腕の中で眠ってA


 浴室の中に入ると、一般家庭で見るお風呂よりも広めに思えた。化野の家自体、僕の家よりも大きいし、もしかしたら、結構お金持ちなのかもしれない。化野も服を脱いで、二人で浴室に入ると、シャワーコックを捻って、汗をお湯で流す。簡単に体を洗っていると、浴槽に溜まったお湯からはもうもうと湯気が上がっていて、視界が少しだけ曇る。
 僕も石けんを借りて、泡立てる。中に入った体液を出そうと思っていたところで、体についた泡をお湯で流しながら、化野が言う。

「じゃ、お尻向けて」
「…………自分で出来るよ」
「ん?」
「自分で、その」

 別に、化野にやって貰わなくても、中に入った精液を出すくらい出来る。そもそも、化野にやって貰う必要もない。けれど、化野はにこやかな笑みを崩さぬまま、まあまあ、と僕の肩を掴み後ろを向かせた。

「俺がやりたいの、いいでしょ?」
「…………」

 そう言われてしまえば、もう何も言えなかった。いいでしょ? と言う割に、その声は否定を許さない。化野のこういう問いかけは、基本的に質問じゃ無くてただの確認だ。お面を外すときもこうだった。
 嫌だ、自分でやる、とはっきり主張すればいいのに、こんなお風呂場に二人で入ってしまった時点で、そんな主張も出来ない。
 触られたくない、嫌だ、という気持ちよりも、もういいという諦めの方が大きくて、僕は小さく頷くと、浴槽の縁に手を付いて膝立ちする。少しだけ身を屈め、挿入しやすいようにお尻を出した。化野の指が一本、ぬっと中に入ってくる。体内にはまだローションが残っていて、僕の穴は難なく化野の指を飲み込んだ。
 奥の方まで入り込んでいた化野の精液が、指を入れられたことによって、ゆっくりと下へ垂れてきている。ここに来るまで、ずっとこのままの状態だったなんて、本当にどうかしている。羞恥に顔を染めて、唇を噛んだ。

「…………っ……」
「本当は、このまま入れておきたいんだけどね。もっかい中に出していい?」
「…………そ、それは」
「なーんて、冗談だって! 本気にした?」
「………………」

 化野は冗談、と笑うけど、全く冗談とは思えないし、冗談だったとしても笑えない。化野なら、やりかねない。顔を青くすると、中の指がもう一本増やされた。奥へと進んでいく度に、化野の精液が中で広がっている気がした。

「……っ」

 掻き出す、というよりも、そのまま僕の中を指が行き来する。まるで、粘膜に擦りつけるように、指を入れた状態で、ぐりぐりと腸壁を擦られる。

「化野っ、は、はやく」
「大丈夫、出してるって」

 本当に? 僕からは化野の表情はわからないけど、全然出ていないように思える。中の精液が、そのまま中で満遍なく擦り付けられているだけに思えて、不安になる。
 そんな僕の思いが伝わったのか、化野は中の指を曲げて笑った。

「っ……!」
「ん? どうしたの正義ちゃん」
「…………っ……そ、そこ……」
「あー、気持ちいい?」
「………………」

 明らかに精液を掻き出す意図とは違う動きをする指に、息を飲み化野を振り返った。制止の目を向けるが、化野にやめる意識はないらしく、中に侵入した指は、指先に精液を纏ったまま、ぐりぐりと前立腺を押しつぶす。蒸した浴場で、浅く息を吐いた。……さ、さっき、したばっかりなのに、なんでこう……っ。浴槽の縁についた手に力を込めて、足を閉じる。
 けれど、閉じたからといって何が隠れる訳もなく、中に入り込んだ化野の指はこりゅ、こりゅ、と執拗に前立腺を嬲ってくる。ぴく、と小さく痙攣する体が、熱を持ち、出したくもない声が、喉の奥から漏れそうになる。

「……っ……っふ……っ」

 ちゅぷ、ちゅぷ、と音を立てながら、化野の指が僕の穴を弄る。

「あ、あだし、の」
「んー?」
「な、中の、出して……」
「うんうん、わかってるって」

 わかってない。いや、わかっていてわかっていないフリをしているのか。押しつぶされる性感帯に、歯を食いしばり目を瞑った。こんなことをされて、気持ちいいと感じてしまう僕は、なんで恥ずかしい人間なんだろう。
 男なのに、こんな風にお尻の中を弄られただけで快楽を得てしまうなんて、誰にも顔向け出来ない。誠にも、一生知られたくなかった。

「…………っふ……っ」
「ここ、ぐりぐりされんの好きでしょ?」
「ふ、ぁ……っ」

 とん、とん、と指先で何度もそこをノックされ、体の力が抜けていく。立っていた膝の隙間が、少しずつ開いていく。中を弄られる度に、少しだけ勃った僕の陰茎が揺れる。親指と人差し指と小指で手の位置を固定したまま、中指と薬指でずぽずぽと中を弄られる度に、濡れた音が浴室内に響いた。
 どうして、こんなのが気持ちいいんだろう。
 こんなの、まるで変態だ。
 どうして。
 どうして、どうして、どうして。
 考えても考えても、答えが出ない。ただ、気持ちいいと体が感じる。頭の中の感情とは裏腹に、体が抗えない。瞳の奥が真っ白になって、その奥で何かが弾けそうになる。力の抜けていく体をガクガク揺らしながら、滑って浴槽のお湯に片手が浸かる。だけど、化野は僕の中を弄るのをやめなかった。
 ひたすら僕の弱いところを責め立てて、逃げようとくねる腰を掴んで固定してくる。ちゅこっ、ちゅこっ、ちゅこっ、と気がつけば卑猥な音が浴室内に響いていた。

「あ゛っ、はッ……う……っ」

 汗だくになりながら、僕の体が仰け反り、喉元を晒した。触れられる度に、頭がおかしくなりそうだ。
 
「あ゛っ、う、あだしのっ、僕っ、もうっ」
「イっちゃいそ?」
「…………っ〜〜〜……!」

 こくこくと頷くと、くすくすと笑う声が響く。

「いーよ、ほら、女の子みたいにここだけでイッちゃえ」
「……っ! あっ……〜〜〜〜!!」

 びくっ、と体が揺れて、もうほとんど色のない精液が陰茎の先から少しだけ溢れた。ほとんど勃起もしていないのに、快楽の波が押し寄せてくる。ずっとイっているようなこの感覚、なんなんだろう……。体をびくびくと痙攣させたまま、とうとう僕は立っていることも出来なくなって浴室内に座り込んだ。
 呼吸を荒げて呆然としている僕を見下ろして、化野が言う。

「気持ちよかったね」
「………………っ……」
「俺も勃起しちゃった、見てみて」

 と、指をさされ、化野の陰茎が僕の目の前でへと突き出された。さっきしたばかりなのに、化野の陰茎はしっかりと勃起していて、僕はごくりと息を飲んだ。もう見慣れたものだけど、目の前にこう突き出されると、流石に驚く。
 化野は僕の頭を撫でながら、浴槽の縁に座る。

「今度は正義ちゃんが俺の処理してよ」
「しょ、処理って……」
「上で咥えんのと、下で咥えんの、どっちがいい?」
「…………」

 二つの選択肢しか与えられず、思わず閉口する。ここは浴室内で、当然ゴムだって付けていない。このまま中に挿れられたら、きっとまた同じ事になる……。
 僕は無言で屈んだ状態のまま、化野のちんぽに口づけた。さっき洗ったおかげで、石けんの匂いがする。

「口で咥えたい?」
「…………うん」

 どっちがいい、とかはないけど、あえて選択するなら多分こっちだ。僕は頷いて竿にちゅ、と口づける。どうしたら気持ちいいか、どこを舐めれば感じるのか、どうすれば悦ばれるか、というのは化野に散々一から教え込まれた。フェラは好きじゃ無いけど、うまくやれば、早く終わる。
 っていうか、お風呂場でこんなことしてたらのぼせてしまう。
 早く、という気持ちと、どうしたらもっとうまくいくかを考えながら、ぱかりと口を開けた。

「あ、む……」

 亀頭を口の中に押し込むと、そのままぬるっと口の奥へと竿を押し込む。僕の口は他の人に比べて小さい方だから、そんなに奥まで入らないし、喉奥に触れると、どうしても嘔吐感が我慢できないから、あまり口では扱けないけど、それでも舌と上顎で押しつぶして吸引するように口を動かすと、やっぱり気持ちいいらしい。手で竿を扱きつつ口に咥える。
 唾液で滑りを良くして、舌の上で竿を転がし、口を窄めた。ちゅぽちゅぽと音を立てながら化野のちんぽを口で扱く。根元まで咥えられないけど、性感帯は上の方が集中してるはずだ。咥えたままカリの裏側を舌で擽ったり、亀頭を舌の腹で擦ると、化野の吐息が聞こえた。

「ん、ははっ、正義ちゃん、上手になったねっ……」

 頬を赤らめて、嬉しそうに笑いながら、化野は僕の頭を撫でてきた。咥えたまま上を見ると、化野と目が合う。口元を歪ませて、化野が「もっとエッチに咥えてよ」と言ってきたので、くちゅくちゅと音を立てながら、出来るだけ化野のを口に含める。喉の奥に当たると苦しいから、横に咥え、頬の形が化野のモノと同様に歪む。ふぅふぅと鼻で息をしながら、その状態で舌を化野のちんぽに絡ませた。これ、く、くるしっ……、は、早く、イかないかな……っ。歯磨きでもしてるかのように顔を歪ませたまま、必死で化野の陰茎を咥える。舌で何度も何度も化野の陰茎を撫でて、ちゅうちゅうと中のものを吸い出すように口を窄めた。巻き付けるように舌を這わせて、手で玉袋をやわやわと揉みしだく。
 口いっぱいに含めたまま化野を見つめると、口の中にある化野のちんぽが少しだけ大きくなった。でも、もう口が苦しい。ぷは、と一旦口の中から解放して、べろりと再び竿に舌を這わせると、化野の手が僕の頭を手で押さえた。

「……っ――! 正義ちゃん、目瞑って……っ」
「えっ……うん、わっ」

 びゅ、と発射された精液が、僕の顔にかかる。咄嗟に目を瞑ったけれど、生暖かい感触が額から頬にかけて垂れていくのがわかった。

「目ぇ開けたら、精液入っちゃうから、開けないでね」

 だったら、顔にかけなければいいのに。なんて、今更言ってももう遅い。僕も目の中に精液を入れて痛めたくないので、入らないようにぎゅっと目を瞑る。
 けど、いつまで目を瞑っていれば良いんだろう。化野は、目を瞑っていろと言った割には、特別動こうとはしなかった。てっきりシャワーで精液を洗い流してくれるものかと思ったのに。全裸のまま、顔に射精された状態で座り込んでいるのは、辛いモノがある。

「………………化野?」
「あーーーー……たっまんねーな……」
「…………な、何が」
「ん? ふふふ、なんでもないよー、流すからそのまま目ぇ瞑っててね」

 明るい声色で笑ったかと思うと、ぬるま湯が顔にかかる。顔に付着していた精液が、ぬるま湯と化野の手によって、綺麗に落とされていった。

「目、あけていいよ」
「…………」
「んじゃ、もっかい洗ってお風呂入ろっか」
「……うん」

 それから、ようやく体の中の精液も洗い流して、僕達は浴槽の中へと入る。化野の家のお風呂は大きいけど、流石に男二人だと少し狭いかもしれない。化野の上に乗るような形で、後ろから抱かれながら僕達は湯船へと浸かる。
 あんなことをしていたせいで、すっかりのぼせてしまった。
 湯船には入ったばかりだけど、もう湯あたりしてしまいそうだ。
 ちゅう、とお風呂に入りながら、化野が後ろから首筋に吸い付いてきた。そこ、襟がないと見えちゃいそうだな……Tシャツじゃない服着ないと……。ぼんやり考えていると、化野が弾む声を上げながら僕に言った。

「ねー、正義ちゃん、今日俺んち泊まっていかない? どうせ明日学校休みだし」
「え…………」
「俺んち誰もいないし。ねっ、お泊まり会しようよ」
「…………」

 化野の家に泊まる。
 それは、恐ろしいことのように思えたけれど、ここで逆らったらどうなるんだろう、ということも考えると、否定することは愚かな選択に思えた。
 ……お母さんには、電話を入れれば、多分別に何も言われないだろうし、このまま帰って顔を合わせるのも気まずいと言えば気まずい。こんなことしたあとで、どんな顔をして話せば良いのかわからない。
 バレたりしないか、不安になる。僕があんなはしたない真似を恥ずかしげもなくする息子だって気づかれたら、お母さん、死んじゃうんじゃないだろうか。罪悪感に胸が押しつぶされそうになる。
 そう考えると、ここに泊まることは、僕にとっていい選択肢のように思えてきた。
 ……いや、本当は、そうじゃなくて。
 理由をつけないと、怖くて堪らないから、だから、良い選択肢だと思うようにしているだけだ。
 そうじゃないと、怖い。
 僕と化野は恋人同士だから、恋人の家に泊まるのは普通の事。
 僕は化野のことが好きだから、付き合っているんだ。そう考えればいい。
 だから、これはなにもおかしくない。
 これは、普通で、当たり前のことなんだ。
 熱さで溶けそうになる、ふやけた思考の中、僕は頷いた。

「うん……わかった、泊まる……」
「ほんとっ? やったー、嬉しい!」

 ぱしゃ、とお湯を跳ねさせて、化野が嬉しそうに喜んだ。
 お泊まり会だね、とはしゃぐ化野に、これがただのお泊まり会だったら、僕も楽しかったのかもしれないな、と思った。

****

 すっかりのぼせた状態でお風呂から出ると、化野の服を借りた。少しだけ大きいティーシャツとハーフパンツは、肩幅が合っていないせいか、すこしだぼついている。だけど何故か化野は満足げに笑い、そのまま自分の部屋のベッドまで僕を誘導した。
 外は雨脚が強く、天気もどんよりと暗い。遠くでは、雷の音がした。天気予報によると、この雨はしばらく続くらしい。僕は携帯を取り出して、ベッドに座ったままお母さんに電話しようと画面を開いた。
 すると、化野が不思議そうに問いかけてくる。

「何してんの?」
「えっ……、親に、化野の家に泊まるって電話しようと思って……」
「へー……」

 少し興味深そうな顔をして、化野は僕の隣に座った。
 …………? 別に、そんな、珍しいことでもないと思うんだけど。化野は外泊するとき、親に連絡は入れないのかな。
 化野は不思議そうな顔をして問いかけてくる。

「それ、かけないとどうなんの?」
「えっ?」
「親に、電話かけないとどうなんのかなって」
「え……いや、普通に……心配されると、思うけど……」

 僕は普段外泊なんて滅多に、というかほぼしないし、友達の家に泊まることもない。だから、連絡もなしに家に帰らなかったら、ちょっと過保護なお母さんは軽い騒ぎになるかもしれない。
 先に連絡を入れておくのは普通のことだと思う。けれど、化野は意外そうな顔をしていた。

「へー、そうなんだ……そういうもんかあ……」
「うん……。あの……電話していい?」
「いいよ、お母さんに心配かけたら悪いしね」
「うん……」

 なんだろう。なんだか違和感のある言い方に、戸惑いながらも自宅への連絡ボタンを押す。この時間なら、お母さんももうパートから帰ってきているはずだ。お母さんの携帯に電話をかけると、何コールかの後、声が聞こえてきた。

『はい』
「あっ、お母さん、僕……」
『正義あんた、いつ帰ってくんの? 雨強いよ、迎えに行こうか?』
「あの、それなんだけど僕、今日友達の家に泊まることになって……」
『えっ、急に!? だってアンタなんの用意もしてないじゃない!』
「と、友達の借りるから……」
『今どこにいるの? 家の人は?』
「えっと……」

 どうしよう、思ったよりもぐいぐい聞いてくる。僕が友達の家に泊まることなんて、あんまりないからかな……。そう思っていたら、化野僕の肩をとんとんと叩いた。

「え……何?」
「かわる、かわる」
「えっ」

 化野が笑顔で僕に携帯をよこすよう手を差し出してきた。代わるって、化野が? なんで? と思ったけど、話したいことがあるかのかもしれない。

「あ、お母さん、友達に代わるね……」
『えっ? なんで?』

 本当になんでだろう。
 お母さんも困惑気味の声を上げていたけど、僕はそのまま化野に携帯を差し出した。すると、化野は携帯を耳に当て、快活な声で話し始める。

「こんにちは〜、正義くんのお母さんですか? あっ、僕化野っていいます。はい、そうです、同じクラスの、はい。や、なんかー、今日雨すげえし、荒れるって天気予報やってるじゃないすか、だから明日も学校休みだし、泊まってこーって話になって……駄目ですか? あ、はいそれは勿論! いやいや、迷惑なんてことはないですよ! 服とか全然貸せますし! つーか俺、正義くんに勉強教えてもらおうって話になってて、正義くん頭いいじゃないすか、え? いやー、そんなことないですって、あはは! あ、親ですか? すみません、今うちの親ちょっと買い物に出てて、あと1時間くらいは戻ってこないんですよね。なんなら戻ってきたらかけ直しますけど、あ、いいですか? すみません、ありがとうございます! いや、親も全然オッケーっつってるんで、大丈夫ですって! え? ああ、そうです、友達です。えー、入学の時から仲いいっすよ。え〜? いやあ、そんな、お気遣いありがとうございます。めっちゃ嬉しいです、え、いいんですか? じゃあ今度……はいっ、是非はい、はい、わかりました、んじゃ正義くんに変わりますね〜」

 色々話していたかと思えば、化野が笑顔で携帯を僕に返してきた。おずおずと受け取って再び耳に当てると、お母さんが言う。

『正義? 話はとりあえずわかったし、泊まるのもいいけど、あんまり迷惑かけるんじゃないわよ』
「う、うん……」
『化野くんのご両親にもちゃんと挨拶してね』
「……わかった」

 家に居ないんだけどな。ちらりと化野を見ると、しぃ、と人差し指を一本立てて唇の前に置いていた。言うな、ってことなんだろう。

『化野くん、良い子そうだからいいけど、なんかあったら連絡してね』
「うん、わかった」
『明日何時に帰ってくるのか、メールしておいて』
「うん……」

 じゃあね、という声と共に、お母さんとの通話が切れる。すると、化野は僕の携帯を取り上げ、電源を切るとベッドの上へと放り投げた。

「これでお母さんも心配しないね」

 ひらひらと手を振りながら、何でも無いことのように化野は言う。
 ……どうして、初対面の同級生の親とあんなにすらすら喋れるんだろう。電話越しとはいえ、僕には絶対に出来ない。
 化野は悪戯っぽく笑いながら、僕に言う。

「今度はうちに泊まりにおいでーって言われちゃった、正義ちゃんのお母さん、いい人だね」
「……化野の親は、あと一時間で帰ってくるの?」
「だから、帰ってこないってば、あんなんウソウソ」

 けらけらと笑いながら、化野が僕の体を引き寄せる。
 どうして、そんな風に平然と嘘がつけるんだ?
 どうして、当たり前の様に人の心を掴む事が出来る?
 どうして、こんな風に僕に執着するの?
 どうして、どうして、どうして。
 何度考えても、答えなんかない。だって僕と化野は全く別の人間だから、化野の考えることなんてわからない。
 雨の音がする。さっきよりもどんどん強くなっていく。雷が外で光って、ゴロゴロと音がした。電気は点いているけど、部屋の中は少し薄暗い。壁一面に飾られたお面が、僕を睨んでいるように思えた。

「二人っきりだね」

 化野が笑いながら僕の体を抱き寄せる。
 その時、再び窓の外が雷で光り、突然部屋の電気が消えた。

「えっ……!」
「あー、ブレーカー落ちたかな」

 停電だろうか。どうしよう、と思ったところで、化野の手が僕の体を後ろから抱きしめたままベッドへと横になった。
 薄暗い部屋の中で、化野の腕の中に閉じ込められる。

「あ〜〜〜〜〜……俺の部屋に、正義ちゃんがいる……」
「…………化野?」
「俺の部屋、俺の……はは、ちょーー……幸せ」

 暗い部屋の中、化野は嬉しそうに言葉を溢す。僕は、何も言えなかった。
 耳に響くのは、雨の音と化野の吐息。
 ご機嫌なその声色とは裏腹に、外の雨はその強さを増していった。


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