたけれど、ようやく退院することが出来た。すでに痛みはほとんどない。運が良かったのか悪かったのか、怪我自体は大したものではなかったらしい。親父は退院の手続きを行った後、また仕事に戻るみたいだ。俺はすでに怪我も完治しているし、あとの処理は任せろとのことだったので、院内で親父と別れ、自分の部屋へ帰ることにした。
 しかし、意外なことに、病室を片付けて、外に出ると、渦見が待っていた。車で迎えに来てくれた様で、メールには迎えにいくという通知も入っていた。入院中は何かと大学の課題やら、着替えやらを持ってきてくれるという渦見らしからぬ親切な行いに、疑問符ばかりがついて回ったが、悪事ならともかく、いいことをされて怒る気もない。俺はへらへらと右手を挙げる渦見に向かって手を振った。周りの看護師の視線を一身に受けながら、渦見は俺の方へと近づいてくる。

「やほー笠原」
「おー、悪いな、迎えに来てもらって。お前今日、講義入ってないの?」
「ああー、休んじゃった」
「はあ? あんまサボってばっかだと単位足りなくなるぞ」
「だいじょーぶだいじょーぶ、行こ、笠原」

 ぐ、と手を引かれ、俺は渦見の車に乗り込んだ。何回か乗ったことはあるけれど、一介の大学生が持つには高そうな車だ。つーかこれ、高級車じゃないのか? クソ金持ちのボンボンが。車に関しては免許もなければ詳しくもないけど、広いし、音も静かで、渦見曰く燃費もいいらしい。完璧じゃねーか。ただ一つ、変な人形が車内にやたらぶら下がってるのが唯一の欠点だな。
 目の前でぶらぶら揺れる、どっかの国の呪術にでも使いそうな人形を指さして、その邪魔さを指摘する。

「お前、この人形邪魔じゃねーの」
「あひゃ、いーのいーの、可愛いから」
「ふーん、ぜんぜん可愛くないけど」

 エンジンを入れ、車が発進すると、車内には静寂が押し寄せてきた。いつもやたら話しかけてくる渦見にしては、やけに静かで、なんだか居心地が悪い。こっちから話しかけても、相づちは打つものの、何かを考えているみたいで、反応は鈍かった。最近、いつもこうだな、こいつ。
 入院中、渦見はしょっちゅう見舞いに来ていたけれど、お俺が金縛りにあった次の日は、必ず何かを考え込んでいるように静かになっていった。ちゃらんぽらんの化身のような男が、珍しい。けど、居心地が悪いのは確かだ。まともで静かな渦見なんて、調子が狂う。
 俺はなんとかこの静寂を打破しようと、渦見へ声をかけた。

「……なあ、渦見」
「なー、笠原あー」
「……何? 先に言えよ」
「あひゃーありがと、あのね、俺笠原にお願いがあるんだけど、いい?」
「…………あー」

 なんとなく、最近の渦見は親切すぎるなと思ってはいたんだけど、そうか、そういうことか。
 親切の裏に下心ありってか。渦見のくせに常識的でおかしいと思った。でも、それならそれでいい。親切すぎて不気味だと思ってたところだ。何か裏があるなら、そっちの方がまだ納得できる。
 車は丁度、赤信号で止まっていた。外は生憎の雨で、事故った時のことを思い出しそうで、俺は蟀谷を抑える。結局、あの、変な奴はなんだったんだろう。フラッシュバックする映像に目を瞑った。引っ張られた手と、顔のない姿。いや、もう思い出すまい。あれは夢か何かだったってことにしよう。
 気を取り直して、運転している渦見に向かって問いかけた。

「なんだよ、ちなみに金ならないぞ」
「違うよー知ってるし、そーじゃなくてぇ、あのさ、俺とエッチしてくんない?」
「………………は?」

 …………。雨の音が、うるさい。
 き……聞き間違えたか? 今、なんかあり得ない頼みごとをされた気がする。もう一度、今度は集中してちゃんと聞こう。

「エート……悪い、なんか、聞き間違えたかも。もっかい言って」
「だーからー、エッチ、セックス、性行為! 俺としよ」
「………………あー…………」

 …………やっぱり、最近疲れてるのかもしれない。入院中、結構金縛りにあうことが多かったもんな。でも、休んでたはずなのに、おかしいな。幻聴……じゃ、なさそうだし。
 ギギギと首を動かして、渦見を見た。渦見は運転しているので、俺を見てはいないけど、いつもの飄々とした顔でハンドルを握っている。なにもおかしいことなんて言ってませんよ、みたいな顔しやがって。動揺しているのは俺だけか?
 やがて信号が青になり、車が動き出した。

「笠原、駄目?」
「駄目? って聞かれたら、そりゃ、駄目だろうよ……。つーか……何? え、お前、今セックスっつったの? 俺の聞き間違えとかじゃなくて?」
「言ったよ? あひゃひゃ、笠原何ぼーっとしてんの?」

 からからと渦見は笑うけど、この状況でおかしな発言をしているのはどう考えても渦見だ。そりゃぼーっとなるだろ。一応は友達と分類していた奴にそんなこと言われたら、思考回路も停止するわ。むしろショートする。オレ、オマエノハナシ、キコエナイってなるよ。
 つか、セックスって誰が、誰と。俺とお前が? なんで、いや、そもそも男同士で、っていうか、突然すぎじゃね? 矢継ぎ早に浮かんでくる疑問に頭の回転が追いつかない。ざあざあとフロントガラスに打ちつけられる雨に視線を戻し、一度咳払いをしてから仕切なおした。

「…………色々聞きたいことはあるんだけど、とりあえず、お前、やっぱ男が好きな人だったの? 引かないでいてやるから、それならそうと先に言え」
「ん? んー、ちょっと違う」
「ちょっとってなんだよ」
「確かめたいことがあるから、したいんだよね、笠原と」
「…………」 

 確かめたいことって、なんだよ。それがどうして俺とセックスすることにつながるのかもわからない。そもそも、渦見の外見なら男も女も選びたい放題な気もする。さっきだって看護師どころか入院患者からも熱い目で見られていた癖に。二丁目にでも行って声をかければすぐ相手とか見つかりそうなもんだけど、なんでわざわざ俺だよ?
 ああ、もう、さっきよりも居心地が悪くなってしまった。そわそわとしながら、目を細めて、外を見た。なるべく、目は合わさないように。

「あー……悪いけど、俺、男相手とか無理です。お前、別の相手探せ。お前ならすぐみつかんだろ。今のは聞かなかったことにしとく」
「えー、やってみなきゃわかんないじゃん、それに、笠原じゃなきゃ駄目なんだって」
「いや、無理無理無理、まじ無理」
「うえー、笠原ドーテイだからって、恐がりすぎー」
「童貞じゃねえよ!」
「あ、違った? あひゃひゃ! イガイ!」
「…………」

 ケタケタと笑う渦見を睨みつける。視界の端では、ワイパーが忙しく動いていて、その合間を縫うように、ビルが立ち並んでいる。俺はふと、走っている道が見覚えのないものだと言うことに気がついた。

「……おい、渦見」
「んー?」
「今、俺の家に向かってんだよな?」
「違うよ?」
「ああ!?」
「ラブホ、この辺多いからさあ」
「だから、しねえって言ってんだろ!? お前俺の話なんも聞いてねえな!?」

 そうだった、こいつはそういう奴だ。基本的に人の話は全く聞かない男だ。いつの間にやら不穏なホテル街に向かっている渦見に吠えるが、渦見は相変わらず人の話をスルーして、ハンドルを操作する。ブレーキでも踏もうもんなら、事故るだろうし、なにも出来ず、ただその場で地団太を踏んだ。

「お、降ろせよもう! 俺やんねーからな!?」
「外雨降ってんじゃん、ていうか、なんで駄目なの?」
「むしろなんでいいと思うんだよ? 俺はお前と違ってそういうの、簡単にしたくないし、そもそも男相手にやりたくないの!」
「あひゃ、それじゃー、俺がやりまくってるみたいじゃん! 俺そんなんじゃないよー」
「いや、そういうのはもうどうでもいいよ。とにかく嫌だ、無理!」
「どうしても?」
「どうしても!」

 そう伝えると、渦見は何かを考え込むかのように黙り込み、車を近くの駐車場に停めた。……知らない間に、マジでラブホに着いてるし。肩を寄せ合った男女が、ホテルの中に入っていくのを見て、妙な生々しさを覚えた。
 なにこれ、迎えに来てくれたと思ったら、どんな罠だよ。シートベルトを外して降りようかと思ったけど、運転席からじゃないと鍵が開かなくなっているらしい。
 渦見がシートベルトを外し、俺に向かって手をのばしてきた。何かされるのかと思わず身構えたけど、意外なことに、渦見は俺の手を握ってきただけだった。

「お願い、笠原。しよ」
「…………お前、それで俺がうんって言うと思ってんの」
「だって、俺、笠原としたいもん。無理やりとか、笠原やでしょ」
「当たり前だ!」
「じゃあ、お願い」
「っ、だから」
「ね、お願い。一回だけでいいからさあ」

 捉えようによっては必死にも映る渦見のその姿に、俺は深いため息を吐いた。何その捨てられた子犬みたいな顔。俺が悪いみたいな空気作んのやめてくんない? 訴えかける目を見ないようにして、頭を叩いた。

「あう」
「……なあ、渦見、お前、最近なんかあった?」
「んー? 何かって?」
「……知らねえけど、最近お前ちょっと変だよ。前から変だったけど、最近は輪をかけておかしい」
「……んんん〜」
「よく考えごとしてるし、何考えてんの?」
「……ひひっ」

 渦見は曖昧に笑うと、握っていた手の力を強めた。相変わらず冷たい手。そう思っていたら座席から離れ、ぐぐぐ、と俺へのし掛かってくる。サイドガラスに背中をつけると、渦見の顔がやけに近い。冷たいガラスが後頭部にあたり、捕える様な視線に目を背けた。

「……おい、重いよ」
「ねー、笠原、お願い。絶対気持ちよくさせるから」
「いや、そういう問題じゃなくて」
「お願い」
「だから……」
「今度好きなものなんでも奢るし、笠原のお願いも聞いてあげるから」
「いや、あの」
「お願い、ね?」
「…………」

 がんがん押しすぎだろ。肉食系男子気取りか? もうそろそろ旬も終わる頃だぞ。ていうか、いくら奢るとか言われても、流石になあ。飯よりも大事なものだってあるんだから。前にそれで痛い目みたし。一瞬心が揺らいだ自分が悲しいけど。
 しかし渦見は諦めるつもりはないらしく、甘える子供のように俺へ"お願い"してくる。

「ねー、笠原ー」
「…………」

 つーか、根本的な問題として、そもそも、勃つか? こいつ相手に。顔は、綺麗だと思うよそりゃ。めっちゃ整ってるし。芸能人に間違われるくらいには、美形で、男の俺から見てもイケメンだと思う。でも頑張れば女に見えないこともないかと聞かれれば、それは微妙だな。こいつ俺より背高いし、女顔な様な気もするけど、やっぱ男だし。
 うーん、抱けと言われば抱けないこともないかもしれないけど、いや、やっぱ無理かな。宇都宮あたりなら喜んでやりそうなもんだけど。悩んでいると、渦見が、俺の肩に向かって頭突きしてきた。

「かーさーはーらー」
「いてえな……確認って、何を確認すんの?」
「俺の中のー、変なの。ぐーるぐるしてるやつ」
「変なのって、なんだよ」
「あひゃっ、なんだっていいじゃん、それより笠原、駄目? ホテル代は俺が出すよ?」
「駄目だ」
「笠原」
「やだ」
「かさはら」
「……いや、ほんと、無理、だから」
「かーさはあらー」
「だーから無理だって! やだってば!」

 近い近い近い、超近い、ほぼゼロ距離じゃん、なんなのこいつもう! 俺は男を抱く趣味はないんだよ。けど、一歩も引かない渦見を前にすると、折れちゃいけない俺の何かが折れてしまいそうだ。渦見のでかい目が、俺を見つめられると、蛇に睨まれた蛙みたいに、動けなくなる。逸らされない視線に、俺の方がたじろいでしまう。間近でみると、本当に整った顔立ちをしてんなこいつ。

「笠原……」
「…………」

 つーか、睫めっちゃ長えし、目でかいし、もうちょっとコンパクトになって、女だったら結構好みかもしれないんだけど。顔自体はいいしな。……そう考えれば抱けなくもないか? いやいやいや、待てよ俺、落ち付けって。なんか毒されてきてる! 男を抱くったって、何すればいいかわかんねえし!

「笠原」
「や、だめだって、だから」
「学食一年分だすよ?」
「………………一年?」
「うん、一年」
「………………」

 一年かー、一年も学食費が浮いたらそりゃもう結構な料金になるだろうなあ、その分浮く金ある訳で……っていや、だから駄目だって! それとこれとは話が違うし、あ、でも今月まだ家賃払ってないんだっけ。いや、でも。

「笠原」
「う、う」
「お願い」
「だ、だめだ!」
「笠原、ほんと、お願い」
「…………」

 何その目? お前、そんな顔してきたこと今までないじゃん? お願いって、何回言う気だよ。そもそも、どうすればいいのかわかんないんだって。渦見の顔が、また近くなる。くっつきそうなぐらいに、近い。

「笠原」
「…………。……い」
「い?」
「………………。……い、一回、だけなら」
「あひゃ!」

 折れた。
 俺の中の何かが、そりゃもうぽっきりと。いや、違う、俺は単純に学食に釣られただけだ。子供みたいに縋ってくるこいつが放置できなかったとか、そういうんじゃない。金、金、まあ、世の中金は大事だしな。こいつがこんなにお願いをいってくることなんてないし。俺、別に女じゃないから、貞操とかそんな守るもんじゃない。勃つかどうかはわかんないけど、こいつの顔は結構好きだから、出来なくもないだろう……。
 両手をあげて喜ぶ渦見の前で、俺はぶつぶつと脳内で言い訳めいたことを呟いていた。



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