君と 堕ちる@



「ここから出してよぉ! お父さん、お母さあん! ああああ! 助けて、お願いします! 出してえええ!」

 生け贄の、悲痛な叫び声が部屋の奥から聞こえてくるのを無視して、僕は鍵をかけた。
 あーあー、……皆、アホやね。なんで、閉じこめた相手が逃がしてくれはると思うんやろ。残念やけど、君はそこで壊れてあいつの身代わりに死ぬ運命なんや。悪く思わんでな。
 戸の前に立っている白子に後を任せると、僕は自分の部屋へと戻った。本家を離れた、僕ん部屋は、あそことはまた違った場所で隔離されている。あいつに比べたらそうでもない言うても、僕も呪われた体質であることに変わりはないし、邪魔なんやろね。

「ただいま、良介くん」

 まあ、そんなんどうでもええんやけど。
 部屋に入ると、車椅子に座った彼が、振り返った。

「…………――おかえり、灯」

 にっこりと、微笑みながら。



君と 堕ちる



「良介くん、聞いて聞いて、今日なあ、分家の奴に嫌み言われてん。めっちゃ腹立ったわあ」

 太股の上に頭を置いて、今日あったことを報告すると、良介くんは僕の頭を撫でながら聞いてくれる。その手つきは優しくて、気持ちいい。このまま眠れたらええのにな、なんて思ってしまう。

「そっか、大変だな」
「ほんまやで、僕が君を囲ってはるの、未だにグチグチ言いはるねん。鬱陶しいし、処分したいわ」
「? 囲うって?」
「……ああ、なんでもない。良介くんは、元々ここに住んでたもんな」
「そうだよ、たまに変なこと言うよな、お前」

 小さく笑いながら、良介くんは僕の頬に手を当ててきた。その目に、光はない。僕が全部壊したから。でも、しゃあないねんな? だって、そうでもせんと、逃げてまうやろ。なんでやろね、僕、君だけは逃がしたくなかったんや。あいつのモンやから、奪って壊したろ思ってたんやけど、今となってはあんな奴どうでもええし。
 優しい笑顔を向けてくる良介君に対して、僕もにっこりと微笑んだ。良介くんは、昔から此処に住んでいて、僕の恋人で、僕が一番大好きで、僕しか見えへん。足は事故で失った。だから、僕がずっと面倒を見ている。そういう風に、僕が教えた。多分、もう昔の記憶はほとんど残ってへんのやと思う。たまにぼんやりしていることもあるけど、僕が声をかけたら、すぐに笑顔を向けて僕に抱きついてくる。
 誰かが僕たちを見たら、間違ってるとか言わはるんやろか? でも、もうこれでええんよ。

「良介くん、今日はご飯何食べたい?」
「うーん、高カロリーのもの……」
「なんやそれ、もっと具体的に言うてー」
「灯が持ってくるもんなら、なんでも食うよ」

 言いながら、良介くんは僕の頭を撫でてくれはる。あー気持ちええ。僕が猫やったら喉ごろごろいわしてはるね、絶対。ちらりと上を見ると、良介くんと目があった。ふと、ここに来るまでにみた、桜の花を思い出す。

「良介くん、今、外桜咲いてんで。見にいく?」
「やだよ、なんで外に行かなくちゃいけないんだよ」

 少しだけ怯えた顔をする良介くんに、僕は笑みを浮かべた。そうやね、君は、逃げ出したり、外に行ったらあかんもんな。良介くんは、ここから出ない。外に出ることを極端に怖がってはる。それも、僕が教えたことなんやけど。

「かんにんな。ほな、後で花だけ持ってくるわ。桜、良介くんに似合うで、きっと」
「アホか」
「ふふっ」

 良介くんが、ここにきてから、しばらく経った。君を此処に閉じ込めたのは、夏やったかな、蝉が鳴いとったし、多分、そうやろね。それから、季節は何回か巡ったと思う。世間的に、というか、戸籍上、良介くんはもう死んではる。というより、僕が殺した。身元不明の遺体は、良介くんということで処理された。お父さんは悲しんではったし、友達も、落ち込んでたみたいやけど、今はもう、君のことなんてどうでもええと思うよ。皆、君のことを忘れていく。薄情やね。僕だけが覚えてるんや。
 良介くん、信じてはった? いつか、誰かが助けにきてくれはるんやないかって。でも、誰も助けになんて来いひんかったやろ。せやから僕言うたのになあ、信じても裏切られるよって。

「灯、今日は何するんだ? ずっと此処にいられる?」
「ああ、かんにんな、今日はちょっとすることあるから、また出なあかんねん」
「そっか……」
「寂しい?」
「うん……灯といたい」

 しょんぼりとうなだれる良介くんに、僕はキスをした。良介くんは、何も言わずにそれを受け入れる。どころか、自分から求める様に舌を伸ばしてきた。啄み、貪るように口づけを交わす僕たちの間で、濡れた音が響いた。

「はっ……灯……」
「ん?」
「好き、すきだ、愛してる」
「……ああ、僕もやで」

 光のない目で言葉を紡ぐ良介くんを、僕はぎゅっと抱きしめる。良介くんは、僕のことを愛してくれる。僕だけを、愛してくれはるんや。ほかのもんなんて、見んでええの。さあ、これからまたあの部屋に行かんと。せやないと、君のこと、取られてまうからなあ。

「ほな、行ってくるわ」

 部屋を出ると、いつか彼が閉じ込められていた部屋へと向かった。元々、渦見の贄に選ばれてた彼を、強引にでも外させたのは、これが前提条件だ。
 良介くんやない、別の人間を、あいつの身代わりにすること。多分、今閉じ込めてはる奴は、もう長くは持たんやろうな。さっき聞いた悲痛な悲鳴を思い出して、薄く笑う。

「出して……出してぇ……あああ、あ、あああああ、ああ……」

 ガリガリと、戸を引っかく音がした。鳴き声と、壊れたような声。壁一枚を隔てて、限界かな、と感じた。人って、簡単に壊れるんや。僕はそれを確認すると、そのまま地下へと降りていった。

 黴臭い通路を抜け、封鎖されたような部屋に入ると、回転椅子に座る終夜が、僕を振り返った。呆れを含んだ様な目をしている。

「……まーた来たの、お前、本とやなやつだよね」
「そんなん言わんでもええやん。オニーチャン」
「あひゃ、うざあいー」

 くるくると回りながら、滑車を滑らせて、鉄格子を挟んで回転椅子で近づいてきはる。嫌なことに、僕とよく似た目は、僕のことをあざ笑っているようにも見えた。ほんま、嫌な奴はどっちやねん。

「もーすぐ、次の来はるから、知らせに来ただけや」
「ふーん……」
「あらま、淡泊やね。お前のせいで、死ななくてもいい人間が死んでくんやで、ほんま、かわいそうやわ〜、僕なら耐えられへんわ〜、生きんのが苦痛やわ〜」
「おー嘘つき」
「ふふっ」

 ま、実際、どうでもええんやろね、僕も、お前も。だって、どうせ他人やん? 他人がどうなろうと、僕らには関係ないしな。終夜は、此処に来てから、またあの呪いがどんどん強くなってはる。それは、良介くんと離れてからの様な気もする。近ければ近づくほど、相手に移行する呪いやし、限界やったんやろねえ。
 多分、ここに長いことおったら、同じ体質の僕でもあかんことになる。クスクスと、夕姉が終夜の後ろで笑っている。首に手を回しながら、愛おしそうに抱きしめて。あーあ、ほんま、僕の家族ってアホばっか。部屋一面に貼られた札が、また黒ずんできていた。ああ、これも換えなあかんわ。

「なあ、お前、いつまで生きよるん?」
「さあ? それは俺が決めることじゃないっしょー」
「せやなあ、まあ、僕ははよ死ね思ってはるけど」
「あひゃひゃ、灯ってばつーめーたーいー」

 くるくると回りながら、終夜は笑う。頭おかしいんちゃう。自分のせいで、どんだけ人が死んだかわかってはるんかこいつ。イカレとるわ。実際、最初から狂っとったと思うんやけど、いつまで経っても変わらんのは、ある意味すごいかもな。ケラケラと笑っている終夜を後目に、僕は部屋を後にした。こんな奴と話したないしな。

「ほな、僕はもう行くわ。せいぜい次の贄がくるまで長生きさせてな、いちいち壊すん、面倒やねん」
「あー、うー、ねー灯」
「なんや」

 でかい目が、こっちを見た。

「笠原、まだ生きてる?」
「……良介くんは、こっから逃げはったって聞かへんかったか? アホな白子が逃がしたんや」

 僕は、いつものように、笑いながら言う。嘘くさいと言われる笑みをたたえながら。

「お前としてはよかったんやない? 逃がしてやりたかったんやろ、そのために、自分からここ帰ってきはったんやからなあ、おもろないわ」
「ふーん、ふーん、ふーん♪」

 鼻歌を歌いながら、終夜は椅子から降りると、ニヤつきながら僕の前まで来た。

「とーもーすー」
「なんや、キッショイ声だして」
「あひゃひゃ、お前さあ、嘘つくの下手になった?」
「何の話や」

 すると、終夜は目を細めて喉を鳴らした。

「あいつがさあ、逃げられるわけないじゃあーん!」
「…………」
「お前に捕まってえー、簡単に逃げられるわけないじゃーん。逃げたとしてもまた捕まえるよね、あひゃひゃ、俺、お前のそういう粘着質でうざいとこはちゃあんとヒョーーカしてっから」
「……なんの話かわからへんわ、失礼やね」
「わかんない? ほんとに逃げたなら、お前、俺のとこ来ないデショ」
「…………」
「あひゃっひゃ、多分まだ生きてはいるんだよねえ、俺のとこ来てないし。でもさあ灯……」
「なんや」
「笠原、死んだら俺のとこくると思うよ? あひゃっ」

 鉄格子の間から手を伸ばして、僕の頬に触れてくる。気持ち悪かったから、すぐにその手を払った。笑い声がする。子供の声、女の声、すすり泣くような声も、叫び声も、此処には、僕とこいつしかおらんはずなんやけど。冷たい空気が、部屋の中を包んでいく。申し訳程度の照明で照らされてできた影が、ゆらゆらと揺れていた。

「だって、笠原は俺が最初に見つけたんだから、お前が何してもむーだむだ」
「…………」
「最後は、俺のとこに戻ってくるよ」
「……言ってろや、アホンダラ」

 後ろで、夕姉が笑っている。冷ややかな目で見下して、さっさと重い扉に手をかけた。ほんま、嫌な奴。とっとと死ね。はよ死ね。後ろから、つんざくような笑い声が響いた。それは、終夜のものだけやなかったけど、部屋から覗く無数の目が、僕を笑ってはる気がした。

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! とーもすー! 笠原に伝えといてよ! 巻き込んじゃってごめんねって、あと、もう少しで会えるねってさ、ひひっ、ひひひっ、ひはははは!」

 無視して扉を閉めた。何を言うてはるんやろな、あの馬鹿は。もう少しで会える? そんなこと、あるわけないやんなあ?
 イライラする気分を押さえて地下から上がると、白子にあの生け贄をもう下に降ろすように指示した。まあ、せいぜい他人の生を食って生き延びればええわ、そしたら、僕と良介くんはお前に関わらへんで生きてける。
 睨みつけると、僕は再び自分の部屋へと帰った。あいつと会うと、気分が悪くてかなわんわ。


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