腕の中で眠って@

西園ルートから派生するバッドエンド(メリバ)ルートです
西園ルート17からルート分岐。小波がそのまま家に帰らず、諦めてしまうルートです。







 生ぬるい室内の中で、嵌められていた化野の陰茎がずるりと体から引き抜かれた。

「んっ、あ〜〜〜〜、やば……ゴム付け忘れちゃった」
「………………」

 密着していた化野の体が離れて、抜かれると同時に中に放たれた精がどろりと僕の中から溢れた。内股を伝い、床へと垂れていく。四つん這い状態だった僕は、そのまま床へ、べしゃりと崩れた。呼吸は上がり、汗だくなのに、相対するように思考はどんどん冷えていく。さっきまで掴まれて引っ張られていた手首は赤く痕がついている。

「正義ちゃん、大丈夫? ちょっと無茶しちゃったね」

 ちょっとじゃない。化野に体を掴まれ、無理矢理反転させられると、化野の顔が飛び込んできた。
 僕は何も言わず、顔を覆った。覆った視界の先には、僕の手のひらがあって、その隙間から、化野の顔が少しだけ見える。

「ごめんね、正義ちゃん」
「…………」
「あっ、中出ししたこと怒ってる?」
「…………」
「えーーー……、めっちゃ怒ってるじゃん。ごめんって、ねっ」

 えへへ、と笑いながら謝るその姿は、悪い、だなんて微塵も思っていないように見えた。いや、実際思っていないんだろう。だって、ゴムをつけてないことなんて、最初からわかっていた。つけ忘れたんじゃなくて、つけなかった。
 セックスしている最中、僕が泣きながら中に出てる、って言っても、止めてなんてくれなかった。それどころか、喜んでいるようにすら見えた。
 口を結んで、化野から視線を外す。
 体内に出された精液の感触が気持ち悪い。早く外に掻き出したい。シャワーでも浴びて、汗も精液も全部、綺麗に落としたい。むくりと起き上がると、部屋の窓が蒸して結露していた。
 雨の音がする。窓の外はどんよりと暗く、バタバタバタバタと、何度も窓と屋根に打ち付ける激しい雨の音が聞こえる。
 耳に響く雨音。もうそれしか聞こえない。
 違う、何も聞きたくないんだ。
 どうしてこんなことになったんだろう。
 どうして、こんなことにしかならなかったんだろう。
 もっと別の道もあったんじゃないだろうか。もっと早く、気がつけなかったのかな。違和感はあったはずなのに、なんで。あれが誠だって気づいていたら、僕ももうちょっと……。いや、でも、結局僕はどうすることも出来なかったのかもしれない。
 考えても考えても、正解がわからなかった。あの時、一体僕は、どうするのが正解だったんだろう。

「正義ちゃん」
「…………」
「雨降ってきちゃったし、そろそろ帰ろっか。俺んちおいでよ。こっからだと俺んちのが近いし、一緒に風呂入ろー、べたべたんなっちゃったね。ここあっついし」
「…………」

 汗で張り付いた僕の髪の毛を弄りながら、当たり前のように、笑いかけてくる化野の言葉の意味がわからなかった。どうして、そんなことが簡単に言えるんだろう。
 僕はさっき君のことが大嫌いだって言ったはずなのに。お前の事なんて嫌いだし、消してやるとすら思ったのに。どうして、未だに恋人に接するような態度で話しかけることができるんだ。わかっていたことだけど、化野はやっぱり少し壊れてる。
 こんなの、レイプで、強姦で、恋人同士の甘い睦言でもないのに、化野の中では、そうじゃない。もうわからない。わからないし、考えたくもない。
 心がぽっきりと折られた気分だった。
 いや、気分じゃない。折れたんだ。
 自暴自棄の気分で、化野を見る。
 化野は、僕の近くで何か喋ってる。僕の肩を抱きながら、嬉しそうに話している。
 本当は、化野の言葉なんて、無視してこのまま帰るべきなんだと思う。誠とのことがどうであれ、これ以上化野に付き合う義理はない。むしろ、あんな酷いことをしておいて、当たり前のように話してくる今の方が異常だ。
 だから、帰ればいい。そう思うのに、体は硬直したように動かないままだった。

「ね、だから俺んちおいで正義ちゃん」

 化野の声がする。僕の耳元で囁いて、誘うように耳元を擽った。化野の声が中に響き、ゾクゾクとした感覚が背筋を這う。僕は瞳だけ動かして化野を見た。化野の黒い瞳の中に、泣きそうな顔をした僕が映っている。
 僕は暗い瞳を、化野へと向けた。
 帰れ。
 帰れ。
 帰れ。
 ここで断って家に帰れ。
 違う、逃げろ。
 一刻も早く、この化野大志という男から逃げるんだ、僕。
 口を開く、でも、言葉が出て来ない。
 逃げろ。
 泣きたいなら、帰ってシャワーを浴びて、布団にでも潜って思う存分泣けばいい。断って、早く家に帰れ。
 そう、思うのに。

「…………」
「ほんと? じゃあ、服着よ。この腹ん中のは、俺んちで出してあげる。それまで溢さないようにね」

 気がつけば頷いていた。
 考えたいこと、考えなくちゃいけないこと、沢山あったはずだけど、僕はもう、疲れてしまった。逆らうことも、怒ることも、誰かに感情をぶつけるということは、すごく、疲れる事だ。
 化野が愛おしそうに僕のお腹を擦る。僕は女の子じゃないんだから、中に出されても、何も宿らないし、何も居ないのに。べたついた肌が気持ち悪いし、蒸したこの部屋の空気も、張り付くような生ぬるい体温も、耳に響く言葉も、何もかもが気持ち悪くて、吐きそうだ。
 視界がぐらぐらと揺れる。化野の手が、僕の手に絡められてきた。
 こんな手、撥ね除ければいいのに。
 撥ね除けられれば、よかったのに。

「うん……、わかった、化野の言うとおりに、する……」

 もう、そんな気力もなかった。素直に頷くと、化野が笑う。

「良い子だね、正義ちゃん」

 もういい。

 なんかもう、全部、どうでもいいや。

****

「入って入ってー」
「…………お邪魔します」

 それから、簡単に情事のあとを整えて、僕達はあのプレハブ小屋を出て、化野の家までやってきた。雨が降っているせいか、皆傘を差していたので、多少服が汚れていても、誰も何も気にしないし、気づかない。傘は僕の傘一つしか無かったから、二人で一つの傘を差して化野宅まで来た。
 家の中は薄暗く、玄関を開けると化野はさっさと家の奥へと入っていく。雨に濡れた傘を傘立てに立てながら、僕は化野へと問いかける。

「……家の人は?」
「居ないよ? 今日も居ないし、多分明日も居ない。だから安心してね」

 なんに対しての安心かはわからないけど、化野は嬉しそうに笑う。……そういえば、何度か化野の家には来ているけど、化野の家族は一回も見たことがない。今日は親居ないから、といつも言っていたけど、親が居た日なんてあっただろうか。
 けれど、それを考えるよりも先に、化野に手を掴まれた。

「ほらこっち。今お風呂にお湯今入れてるから、一緒に入ろ」
「…………うん」

 こくりと頷いて、僕は化野に手を引かれるまま付いていく。
 帰ってくる途中、ずっと考えていた。
 あの時、どうすればよかったのかを。あのまま帰れば良かったのに、頷いてしまった。だから、僕は今化野の家に居る。ここに来れば、どうなるかなんて、なんとなくわかっていたのにも関わらずだ。自暴自棄になっている自覚はある。でも、もう嫌だ。
 もう疲れた。
 今まで、散々やってきたことなんだから、ここに来るという意味は知っている。それでも、もうこれ以上苦しい思いをしたくなかった。
 あのまま帰ったら、今度は何をされるかわからない。もう失うものなんて無いはずなのに、今度は何をされるのか、想像するだけで恐ろしかった。
 だからもういい、逆らうのにも疲れた。

「ほら、脱いで」
「………………うん」

 脱衣所まで連れてこられて、僕は緩慢な動作で身につけていた衣類のボタンを外していく。
 ……あ、制服のシャツのボタン、かけ違えてた……。
 さっき着た時に、ぼーっとしていたから間違えたのかもしれない。気づかずにここまできてしまった。化野も、気がついたら言ってくれても良いのに、と思ったけど、化野は服を脱ぐ僕を嬉しそうに見つめていて、これは気がついていたとしても教えてなんてくれないだろうなと思い直した。
 掛け違えたボタンを全て外して、なかったことにするように、僕はシャツを脱いで、洗濯かごへと入れる。さっきの痕が、まだ皮膚に赤く残っている。
 滲む視界を気にしないようにして、ズボンのベルトに手をかけた。

「…………」

 ずっと、考えている。
 どうすればよかったのか。
 どうすることが正しかったのか。
 いや、そもそも何が正しいのか。
 正しい事なんて、本当にあったのか。
 考えても、考えても、答えが出ない。僕はあの時、化野を拒絶するべきだったのかな。いや、そもそもこんなこと、するべきじゃ無かったのかもしれない。最初のスタートから間違っていた。友達は、こんなことするわけないって、頭の中では、なんとなくわかっていたのに。化野が言うことは正しいと思ってしまった。化野が嘘をつくわけないって。
 嘘だと信じたくなかった。
 だから、こういうことをして、それで……。
 『正義』

「…………っ」

 誠の顔が、脳裏に蘇る。わからない。僕はどうすればよかった。どうすれば、あんなことにならなかった? 考えてももう遅い。だって、時間は巻き戻せない。
 もう何もかもがわからないし、頭の中がぐちゃぐちゃだ。
 誠のこと、学校のこと、親のこと、これからのこと、考えなきゃいけないことは山ほどあるのに、何も考えたくない。口の中が酷く苦く感じられた。胸が痛い。
 苦しい、苦しい、苦しい。辛い、泣きたい。
 ぐ、と下唇を少し噛み、ズボンを脱いだ。雨で冷えた指先で、下着へと手をかける。下へ引っ張ると太ももを抜け、膝に引っかかるのをまた下げてふくらはぎを通り、地面へ下着が落ちた。産まれたままの姿で、立ち尽くす。鏡に映った僕の体には、ぽつぽつと鬱血の痕が残っていた。
 お父さんにもお母さんにも、こんなことは話せない。
 話したらきっと、気持ち悪いって言われる。
 友達も居ない。
 信頼出来る友人はいない。
 学校にも、誰も居ない。
 唯一居た友達も、さっき居なくなった。もう、僕には何もない。
 何も、残らない。

「…………う……っ」

 僕は、元々つまらない人間で、口下手で、どもるし、すぐに赤くなって、面白みもなくて、うまく言いたいことも言えない駄目な奴で。
 だから、高校生活だって、うまく行くはずなんてなかったんだ。
 あのお面をつけて学校に行って、すぐに駄目になる気はした。それが今まで保っていたのは、化野が居たからで。

「正義ちゃん、なんで泣いてんの?」
「………………っ」

 ぽろぽろと瞳から落ちる涙を見て、化野が少しだけ笑った。一糸纏わぬ姿のまま、静かに泣く僕の涙を舐めて、化野が額をくっつけてくる。肌に張り付いた髪の毛を除け、戯れのように唇を重ねて、もう一度涙を舐めてきた。
 頭を撫でて、優しく、優しく、あやすように腕の中へと誘われる。溢れてきたそれは、一度溢れると止まらない。嗚咽を堪えて、僕は言葉をこぼす。

「……みっ、みん、な、僕の、周りから、いっ、いなっく……っ」
「ああ、大丈夫、正義ちゃんがセイに嫌われて、他の誰からも無視されて、みーんな正義ちゃんのことをいらないって言っても、――俺だけは正義ちゃんの側にいるからね」
「…………!」
「だって俺たち、"恋人"だもの」

 何を馬鹿なことを、と思う反面、そうかもしれない、と僕が言う。
 化野が、僕から全部奪った。そう思っていたけれど、そもそも、僕のモノなんて、最初から一つもなかったのかもしれない。ただ、化野が、王様が戯れに与えてくれて、それを、僕が自分で得た気になっていただけだったのかも。
 段々と、自分の行動が間違えたものだった気すらしてくる。
 化野と関わらなければ、誠と話すことも無かったし、あんな風に楽しいと思えることもなかった。
 だから、コレは当然の報いなのかもしれない。
 僕が、誠と話すのはおこがましいことだったんじゃないだろうか。誠は、ああ見えていい人だから、困っている僕のことを放っておけなかったんだろうけど、きっと僕は、放っておかれるべきだった。助けられるべきじゃなかった。
 誠は、僕がどうなろうが、見捨てるべきだった。
 そうすれば、あんな。

「…………っ……!」
「よしよし、いい子いい子。俺の腕の中なら、沢山泣いていいからねー」

 あんな、信じられないようなものを見る目で、見られることもなかった。
 汚い僕の体を見られることも、浅ましい僕を知られることもなかったのに。
 ぽろぽろと涙をこぼす僕の頭を、化野が優しく撫でてくる。止まらない。子供のように泣きじゃくって、僕は化野の背中へと手を回す。
 全ての元凶なのに、どうしてこんなことをするんだろう。
 馬鹿じゃないのか。いくら僕でも、もう簡単に化野の言う言葉なんて信じない。信じられない。
 そう思うのに、化野の声は優しくて、耳の奥にじわじわと広がっていく。体の奥に溶けていって、コレが当然なのだと思わされる。まるで催眠術みたいだ。化野が言うと、本当にそんな風に思えてくる。
 誰も、僕の事なんて気にしなくなって、僕の周りに誰も居なくなって、透明人間みたいになっても、化野だけは、側に居てくれる。
 化野だけは、どんなに僕が汚れても、浅ましくても、軽蔑せず、ずっと一緒に居てくれる。
 そう思うと、少しだけ安心という感情がわき上がってきた。

 実際、今の僕はもう化野に縋ることしか出来ていない。押し倒して首を絞めようとしても、絞められず、消すことも、怒ることも、逃げることも、何も出来ない。惨めで弱い小波正義は、化野大志に縋ることしか出来ない。
 どこまでも弱くて、駄目な人間だ。
 優しく触れる手が、恐ろしいと感じるのに、その手に触れられていたいと思ってしまう。この手がまた消えたら、どんなことになるのか、怖くて怖くて堪らない。

「あだっ……しのは……っ」
「ん?」
「僕のこと、……っ、本当は、きっ、嫌いだろ……っ」

 そうなんだろ? 好きとかなんとか言ってるけど、本当は、僕のことが嫌いなんだ。そうじゃなきゃ、どうしてこんなことをする?
 どうして、こんな酷いことばかり出来る。
 僕は、好きな子には笑っていてほしいと思うし、酷い事なんてしたくない。いつだって、楽しい気持ちでいて欲しいと思う。
 でも、化野の普通と、僕の普通は違う。
 泣きじゃくりながら言う僕に対して、化野はクスクスと笑った。

「まさか、大好きだよ。嫌いだったら、こんなことしない、だーいすき」
「…………っ」
「あは、泣き虫」

 いっそ、嫌いと言われた方が、まだマシだったのかもしれない。嫌いだからこういうことをするんだよ、と言われた方が、まだ化野を理解できた。
 これは嫌がらせで、ただ虐めたいだけ。そっちの方が、マシだった。
 晴れやかな笑みで頭を撫でられ、唇を重ねられる。
 柔らかな感触に、目を瞑った。考えることを放棄して、体の力を抜いた。

 ああ、もう、疲れちゃった。
 受け入れたら、楽になれる?






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