腕の中で眠ってB


 そのまま身じろぎもせず、しばらくベッドの上に横たわっていた。窓に打ち付ける雨の音を聞きながら、暗い部屋の中、化野に後ろから抱かれたまま僕は息を潜める。とくん、とくんという心臓の音が響いて、その音は少しだけ心地よい。
 けど、いつまでこうしていればいいいんだろう。

「……あ、化野……?」

 問いかけてみたけど、返答はない。ただ、静かな呼吸が聞こえてくるだけだ。……もしかして、寝てる?
 そっと身体を反転させて、化野の方へと向き直れば、暗いから見えにくいけれど化野の目はしっかり閉じられていた。

「化野……」

 もう一度呼んでみる。けれど、返事はない。聞こえる吐息は規則的で、やっぱり眠っているのかもしれない。
 ……普通、この状況で寝る? それとも、疲れてたりするのかな。いや、でも化野が疲れるなんてことあるんだろうか。化野だって人間だから、そりゃ疲れることだってあるんだろうけど、あんまりそういうのを表に出したりしないイメージだからか、寝顔がなんだか意外に見えた。こうして寝顔を見ていると、やっぱり綺麗な顔立ちをしている。付き合いたいって思う女の子なんて、きっと沢山いるだろうに、どうして化野は人とちょっと違った道を進むんだろう。何か理由があるんだろうか。けど、そんなことを考えていても埒があかない。僕は気づかれないように腕の中から抜け出した。
 早いところブレーカーを上げてこないと、もっと暗くなったら家の中が真っ暗になってさらに見えなくなってしまう。
 でも、どこにブレーカーがあるのかわからないし、勝手に他人の家のブレーカーを探す訳にもいかないよなあ。とりあえず、さっき切られたスマホの電源入れて、懐中電灯代わりに……と思ったところで、シャツを後ろから引っ張られた。

「う、わっ……!」
「…………どこいくの」
「あ、化野……」

 起きてた? いや、今起きた? わからないけれど、ベッドの上に寝そべった状態のまま、化野は僕のシャツを引っ張ってくるので、僕は再びベッドの上へと戻った。

「……ブレーカー、上げないとと思って……」
「その携帯で誰かに連絡でも取ろうとしたの?」
「いや、これは……、ライトつければ懐中電灯になるから……」
「ふーん」

 返答が言い訳じみた物になっているような気がするけど、本当のことだ。化野はむくりと起き上がり、僕を再び自分側へと引き寄せる。僕は抵抗もせず、その動作を受け入れた。
 ぎゅう、とそのまま腕の中に閉じ込められ、持っていたスマホは再びベッドの上へと捨てられた。

「……化野」
「大志って呼んで、もう間違わないでね」
「…………大志……」
「うん」
「僕、別に、誰かに連絡取ったりしないよ……」

 というより、取る人間なんていない。お母さんには、こんなこと言えないし、友達だって……。誠の姿を思い出して、少しだけ胸が痛んだ。もう、考えないようにした方がいいのかもしれない。
 あんな姿を見られたら、もう嫌われたに決まっている。誠から否定の言葉を聞くのも怖かった。
 僕の言葉に、化野は抱きしめていた腕の力を緩めると、暗い部屋の中、正面を向いて薄く笑う。

「ホント?」
「…………うん……」
「じゃ、好きって言って」
「え?」
「俺のこと、好きって言って」
「………………好き……」
「もっと、いっぱい」
「…………好き、好き、好き……」
「誰が?」
「……大志が好き」

 何度も教えられた言葉。
 何度も躾けられた言葉。
 行為の時には、何かあればこの言葉を吐くようにしていた。軽々しく言っていいものではないのかもしれないと思いながらも、好き、と言えば、本当にこれが好きなような気になって、心の負担が少し減る。だから、気がつけばこの言葉を吐いていた。
 思考がぐちゃぐちゃになってしまいそうな時は、意識せずにこの言葉を口にする癖がついている。
 スキ、スキ、スキ。
 好きってなんだ? もう、それすらもわからなくなってくる。
 けれど僕の言葉に頷いて、化野は触れるように口づけしてきた。それから、僕のスマホを掴み、高い棚の上に置いてしまった。僕から離れて部屋のドアへと向かう。

「ブレーカー上げてくるから、ちょっと部屋で待っててよ」
「うん……」
「うち、散らかってるから、俺の部屋以外は見ないでね」
「…………わかった」

 小さく頷くと、化野は部屋から出て行った。散らかっている、とは言うけれど、お風呂場も綺麗だったし、化野の部屋に行く途中見えた居間も綺麗に整頓されていた。なんていうか、化野の部屋を抜かせば、あまり生活感のない家に見える。僕の家の方が、よっぽどごちゃついている。けど、そもそも人の家を散策する趣味もない。大人しくベッドの上で、化野が帰ってくるのを待った。

「…………好き」

 暗闇の中、教えられた言葉を一人呟いてみる。
 化野のことが好き、僕は化野の事が好きで、好きだから付き合ってる。好きだから恋人で、好きだからああいうことをする。好きだから、大好きだから。
 化野と一緒に居ると幸せで、大好きで、だから、僕は自分の意思でここに居るんだ。そう思わないと。

「好き、好き、好きだ……」

 言い聞かせるように、自分の気持ちに馴染ませるように、何度も何度も、小さく呟く。
 好き、好き、好き。
 顔を手のひらで覆って、何度も口にする。
 好きだ。
 好き、大好き。
 好き。
 呟き続けていると、暗い部屋の中が、少しだけ明るくなったような気がした。まだ電気は点いていないから、僕の目の錯覚によるものだけど、好きだと言葉にする度に、本当に好きになっていくような気がする。
 そうすると、胸の奥に仕舞っていた感情が、少しずつ、少しずつ、消えていく気がした。

「スキ」

 呪いのように、呪文のように、言の葉を唇に乗せる度、胸の奥で渦巻いていた黒い気持ちが、段々押し込められていくような気がしたんだ。
 その時、部屋の灯りが点いた。化野がブレーカーをあげたんだろう。

「お待たせー、ごめんね、暗い部屋の中! おっ、明るくなった〜」
「……おかえり」

 さっきとは正反対の明るい笑みを浮かべながら、化野が部屋に入ってきた。笑顔で僕の横に腰掛けると、少しだけベッドが沈む。

「今何時? 六時? あー、正義ちゃんお腹空かない? 俺、なんか作ろっか」

 明るい調子で当たり前の様に言ってくるから、僕は少し驚いた。

「えっ、化野が作るの?」
「『大志』」

 笑顔を崩さぬまま、指摘される。

「……ご、ごめん」
「いいけど、あと二回までね」
「えっ?」
「そうそう、俺が作るの! こう見えて、料理作るの結構得意だからさ〜、正義ちゃん食いたいもんある? つっても、あんま材料冷蔵庫入ってねえんだけどさ」

 化野は明るい笑みを浮かべたまま、僕に問いかけてくる。また間違えてしまった。化野、と呼ぶ癖がついているから、これも直さないと。直さないと、どうなるんだ? 謎のカウントダウンにぞっと背筋が冷えた。大丈夫、もう間違えなければいいんだから。僕達は、恋人同士で、今は付き合っていて、僕は化野が好きで、好きだから名前で呼ぶことも当たり前で、だから。だから……。
 あれ、だから、なんなんだろう? いや違う、考えるな。考えてしまったら、受け入れられなくなってしまうだろ。
 ごくりと生唾を飲み込んで、化野に笑顔を向けた。

「……な、なんでもいいよ。僕、好き嫌いないから」
「えー、じゃあ逆に何が好き?」
「す、好き?」
「うん」

 好き、好きってなんだっけ?
 一瞬、混乱しそうになったけれど、はっと息を飲み答えた。好きな食べ物、好きなモノ、そんなに難しい質問じゃないのに、どうして、混乱なんてしたんだろう。
 僕はぎこちない笑みを浮かべながら答える。

「たっ、たこ焼き……とか」
「あはっ、何ソレ意外! じゃあ今度タコパでもする? あ、でも今日はタコねーんだよなー、うち」
「いや、今食べたいわけじゃ……。えと、いつも、大志がご飯作ってるの?」
「いや、普段は普通にコンビニとかで買うよ? でも今日雨降ってるし、外に出るのダルいじゃん。作った方が早いし。オムライスとかでいい?」
「う、うん……。あ、僕、手伝おうか?」
「んーん、俺が作ってくるから、この部屋に居て」
「でも……」
「いいから、ね?」
「…………うん」

 まるで、部屋から出るなと言わんばかりの迫力に気圧されて、おずおずと頷いた。
 僕が頷くと、化野は満足そうに笑い、僕の頭を撫でてくる。

「よかった」
「………………あの」
「ん?」
「僕は、何をしていれば……」
「ああ、別に好きにしてていいよ。部屋にあるゲームとかで遊んでても良いし、本棚に漫画とかあるからそれ読んでもいいし。眠かったら寝てもいいから、ただすぐ戻ってくるけどねー」

 言われながら、僕は目線を斜め下へと傾けた。一体、化野は僕をどうしたいんだろう。
 これじゃあまるで友達みたいだ。僕が黙り込むと、化野は小さく笑って、僕の手を握る。

「どうしたの」
「え、いや……」
「正義ちゃんは、俺にどうしてほしい?」
「え?」
「言いたいこと、ありそうだったから、今のうちに聞いておこうと思って」

 静かな部屋の中、化野の声だけが響く。
 言いたいこと?
 そんなの、もう言い尽くした。
 どうしてほしい?
 そんなの、聞いたところでどうするんだ。どうせ、叶えてなんてくれないくせに。僕は小さく首を横に振って答える。

「特に……なにも……」
「ふーん」
「……っ、わっ……!」
「本当に?」

 肩を押されて、ベッドの上で視界が反転する。再びベッドのへ寝転がるようにして、化野に押し倒された。布団の上に押しつけられ、化野が覆い被さってくる。目の前には、化野の顔があるけれど、明るくなった部屋の中では、照明を背に、逆光で表情が見えにくい。

「本当に、俺にしてほしいことはないの?」
「………………してほしい、こと……」
「そう、正義ちゃんが俺に望むこと」

 囁くように、化野の声が耳の奥へと響く。
 して欲しいこと。
 化野に望むこと。
 そんなの、全部今更だ。してほしくないことも、望むことも、きっと沢山あったけど、もう手遅れで、欲しかったものはもう手に入らない。

「なんでもいいよ、言ってみて」

 甘く囁くような声に、僕は肩を竦めた。全部、遅い。でも、だからといって、ずっとこのままってわけにも……。
 ドクン、ドクン、と心臓が音を奏でる。
 本当に、聞いてくれるんだろうか? 僕が望んだことを。
 喉の奥に溜まった唾液を飲み込むと、唇を震わせながら、喉奥から声を絞り出した。

「や、」
「や?」
「……やっ………………、優しく、してほしい……」
「うん、他には」
「……ひ、酷いことを、しないでほしい……」
「うん」
「もう、誰かに、エッチしてるところを、み、見せないで」
「うん」
「無理矢理、ピアス、開けたりとか、痛いことも、いやだ……」
「うん」
「…………写真とかも、と、撮らないで……」
「うん」

 あとは、あとは……、言いたいことは沢山あるはずのに、すらすらと言葉が出て来ない。僕が化野に望むことは、もうこれ以上酷いことをしないで欲しいという一点だけだ。
 酷いこと、というのが、化野にとってどれに当たるのかわからない可能性もあるから、きちんと言わなければと思うのに、焦れば焦るほど言葉が出て来ない。
 けれど、僕の言葉を聞いて、化野はうんうん、と頷いた。

「わかった、それが望みなら全部叶えてあげる」
「えっ……?」
「今言ったこと、全部。これからは酷いこともしないし、優しくするし、ピアス開けたりもしない」
「………………本当?」
「勿論!」

 半信半疑で問いかければ、化野は当然のように明るく頷いた。本当だろうか。化野は、平然とした顔で嘘を吐くから、ひょっとしたら嘘かもしれない。でも、ここで嘘を吐くメリットってなんだろう?
 嘘を言うくらいなら、叶えるなんて言わなければいい話だ。
 僕が戸惑っていると、化野は続ける。
 
「それで、正義ちゃんは俺の何を叶えてくれる?」
「えっ」
「愛は無償とかいうけど、与えっぱなしじゃいつか枯れちゃうもんよ。だから、平等に、与え合わないと。"恋人"でしょ?」

 化野の中の恋人、というカテゴリは一体どういうことになっているんだろう。僕は、好きな人には喜んで貰えればそれでいいと思うけど、化野はそうじゃないのかな。いや、でも化野の言うことも確かなのかもしれない。ずっと与え続けていたら、疲れてしまう……? わからない。
 今まで恋人なんて出来たことがない僕には、よくわからなかった。何が正しくて、何が正しくないのか。化野の言葉は、いつだって僕を惑わせてくる。
 何を叶えてくれるのか、と化野は聞くけど、僕には化野が与えて欲しいものなんて。

「………………化野は、何が欲しいの」
「『大志』」
「あっ……」

 また間違えた。慌てて口を押さえると、化野は何でも無いことのように言う。

「俺が正義ちゃんに望むのは一つだけだよ、簡単簡単」
「…………?」
「俺以外の人間に興味を持たないでほしい、それだけ」
「………………そ、れは」
「出来ない?」
「………………」

 僕は小さく頷いた。
 だって、興味、というのが、何を差すのかわからないけど、誰にも興味を持たずに生きていくなんて、難しい話だ。それは、例えば家族は? クラスメイトは? 例えば友達が出来たら? それすらも許されない?
 人として、誰にも興味を持たない、なんて、無茶苦茶だ。

「む、無理だよ……」
「無理?」
「あっ、大志だって、出来ないだろ……」
「なんで」
「なんで、って……だって、と、友達も沢山、いるし」
「ん? どうして友達いることが出来ないことになんの」
「えっ? きょ、興味持たないと、友達なんて出来ないんじゃ……相手のことを知らないと、友達になれないし……」
「別に興味はなくても、友達なんて出来るよ、簡単簡単。友達になるのに、全部相手のこと理解なんてしなくていい」
「それは……」

 それは、本当に友達って言えるんだろうか。僕には友達と呼べる人間が今まで少なかったから、どういうものが正しいかまでは知らないけど、誠がハマっているものには興味があったし、誠が好きなものなら、僕もやってみたいなって思った。
 そもそも、興味のない人間と友達になりたいなんて思うんだろうか? そんなことは、化野だから出来ることであって、きっと僕には出来ない。
 いや、化野がどうやって友達を作っているかなんて、今はどうだっていい。問題は、僕で。

「でも、無理だよ……」
「…………そう」
「た、大志には出来るかもしれないけど、僕には、そんな器用なこと出来ない」
「わかった。じゃあ、俺も出来ない」
「えっ……?」

 僕の言葉を否定して、覆い被さったまま化野の顔が近づいてくる。

「正義ちゃんが出来ないって言うなら、俺も正義ちゃんが俺に望むことは出来ないよ」
「望むこと……って」
「さっき正義ちゃんが言ってたこと、全部」

 そう言われて、すっと、背中が冷えた。
 出来ないって事は、全部するっていうこと? 僕、さっきなんて言った? 
 ……優しくしてほしい、酷くしないでほしい、誰かに性行為を見せつけることも、ピアス開けたり痛くすることも、写真撮ったりすることもしないでって、じゃあ、それをしないってことは……。
 ぞっと顔を青くして、僕は口を噤んだ。

「どうしたの、正義ちゃん?」
「………………い、嫌だ」
「何が?」
「酷いこと、しないで、ほしい……」
「じゃあ、その代わりに正義ちゃんは俺に何をくれる?」

 どくん、どくん、と心臓の音がする。与えたら、求めて、求めたら与えられて、それが当たり前だというのなら、僕は、対価を差し出さなければいけない。
 色んな人の顔が頭に浮かぶ。家族の顔、クラスメイトの顔、小学生の頃の同級生、先生、友達。……唯一の友達。

「わ、わかった……」
「ん?」
「あだ、……大志の、言うとおりに、する……、大志しか、見ない……」

 でも、もう考えないことにしよう。諦めるんだ。だって、そっちの方が楽だから。
 化野以外に興味を持たない。それは、化野以外と仲良くしないでほしいってことなんだろうな、となんとなく理解はしている。
 でも、今更僕と仲良くしてくれる人間なんて、そもそもいない。クラスに友達なんて居ないし、唯一居た友達にも嫌われた。
 だったら、そんなに難しいことでもないような気がしてきた。化野の言葉が、ぐらぐらと僕の脳を揺さぶってくる。
 あんなに酷いことをされたのに。いや、されたからこそ、もうあんな目に遭いたくなかった。酷いことをしないでほしかった。

「ほんと? じゃあ約束ね」
「うん。あの、家族とかは……」
「? 家族に興味とかなくない?」
「えっ、いや、あるよ……」
「ふーん……、じゃあ家族はいいよ。でも、他人は駄目ね」
「…………わかった」

 約束をすると、化野は僕の上から体を退けて、さっき高い位置に置いていた僕のスマホを持って、差し出してきた。

「じゃあ、はい」
「…………?」
「俺以外に興味持たないって約束したし、もういいやこれ」
「…………ありがとう」

 お礼を言うのは違う気がしたけど、一先ず受け取って、スマホの電源を入れた。といっても、誰かから連絡が来ていたりすることは……と思ったけど、お母さんからラインが届いていた。
 ライン画面を開くと、何時に帰ってくるか連絡してという旨のメッセージ。でもこれは、家族だから、大丈夫だ。と思って戻ると、少ないフレンドの一覧に、誠の名前があった。

「あ…………」
「どうしたの?」
「……な、なんでも」
「ふーん」
「…………」

 化野は、きっと気づいてる。僕が誠と何度もラインでやりとりしていたことも、僕が、このラインを心の支えにしていたことも。僕が、この履歴を消したくないことも。
 化野は何も言わない。直接的には伝えない。
 けれど、目線が、突き刺さる視線が、僕のこの携帯に映っている画面を裏切りだと判断するのではないかと、怖かった。 怖い。
 もう、あんなのは嫌だ。
 今までされたことが、脳裏に蘇る。僕は固唾を飲み、誠のトーク画面をタッチした。それから、設定ボタンで、トーク履歴を消去の箇所に指を伸ばす。震える指を見て、化野が隣で言った。

「あれ、消すの?」
「………………うん」
「そっか、俺は別に消さなくてもいいよ? 正義ちゃんが興味持たないっていうんなら」
「…………」
「ああでも、セイはもう正義ちゃんにラインしないか。あんなん見ちゃったし!」
「…………」

 もう連絡が来ることはないだろうけど、もし、誠から連絡があったら、きっと僕は期待する。期待して、返事も返すだろうし、興味を持たないと言うことも、出来ない。化野の言う興味、が何を差すのかは知らないけれど、興味が関心というのなら、それを持たないって言うことは、不可能だ。
 だから、僕に出来ることは、なるべく関心がないように振る舞うことくらいで。残っていたら、きっと期待するし、関心がないフリなんて出来ない。誠が僕を嫌っても、僕は、誠のことを嫌いになんてならないから。
 ぽん、と消去ボタンをタップする。
 トーク履歴を削除しますか? という文言が表示され、僕はOKのボタンを押した。

「…………っ」

 【トーク履歴を削除しました】
 ずっと、心の支えだった。誠と話すのが楽しくて、つい遅くまでラインしたりなんかもした。写真を送って貰ったり、普通の友達みたいに、やりとりするのが嬉しくて、でも、もうそれも全部消えた。
 全てのトーク履歴が削除されたあと、僕は誠の連絡先を削除する。元々少なかった僕の連絡先は、もう家族くらいしか残っていない。
 全部の連絡先を削除すると、僕はスマホの電源を切って、化野の方にもたれ掛かった。

「…………もう何もなくなった……」
「うん、これで本当の恋人だね」
「大志は、何がしたいの……」

 こんなことをして、何がしたいんだ。
 虚ろな目で問いかけると、化野は照れた様に笑う。

「え〜? そんなん、聞く?」
「…………」

 そうして、柔らかな笑みを見せた。まるで恋する人間の様に、幸せそうな、慈愛の目を僕に向けてくる。

「正義ちゃんに、好きになってもらいたいだけだよ」
「………………」

 なんだそれ。
 なんだそれ。
 こんなことして、誰が好きになると思うんだ。お前のそれは、ちょっとおかしい! 喉から飛び出しかけていた言葉をすんでのところで飲み込む。

「っこんなこと、しなくても……」
「好きになってくれた?」

 化野の手が、僕の片手を両手で掴み、手のひらを広げていく。広げられた手のひらを指でなぞると、温い体温が皮膚の上から伝わってきた。
 開かれた指を化野が、一本一本、丁寧に畳みながら言う。

「可能性ってのはいくつもあって、そういうのを、一つ一つ、潰していかないと安心出来ないんだよね、俺」
「…………」
「例えば、正義ちゃんがセイのこと好きになっちゃったり」

 指を畳む。

「例えば、正義ちゃんが俺のこと嫌いになって逃げちゃったり」

 指を畳む。

「例えば、別の誰かに正義ちゃんが盗られちゃったり」

 指を畳む。

「そういう、可能性。全部嫌だから、なくなってほしい。正義ちゃんが俺以外を見ないなら、安心出来る。だからこうした」

 そんなの、自分勝手で、我が儘で、自己中心的な考えだ。僕の気持ちを何も考えてない。どうして、こんなことするの。これが、化野にとって正しい道なのか。こんなの、全然愛じゃない、恋じゃない。そんなので安心出来るなら、それは……!
 沸々とした怒りが、体の奥に湧いてくる。考えないようにしていたのに。殺そうとしていた何かが蘇ってくる。
 感情が昂ぶって、口を開く。

「………………化野はっ」
「『大志』」

 すっと黒目を細めて表情を無くした化野と目が合うと、さっきまで言おうとしていた言葉が、喉の奥へと消えていった。

「あ…………」
「そういうのもね、もうそろそろイライラしてきちゃった」
「た、大志」
「もう回数オーバーだから、駄目」
「ひ、酷いことしないって」
「うん、しないよ」

 着ていたシャツをまくり上げて、化野の手が僕の体に触れる。

「オムライス、もうちょっとあとでいい?」
「た、大志、待って」
「まずは、もう間違えないように教えてあげる」

 ベッドの上に優しく導かれるように体を倒されて、僕は顔を青くした。化野は、幸せそうな顔をして笑う。

「大丈夫、約束したもんね、酷いことはしないよ。だから、もう間違えない様に、ゆっくり、丁寧に、優しく教えてあげるから」

 あやすような手つきで僕の頭を撫でて、口元を歪めた。

「ね」



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