口をふさぐ@



「なぁ、自分、何したかわかってはる〜?」
「…………」
「うふふ〜、逃げ出すとか、ほんまアホなことしたなあ。躾直しやで」
「がっ、ぐ」

 薄暗闇の中、奏が、笑いながら俺の頭を踏みつけた。
 ヒールが首の根本に食い込んで痛いけれど、俺は歯を食いしばってそれに耐えた。床に額を擦りつけて、頭頂部を踏みつけられる。白装束に押さえつけられているせいで、元より抵抗なんてできないが、鈍い音を立てて、何度か蹴られる内に、額付近が切れたみたいだ。生温い血が頬を伝って、床へと落ちた。じわりと広がっていく赤に、脳が悲鳴を上げている。けれど、俺は何も口にしない。命乞いも、悲鳴も上げない。何の反応も示さない俺に焦れたのか、奏は俺の腕を指でなぞった。

「なに黙っとんねん、おもんな」
「…………」
「うふふ〜、カサハラきゅんは、あんなに教えたったのに、懲りてへんの? ウチの言うことは聞かなあかんて」
「…………」
「何とか言えや、コラ」
「いっ……!」

 腕に針をぶっ刺された。零れそうになった悲鳴を、必死に押し殺す。はーはーと、震える息を、無理やり飲み込んだ。このまま、恐怖でどうにかなってしまいそうだ。奏は舌打ちしながら、今度はカッター刃を俺の腕に当てた。

「……腕ってなー、二本もあるやん? 一本くらい無くなってもかまへんよなあ?」
「っ……」

 びくりと震える反応を見せた俺に、満足したのか、奏はくすくすと笑う。
 楽しそうにカッターの刃を伸ばしていく。そんなもので、人の腕が切断できるはずがない。せいぜい傷つけられるくらいだ。これはただの脅し、フェイクだ。自分を無理矢理納得させて、目を瞑る。でも、体はそうは思っていないらしく、全身にぞわぞわと鳥肌が立つ。嫌だ、嫌だ。触らないでくれ! 体全部がそう言ってるかのように、寒気が走った。このまま黙っていたら、そのうちカッターからチェーンソーに変わっても違和感はない。こいつは、そういう女だ。俺は歯を食いしばって、それでも必死に声を押し殺した。早く来いよ!


***


「良介くん、悪いんやけどな、もう一回あいつらに捕まってくれはる? そんな長い時間ちゃうから」
「は!? や、やだよ! せっかく逃げられそうなのに、なんでまたっ……」

 灯が、土壇場で提示してきた話は、それだった。俺はもちろん首を横に振った。だってそうだろ、せっかく逃げ出せたと思ったのに、どうしてまたあの部屋へ戻らなくちゃいけないんだ。あんな、凄惨な目にしか遭ってない部屋に戻るのなんて、真っ平ごめんだった。
 しかも、逃げ出したなんてことがばれたら、きっと前よりも酷い目に遭わされる。逃げ出さなくても、散々酷いことをしてきた奴だ。戻ったら、冗談抜きで腕とか足とか切り落とされるかもしれない。
 怯える俺に対して、灯は真剣な眼差しで告げる。

「大丈夫、僕がなんとかしたるから、良介くんが殺される前に助けにいくって」
「殺……っつーかな、その発言の根拠はどこにあんだよ! 信用できるか、お前の言うことなんて!」
「ああー、せやね。でも、君今逃げてもまた捕まるだけやで?」
「っ……!」
「なら、僕に賭けてみてもええやん」

 灯は、笑っている。俺の耳元に唇を寄せて、僕を信じてほしいとか言ってきた。どの口が言うんだ。そう罵ってやりたい。というか、罵った。

「信じられるかよ! 嘘つき!」
「ははは、まあそらそうや」

 そうだ、信じられるわけがない。最初に会ったときからずっと、嘘ばかりついてきた奴だ。こいつが本当のことを言っている根拠なんて、どこにもない。また、嘘かもしれない。騙されるかもしれない。その可能性の方が高い。

「でも、今回はほんまやから、信じてほしいねんけど」
「……」

 嘘つけ。そう思ったけれど、灯は俺の目をじっと見つめている。笑ってはいたが、その目はいつもよりは真剣に思えた。こいつが何を考えているかなんて、俺にはさっぱりわからない。というより、この家の奴らが考えてることは、全員理解不能だ。
 常識の範疇を超えすぎている。けれど、足音はどんどん近づいてくるし、迷っている暇なんてない。俺は、さっさと決断しなくちゃいけない。今すぐ灯を振り払って逃げるか、こいつの話に乗るか、だ。どくどくと心臓が音を立てている。
 生唾を飲み込むと、思ったよりも大きい音が喉で鳴った。俺は檻の中に手を伸ばして、灯の襟を掴む。

「……裏切るなよ」
「良介くんも、僕のこと裏切らんでな」
「は?」
「君が僕のものになってくれはるんなら、僕も君のものになるって話、忘れてへんからね。僕を裏切って、一人で逃げたりなんてせんでな」
「…………よくわかんねーけど、とりあえずわかった。お前が裏切らないなら、俺も裏切らねえよ」
「うん」

 とりあえずの共同戦線だ。
 そう答えると、灯はどこかほっとした表情で胸をなで下ろした。

「よかった」
「で……俺は、どうすりゃいいんだ」
「うん、あんな。良介くんはなんもせんでええよ、僕がやるから。ただ、これだけは守ってほしいんやけど……」



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