29(終)

 エピローグ

 それから、退院してからすぐ、化野はアメリカへと旅立って行った。誰も来ないと思う、という化野の言葉とは裏腹に、化野を見送りに来る人は結構居て、化野自身は否定していたけど、結局の所、化野大志という人間は、やっぱりカリスマがあるんだと思う。
 化野は、ただお面を被って演じている偽物の自分だと思って居るみたいだけど、そこも含めて、きっと化野なんだと思う。
 見送りには佐々木と井上も居て、佐々木なんかはちょっと泣いていた。また遊びに来いよ、とか、いつでも帰って来いよ、という言葉に、化野は少し笑っていた。

「ささっき〜は懲りないね〜」
「はぁ? 懲りないってなんだよ! つーか大志ずっとライン既読無視するし! なんか突然怒るし! 急に学校来なくなるし! 全然話してくんねーし! 俺すげえ胃ぃ痛かったんだけど!」
「ごめんごめん、色々あってむしゃくしゃしてたのボク。じゃあこれ、お別れの餞別に胃薬あげるね」
「いらねーー!」
「とか言いつつポケットにしまってんじゃん」
「るせっ井上! だって大志もう帰ってこねえかもしんねえだろ!」
「えっ、いや帰ってきますけど。なんで? 俺向こうで死ぬの?」
「だってアメリカって金髪美女居そうなイメージあるじゃん〜……、大志とか向こうで囲われそ〜」
「ぎゃはははは!」
「似合う似合う!」
「うぜーーー」

 ゲラゲラと笑っている三人を遠巻きで眺めていると、化野と目が合った。後に居た誠が、化野の方へと歩いて行く。

「おい、大志」
「んー、何? セイ」
「…………かっ、体に気をつけろよっ……」
「……ぶはっ、パパ!? パパなの!? あははははっ、あーーもうセイはほんっと……馬鹿だよなぁ〜」

 くすくすと笑いながら、化野の手が誠の肩を叩いた。それから、佐々木と井上に目配せして、化野は言った。

「ごめん、ちょっと話あるから」
「あ、あー、わかった」
「んじゃ、またな大志。ラインするわ、可愛い女居たら教えて」
「おけー」

 ゆるい感じで離れると、化野は少し遠くに居た僕の事も手招く。

「正義ちゃんも来てくれるとは思わなかった。怪我大丈夫?」
「うん、化野も、元気で……」

 そう言って微笑むと、化野が突然携帯を構えて写真を撮った。

「えっ!? なんで?」
「いや、俺スマホの画像消しちゃったから、餞別にね」
「僕、変な顔してた……」
「してないしてない。んじゃ、もっかい笑ってはいピー……」
「嫌がってるからやめろ」
「いっ」

 スマホを構える化野の頭を叩いて、誠が言うと、化野は口を尖らせながら、スマホをポケットに仕舞う。

「連絡先も消しちゃったからな」
「佐々木から教えて貰ったろ」
「あーあ、また一からやり直しか〜、毎日正義ちゃんにラインしようかな」
「すんな!」
「誠、た、叩きすぎ……」

 ばしばしと容赦なく頭を叩いてる誠を止めると、誠は僕の隣に立った。その様を見て、化野が面白く無さそうな視線を送る。

「はー、こんなくそ甘カップルに見送られるとかマジ勘弁なんだけど……」
「…………」
「は? 照れてんじゃねーよセイ。死ぬほどムカつく」
「うるせーな。お前もようやく諦めたか」
「ん? いや諦めてねーけど」
「あ?」
「俺、昔から諦めんの嫌いだし。今回はちょっと失敗したけど、次はうまくやるし。アメリカでもっかい練り直すわ」
「お、お前なあ……っ!」

 青ざめて絶句する誠の隣で、化野が笑った。

「じゃーね正義ちゃん。多分テクのないセイに飽きた頃に帰ってくるから、それまではセイに預けとくよ」
「二度と帰ってくんな!」
「ははははは!」

 ふざけた空気の中、誠の拳が宙を舞い、化野はそれをひらりと避けた。一瞬、化野と目があう。化野はいつものように黒い瞳を少しだけ細めて笑った。

「またね」
「……う、うん」
「あーあ、俺の好きな子、昔からみーんな、セイのこと好きになる。セイのクソ馬鹿〜」
「はあ? それは俺の台詞……」

 言い合おうとしたとき、再び別のクラスメイトが化野を見送りにやってきて、僕達の会話もそのままかき消えた。でも、前にあったわだかまりは、少なからず、解消出来たように思う。

 化野が乗る飛行機を、誠の隣に立って見送りながら、僕達は手を繋いだ。

****

 あとは、僕の転校の話だけど、色々あったけど、結局なくなった。
 理由は沢山あったけれど、一番大きかったのは、僕が転校したくないとゴネたことが、一番の理由だった。お父さんとお母さんは、危ないことがあるならもう転校してもいいと言ってくれたけど、心配ごとの種はもう一つも無いし、佐々木や井上とも、今は普通に話すようになったし、友達だって少し増えた。
 だから、もう少し、あの学校で頑張ってみたい。
 3年間通ってみたい、もう無茶なことも、危ないこともしないから、とお願いし続けたら、ようやく両親も理解してくれた。
 勇気は、ちょっと不服そうだったけど、僕の意思を話すと、呆れたように「勝手にすれば」と言われたから、勇気も認めてくれたんだと思う。

 しばらく休んでいた学校も、今日からようやく復帰だ。
 夏はとっくに終わって、また学ランの季節になっていた。
 僕は制服に袖を通しながら、机の上に置いてある狐面を手に取った。前に、誠が付けてテーブルに強打して以来、額にはヒビが入っている。僕はその狐面を手に取って、そっとその部分を撫でた。
 あの学校に入ってから、このお面を被っていて、助けられたことは、多々あった。勿論、困ったことも沢山あったけど、きっとコレが無ければ、やっていけなかったと思う。
 これは僕にとって、お守りで、大切で、かけがえのない、宝物だ。
 だけど。

「あ……」

 ぱき、と音がして、ヒビ部分からお面が割れた。
 このお面、どこで買ったんだっけ。確か、その辺のお店だったと思うんだけど、長いこと使っていたせいで、額のヒビ以外にも、色々と傷や汚れがある。
 耐久度的にも、もう限界だったのかもしれない。それでも、今日まで持ってくれた。辛いときも、苦しいときも。

「……ありがとう」

 僕を色々と守ってくれてありがとう。ずっと一緒に居てくれてありがとう。
 物言わぬお面に、お礼を言う。
 コレは僕の自己満足かも知れない。でも、言わずには居られなかった。
 僕は割れてしまったお面をテーブルに戻し、鞄を持って、部屋のドアを開ける。
 ラインには誠から連絡が来ていて、今日は一緒に登校する約束をしていた。

 未だにすぐ赤くなる赤面癖は治っていないし、口調だって、油断するとすぐにどもってしまう。でも、前より少なくなったし、何より僕が喋りたいと思うようになった。
 それに、これじゃあもう付けられないしね。口元に笑みを携えて、テーブルの上に置いてある狐面にぺこりと頭を下げた。お面には日の光が当たってキラキラと輝いているように見える。

「いってくるね」

 それから、僕は部屋を出た。

「おはよう、誠」
「おはよ、正義」

 家を出ると、家の前で待っていた誠に挨拶をして外へ足を踏み出した。今日は、いい天気で、風がすごく気持ちいい。

「正義、お面は?」
「……もう、いいかなって」
「…………っそか」
「うん」

 ありがとう。
 守ってくれてありがとう。隠してくれて、ありがとう。
 でも、もう君のことは置いていくよ。
 きっと、もう大丈夫だから。

 だから、そこで見ていてほしい。
 君がいない世界でも、今度はちゃんと前を向いて歩いて行くから。


終わり


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