A


「ぅえっ……っ……はあっ……」
「なんだか、元気がなくなってきたな」
「どうされます? 奏様」
「あ〜、退屈やわ……」

 粘着質な音が空間に響く中、微かに聞こえてきたのは奏のため息だ。液晶画面を爪でタッチするような音が、混じって聞こえてくる。自分を支える気力すらなく、俺はぐったりと誰かに身を預けていた。正直、もう意識を保っていることがやっとだったけど、その音を聞いた瞬間、体中に怒りが沸いてきた。スマホで遊んででもいるんだろうか。人がこんな目に遭ってるって時に? お前が呼んだこいつらのせいでこんなことになってるってのに、ふざけんなよ、くそ女が! 声を上げようとしたが、まともにしゃべることすらできなかった。畜生、畜生! 悔しくて、涙が零れる。けれど、もう目を覆った布は色んな液体にまみれていて、涙かどうかも判別がつかなくなっていた。もういやだ、一刻も早く、この時間が終わればいい。

「ん〜〜……はぁ、なんや飽きてきたわ。そろそろ、呪い子のこと好きになった?」
「うっ、うぅっ」
「ひゃーん、頷くのはよなったなあ! そんなに辛いんや? あははははっ、ほなもっと犯されてみて? 他の男に汚された体を彼氏に清めてもらうってなんや携帯小説みたいでええやんな? ピンチがあればあるほど燃え上がるって言うし!」
「あっ、ぁうえうえっ!」

 ぐちゅ、と音がして、俺の中に入っていたちんぽが引き抜かれた。尻に液体をぶっかけられると、空間を裂くように、ドアの軋む音が聞こえた。誰か入ってきたらしい。

「奏姉さ……うわ」
「ありゃりゃ、雨くんやん。あかんよ〜、今は18禁の時間やから、うふふふ〜中学生には刺激が強いわ」
「う、ぅー……」
「…………」
「やーん、怖い顔〜、お姉ちゃんそういう顔嫌いやわ」

 ……入ってきたのは、雨君だったらしい。突然の来訪者に驚いたのか、俺を犯していた男たちの手が止まった。よかった、それだけは、本当によかった。支えられていた手が離されたのか、俺はその場に崩れ落ちた。口の中に出された精液を吐いていると、遠い方向から、雨くんの声が聞こえてくる。

「……。奏姉さん、父さんが呼んではった」
「は〜? 今せっかくええとこなのに。なぁ?」
「例の京花姉さんの件らしいけど」
「……!」

 その瞬間、近くで立ち上がる音が聞こえた。それから、ヒールが床を蹴る音がして、どんどんと遠ざかっていく。

「ほな、ウチ行くわ」
「ちょ……これ、どないするん」
「ん? 好きにしてええよ。つーか、今そいつに構ってる暇ないねん。もう飽きたし」

 好き勝手なことをして、好き勝手なことを言った挙げ句、奏は部屋を出ていったらしい。重い鉄扉の閉まる音がして、部屋の中が静まり返った。俺は、ゆっくりと呼吸をする。体が、痛いし、気持ち悪い。俺、なんでこんなことになってんだろ。冷たい床に頬を当てながら、狂ったこの状況を呪った。
 どうしたらいいのかわからないような空気が漂う中、最初に声をあげたのは雨くんだった。

「何ぼさっとしてはるんですか。消えてください」

 ぴしゃりと冷たい声が、室内に響く。嫌悪と侮蔑を含んだ声色だ。それに対して、白装束は狼狽えたような声を上げた。

「あ、しかし雨様……」
「我々は奏様に命令を受けておりまして……」
「奏様のご命令がない限り、迂闊に動くことは」

 慌てる様な声に、尚も雨君は続けた。淡々とした声だった。

「何回も同じこと、言わせへんでほしいんですけど、…………気持ち悪いなあ」

 瞬間、ひやり、と冷たい空気が肌を撫でた。なんでだろう、体全体に鳥肌が立つ。目を塞がれているので、今起こっていることなんてわからないけれど、やけに寒くて、体が冷えていく。俺の近くにいた奴らが怯えている。ひきつった声を上げながら、その場にうずくまる気配がしたから。

「も、申し訳ございませんでした!」
「申し訳ございません!」
「はあ……そういうのええんで、消えてくれはりますか?」
「はい、た、ただいま!」
「失礼いたしました!」

 疑問符を浮かべている割には、否定を許さない雨くんの質問に、案の定白装束たちは声をあげて、逃げるように出ていったのだろう。再び、扉が閉まる音がした。

「…………あえう……」
「喋らないでくれますか、気持ち悪い」
「う……」

 棘のある声で告げられ、俺は口を噤んだ。そうは言われても、このままでいるわけにもいかない。せめて、口と目だけでも外してほしい。視界が暗いと、こんなにも不安になるなんて、知らなかった。もう、二度とここから出られないんじゃないだろうかという不安が押し寄せてく。ぐ、と鼻を鳴らすと、頭にかけられた精液が頬まで垂れてきた。腕の拘束を取ろうと引っ張るが、やはり取れる気配はない。すると、雨君の足音がだんだんと近づいてくる。

「……勘違いせんでほしいんですけど、僕は別にカサハラさんを助けたわけやないんで。ただ、僕の目の前でああいう気持ち悪い行為をされたくなかっただけです」
「……ふはっ……」

 かち、と音がして、口にはめられていた器具と、目を覆っていた布が外された。これで、ようやく口を閉じることができる。広がった視界の先には、機嫌の悪そうな雨くんの顔があった。眉間にしわ寄せて、俺を見下している。まだ、口の中が苦い。たぶん、俺は雨くんの言うとおり、気持ち悪い姿なんだろう。
 とりあえず、口の拘束具を外してくれたお礼を告げる。

「あ、……ありがとう」
「は? せやから、そういうのええんで。あと、あんまり近寄らんでくれはります? 汚いんで」
「…………」

 嫌悪を滲ませた顔で、雨くんが言った。これ、お前の姉ちゃんがやらせたことなんだけど。お前もその血が流れてんだろ? 言ってやりたかったが、そんなことを言う気力もないし、何か言ってまたあんな目に遭うのはごめんだった。体が重くて、一刻も早く眠りたかった。でも、その前に確かに汚いこの体を洗いたい。自分が本当に汚れきっている気がして、洗い流したかった。腕の拘束具、外してくれないかな。

「雨く……」
「まだ、諦めてへんのですか?」
「……あ?」
「僕、思うんですけど、カサハラさんは、ここから奇跡的に出られたとしても、たぶん、元の生活には戻れへんと思うんです」
「……何で」

 何で、そんなことを言うんだ。いくらなんでも、ひどいだろ。そう言おうと息を吸ったところで、口の中に残っていた精液が気管に入り込んだらしく、盛大に咳き込んだ。

「そ、げほっ……、げほっ、ごほっ!」
「普通の人間は、こんなことされたら、おかしなりますから。僕知ってます。今までそういう人たち、たくさん見てきたんで」
「……ごほっ、そん、……えほっ……」
「自分がまともや思ってても、周りがそう思わんと思う様になるんです。せやから、カサハラさんもそうやないかな、って」
「……はぁっ……げほっ……」
「カサハラさんは、逃げ出した後、元通りになると思ってはるんですか?」

 ようやく咳が収まったけれど、肺が軋んだ音を立てている。ひゅーひゅーと嫌な音がする。目頭が熱くなって、視界がぼやける。苦しい。今の状況も、なにもかも、全部。

「……うん」

 おかしくなる、か。そんなの、とっくのとうにわかっていることだ。ここに捕まってあいつに、灯に犯された時点で、俺はもうおかしくなってたよ。完全に正気でいられるわけないだろ。でも、だからって、ここで死にたくない。死んだ方がマシだなんて、思いたくない。
 俺は逃げたいんだよ。ここを抜け出して、いつもみたいに大学行って、バイトして、何気ない日常を送りたいんだ。それだけが、俺を正気に引き戻す。なのに、戻れないなんて、言わないでほしい。

「確かに、そうかもしれないけど……」
「…………」
「……それでも……俺は、ここから逃げるよ……諦めたくないし……、死んで楽になるとか、やだし……」

 一瞬、雨くんの目が見開いた気がした。

「……笠原さん」
「ん?」
「その格好、汚らしいんで、さっさと風呂にでも入ってくれませんか」
「あー……そうだな。そうしたい」

 俺は苦笑を浮かべ、腕に力を入れて上体を起こした。確かに、そうしたいのは、山々だけど、この拘束された格好じゃ、禄に歩くこともできない。というよりも、立てるだろうか。足に力を入れてみたけど、うまく力が入らない。服もみっともなくなってるし。一応帯を結んではみたけど、汚い格好っていうのは、納得の表現だ。

「……風呂場の場所は、扉をでて階段を上がって真っ直ぐ行って、右に曲がったところの壁の奥です」
「え?」

 かちり、と音がして、手にはめられていた拘束具が外された。無機質な金属音とともに、手錠が床へと落ちていく。はぁ、と上からため息が降ってきた。顔を上げると、相変わらず雨くんは不機嫌な顔で俺を見つめている。
 外してくれたんだろうか。でも、なんで。

「僕、笠原さんが汚すぎて、触りたないし、近づきたくもないんで、一人で行ってくれはりますか」
「え、え」
「はよせんと、白子来てまいますよ。今、ちょっといろいろあってごたついてはるんで、外には誰もおらへんと思いますけどね」
「……いいのか?」

 だってそれは、俺一人で、この屋敷を歩き回れるということだ。つまり、うまくやれば逃げられるかもしれないってことだろ? 雨くんは俺の監視役だったはずだけど、なにを考えているんだろう。
 雨くんはなにも言わず、俺から目線を逸らした。

「……なんの話かようわからへんのですけど、さっさとその汚い体、流してもらえますか、視界に入れたくないんで」
「…………ありがと」

 お礼を言うのも変な話だけど、俺は一言呟き、震える足を無理矢理立たせて、その部屋を出た。ずりずりと、重い体を引きずりながら。ようやく、ようやく逃げられるんだ。そう思うと、辛さも吹き飛ぶ。足は痛いし、尻も痛いし、体はだるいし、死にそうだ。なんかもう全体的に痛いけど、あとちょっと。あとちょっとで、ここから、逃げられる。
 そう思うと、痛みなんてどうってことない。俺は部屋から出ると、そのまま真っ直ぐと階段を進んだ。部屋の外は、思ったよりも暗く、上に取り付けられている盆提灯の灯りだけが唯一の助けだった。この時代になんで盆提灯なんて使ってやがる。LED照明にでも交換しろ。毒づきながら、暗い道を進んでいった。

 確かに、近くに白装束はいないようだ。雨くんは今ごたついていると言っていたけど、何かあったのか? そういえば、奏は京花の名前を聞いたとたんすぐに出ていったっけ。
 ……いや、関係ないな。そんなもんに首を突っ込んでどうなる。ごたついているなら、そのチャンスに甘んじて逃げた方がいい。今がチャンスだ。俺は壁伝いに歩を進める。実際、この家の出口がどこかなんてわからない。闇雲に歩き回ったところで、あいつ等に見つかったら、全てが水の泡だ。でも、雨くんは言っていた。真っ直ぐ行って、右の壁の奥って。そこが本当に風呂場なのかはわからないけど。何かしらのヒントにはなっているんじゃないかと思う。じゃなきゃ、一人で行かせようとはしないだろう。俺が捕まる様をみたいっていうなら、話は別だけど。

「……うわっ!?」

 真っ直ぐ進み、右に曲がったところの壁を調べると、ぐるりと壁がひっくり返った。

「……なんだ、ここ……」

 埃っぽくて、黴臭い。回転扉のように、壁が180度反転したらしい。壁の中には、そこから先にもまた、道が続いていた。俺が通ってきた道みたいに、この屋敷には隠し通路の様なものが点在しているのかもしれない。

「……出口、か?」

 ここを行けば出られるかもしれない。そんな期待が、胸を躍らせる。俺は足を早め、階段を下りていった。
 結構な長さのある階段だったが、それよりも出口に行きたくて、俺は早足で階段を降りていく。ようやく降りきると、そこはどうやら出口ではなかったみたいだ。光が見えない。暗い部屋の中に、固く閉ざされた鉄格子があった。暗くてよく見えないけれど、その中で影が動いた、気がする。

「っ……!」

 やばい、誰かに見つかったか? そう思って慌てて身を潜めようとしたが、カチ、と音がして、辺りが明るくなった。中にいた奴が、電気をつけた様だ。他のところは古風に提灯使ってるのに、ここは普通に電気なのかよ。

「……良介くん?」
「……あ……?」

 急に明るくなり、目を細めると、鉄格子の中に、見知った、というのも変な話だが、知っている顔を見つけた。和服姿の、綺麗な顔の男。

「……灯……?」

 呆然とした顔の灯を見つけて、気づけば名前を呼んでいた。その声に、はっとしたような顔をして、灯が俺へと近づいてきた。といっても、鉄格子があるので、そこから出ることは出来ないみたいだけど。

「お前、こんなとこで……なに、してんの」
「……見ての通り、閉じこめられてはるんよ」
「…………」

 静かな声で、灯が言った。そういえば、雨くんが言っていた気がする。勝手なことしたから、灯は独房に入れられてる、みたいなことを。もしかして、それがここなのか? でも、なんで。

「そういう良介くんは、なんでここにおるん」
「……逃げようと思ったら、ここに来た」
「ふぅん」

 沈黙が、続く。早く出よう、ここは出口じゃなかった。雨くんがどういう意図を持って俺をここに誘導したのかはわからないけど、早く出口を探さなくちゃ。誰かに見つかってしまう前に。
 灯は閉じこめられているから、俺を止めることは出来ないだろう。だけど、何故か足が動かなかった。知っている顔に会ったからだろうか、がくがくと、足が震える。喉がからからに乾いていた。

「……良介くん」
「……なんだよ」
「ちょお、こっち来てくれはる? 僕、これ以上そっち行けへんの」
「なんで」
「ええやん、別になんもせんし。な?」
「…………」

 俺は、無視して、ここから出るべきだ。今は閉じ込められているとしても、灯だって、俺をここに閉じこめた奴なんだから、言うことなんて聞く必要はない。
 けれど、何故か俺の足は灯の方へと向かっていた。どうしてかなんて、自分でもよくわからない。仲間意識か? 同じ屋敷で、捕まっているという、連帯感でも生まれたか? 馬鹿げた話だ。そもそも、俺を最初に捕まえて監禁したのは、他でもないこいつなのに。そして、こいつだって、この家の人間だ。雨くんは俺を逃がしてくれたけど、こいつもそうとは限らない。雨くんだって、本当に俺を逃がす気だったかどうかもわからないのに。考えあぐねていると、灯の手が、格子の間からするりと延びてきた。白くしなやかな手が、俺の頬を撫でる。壊れ物を触るような、静かな手つきだった。

「久しぶりやねえ。なんや元気ないなあ」
「当たり前だろ」
「ああ、良介くん……今まで、なにされてはったん?」
「…………」

 頬についた精液を、灯が拭った。それを、言えというのか。こんな汚い格好してんだ。あんなことしたお前なら想像がつくだろう。そもそも、お前が、一番最初に俺を犯したんだ、お前があんなことしなければ、俺はもうちょっとまともでいられたかもしれないのに。お前が、俺を犯したりなんてするから、奏に笑われて、いい様にされて。男が好きだなんて思われたのか、ただ屈辱を味あわせたかったのか、わからない。わからないけど、こいつに犯されてから確実に何かがおかしくなっていった。
 ぐっと奥歯を噛みしめる。裾を握りしめ、鉄格子をつかんで、灯を睨みつけた。

「知らない奴らに強姦されてたんだよ」
「……へえ」
「つーかなあ……このきったねえ格好見ればわかんだろ! 目塞がれて、顔も見えねえ男のちんぽ尻と口に突っ込まれて! 体も髪もあいつ等のザーメンでべとべとだもんな!? 馬鹿みてえだよ!」

 そう言った瞬間、なぜか灯が悲しそうな顔をした。それはほんの一瞬のことだったけど、俺は見逃さなかった。……なんで、お前が傷ついた様な顔してんだよ。おかしいだろ。一番傷ついているのは俺だし、頭がおかしくなりそうなのも俺だ。ひどいことされたのも、今現在ひどい目に遭ってるのも、全部俺だ。そしてお前はやった側だ。なのに、なんでお前がそんな顔をするんだよ。
 無性にイライラして、俺は両手で鉄格子を掴んだ。

「もううんざりだよ! なんで俺がこんな目に遭わなきゃなんねえんだよ!? 俺が何したってんだ! ただ普通に生きてただけなのに!」

 悔しくて悔しくて、ため込んでいた言葉が口から溢れてくる。声を聴きつけて、誰かが来るかもしれない。でも、止らなかった。だって俺は、ずうっと言いたかったんだ。

「お前等の家の事情とか、呪いとか、俺何の興味もねえから! 勝手にやってろ! 帰せよ、俺を元の家に! お前のせいだぞ! お前が、俺をこんなところに連れてくるからっ……! だから、っ」

 悲鳴混じりの声に、涙が混じる。鉄格子を掴む手に、力が籠った。雨くんの前では、強がっていたけど、正直もうギリギリだ。諦めたくないけど、あのまま続けられたら俺は確実にぶっ壊れていた。
 渦見のせいなのか、灯のせいなのか、なんてもうどっちでもいいんだよ、俺は、もうこの状況に耐えられないんだ。ずっとずっと、嫌だった。

「俺はもう嫌だ! 男に強姦されるのも、女に拷問されるのももう沢山だ! 死んだ奴より生きてる奴のがこえーんだよ! 俺は死にたくないし、こんなところに居たくない! もう嫌なんだよ! 嫌なんだ……!」

 助けて、という言葉は口に出さず喉の奥に消えて行った。
 ずずず、と掴んでいた手の力が抜けて、俺はその場にしゃがみ込む。灯の手が、俺の頭をゆっくりと撫でた。

「……ごめんな」
「謝ってんじゃねえよっ……!」

 俺はその手を振り払った。
 何、謝ってんだよ、こいつ。謝って許されるとでも思ってんのか。俺がお前に何されたか、忘れるとでも思ったか? 地面を睨みつけているせいで、灯がどんな顔をしているかはわからない。怒っているだろうか、笑っているだろうか。どっちでもいい。俺は、ずっと言いたかったんだ。この機会を逃したら、もう言えそうにないから言う。知ってか知らずか灯は何も言わなかった。ただ、黙って俺の話を聞いていた。

「お前、本当馬鹿じゃねえの!? 頭おかしんだよ! お前がやったこと、普通なら犯罪だから!」
「せやね」
「謝られたところで、どうすりゃいいんだよ!」

 そう簡単に許せる話じゃない。
 それに、俺は謝ってほしくなんてなかった。謝らない、自分の過ちを認めない、ずっと嫌な奴なら、それでよかったのに、何謝ってんだよ。何殊勝な声出してんの? いい奴にでもなろうとしてんのか? お前は、絶対いい奴になんてなれねえから。ただの酷い奴だよ。

「お前のせいだっ、お前が俺を連れてこなければ……!」

 謝ってほしくなんてなかったし、それなら最後まで、最低な奴でいてほしかった。その方が、お前を恨めるし、憎んでいられる。そっちのが楽だったのに。子供みたいに縋られたことなんて忘れられる。人間ぽいところとか、嬉しそうな顔とか、思い出さずにいられたのに。

「俺は、お前を許せねえよ……」
「……うん、せやね。でも、ごめん」
「謝んなっ……!」

 灯が、俺と同じようにしゃがみ込んで、格子の間から手を伸ばして俺を抱きしめた。

「っ、離せ」
「僕がぐだぐだしとったから、あかんかったんやなあ」
「何……」

 ちゅ、と口に何かが触れた。それが唇だと気づくのが遅れたのは、灯がいつもの様な笑顔を浮かべていたから。でも、違和感を感じたのは、その目が、あの胡散臭い目じゃなくて、ただ真っ直ぐに俺を見ていたせいだろうか。優しく微笑むと、灯は俺の口を親指で撫でた。

「痛かった? 苦しかった? 僕以外の前で、泣き叫んではったん? 可哀想になあ」
「っお前……!」
「なんやろ。最初は、あいつの鼻明かせられれば、それでよかったんやけど」

 灯は自嘲気味に笑うと、俺の手を握った。

「よう、わからへんけど、楽しかったから、このままなんとかならへんかなって思ってはったんや、でも、女狐に嗅ぎつけられたのは計算外やったわ」
「……お前が、何言ってんのか全然わかんねえんだけど」
「わからんでもええよ、僕も、ようわからんわ」
「は……?」

 そもそも、最初から、わからないことばかりだった。こいつだって、言ってることが本当か嘘かの判断も付かないし、また、俺を騙す気なのかもしれない。そう思うと、胸が痛んだ。

「良介くん」
「……なんだよ」
「ここから出たい?」
「当たり前だろ」
「わかった。ほな、僕が出したるわ」
「え……」

 すっと灯は立ち上がると、俺に向かって微笑んだ。それから、近くにあるボタンを押して、大きな声で叫んだ。

「おーい! 贄が逃げ出してはるでー! はよ来な逃げてまうで!」
「ちょっ……!」

 機械的な音がして、灯がその場所から離れた。すると、どこかで扉が開く音がした。今のって、もしかして誰かに俺の居場所を知らせたのか? やばい、逃げなくちゃ。早く。早く逃げなきゃ! 慌てて立ち上がると、灯が俺の腕を掴んだ。

「は、離せ!」
「良介くん一人で逃げるのは無理やて。逃げられても、追われるし。せやから、僕がなんとかしたるよ」
「はあ?」
「僕、嘘つきやから、信用されへんかもしれんけど、これを信じるかどうかは良介くん次第や」
「なに……」
「これから僕が言うこと、よう聞いてな」

 バタバタと近づいてくる足音に焦る俺の耳へ、灯が口を寄せた。

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