手を掴む@





 俺は、もしかしたら選択を誤ったのかもしれない。というか、普通に考えれば、俺がしたことはどう考えても馬鹿なことだったと思う。
 布団の上に寝転がりながら、さっきまでの出来事をぼんやりと思い出していた。こうやって天井を眺めていると、天井の木目が人の顔に見えてくるな。何かに押しつぶされている人の顔に見える。気味の悪い木目模様を見て、目を瞑った。

「……逃げられたのか?」

 誰がいるわけでもないのに、小さく呟いた。そう、この部屋には、俺しか居ない。とても静かで、俺の声しか聞こえない。どういう構造になっているのかはわからないが、外に居るであろう白装束は喋らないし、本当に、世界に一人ぼっちにでもなった様な気分になる。時計すらないのだから、今が朝なのか昼なのか夜なのかもわからない。体内時計なんて、とっくのとうに狂ってしまった。

「…………」

 右手を挙げて、掌を見つめる。ついさっき、本当に少し前の出来事だ。見覚えのない白装束が、俺を逃がしてやると、手を差し伸べてくれた。枕の中に潜ませておいた紙は、もうくしゃくしゃになっている。逃げられたのかもしれない、もしかしたら、ここから出られたのかも。
 けど、俺はそれを断ってしまった。白装束は、何か言いたげな顔をしていたけれど、俺に対して何か発言することはなく、行く意志がないと汲み取ったのか、そのうち黙って消えてしまった。

 馬鹿なことをしたのかもしれない。逃げられたかも、しれないのに。
 でも、断った理由はいろいろある。一つは、また罠かもしれないということ。散々騙されて、閉じこめられて、犯されて、それでまた罠じゃないという保証がどこにある? あの白装束が俺に嘘をついてない可能性なんて、どこにもない。また違うところに連れて行かれ、今よりももっとひどい目に遭わされるかもしれない。それに、灯にバレるのも嫌だった、何をされるかわかったもんじゃない。あの白装束が、あいつの差し金という可能性だって、なくもないんだ。

 もう一つは、灯の、あいつの言葉が、引っかかったから。
 此処からいなくなるなと、灯は言った。逃げたらだめだ、絶対にいなくならないで、ここにいて、と。泣きそうな顔で、子供みたいに。例えば、俺がここから逃げ出して、あいつに捕まったとしたら、あいつにどんな事をされるのか、想像しただけでも空恐ろしい。もしかしたら、本当に殺されてしまうかもしれない。そこまで考えて、俺は体を抱きしめた。いかんいかん、またネガティブ方向に考えている。いや、こんな状況で、ポジティブに考えられるほど陽気じゃないけど。でも、じゃあ、逆はどうだろう? 俺がここから逃げなければ、あいつはどうするだろう。
俺は一つの可能性に賭けてみることにした。多分、ここから逃げ出すのは、難しいだろう。白装束はそう言っていたし、俺自身そう思う。この建物の構造を知らないし、鍵だって何重にもかかっている。
 なら、俺を閉じこめている本人を説得するのはどうだろう。
 バカな考えだと思う。あいつが聞いたら、「良介くんはほんまアホやね」とか言いながら、せせら笑うんだろう。限りなく負けに近い賭け。だけど、可能性がゼロなわけじゃない。
 頭を撫でたとき、あいつは驚いた顔をして、俺を見てきた。実際には撫でたつもりはなかったけど、子供みたいに、目を閉じて気持ちよさそうに、嬉しそうにしていた。あいつが俺にしてくる意味がよくわからなかったし、俺を犯すのも、キスしてくるのも、全部嫌がらせだと思ってた。でも、そうじゃなかったら、と逆の視点から考えてみる。
 この家のことなんてよく、っつーか未だに全くわからないけど、灯は、誰かに愛されたいんじゃないだろうか。だから、自分のものに固執する。なんとなく、そんな気がした。なら、否定じゃなくて、許容してみるか?

「はぁ……」

 つっても、どうすればいいのか、なんてわかんねえけど。ぱたん、と手を布団の上に戻して、俺は扉を見た。起き上がり、一応手をかけてみたけど、扉は堅く閉ざされている。やっぱだめか。
 布団に戻ると、そのまま上にごろごろ転がった。此処にいると、やることがなさすぎて、いろんなことを考えてしまう。
 渦見は、なにをしているんだろう、とか。俺はこれからどうなるんだろう、とか。灯はなにを考えているんだろう、とか。
 ……渦見に関しては、わからない。たぶん、この家のどこかにはいるんだろう。あいつに言いたいこと、いろいろあったけど、今となっては、まず俺が此処から抜け出す事が先決だ。俺はこれからどうなるのか、なんて、俺自身が一番聞きたい。ただ、あの白装束の手を取らなかったことが、幸に転ぶことを祈りたい。
 灯は……。

「っ……!」

 そこまで考えたところで、唐突に部屋の扉が開いた。大きな音を立てて開かれたことに、俺は驚いて飛び上がり、開いた扉へと視線を向けた。
 そこには、驚きに目を見開き、肩で息をしている灯がいた。なんで、そんなに驚いているんだろう。走ってきたのか、額には汗が滲んでいる。

「……良介くん?」
「……なんだよ」
「なんで、ここに居てるん?」
「お前が閉じこめてんだろうが」

 何言ってんだこいつは。狂ったか、いや、元々狂ってんのか。自分が閉じこめたことすら忘れてるとか悪いジョークはやめてほしい。こいつに忘れ去られてみろ、俺に残された未来はこの部屋で発狂死か餓死だ。怖いことを想像していると、ふらふらとした足取りで、灯が部屋へと入ってくる。

「……? おい、灯、お前なに……んっ」

 灯は何も言わず、俺の頬を両手で包むと、そのまま噛みつくようにキスをしてきた。キスぐらい、今更もうどうでもいいけど、必死なその形相に疑問を抱いた。なんか、やけに焦ってないか? こいつ。薄く開いた口に、舌が侵入してくる。そのまま何もせずにしていると、水音が部屋の中に響いた。

「ふっ……は……」

 一度口を話すと、灯と視線がかち合う。泣きそうな顔をしていたけれど、俺が何か口を開く前に、再び口づけてきた。何回も、何回も。流石に、こんなに何度もやられたら息苦しい。苦しいのは息だけじゃないけど。灯の着物を引っ張って、ひっぺがすと、今度は抱きついてきた。

「おいっ、なんなんだよお前は!?」

 行動の意図が読めなくて、押さえ気味に怒鳴りつけると、灯が小さく呟いた。

「…………た」
「は? 何?」
「……もう、此処には居てへんかと、思った」
「…………?」

 此処には居ないって、どういうことだ? 閉じこめているのは、こいつなのに。背中に回された手の力が強くなり、俺は自分から剥がすのを諦めた。消え入りそうな声でそんなこと言われて、無理矢理剥がしたら起こられそうだ。俺はその場で大人しくして、それから、右手で頭を撫でた。こうした方が、いい様な気がして。
 灯は一瞬体を震わせたけど、特に何かいうでもなく、しばらくの間、静寂が続いた。

「……腹減った」

 静寂を最初に破ったのは、俺の方だ。ぐう、と腹の虫が鳴った。何もしてなくても、腹は減るもんだ。だいたい、普段灯がくるのは飯を盛ってくる時か、セックスする時くらいなもんだ。それなのに、今日に限っては持ってきていないし、そういう雰囲気でもない。その言葉に、ようやく灯は離れ、俺をみた。

「……良介くんは、食いしんぼやね。ムードないわあ〜」
「うるせえな」
「何食べたい?」
「……茶碗蒸し」

 適当に答えると、灯はクスクスと笑いながら、立ち上がった。

「ほな、持ってくるわ」
「……なあ、灯」
「何?」
「……あー、いや、……やっぱ、なんでもない」

 首を傾げる灯に向かって、俺は口を濁した。たとえば、俺がこいつを許容したとしたら、こいつは、俺をどうするんだろう。ここから出してくれるのか? 逃がしてくれるのか? そんなこと、わかるはずもない。



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