キス以上のことをしたいC

「風呂上がったけど、正義次いーぞ」
「うん、もうちょっと……っこれ終わったら借りるね……っ」

 風呂から上がると、未だに正義が画面に向かってコントローラーを動かしていた。うまくなってはいるけど、対戦したら手加減しないと一方的にボコっちゃうかもってレベルだ。
 でも、必死で頑張ってる姿はなんとなく目が離せなくて、俺はベッドに腰掛けながら正義の後ろ姿を眺めていた。黒髪の下に細い首、項が覗いて、ずれたTシャツから背骨が少し浮いていた。あ〜〜〜〜〜……舐めてえ。……いや、なんだ舐めてえって、変態みたいな事考えた。
 ぶんぶんと頭を振って、自分の考えを霧散させる。
 別に、特別顔が女みたいに可愛いとか、そういう訳じゃ無いのに、なんで可愛く見えるんだ。よくわかんねえけど、めちゃくちゃ触りてえ。
 今思いっきり抱きしめたら、あいつどんな反応するかな。と、別に行動に移すわけでも無いくせにそんなことを考える。
 すると、今やっていた対戦が終わったのか、正義がコントローラーから手を離した。画面にはNPCに負けたYOU LOSEの表記。

「あー、……負けちゃったぁ……」
「ドンマイ、結構強くなってきてるって」
「ほんと?」
「ホントホント、でもまだ俺と戦うレベルには達してねえなあ〜」
「うっ……」
「冗談だよ、他にやりたいゲームとかある? あ、これとか人気だけど」
「あ、それは前にあだ……っ」

 口にしかけていた言葉を途中でやめて、正義は視線を逸らした。
 けど、そこまで口にしたら、何を言いかけてたなんて検討はつく。あだ、から始まる単語なんて、そうないしな。
 俺は笑いながら、正義に言った。

「あだ?」
「…………あ、化野の家で、見たことあるなって……やったことはないけど……」

 気まずそうに言う正義に、俺は胸に棘が刺さったような気分になったけど、ここで俺が意見することなんて、出来ないだろ。

「別に、気使わなくていいって。やる?」
「……ううん、いい」
「そっか」

 俺は掴んでいたそのソフトを元々仕舞っていた場所に戻し、別のソフトを物色する。正義は黙ってしまって、少し気まずい空気が流れた。
 別に、大志とは仲直りというか、また話すようになったし、普通にラインも連絡も来る。あいつのしたことを許した訳じゃ無いけど、正義が何も言わないなら、俺は何も言えない。
 ただ、過去に起こったことは消せないってだけで。
 ……いや、嘘。やっぱちょっとへこむ。俺って、やっぱ何しても大志には勝てねえんじゃねえかなって……。
 
「ま、誠」
「ん?」

 そう思っていたら、いつの間にか正義が近くに来ていた。何、と口を開きかけたところで、正義の唇が、一瞬俺の唇を掠める。正面に、正義の顔があった。ゲームのBGMが流れる中、顔を真っ赤にしながら、小さな声で正義が呟いた。

「そ、その、僕は誠が好きだよ……!」
「急に、どうした」
「…………あ、いや、なんか、い、言わなきゃいけない気がして……」

 もごもごと言いづらそうにする正義に、俺は笑う。反射的に、口から言葉が飛び出した。

「俺も好き」
「…………」

 正義がへにゃりと表情を崩し、柔らかな笑みを浮かべる。
 照れくさそうに、俯いて、顔を赤くした。嬉しそうなその表情に、さっきまでもういいと思っていた下心が、ぶわりと湧き上がる。
 俺は正義の腕を掴んだ。

「……あ、あのさ!」
「うん?」
「……もっかい、キスしたい」
「………………うん、いいよ」

 この部屋には、誰もいない。
 周りの目もない。親も居ない。姉妹も居ない。
 俺たちを知る奴は、誰もいない。
 ばくばくと高鳴る胸を抑えて、正義に近づいた。そっと目を瞑る正義に口づける。いつもは触れるような、ママゴトみたいな一瞬のキス。
 でも、今は、誰もいない。
 誰かに見られる危険もない。
 誰かに取られる危険もない。
 ここには俺と正義しか居なくて、俺と正義は付き合っていて、好きで、だから。
 ぐ、と唇を開いて、頭を支えて舌を滑り込ませた。

「んっ……!?」

 一瞬、驚いたように正義が身じろいだけれど、拒絶はされなかった。ふに、とした唇の感触を堪能する。あー、唇、柔らけ……っ。別に、キスなんて初めてじゃないのに。
 こういうキスをするのは、正義とは初めてだけど、女となら、今までだってしたことがある。なのに、なんだってこんなに興奮すんだろ。がっつくように口を開く。
 甘い香水の香りも、女子っぽいシャンプーの香りもしない。唇だって、やたらぺとぺとしていない。ただ、馴染むような落ち着く香りがした。食む様に唇を重ねて、腔内に侵入させた舌を蠢かせると、びくり、と抱いた体が揺れる。

「ん、ふ……っ」

 ぴくぴくと反応する体を離さず、柔らかな唇を貪って、奥に窄まった舌を舌先でくすぐると、少しずつ正義の舌が、俺の方へと伸びてきた。ぎこちない動きに、俺は体中の血が巡るのを感じていた。
 くちゅくちゅと水音に混じって、吐息がかかる。腔内を貪り、体を抱き寄せると閉じていた瞼がうっすら開いて、睫が影を落とす。きょろ、と動いた瞳と、一瞬目が合った。

「……はっ……」

 ようやく唇を離すと、真っ赤な顔で、正義がぼうっとした顔で座り込んでいる。蒸気した頬は、普段よりも赤い。
 …………やべえ、やりすぎたか? くたりと力を無くしたようにベッドにもたれ掛かる正義に、恐る恐る声をかけた。

「悪い、やりすぎた。大丈夫か……」
「…………っ」

 その声に、ハッとしたように正義が身を起こす。

「…………いやだった?」

 俺の言葉に、きょどきょどと瞳を彷徨わせながら、たどたどしく言葉を溢した。

「ぼ、僕……、その、誠は、こういうこと、しないのかと……」
「……すまん、嫌だったなら、もうしねえ……」
「違う! い、嫌とかじゃなくて、僕はその、ほら……あ、化野と、ああいうことをしていた、ので、……誠がいやかなって……」

 正義が言わんとすることは、なんとなくわかる。大志と穴兄弟とか笑えねえもんな。
 けど、それで正義のことを嫌になる訳ねえじゃん。
 そりゃ、悔しい気持ちはあるけど、過ぎたことは仕方ないし、今付き合ってんのは俺だろ? なら、俺は大志より正義の中を占める存在になるしかねえじゃん。つーか、何よりしたくないなんて誰が言った!?
 むしろめちゃくちゃしてえわ!

「……嫌なわけねえだろ。本当は、もっとお前とこういうことしたいし、手ぇ繋いだり、キス以上のことだって、し、したいって思ってる……っ、つーか、ぶっちゃけると、お前とヤりてえ……っ」

 我ながら恥ずかしい言葉を吐くと同時に、顔に熱が回ってきたみたいだ。さっきからうるさい心臓の音が頭に鳴り響く。正義が、呆然とした顔で俺を見つめていた。けれどその顔は俺に負けじ劣らず赤くなっていて、ゲーム画面のYou Loseの文字に奮起する。
 何が俺の負け、だ。負けてたまるかよ。

「……おっ、お前は?」
「えっと、誠とそういうことするの、多分…………嫌じゃ無い、でも……」
「でも?」
「僕、エッチは初めてじゃないけど……、すっ、好きな人と、こういうことするのその、初めてだから……あの、何か間違えてたらごめんというか……変なことしたら、ごめん」
「…………っ〜〜〜〜」

 こ、こいつ、計算でこういうこと言ってんのか? いや、正義はそういう計算とか出来るタイプじゃねえから、多分素なんだろうなってことはわかってるけど、この場面でそれはずるいだろ!
 顔を真っ赤にしながら言う正義に、一気に血液が中心に集中する気がした。い、今か? 今行くしかねえだろ!

「まさ……っ」
「じゃあ、僕、お、お風呂借りるね……っ」
「えっ、あ、おう……?」
「………………じゅ、準備します、ので。あの僕、どっ、どう、……童貞で……下で、いいかな」
「………………ウン、イイ」

 ぽそりと呟かれた言葉に、一瞬、頭が沸騰しそうになった。
 俺は壊れたブリキの人形みたいに、かくんと何度も頷くと、正義が照れくさそうに目を伏せ、微笑む。下でいいかなっつーか、お前に抱かれる想定は全然してなかったけど……。
 自分の荷物を持ったまま正義が部屋を出て、パタリとドアが閉まった瞬間、俺の体はベッドの上にどさりと倒れた。

「…………っ〜〜〜〜〜〜!!」

 やっっっっっった……! っしゃ! よっしゃ! よくやった俺!
 思わず寝転がったままガッツポーズを決める。
 これ、いいってことだよな? いや、別に何がなんでも今日ヤりてえって訳じゃなかったけど、チャンスはモノにしとかねえと、据え膳食わぬはナントカって言うし! ごろごろと寝転がりながら興奮が抑えられない。
 あ〜〜〜、この日のために、念のため道具用意しといてよかった! ゴムにローション、必要そうな道具をベッドの下の引き出しから引っ張り出す。いかにもヤる気ですみたいな感じだから、出しておかねえ方がいいのか? わかんねえ、男相手って俺だって初めてだし。正義は童貞とか言ってたけど、俺だって男相手なら童貞だわ!
 いや、だからって抱かれるよりはやっぱ抱きてえけどさぁ。
 ばくばくと逸る心臓に、気を落ち着けようと、さっきのゲームコントローラーを手に握る。
 ドキドキドキドキ、と心臓が鳴り止まない。
 いやいやいや、落ち着け落ち着け、俺が焦ってどうする。男ならリードするだろ、あいつも男だけど。
 けれど動揺は収まらず、いつもなら余裕で勝てるNPCに速攻負けて、俺はコントローラーをぶん投げた。もういい! 今はこんなことしてる場合じゃねえ!
 妄想の中では何度も抱いたことはあるけど、実際抱くのは初めてだから、どうなるかなんてわからない。けど。

「…………がんばろ……っ」

 ここまで来たら、やらなきゃ男じゃねえだろ。あいつ、俺のことをなんか強くて格好いいとか思ってるっぽいし、情けない姿も見せられない。気合いを入れて、瞳を鋭くした。
 とりあえず、鬱陶しいラインとか来たら気が滅入るから、携帯の電源は落としておこう。


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