腕の中で眠ってD



 目を開くと、大志の顔が目の前にあった。

「………………」

 布団の中で身を捩り、もぞもぞと動く。カーテンの隙間から漏れる光と、全体的に明るくなった部屋が、朝を告げていた。なんか…………下がスースーする……。
 手を下半身に伸ばすと、下着がない。というか、穿いていたはずのハーフパンツも脱げている。上のティーシャツは着ているのに。僕の足に大志の足が絡まっていて、抜け出そうとしたけど、面倒なので諦めた。腕の中で、大志の顔を見つめる。
 ――昨日は……、確かあの後また二人でシャワーを浴びて、夜になっちゃったけど、大志が作ったオムライスを二人で食べて、それから、このベッドで一緒に寝たんだっけ。二人で何の話をしたかな。色々話した様な気もするけど、もう覚えていない。……あれ、あの後、またセックスしたんだっけ? しないで寝た気がするけど、なんで下穿いてないんだろう。寝てる間に脱げたのかな。まあ……どうでもいいか。
 再び視線を戻して大志の顔を見る。長い睫に触れると、少しだけ瞼が動いた。

「あ゛……」

 名前を呼ぼうとして、喉から掠れた声が漏れた。……声、枯れてる。
 こほん、と咳払いをして、大志の名前を呼ぶ。

「……大志」

 寝てる? 
 僕は大志の寝顔をじっと見つめる。腕は僕の体を抱き寄せたままで、一人用のベッドに男二人はちょっと、いやかなり狭い。僕は壁と大志の間に挟まれたまま、布団から手を出した。すうすうと寝息を立てている大志の顔は穏やかで、目の前には無防備に晒された喉元があった。ぽこんと浮いた喉仏にそっと触れる。

「………………」

 それから、自分でも意識しないうちに、首を手のひらで包んだ。どうしてだろう。傷一つ無い綺麗な喉。白い肌にぽつりとある黒子と、その下に赤い噛み痕が残っている。
 ……ちょっと押せば潰れそうな喉仏。呼吸する度に上下する胸。当たり前の様にあるそれを、消してしまいたい、と一瞬思ってしまった。
 でも、僕はすぐに首に回したその手を引っ込める。

「――絞めないの?」
「…………っ」
「オハヨー……」
「……お、おはよう……」

 いつの間にか、大志の目が開いていた。眠たげに見つめる黒い瞳が嬉しそうに細まり、瞳の中に僕が映る。
 大志の手が、壁際に離れていた僕の体を引き寄せてぎゅうっと抱きしめてきた。僕は抵抗もせずそのまま受け入れる。……あったかい。
 とくん、とくんと、心臓の音が伝わってくる気がした。布団の中で、大志の腕に閉じ込められたまま、僕は目を閉じる。ああ、好きだ。
 大志は僕の髪に指を通し、頭を撫でながら耳元で囁いた。

「はあああ〜〜〜〜〜……ずっとこうだったらいいのに。正義ちゃんうちに住まない?」
「…………絞めないよ」
「ん?」
「僕は、恋人の首、絞めたりしない……」

 大志の言葉よりも、今自分がした行動の方が不思議だった。どうして僕は今、喉に手を伸ばしたりしたんだろう。僕達は付き合っていて、僕は大志のことが好きなのに。まるで、消したいみたいな気持ちになったんだろう。大志が好きなのに。
 違う。
 大志の事が好きで、愛してるから、昨日だって愛し合ったのに。
 違う。
 大志は恋人で、大志は僕にとって大事な人で、大志が僕の全てなのに。
 違う。
 大志が望むなら僕は何をしてもいいのに。
 違う。
 大志とセックスするのが好きだし、気持ちいいから。
 違う違う違うっ!
 大志が好き。大好き。愛してる。
 違う!
 大志のことしか見ないし大志以外は見たくない。
 違う、違うっ……!

「正義ちゃん?」
「あ……っ?」

 ……僕、今何考えてた?
 いつの間にかぬいぐるみの用に抱きしめられていた体は解かれ、大志の顔が目の前にあった。

「どうしたの、汗出てる。暑かった?」
「…………な、なんでも、ない」
「そう」

 そう言うと、大志が起き上がり、上にかかっていた布団を剥がれた。僕ものろのろと起き上がると、ベッドの中に紛れていた下着とハーフパンツを拾う。着ていたはずの服は、布団の足下に入ってくしゃくしゃになっていた。
 衣服を身につけていると、腕や内ももに赤い痕が残っていることに気がつく。虫刺され、で片付けるには、ちょっと数が多い。……服で隠れる部分はいいけど、見つかって、勇気とかお母さんに聞かれたらどうしよう……。
 ぼーっと考えていると、大志が後ろからのし掛かってきた。

「わっ……」
「朝ご飯つくるよー、つってももう昼だけど。正義ちゃん、お母さんに今日何時に帰るって連絡するっつってなかった?」
「あ、うん……する」
「じゃー、夕方か夜に帰るって言っておきなよ」
「…………うん」
「今日も泊まっていってもいいけどねっ」

 クスクスと大志が笑う。流石に二日連続は、怒られるかもしれないから無理だけど、夕方に帰るくらいなら大丈夫だろう。
 それに、大志がそう言うなら、そうするべきだ。
 僕はベッドの下に落ちていたスマホに手を伸ばして、お母さんに連絡を入れる。普段友達と遊びに行かない僕が友達と一緒に居ることが嬉しかったのか、返事はシンプルな了承だった。遅くなる場合はまた連絡くれればいい、という返答が帰ってくる。
 大志は、僕が連絡するのをつまらなそうに見ていたかと思えば、ベッドの上で猫みたいに大きく伸びて、そのまま倒れた。よく見たら、大志の体にも、赤い痕や、僕の噛んだ痕がついている。僕がやったのか……。でも、なんだか、記憶があやふやだ。
 ぼんやりしていると、大志が視線だけ動かして僕に問いかける。

「正義ちゃん、朝ご飯何食べたい?」
「えっと……」
「あ、つーかもう外晴れてるし、近くにコンビニあるから一緒に飯買いに行く?」
「え……」
「ゴムも切れたしー、一緒に選ぼっか」
「…………明るいから、いい」

 よくわからない理由で断ると、大志はどうでもよさそうにふーん、と呟いた。それから再びベッドから起き上がると、じゃあコンビニ行こっか、と服を見繕い始めた。
 全然聞いてない……。
 いや、いい、という曖昧な言い方をした僕も悪かったのかも。これじゃあ、いいよっていう意味に聞こえたのかも知れない。
 高校生が昼間っからコンビニでコンドーム選んでるところなんて、誰にも見られたくないし、補導されたりしないのかな。
 男同士だと、冗談みたいに見えるから大丈夫なのか? でも、誰か知り合いに見られたりしたら……、とそこまで考えて、知り合いに見られたからってどうだっていうんだろうと思った。そもそも、僕に知り合いなんて呼べる人間すら、ほとんどいない。
 それに、どうでもいいのに。
 大志以外は、全部。大志がクローゼットを開けながら、中の収納ボックスを漁る。

「正義ちゃん、服変える? 俺のちょっとサイズでかいかなー、別に近くのコンビニだからそのままでもいいけど、せっかくだし着替えてそのままどっか行く?」
「……なんでもいいよ」
「んじゃー、着替えよっか。正義ちゃんに似合いそうな服選んじゃおーっと」

 嬉しそうに自分の服を漁る大志を見て、今一瞬何を考えていたのかわからなくなる。……なんでだろう、さっきから、記憶が途切れるみたいに、ノイズが走る。僕、頭がおかしいのかな。
 昨日のことも、今までのことも、全部覚えているはずなのに、夢の中で起きた出来事みたいに、思い出せるのに思い出せない。大志が嬉しそうに告げる。

「コンビニ行ってー、ご飯とゴム買ってー、そんでその後どうしよっか。あ、それともデートする? 遊園地とかどう? いっそそこで飯食うのもいいね! 混んでっかなー、でもナイトショーまで居れば今から行っても結構楽しめるかも」
「……あ、いや、遊園地はいいよ」
「ん? 興味ない?」
「うん……」

 大志の提案に首を振る。遊園地は、嫌だ。行きたくない。だってあそこは、楽しかった所で、ずっと大切にしておきたい場所だから。
 ……楽しかった? 楽しかったなら、また行けばいいのに、どうして行きたくないなんて思うんだろう。あれ、なんか変だ。何かがおかしい気がする。
 僕、僕は……。

「正義ちゃん」
「……あ、な、何?」

 目の前で、大志が笑う。

「笑え」
「えっ……」

 ぐに、と頬を摘ままれ、僕の顔が少しだけ引き攣る。大志は、笑顔で淡々と僕に言う。

「さっきからずーっと仏頂面。セイと居たときはそんなんじゃなかったくせに、つまんなそーな顔してねえで笑えよ、な?」

 そう吐くと、引っ張られていた頬が解放された。僕は、引き攣ったようなぎこちない笑みを浮かべる。自分でも、うまく笑えていないと思った。
 セイ。
 その言葉を聞くだけで、胸の奥に亀裂が走ったような痛みを覚える。ズキズキと痛むそれに、僕自身、どうして痛いのかわからなかった。
 でも、大志が少し怒ったような顔をしていたので、怖くなる。……怖い? どうして、怖いなんて思うんだろう。大志は、いつだって僕に優しくしてくれるのに。目を細めて、口元を歪めた。頭がクラクラする。冷や汗を額に浮かべながら、無理矢理笑った。

「ご、ごめんね……」
「ううん、怒ってないよ! ごめんちょっとキツい言い方しちゃったかも」
「僕の、方こそ……」

 僕の方こそ、なんだっけ。何を言おうとしたんだっけ? ■を思い出したりなんてしてごめんって、……あれ? ■って……。
 いや、それより大志と居るのに、つまらなそうな顔をしちゃうなんて、よくない、よね。自分の顔を手のひらでぺたぺたと触れて顔を覆う。
 駄目だ、うまく笑えているかわからない。もっと、自然に笑わないと。幸せな、恋人同士みたいに。
 どうして?
 だって、それが自然だし……。
 笑いたくもないのに?
 でも、笑わないと。大志が、笑えって言うなら。それに僕達は付き合っているんだ。恋人なんだ。
 本当に?
 うるさい!
 ほっぺに触れて無理矢理口角を上げる。

「正義ちゃん何してんの」
「あ、いや……」
「ふふふ、髪、寝癖ついてる。ほら、おいで。顔洗お」
「うん…………」

 笑顔で言う大志に導かれて、今さっきまで考えていたことを放置する。放置しないといけない気がした。これ以上考えたら駄目な気がしたんだ。
 まさよし、と耳に残る、ぶっきらぼうで優しい呼び声を、今思い出したくなかった。

****

「うん、似合う似合う!」
「そうかな……」

 結局、二人で遊びに行くことになった。大志の服を借りて、付けていたピアスも違うモノに変えられた。大志の服は結構派手だし、柄物も多いし、サイズもあってない気がするけど、これはオーバーサイズで着た方がシルエットも良いからとか、よくわからないことを言われて着替えさせられた。
 髪の毛を弄られて、全身を大志が選んだモノに変えられた。
 鏡の中にいる僕は、普段の僕とは全然違う格好をしている。
 ……正直、似合っているのか、いないのかも、僕にはよくわからない。元々あまりオシャレな人間ではないし、大志の感性も結構独特だ。けれど、大志が満足そうにしていたので、僕はもうどんな格好でも構わなかった。
 全身をコーディネートされて、大志の隣に立つと、やっぱりちょっと不似合いな気はしたけれど、大志は嬉しそうに僕の手を引く。

「んじゃ、行こっか。どこ行こうかなー、正義ちゃん行きたい所ある?」
「僕は、大志が行きたい所なら、どこでも……」
「えー、健気! じゃ、遊園地行く?」
「そ、それは……」

 それは、駄目だ。……あれ、でもなんで駄目なんだっけ。
 ■との楽しい記憶を、壊したくなくて、いや、でも僕は大志の事が好きなんだから、一緒に遊園地で遊ぶのはきっと楽しいことだ。壊れるはずがないのに、どうして壊れるなんて思ってしまうんだ?
 そもそも、どうして■の名前を……。■、■の名前って、あれ? ずっと呼んでたはずなのに。
 あれ、いや違う、そうじゃなくて。
 僕は大志が好きなんだ。そうだよ、好きだから、いつでも、どこでも一緒に居たいし、大志だけを見ていたい。なのに、なんで……!
 頭の中がぐわんと揺れる。青ざめる顔を手のひらで覆うと、大志がそうそう、と笑った。

「忘れてた。これもつけなきゃ」
「? ま、まだ何か……――」

 普段付けないアクセサリも付けたのに、この上まだ何かつけるのかと思えば、大志の手の平の中には、僕の狐面が入っていた。鞄の中に入れていたものだ。

「はい」
「…………っ……」

 当然の顔をして僕にお面を手渡してくる。そのお面を見て、一瞬目を見開いた。

「正義ちゃんといえば、これだからさ。――ね?」

 僕は小さく震える手でそれを受け取ると、つけて、と促されるがまま、狐面を顔に押し当てる。
 視界が狭くなり、その狭い視界の中、大志の顔だけが映った。

「うん、やっぱり正義ちゃんはそれが似合うね」
「………………」

 言葉を発しないまま、小さく頷く。
 ……ああ、そっか。
 結局コレ・・が一番正しいんだ。お面を被って、誰とも喋らない、大志としか口をきかない小波正義を大志が望むのなら、僕はもう、それに戻ろう。元々、どうにかなるはずもなかったんだ。変な理想や夢を抱くからこじれた。元々望まなければよかったのに。
 馬鹿だなあ、僕は。

「正義ちゃん、俺との約束覚えてる?」

 大志の言葉に頷いた。俺以外の前で喋らないで。顔も見せないで。そう、その約束。破らないようにしなくちゃ。
 僕は、大志を好きだから。
 恋人だから。これがきっと、一番正しいんだ。これでいい。これが、一番いい選択。大丈夫、大丈夫。
 『正義、お前それでいいのかよ』
 聞こえない。
 『それが、大丈夫な奴の顔かよ……っ』
 聞こえない。
 『お前、結構わかりやすいから』
 聞こえない、聞こえない、聞こえない!
 頭に響く声は、耳を塞いでかき消した。脳裏に浮かぶ■の笑顔を消すように目を瞑った。
 全部見ない。見えない。僕にはもう、大志しか見えない。大志にしか関心を抱かない。
 それでいい。
 それが、いい。

「正義ちゃん」
「…………っ……」

 久しぶりにお面越しにキスをしながら、僕は大志の腕の中で、泣きそうな笑みを浮かべた。

「大好きだよ」
「……僕も」

 どうして、自分が泣きそうになっているのかもわからないままに。

****

 それから、何日も経った。
 僕はあれからまた元の僕に戻った。元の、というのは、いわゆる、狐面を付けたまま、誰とも喋らないという根暗な高校生活。でも、特にいじめられたりすることはないし、誰かに弄られたりすることもない。陰湿な嫌がらせだって、綺麗さっぱりなくなった。
 むしろ、今となっては誰も近づいてこない。
 大志以外は。

「まっさよっしちゃ〜ん、おひる〜」
「…………」

 近づいてきた大志に、僕は頷いて立ち上がる。

「大志ー、俺ら今日教室で食うからなー」
「あいよー、じゃねー」

 チャイムが鳴ると、大志が僕に近づいてきた。
 ……信じられないことかもしれないけど、今、僕と大志が付き合っていることは、もうクラスの人も知っている。何故なら、大志が教室で公言したからだ。ラインでも伝えたけど、という前置きから正々堂々公言したときには、流石に驚いた。
 当然、ざわめきも衝撃もあったし、色々聞かれた。けれど、僕は喋らないし、皆の質問は全部大志が受け止める。
 引く人も嫌悪する人もいたけど、表立って何かがあったわけでもなく、大志のキャラ故なのか、同性同士の同級生が付き合っている、というちょっとしたニュースも、やがて当たり前の様に受け入れられていった。
 僕は大志と付き合っていて、大志のだから、という認識が、いつしかクラスの中にできあがった頃から、大志は僕を見せびらかす。
 別に、誰も羨ましがったりしないのに、いいでしょう、と嬉しそうに言うから、皆ちょっと呆れ気味だ。
 それでも、笑って祝福してくれた。
 そういう事実もあってか、今じゃ誰にも話しかけられない。僕は大志のだから。話しかけられたところで、僕も大した返答も出来ないけど。
 佐々木とか、普段大志の周りにいる人も、唖然としてはいたものの、大志の様子を見て、その内納得したのか、特に避けられたり、陰口をたたかれることもなくなかった。
 大志はああいう性格だから、男と付き合うのもまあ有りかも、と納得されたのかもしれない。
 ただ……。

「おい大志」
「んー、何、セイ」
「………………チャイム、鳴る前に戻れよ」
「なに、お母さんなの? わかったよマッマ〜、夕飯までには帰るね」
「…………」

 ただ、唯一西園だけは、僕達に鋭い視線を飛ばす。
 休み明けに会ったとき、僕は避けてしまった。話しかけようとしてくれたのに、声をかけようとしてくれたのに。わかっていたにも関わらず、僕は拒絶した。
 だってもう、僕には彼と話す資格も、勇気も、度胸も、何もない。
 それに、欲しくなってしまったら、大変だから。
 だから無視した。ごめんなさい、と心の中で謝りながらも、僕は■を見ないことにした。
 関心を持つな。大志だけ見ていれば良い。繰り返し唱えて、話しかけられても、出来るだけ話さず、目も合わせず、すぐにその場を離れた。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、と無意識のうちに何度も呟く。
 そうしている内に、西園はあまり話しかけてこなくなった。気まずそうに、距離が取られた。
 ……これでいい。
 きっとこれが、正しいんだ。僕は間違ってない。これでいい。落胆を僕が感じる必要はない。そんなもの、僕が抱くのはおこがましい。
 何度も何度もそう思って、僕は大志の手を握る。
 大志は僕の手を握って嬉しそうに絡めた手を上げた。

「んじゃね〜、あ、妬かないでねこれ!」
「はいはい、別に心配しなくてもそんなん誰も取んねーからさっさと行けや」
「いつもやるなよそれ」
「はよ行けクソカップル」
「変人お面カップル」
「うわっ、ひど! 正義ちゃん聞いた〜? 俺らお似合いだって!」
「いやポジティブかよ!」
「引っ込め引っ込め!」
「小波くん早く連れてってそいつ!」

 友人達から野次を飛ばされ、笑われながら、僕達は教室を後にする。手を繋ぎながら、大志は嬉しそうに微笑む。ああ、これはきっと、幸せなことなんだ。





「今日はさー、親居ないから、うち泊まりにおいでよ」
「…………」

 教室を出て、二人でご飯を食べながら、僕は大志の言葉に頷いた。
 今日は、と言うけれど、大志の家に親が居たところなんて見たことがない。それについて訊ねることもないし、大志が語ることもない。
 ただ僕は、大志の家の、大志の部屋に行くだけだ。
 あの大きな家の一室。お面の飾られた大志の宝箱。
 あれから、僕はしょっちゅう大志の家に「勉強会」という名目で遊びに行ったり、泊まりに行ったりする。
 大志も、僕の家に割と遊びに来るから、家族の中では、今じゃすっかり「化野大志は仲良しの親友」という認識を持たれている。
 勇気はすごく嫌そうにしているけど、お母さんは大志のことを気に入っている。あんたの学校、怖い子ばっかり居るかと思ったけど化野くん見て安心しちゃった、なんて言われるから、変に怪しまれることもない。大志は口が上手いから、そういうのが得意なんだと思う。僕を放置して、お母さんと楽しそうに話しているのも、何度か見たことがある。
 どうして、そんな風に話せるのかな。
 大志は、罪悪感とか、感じたりしないのかな。
 だって、勉強会、じゃなくて、大志の家に行く時僕達は、親にも言えない様な、恥ずかしいことをしているのに。

 僕は大志じゃないから、堂々と付き合ってるなんて言えないし、言ってもうまく立ち回れない。
 口を閉ざしたまま、大志の家に遊びに行くとだけ告げる。
 これが当たり前。
 これが普通。
 僕にとっての日常。

 そうして、今日もきっと、僕は大志の部屋にある、あの狭いベッドの上で、大志の腕に優しく包まれながら眠るのだ。

 耳元にかかる吐息を感じ、はにかむような笑い声と、温かい子守歌を聴きながら、いつまでも一緒に。


終わり
 
 

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