キス以上のことをしたいB

「お、お邪魔します……」
「…………せめてあと5分後に来てくれていれば……」
「え?」

 それから、悩みに悩んだ末、俺は普通にラインで「金曜日、家族がいないから泊まりがけで遊びにこないか」というメッセージを送った。
 断られたらちょっとへこむ……、と思っていたけど、既読になったあとは、間髪入れずに「いいの?」と返ってきた。それにもちろんと返せば、「迷惑じゃないなら、行く!」と返信が来た。
 俺がガッツポーズしたのは言うまでも無い。
 学校が終わって、準備してからくるということだったけど、夕方には出かける予定だった妹も姉も母親も未だに出かけない。なんでまだ居るんだよ、さっさと出かけろと思っているのに、あと5分、だの、もうちょっと、だのぐだぐだしている間にチャイムが鳴ってしまった。
 俺が出るより先にひよと姉ちゃん達が玄関へと走って行く。
 突然現れた女性二人に、正義が目を丸くしていた。

「こ、こんにちは……」
「は? ガチで男じゃん」
「しかもいじめられそうなタイプ。なにおにぃ、いじめ?」
「いじめじゃねーよ! いいからさっさと出かけろ!」
「あの……」

 戸惑う正義に、姉妹と、後からやってきた母親の目線が向く。緊張した面持ちで、顔を赤くする正義に、ひよと姉ちゃんが顔を見合わせた。

「……意外なタイプ」
「判断しづら〜」
「えっと、小波です、今日はお世話になります」

 ひそひそと二人が話す隣で、正義が母さんにぺこりと頭を下げた。母さんも、どんな奴が来るのか想像していたのかしらねえけど、ちょっと驚いたような顔で頭を下げた。まあ、うちに来る奴で、今まで正義みたいなタイプってあんま居なかったしな。今まで家に来た彼女もこういうタイプじゃねえし、友達だって結構騒がしいタイプが多かったし。
 礼儀正しくお辞儀したあと、持っていた紙袋を母さんに手渡した。

「あの、これ母が……、実家から沢山送って貰ったので、お裾分けですって、よかったら」
「えっ!? あらわざわざいいのに!」
「す、すみません。迷惑で……」
「違うわよぉ! 気ぃ遣ってもらっちゃってごめんなさいね! 小波くん? 私はもう出かけるけど、ゆっくりしていってね。誠! あんたちゃんとしなさいよ!」
「いいから早く行けよ」
「は、はい。ありがとうございます」

 ぺこぺこと頭を下げる正義に、母さんは目元に皺を刻みながら笑顔を作った。

「ってか何持ってきたの」
「おじいちゃんから沢山送られてきたお菓子と野菜……、あ、でも日持ちするやつ」
「なんか逆に悪いな」
「でも僕、友達の家に泊まるの初めてだから、楽しみだったよ」

 嬉しそうに笑う正義に、若干下心を抱いていた俺は胸が痛まないでもなかったが、それより後ろでひそひそと話している姉妹が気になる。

「おい、お前らもさっさと出かけろよ。人待たしてんだろ」

 俺の言葉を無視して、ひよが正義を無遠慮にじろじろと見つめてくる。

「……? あの、何か……」
「あー、わかった! どっかで見たことある思ったら、おにぃと心中しようとした人だ」
「!? や、ち、違います」
「あれ、違った? あの事件の時屋上に居た人じゃなかったっけ」
「いや、心中はしてないです。屋上に居たのは僕ですけど……」

 前に、正義が屋上から落ちた時の話だと思うけど、そういえば、ひよもお見舞いに来てたんだっけ? あいつ病院内自由に歩き回ってたから、俺が知らないところで見ていたのかも知れない。

「てかおにぃの同級生っしょ? ひよ年下なのに敬語なのウケる。あんまあの学校の人っぽくないね」
「お前は敬語使えよ」

 後からひよの首を掴んでやたら距離が近い正義から話すと、ひよが不満そうに睨んできた。

「ちょっと! 髪の毛崩れるから触んないで!」
「うるせーな、いいからさっさと行けよ」
「妹さん?」
「そう。でももう消えるから。悪いうるさくて」
「はぁ? ひよ別にうるさくないし! てか、まみちょも居るじゃん!」
「んーー」
「…………」

 目を離した隙に、今度は姉ちゃんが正義をじろじろと見つめていた。姉ちゃん、目つき悪いから見られると怖ぇんだよ。
 正義、怯えてねえかな、と思ったけど、緊張してはいるものの、特に怯えてはいないようだった。笑顔にするよう努めている感じはするものの、顔はやっぱり赤くなっている。冷や汗をかきながら、見つめられていることに疑問符を浮かべていた。
 …………やべ、かわい。
 あ、いや違う、そうじゃなくて、助けねえと!

「おい姉ちゃん、あんまじろじろ……」
「あ、あの、誠のお姉さんですか?」
「そうだけど?」
「初めまして、小波です、あの、今日はおうちに泊まらせて頂きます、よ、よろしくお願いします」
「…………」

 俺が発言するより前に、正義が先に挨拶をして、ぺこり、と頭を下げた。姉ちゃんは一瞬目を丸くしたものの、無言のまま頭をくしゃりと撫でた。

「? ……?」
「ん〜〜〜、あの反応は絶対女かと思ったんだけどなー、ま、今までのよりはいいからいっか。好きにくつろいでってー」
「あ、ありがとうございます」
「………………」

 ……そういや、姉ちゃんと俺の趣味って、昔から結構似てたっけ……。子供の頃に母さんが買ってきたグッズとか、俺が欲しいもん全部的確に姉ちゃんが取ってったもんな。怖面のくせに可愛いモン好むなってお前が言うなって面で昔から言われてきた。
 正義は別に可愛い系の顔ってわけでもないけど、仕草が小動物にちょっと似てるんだよ。まあ、睨んで追い返したりしないだけマシか。
 一応正義にそれとなく聞いておく。

「おい、あんま無理しなくていいぞ、俺の姉ちゃん怖ぇだろ」
「え? そうかな……緊張したけど、怖くないよ。誠のお姉さん、綺麗な人だね」
「あ?」

 あの女が綺麗とか正気か? 正直言ってマジで顔だけだぞ。
 口も性格も死ぬほどキツイし。けど、バイクに跨がっている姉ちゃんの耳には、エンジン音で届いていないだろうと思ったけど、聞こえてたっぽい。ちょっと格好つけて髪の毛サラッじゃねーんだよ。

「誠ー」
「んだよ、まだなんかあんのかよ」
「プラス10ポイント」
「謎ポイントプラスしてねーでさっさと行けや」

 ひよ駅まで送ってくんだろ? じゃあもう早く行ってくんねーかな。親指立てて笑う姉ちゃんにあきれ果てていると、今度はひよが正義に話しかけていた。

「ねーねー、こなみん」
「こな……、あ、僕のこと……ですか」
「そっ、小波だからこなみんねー、可愛くね?」
「かわ……」
「人に適当な渾名つけんな。ってか敬語使えや。悪い、無視していいから」
「おにぃうざっ、今話してんのひよだし」
「うるせー、さっさと行け!」
「やーー! 触んないで! セクハラ!」
「んだとコラ!」

 ひよの背中を姉ちゃんの方へ押して正義から離すと、苛ついた表情でひよに手を叩かれた。クソが! ちょっと可愛い顔してっからって調子乗ってんだよこの妹は! 昔から姉ちゃんもひよの味方ばっかするし!
 けど今日ばかりは甘やかしたりしねえぞ、と思っていたら正義がおろおろしながら俺の手を掴んだ。

「あ、あの誠……乱暴は……」
「………………」

 困ったような目線に、俺はとっとと追い出してしまおうと思って開きかけていた口を閉じた。別にひよに同情したわけじゃねえし、マジで早く出かけて欲しいと思っているけど、初っぱなから空気悪い感じにはしたくない。
 ぐ、と唇を結んでひよから離れると、ひよはちょっと意外そうな顔をした。俺がひよを追い出そうとするのをやめたことが珍しかったからだろう。
 けれど、すぐに勝ち誇った顔で再び正義に近づいていく。近い近い、あんま近寄んな。

「こなみんやるじゃ〜ん、おにぃクソ頑固だからうるさいっしょ」
「そんなことは……、あの、誠の妹さんだよね? 初めまして」
「はじめまして〜、ってかひよ、前にこなみん病院で見たことあるよ! ママから病室の番号聞いてたし! こっそり見た、てか自殺とかヤバくない?」
「いや、だから自殺じゃなくて……」
「おにぃ顔チョー怖いからいじめられたらマジ死にたくなるかもしんないけど、ああ見えて結構小心者だから地味に怖くないって知ってた?」

 カラカラと笑いながら適当なことを話すひよに、やっぱりもう追い出そうと思ったけど、正義は笑いながら答えた。

「うん、優しいって知ってるよ。あといじめられてないから……」
「…………へー、じゃ、ひよとライン交換しよ!」
「え?」
「おにぃあんま学校のこと教えてくんないし、こなみんともっと話してみたいし! あ、ひよのIDはねー」
「もういいから、さっさといけ! 姉ちゃんも待ってんぞひよ!」
「ひよー、そろそろいくよー」
「え〜〜、まみちょ気になんないのー?」
「んなもん後で誠から聞けばいいだろ」
「あ、なるほど〜」
「いや教えねーよ!」
「じゃあやっぱりこなみん、今教えて」
「えっと……」
「教えなくていい! いいからもう行けよお前ら!」

 騒ぐ女どもを強引に家から追い出して、文句を言いながらも、ようやくひよ達が去って行く。バイクの走り去る音がしてようやく静寂が訪れる。

「……悪い、騒がしくて」
「ううん、誠の家族見れて楽しかった」

 嘆息しながら言うと、正義がへらりと笑う。
 あんな風に姉ちゃんと妹に迫られたら、普通引くけどな。言っちゃなんだけど、姉ちゃんもひよも勢いすごいし、遠慮もしねーし、あの佐々木ですら、前に会ったとき引き気味だったぞ。こいつ、マジで良い奴すぎないか?
 でもまあ、俺も正義の家族がどうであれ、正義が好きだから関係ないか。静かになった家の前で、俺は正義を家の中へと導く。

「んじゃ、入れよ。なんもねーけど」
「お、お邪魔します……」

 荷物を抱えたまま、正義が俺の家へと入ってきた。なんか、すげードキドキする。

****

「あっ、おいそこ! 正義そこ来てる!」
「えっ!? ちょ、ちょっと待って、無理無理無理、死ぬっ」
「左避けろ左! あとそこにアイテムあるから取って!」
「わっ、えっ、わ、っちょ、と、取れてる? これ取れてる?」
「取れてる! あっ、一機死んだ、今復活させるから待って」
「う、うんっ、ごめ……うわっ、なんか出てきたよ!?」
「ボスだって! まだちょっと待ってろ!」
「いや、これ無理……っ」
「あーーーーっ!」

 俺の部屋に、騒がしい声が鳴り響く。
 正義が家に来て、飯がまだだったから、二人でコンビで適当に飯を買いに行った。それから、あまりゲームとかしたことないという正義の言葉を聞いて、今は二人で部屋で絶賛ゲーム大会中。
 協力タイプのシューティングゲーに、慌てふためきながらも敵を倒していく。正義は、ゲームの類いは、一人だとあまりやらないと言っていた割には、結構うまい。
 ソシャゲとかもやんねーっつってたし、ゲーム自体に興味がないのかと思えば、やってみるとめちゃくちゃ楽しそうにハマっている。あんまゲームを知らなかっただけなのかもしれない。
 ちなみに、俺はゲームが好きだし、なんならハードもソフトも一通り色んなのを揃えているから、正義は俺の部屋にあるゲームを見て目を輝かせていた。その目、小学生の時、沢山ゲーム持ってる奴の家で良く見る奴な。
 今は画面に、ゲームオーバーの文字が表示されている。今回は負けちまったけど、あと何回かやれば勝てるだろうな。俺はもうコンプリートしてっけど。
 ばふ、とコントローラーを握ったまま後ろのソファに背を預けて、正義が言った。

「はーーー……面白いね……、僕ゲームって一人でやったら駄目なものかと……」
「なんでだよ、お前んちゲームねえの?」

 むしろ、ゲームなんて一人でやる用の方が多いんじゃねえの? けれど、俺の言葉に、正義は苦笑しながら眉を下げた。

「うーん、一応ゲームを親に買って貰ったこともあるんだよ。二人用のゲームだったけど……、でも一人でやってると、弟がさ、一緒にやる友達もいないのかって冷たい目で言うから、なんか空しくなっちゃって……。ゲームって友達とやるものなんだと……」
「ふーん……俺は一人でもやるけどな」

 そういやコイツ弟居るんだっけ。俺の妹も大概クソ生意気だけど、正義の弟も生意気っぽいな。つかそれ、弟くん、ゲームやるのに誘って欲しかったんじゃねえの? 二人用のゲームなら、正義も誘えばいいのに、仲悪いんだっけ。わかんねえけど。

「そういうの、俺も姉ちゃんに言われたことあるよ」
「え、本当? なんて答えたの?」
「無視してボコられた」
「…………っ」
「笑うな笑うな。つーか、マジ凶暴だからあの女。容赦なく殴ってくんの。お前長男でよかったな。上に兄弟いるとろくなもんじゃねえぞ」
「はは、誠の家は毎日楽しそうだね」
「おい、俺の話聞いてたか?」

 クスクスと笑う正義に、次はなんのゲームにしようかソフトを漁る。なんつーか、普通に楽しい時間を過ごしちまってるな。多分、全くといっていいほど、警戒とかされてねえんだろうな……。
 そう考えると、若干空しい気持ちが湧かないでもなかったが、正義はすげー楽しそうだし、いいか……。
 夕方に家に着いて、買い物行ったりゲームをしたりしている間に、時間が過ぎて、気がつけばもう夜の九時だ。時が過ぎるのなんてあっと言う間だな。
 次は一人用のゲームソフトをセットする。一人用と言っても、後から二人対戦にも出来る格ゲーだ。

「正義ー、俺風呂入ってくるから、これやってて。さっきやりたいって言ってたやつ。上がったら対戦しようぜ」
「うん、わかった!」
「技のコマンドとか、スマホで調べれば出てくるから」」
「うん! 調べてみる」
「てか、今日はゲーム大会だけど、楽しいか?」
「すっごく楽しい……っ、僕、こういうの初めてかも……」

 目をキラキラさせながらそんなこと言われたら、もう手とかすげえ出しにくい。
 多分、正義は友達と二人でゲームとか、あんまりしたことなかったんだろうなー。友達の家に泊まるのも初めてとか言ってたし。それを俺の下心でぶち壊すのも気が引ける。いや、せめてキスに舌入れるくらいはしても……いやいや。
 楽しそうに画面に向かってコントローラーを動かしている正義を見て、焦ることはないと思う反面、むらっとした気持ちは、収まらない。
 だって、好きな奴が目の前に居て、自分の部屋で誰にも邪魔されず二人きりなんだぞ? 触りたいって思うのが、普通じゃねえの。正義は、違うんかな。
 けど、普通の基準なんてものは、人によって異なる。

 正義が俺とそういうことしたくないって言うなら、待つけどさ。


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