27

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 夢を見た。
 そこはいつもの教室で、僕はお面をつけていなかった。
 周りには化野や誠、それに佐々木や井上がいて、僕はその中に混ざって、楽しそうに話している。話しているのは、昨日見たテレビとか、最近流行の音楽とか、好きなこととか、帰りに寄るお店の話とか、ごくありふれた話題ばかり。まるで、普通の友達みたいに。
 ああ、これは夢なんだな、と、夢の中で僕はなんとなく理解した。
 だって、夢じゃ無いと、こんなことはあり得ない。でも、夢の中の僕はそれが当然の様に、その状況を享受し、楽しそうに笑っていた。
 いいな、と夢を見ている僕が思う。
 いいな、羨ましいな、僕も、本当はそうなりたかった。
 本当は、皆と楽しそうに……。

「……正義!」
「………………」

 目を開けると、目の前にはお母さんが居た。近くには点滴台に吊された点滴が見える。白い天井から目線を動かすと、心配そうに僕を覗き込む家族の顔。

「目覚ましたの? ……大した怪我はしてないって言ってんだから、心配しすぎ……」

 近くに居た勇気が、ぼそりと言った。ぶっきらぼうな物言いだったけど、目が少し赤く腫れていた。まるで、泣いた後みたいに見える。勇気は、基本的に泣かないけど、極限まで我慢する癖があるからな。
 僕は大丈夫? と声をかける前に、辺りを見渡す。

「ここ……」

 どこだろう。いや、病院であることはなんとなくわかる。消毒したような独特の香りに、身を起こそうとすると、勇気に頭を抑えて止められた。

「い……っ」
「まだ寝てろよ、バカヨシ」
「勇気! お兄ちゃん怪我してるんだから! ……正義、お父さんももうすぐ来るって」
「お父さん? なんで……」
「屋上から落ちたこと、覚えてる?」
「……屋上」

 屋上。
 そうだ、僕は、屋上に居て、化野が落ちそうになったところを、誠と二人で助けて、それで……。
 ぼやけた頭でそこまで考えたところで、僕ははっと目を見開いた。

「ま、誠は!?」
「え?」
「誠! ぼ、僕が落ちそうになったとき、誠の手を掴んだ気が……っ!」

 僕の言葉に、お母さんは眉間に皺を寄せて、小さく息を吐いた。

「西園くんね、あんたも西園くんも、化野くん? も、なんで夜の学校に忍び込んだりしたの。幸い、すぐ下の方にスペースがあったから、一番下まで落ちなかったってことで、大した怪我はしなかったかもしれないけど、一歩間違えたら死んでたんだよ!? 連絡聞いたお母さんの方が死ぬかと思った!」
「…………ご、ごめんなさい……」
「あとで、しっかり話聞かせて貰うからね」
「うん。ごめん……。みんなは、怪我、ない?」
「ないって。あとで検査とかは必要だけど」
「そっか……」

 よかった。二人が無事なことは、僕にとっては朗報だった。
 夜空が視界いっぱいに広がった瞬間、体が浮いて、もう駄目だと思った。もう、これで終わりなんだって、でも、その時誠と化野、二人の手が伸びてきて、僕は咄嗟に、誠の手を掴んだのだ。
 ひょっとしたら、誠が僕を庇って、怪我をしていたかもしれないと思ったから、無事なら良かった。
 ほっと息を撫で下ろす僕に、勇気が言った。

「正義さ、転校すれば?」
「え……?」
「良い機会じゃん。あんな簡単に忍び込めるセキュリティガバガバの学校とか、最悪じゃね。母さんもそう思うでしょ」
「……そうねえ……」
「えっ、なんで、違う、僕は、このままで……!」
「正義、お父さんが来たら、お母さんと、あとで三人で話そうね」
「…………お母さん……」
「お母さん、心配だから……」

 悲しそうにそう言われてしまえば、僕は何も言えなくなってしまった。だって、僕が何を言っても、夜の学校へ勝手に忍び込んで、屋上から落ちて心配させたという事実は変わらないから。怪我したことも、今ここで迷惑をかけていることも変わらないから。
 僕には、意見する権利はない。ただ、謝るべきだ。
 黙り込んでしまった僕の手を握って、お母さんが言う。

「ほんと、無事でよかった……」
「………………ごめんなさい……」
「…………」

 しみじみと言うお母さんの後で、勇気が僕を見つめていた。少し、歯がゆそうな顔で。

「……あの、一緒に居た二人は?」
「さあ、二人ともこの病院に入院してるらしいけど」
「……話せる?」
「…………今度ね」

 気を失っていたらしく、今は朝方の8時だった。その間、お母さんと勇気は、ずっと一緒に居てくれたのかな。申し訳なさと罪悪感に僕は何度も謝った。

 それから、また少し眠るように言われて、僕は再び目を閉じる。

 目が覚めて、学校へ行って帰ってきたらしい勇気と、仕事を休んで、必要な物を取りに行っていたらしいお母さんから、少しだけ事情を聞くと、学校はちょっとした騒ぎになっているらしく、しばらく休みなさい、と言われてしまった。
 どうして僕が屋上に行ったのか、あの二人とはどういう関係なのか聞かれたけど、僕はどう答えて良いのかわからず、「友達」とだけ答えた。本当にそうなのか、脅されて言わされているのではないのかと聞かれたけど、否定した。
 ちょっと冒険してみたくて、夜の屋上に忍び込んだ。
 でも、ふざけている内に落ちてしまった。ということにしておいた。本当に、申し訳ないとは思っている。学校側も、セキュリティの甘さがあったこともあり、停学とか退学にはならないかもしれないけど、謹慎処分は受けるかも知れないということだ。
 化野は、どうやって屋上のドアを開けたんだろうと思ったけど、それを聞けば、化野を追っていったことがばれてしまうから、聞けなかった。
 本当に本当のことなんて、話せるはずもないし、話したくも無い。
 お母さんとお父さんには悪いと思うけど、きっと、一生誰にも話さないで、お墓まで持って行くと思う。

「じゃあ、お母さんと勇気は帰るけど、何かあったらすぐ連絡してね。二、三日は検査入院だけど、家に帰ってからもしばらく休みなさい」
「てか謹慎だろこんなん」
「……これからのことは、その後に話しましょうね」
「うん、ありがとう」
「じゃあ、行くから」
「うん、またね」
「もう暴れんなよ馬鹿正義」
「勇気!」

 お母さんに耳を引っ張られながら、二人は病室を出て行いった。
 
 あれから、お父さんとお母さんとも、少し話をした。
 意見を総合すると、二人とも、危ないからもう僕をこのままあの学校に置いておきたくないということだった。でも、僕の意思があるから、まだ転校するかどうかはわからない。
 色々手続きも必要らしいし、僕自身、この学校を離れたいのかわからなかったから。
 前までは、もう居たくないって思っていたけど、今は、誠が居る。他にも、話しかけてくれる人や、友達が、少し増えた。
 離れたくないという気持ちが、大きくなっている。少しずつだけど、僕自身、成長出来る気がするんだ。
 それに、化野も……。
 

 誰も居なくなった部屋で、ぼんやり考えていると、コンコン、と部屋をノックする音が聞こえた。

「っはい、どうぞ」

 看護師さんかな?
 そう思って促すように声を上げると、入ってきたのは、化野だった。まさか、化野だとは思っていなくて、僕は少しだけ息を飲む。

「…………」
「……あ……」
「あー……、そのままでいいよ。正義ちゃん怪我してるし、俺も、ここから動かないし。ここに来てるの内緒だから」

 そういう化野自身、顔や体に少し痣と傷があった。腕も、包帯を巻いている。僕は息を飲み、頷いて化野の言葉を待つと、化野は、少し喋りにくそうにして頬を引き攣らせると、僕に言った。

「怪我、大丈夫?」
「…………うん、大したことないって、お医者さんが」
「そっか。よかった」
「…………化野は?」
「俺? 俺は全然。だって俺、正義ちゃんの手、掴めなかったし」
「…………」
「……そんな顔しないでよ」

 そんな顔って、僕はどんな顔をしていたんだろう。
 自分の顔に、ぺたぺたと手で触れてみたけれど、よくわからなかった。化野はドアの前に立ったまま、僕を見つめる。

「なんで、言わなかったの?」
「え……?」
「俺にされたこと、全部言えばよかったのに。警察とか、親とかに、ぜーんぶ」
「…………言えないよ」
「俺の手元に人に見られたくないデータがあるから? そんなの、消したよ。ほら、あげる」
「え、わっ……」

 そう言って、化野は自分の携帯電話を投げて寄越した。ベッドの上に、化野がいつも弄っていた携帯端末が転がる。中には、何のデータも入っていなかった。僕だけじゃ無い、一つの写真も、残っていなかった。

「それもうあげる、いらないし」
「…………化野は、言ってほしかったの?」

 僕の質問に、化野は少しだけ息を詰まらせたように、眉を顰めた。けれどすぐに、自嘲気味に笑う。

「さあ……どうだろ。でも俺、謝るつもりもないし、後悔もしてないからね。選択ミスったなって思ったところはあるけど、根本的に俺は自分の考えが間違ってるとも思ってないし、もう一度同じことになったら、きっと同じ事繰り返すと思う」
「…………そう」
「怒らないんだ?」
「だって、化野にとっては、それが普通なんでしょ?」
「…………うん。そお」
「じゃあ、いいよ」

 よくはないけど、それに対して、僕がどうこう言うこともない。
 化野の考えていることと、僕の考えていることに相違はあるだろうけど、歩み寄ることはできても、完全に理解する事なんてきっとできない。だから、もういい。これは諦めじゃなくて、そうすることが正しいと思ったからだ。
 僕の言葉に、化野は言いづらそうにして口を開いたけど、結局言えずに、再び口を閉じた。

「……どうしたの?」

 逆に僕が問いかけると、化野は、さっきまでの笑顔を崩した。
 いや、崩したと言うより、最初から崩れていた。無理矢理作っていた笑顔が、保てなくなっているように見えた。

「……俺さー……、正義ちゃんなんか、居なくなればいいって思ったこと、何回もある……」
「…………」
「俺の思うとおりに動いてくんないし、俺のこと好きになってくれないし、何度折っても立ち上がるし、酷いことばっか言うし。一番になれないなら、いらない。いっそいなくなれって思ったこと、けっこーある……」
「…………」
「でも、実際消えそうになったとき、頭真っ白んなって。正義ちゃんの記憶に残るなら、別に俺は消えてもよかったけど、俺の目の前で正義ちゃんが消えるのは、我慢できなくて……、怖くて……、あー、正義ちゃんも、俺が飛び降りたとき、こう思ってくれたのかなって、思ったり、なんか、して……」

 僕に告げる化野の声が震えていた。
 僕は自身に被さっていた布団をはいで、患者衣のままスリッパを穿いて、点滴台を持ったまま化野へと近づいた。びくり、と化野が体を揺らす。

「携帯、返す」
「…………」

 持っていた、もう何のデータも残っていない携帯電話を、化野の胸に押しつけて、言った。

「思ってたよ」
「…………っ」
「化野が、居なくなるって思ったら、頭の中、真っ白になるかと思った」
「………………」

 僕の言葉に、化野はくしゃりと表情を歪め、僕から目線を外した。鼻を押さえて、口元にある手から覗く口元が少しだけ歪んだ。

「はは……、正義ちゃんは、そういうとこほんっとあめーよな……」
「そうかな、普通だよ」
「出た出た。いや、全然普通じゃないから、普通は、俺みたいなやつ、死ねって思うのが普通だし」
「ちがうよ、友達が死ぬのを嫌だって思うのは、普通のことだと思う」
「………………」

 その言葉に化野は、伏せていた目を見開いて、ゆっくりと僕の方を向いた。唇は戦慄き、いつも堂々としている化野大志の風貌はそこにはなく、緊張した手が、僕の頬へと伸びてきた。

「正義ちゃん、さ、あの時俺に、言ったよね。自分を見てなかったのは、俺の方だって……」
「言ったかな。僕、必死だったから……」
「言ってた。そんで、俺も、正義ちゃんが考えてることとか、思ってること、全部知った気になってたかなーって……、思って……」
「…………?」
「人の考えてることなんて、昔からすぐわかったし、簡単だったから。だから、正義ちゃんが俺に思ってることも全部わかってるって思ってて…………あー、違う、なんていうか、そうじゃなくて」
「……うん」
「も、もしも、俺がこれから、正義ちゃんの望む俺になったら、また付き合ってくれる? もう、正義ちゃんが嫌がることはしないし、全部正義ちゃんの望むとおりにする。そうしたら、また俺と」
「化野」

 化野の言葉を遮って、僕は化野に言った。

「ごめんね、それは出来ないよ」
「…………まあ、そうだよね」
「化野が嫌いだからじゃないよ」
「嫌いでいいよ、好きな方がおかしい」
「違うよ、化野を好きな人は沢山居る」
「俺みたいなやつ誰も好きにならないって言ったじゃん」
「あんなことしてたらって話だよ」
「…………もうしないって言っても?」
「うん、僕、好きな人いるから」
「…………」

 その言葉に、化野は泣き笑いのように、表情を歪めた。

「あ〜〜〜〜あ、またフられた……。俺、こんなに何回もフられたの、人生で初めて……」
「…………化野には、もっといい人が居ると思う」
「それ、フるやつの常套句だから。それに、俺は他の誰かじゃなくて、正義ちゃんがいい……、正義ちゃんだけがいい……」

 頬に触れた手が、熱く感じる。だけど、僕は緩く首を横に振った。

「…………ごめんね」

 僕がそう言うと、化野は小さく笑って、背を向けた。

「もう行くわ。そろそろ見つかるかもだし」
「うん」
「あと、俺学校やめるから」
「うん。…………えっ!?」

 突然の爆弾発言に、さっきまでの湿っぽい空気は吹き飛び、僕は顔を上げた。化野は振り返らず、背中を見せたまま言った。

「まー、色々やらかしちゃったし、あと家庭の事情もあるんでぇ」
「え、でも、そんな急に」
「……俺さあ、弟居るじゃん。そいつがまー、結構難病で、手術しないと治らないらしいんだよね、んで、その治療で一年くらい、アメリカいくの」
「…………弟」

 そういえば、化野には居るって言ってたっけ。でも、いつ家に行っても一度も会うことはなかった。いや、弟だけじゃない、化野の両親も、一度も見たことがない。

「本当は、俺だけ残ることも出来るけど、良い機会だし。ちょっと行ってくる。じゃーね」
「あ、化野!」

 僕はそのまま出て行こうとした、化野の背中に声をかけた。

「……何?」
「誰も好きにならないなんて、言ってごめん! 化野のことを好きになってくれる人、化野だけを見てくれる人は、きっと居ると思うから!」

 僕の言葉に、化野は背を向けたまま笑った。

「ははっ……フッた奴が言うなっつーの。でもまあ、ありがと……」

 そう言って、そのまま化野は病室を出て行った。
 ありがとう、と言った声は少し震えていて、もしかしたら、泣いていたのかも知れない。
 化野に、こんな風にお礼を言われると思っていなかった。甘い、と言われるかも知れないけど、結局僕は、化野の事が心の底から嫌いにはなれないんだ。化野が僕のことを見ていないと言ったけれど、僕だって、化野の本当の顔を、見ようともしなかった。
 もう少し、違う道があったなら、もしかすると、化野と一緒に居る未来もあったのかもしれない。
 そんなことを考えると、僕も少しだけ泣きたくなった。


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