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 それから、また、何日か経った。灯は相変わらず俺の部屋にやってくる。けれど、前と違うのは、来る頻度が前に比べて増えたということだ。前は、飯をもってくるか、俺をどうにかしたい時くらいにしか来なかったのに、今は、特に用がなくてもやってくる。
 来たからといって、別に何をするでもなく、俺に抱きついて、キスをして、それだけだ。俺がここに居ると、安心したような顔で俺を見るのだ。そして、何かを確認するように、何度もキスをする。正直、慣れるを通り越して呆れてきた。何回すれば気が済むんだこいつは。一生分のキスをされている気分だった。ここに居ると暇なので、適当な雑談をしていれば気が紛れるけれど、何がスイッチになるのかわからないので、怖いことは確かだ。
 けど、最近は無理矢理犯されることはなくなった気がする。灯が、俺の膝に頭を乗せながら、兎さんカットされている林檎を咥えながら、こちらを見上げてきた。

「良介くん、今日は外、雨降ってはるんよ」
「ふーん」
「僕なあ、雨嫌いやねん、湿気が鬱陶しゅうてたまらんわ」
「へえ、う……」
「う?」
「うー……馬の臭いするもんな、雨って」
「君、何言ってはるん? 頭大丈夫か」
「ははは……」

 眉を顰めた灯に向かって、俺は曖昧な笑みをこぼした。此処にしばらく居て学んだこと、それは、こいつに渦見の名前を出すのは禁句だということ。長くいれば、何が地雷かってのも少しはわかってきて、少なくとも渦見と偽物という言葉は言ってはいけないと学習した。
 雨が嫌いとか、渦見と似てるな、なんて言おうもんなら、この比較的緩やかな膝枕時間は終了して、俺にとっては苦痛に近い時間に変わってしまう。
 
「最近の良介くんは、なんや素直やね。抵抗もせんし、抱いても泣かんくなった」
「…………お前に優しくしたらこっから出してくれるかなと思って」
「そう思ってはるなら、口に出したらあかんのちゃう?」

 きみ、詰めが甘いなあ、なんて笑いながら、灯の目が俺を捕らえた。顔は笑っているのに、目はまるで笑っていない、いつもの表情。それから、三日月のような笑みを作り、俺に向かって手を伸ばしてきた。灯の手が、俺の頬に触れる。

「ほな、優しくして?」
「ん?」
「僕を懐柔したら、君、こっから出られるかもしれへんのやろ。やってみたら?」
「…………」

 そんなこと、改めて言われると、どうすればいいのかわからなくなる。そもそも、こいつが何を考えているのか、いまいちよくわかってないんだから。狼狽えている俺に向かって、灯が早く、と急かしてきた。
 ……優しく、優しくね。そう言われても、どうすればいい。あんなことされてまともに会話してやる時点で俺は相当優しい奴だと思うけど、そんな理屈、こいつには通じないんだろう。

「ほら、はよ」
「う、……あ」

 今まで、俺はこいつに何言ってきたっけ。狂ってるとか、変態とか、死ねとか? まあ、罵倒ばかりだな。それは概ね正しい、というより、こいつを表すにはとても的確な表現だ。でも、それじゃ今は駄目なんだろう。そんなこと言っても、ぜんぜん優しい奴じゃないから。なら、それと真逆のことを言えばいいんだろうか? 今まで言ってきたことの真逆をまとめると、こうか。
 俺は灯の頬に手を当てると、目一杯微笑んで見せる。

「灯」
「ん?」
「好きだよ」
「は……」

 ぽかんとした顔で、灯が俺のことを見上げてくる。あまり見ない表情だ。俺は灯の頭を撫でながら続けた。

「お前はいつも正しい。おかしくなんてない、偽物なんかじゃないし、俺はお前のことが一番好きだよ」
「…………」

 自分でも何言ってんだろうと思う。今の状況でこんなこと言っても、嘘だってのはバレバレだ。いや、本気に捉えられてもそれはそれで困る話ではあるが。
 灯は、じっと俺を見たまま動かない。……せめて、なんか言えよ。きみ、嘘下手くそやねとか、気色悪いとか、なんかあるだろ。この沈黙だと、言った俺がバカみたいに思えてくる。

「……灯? うわっ」

 しかし、俺が口を開く前に、灯は起きあがると、俺を布団の上に押し倒した。突然のことに受け身は取れなかったけど、背中を打つ直前で引っ張りあげてくれたらしい。ダメージはない。倒れている俺の上に、灯がのしかかってくる。もう何度も見たこの光景。俺に向かって延びてくる手。これから、何をされるのか想像がついてしまう自分がたまらなくイヤだ。けど、抵抗も出来ないでいる。だって、抵抗なんてしたらまたひどい目に遭わされる。
 俺も、大分毒されてきているのかもしれない。

「っ、何……」
「煽りよるわあ、良介くん」
「……言っておくけど、今のは嘘だぞ」
「知ってはるよ、そんなん」

 不敵に笑うと、灯の手が俺の浴衣の中に無遠慮につっこまれた。……これで、何回目だっけ? こいつとするの。最近なくなったと思ったのに。そもそも、ここに閉じこめられてから何日目だ。一週間? 二週間? だんだんと記憶があやふやになってきている気がする。朝も夜もわからないんじゃ、仕方ないか。
 一番最初にこいつにやられた時のことは、あまり覚えてないし、もう思い出したくもない。ただ、痛みは前よりはなくなった。
 嫌悪感だけは未だにあるけど、それを言っても、大概無視されてしまうんだろう。大人しく目を瞑ると、灯の唇が首筋に降ってきた。熱い吐息が肌を擽ると、少しだけ息が漏れる。

「っ……」
「……抵抗せえへんのや?」
「……よーしよし、いい子いい子ー」
「……なんのつもりやねん」
「はは、俺って優しいだろ?」

 余裕ぶって笑ってみせる。嫌みのつもりだった。子供扱いする、嫌がらせのつもりだった。けれど、灯は俺の笑みを無視して、太股へと手を這わせてくる。衣擦れの音と共に、徐々に浴衣が肌蹴ていく。ちゅ、と音を立てて、唇が首筋から胸へと移動した。
 
「ほんま、良介くんは優しいなあ。僕もめいっぱい優しくしたるよ」

 胸の上に舌を這わせながら、灯が笑った。この大嘘つきめ。


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