25

****
 
 けれど、僕達の心配をよそに、それからしばらく、化野は学校に来なかった。
 先生が言うには、家庭の事情で、しばらく休みになるらしい。本当の所はよくわからないけど、化野はラインのアイコンやメッセージもこまめに変更していたけど、それもないし、何かあったのかな、とは思ったけれど、家に行く事は出来なかった。
 それに、少し顔を合わせづらかったところもあるので、正直、安心したという気持ちもあった。化野には悪いけど、落ち着くまでの時間が欲しかったんだ。


 その間に、僕は井上や誠を通して、色んな人にコンタクトを取って、少しずつ、化野に関しての情報を集めていった。
 ある人は、ただ単純に化野のことが好きだから。
 ある人は、人に知られたくない秘密を知られているから。
 ある人は、ただ化野に嫌われると嫌だから。
 ある人は、化野が怖いから。
 ある人は、一緒に居ると良いことがあるから。
 人によって理由は様々だけど、全員が全員、心の底から化野の事を好きなわけでは無く、そこには必ず「理由」が存在して、化野と接している。
 化野が、自分を嫌いな相手を前に、どうやって言うことを聞かせていたのかが、皆と話す内に、なんとなくわかってきた。
 化野の言う「線」とやらは、僕達には見えないけれど、化野にとってはわかりやすいもので、だからこそ、化野はこのクラスのカースト頂点へと上り詰めていったのかも知れない。
 けれど、僕は知っている。
 誰にも言えない秘密を抱えていると、打ち明けた相手には、少しずつ心を開いていくのだということを。誰かに言いたくても、言えない。けれど、唯一打ち明けることが出来た相手には、心の壁が薄くなる。
 味方が増えたような気がして、縋りたくなる。
 僕が誠に対してそうだったように、話してくれた人の中には、僕に対する認識を改めてくれる人も居て、そうやって、話している内に、教室内で腫れ物扱いだった僕達の存在は、少しずつ元に戻っていった。
 それは本当に少しずつだったけど、日を追うにつれ、人数は増えていく。

 勿論、未だに僕達を無視する人も沢山いるけど、しない人も居る。
 でも、一人より二人、二人より三人。たった一人違うだけでも、それだけで、学校生活は今までと全然違うものになった。

「おい小波、次のテストまでにちょっと勉強教えて。俺マジヤバイから、次赤点取ったら終わりだって言われた」
「あ、うんいいよ。なんの教科?」
「全部」
「ぜ……、うん、僕でいいなら」

 もう、普通に話しかけて貰えるし、無視もされない。
 中でも、井上は普通に喋りかけてくれるようになった。最初、僕と話してもいいのか聞いてみたけれど、井上曰く、化野も休んでいるし、もういいらしい。なんだか、ずっと悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなった、と言われた。
 どういう意味かはわからなかったけれど、井上は井上なりに考えて、そうして出した答えのようだった。
 井上がどういう考えの元動いたかはわからないけど、普通に話してくれることは嬉しくて、僕ももう喋らないキャラはやめ、学校内では普通に話すようになった。そもそも、化野と付き合わなければ、話すようになっていたんだ。クラスメイトも、もう驚いたりはしなかった。
 今までみたいに、どもったり、赤面することも少なくなったと思う。
 結局、お面は取れていないけど、いずれ、このお面も外せればいいな、なんて。
 そう思っていると、誠が僕達に近づいてきた。

「おい正義、俺も教えて」
「うん、じゃあ僕そっちの席いくね」

 僕が席を移動しようと席を立つと、ぶっきらぼうな声が、間を割るようにして、入ってきた。

「おい井上、お前……そっち行くの」

 声の方を見ると、佐々木がじっと僕達を見ている。僕達、というよりは、井上の方だった。井上が、僕達と話すようになってからは、佐々木と二人で話す姿は、あまり見ていないように思える。
 井上は、眼鏡を押し上げて、なんでもないことのように答えた。

「だって俺、次赤点取ったら終わりだし。いーじゃん、佐々木も来れば?」
「……俺も?」
「そう、別に、来れば良いじゃん。いいよな?」
「えっ? うん、僕はもちろん……」
「俺もいいけど」
「………………」

 僕と誠は了承したものの、井上の言葉に、佐々木は憮然とした表情を浮かべて、僕達から顔を背け、どこかに行ってしまった。
 佐々木は、未だに僕とは口をきかないし、話すことも無い。誠とは稀に話すらしいけど、やっぱり、化野のこともある手前、僕と誠と井上が話していても、あまり近寄らなくなってしまった。
 僕自身、佐々木に嫌われている自覚はあるから、無理に話そうとも思わないけど、佐々木の居場所を取ってしまったようで、なんだか申し訳なくなる。出来れば仲良くなれれば良いと思うけど、それも傲慢な考えなのかな。
 佐々木は、僕と違って、他にも友達は居るので、別の男子と話したりしているけど、やっぱり、化野や誠、井上と話しているときが一番楽しそうに見えた。

「…………化野、来ないね」
「………………」
「まー、家庭の事情らしいしな」

 僕の言葉に、井上がどうでも良さそうに答える。誠は、何も言わなかった。化野がクラスに居なくても、クラスは回るけど、どこか抜けている感じはする。
 なんだか変な感じだった

****

「小波ー、次体育だって」
「うん、男子はバスケだっけ。井上は背ぇ高いからいいなあ」
「タッパあっても、俺バスケあんま得意じゃないし嫌。体育もふつーにダルい。つーか、身長あるだけでスポーツ出来ると思われんのも無理なんだけど」
「えっ、ごめん」
「いーけどね別に」
「こいつ捻くれてんだよ。普通にありがとって言えばいいものをさあ」
「にっしーは、顔怖いから豆まきの時お面かぶらなくていいね」
「あ?」
「褒めてんだから普通にありがとって言えば?」
「な、捻くれてるだろ」
「うっせーし」

 最近は、井上や誠と、こうして話すのが日常になってしまった。
 化野が来なくなってから更に何日か経ち、もしかしたら、もう来ないのかも知れない、なんて思い始めた矢先のことだった。

「おはよー」

 ある日突然、化野が登校してきた。
 久しぶりに教室に入ってきた化野に、クラスメイトの動きが一瞬止まる。皆、もしかしたら化野が来るとは思っていなかったのかも知れない。あるいは、しばらく休むと思っていたから、突然来たことに驚いたのかも。けれど、ドアの前でにこりと笑みを携えたまま立っている化野に、クラスメイトの半数が近づいた

「お、おはよー!」
「お、おー! 大志? 久しぶりじゃん!」
「なんでずっと休んでたの?」
「風邪? 家庭の事情ってどしたん」
「あーーー、まあちょっとねー」
「ラインとか返せよお前〜」
「はは、ごめんて」
「…………」

 久しぶりに見る化野は、僕の気のせいかも知れないけど、そこはかとなく、疲れているよう見えた。明るく染めていた髪の毛は、生え際が黒くなって、目の下にはうっすら隈も見える。
 着崩した制服はいつも通りだけど、その服には皺が見える。なにより、笑みは浮かべているものの、目は全く笑っておらず、僕はきゅっと口を閉じた。

「久しぶり、井上ー」
「おー、元気だった?」
「フツー?」

 化野が、僕の近くに居た井上に声をかけた。井上は、当たり前のような顔で手を上げる。近くに居た僕とは、一瞬目があったけど、すぐに逸らされてしまった。井上は、そんな僕達のやりとりを見つめながら、化野に近づく。

「なんかあったん?」
「まー、ちょっとね。いろいろ」

 やっぱり、顔が少し疲れているように見えた。だけど、化野は人気者だから、井上と話している間にも、わらわらと周囲に人が群がってくる。

「あのさ、井上俺……」
「大志、前言ってた合コン、いつやる? 女の子集めてくれるって言ってたじゃん」
「……ああ、また今度」
「大志ー、見てこれ、この娘可愛くない? 大志紹介してほしいって言われたんだけど、ライン教えていい?」
「それも、今度にしてもらえる?」
「大志大志! 昨日のアレ見た?」
「見忘れた、あとで内容教えて。でさ、井上、俺が前に話した……」
「あ、大志、あのさあ、前にラインで言ってたことだけど……――」
「大志……」
「――うるせえ」

 騒がしく響く声の中に、化野の声が通るように響いた。
 周りに集まって、話しかけてくるクラスメイトに、ぴしゃりと言葉を浴びせると、口々に話していた周りの男女が、水を打ったように静まりかえる。
 化野は、一瞬しまった、とでもいうように口元を抑えはしたものの、すぐに表情を取り繕って、口を開く。

「あのさーーー……悪いけど、今そういう気分じゃないから、また今度でいい?」
「……あ、そ、そうか、悪い」
「ごめんね〜……」
「ずっと休んでたのに急に騒いでうちらうざかったよね」
「ごめんごめん」

 謝る人垣を抜けて、化野が自分の席へと着く。井上が、化野に声をかけた。

「大志、さっき俺になんか言いかけてた?」
「ああ……いや、やっぱいいわ」

 けれど、井上からも目を逸らし、化野と一瞬、目が合った。けれど、すぐに顔をそらされる。
 いつも綺麗に整えられていた髪も、少しぼさついているし、ひょっとすると、あまり寝てないのかもしれない。どうしたんだろう、とは思ったけれど、それを僕が聞くのは違う気がして、結局何も聞かないまま、授業が始まった。

 後ろの席に居る化野に何か言われるかと思っていたけど、その日化野は僕と目も合わせようとしなかった。プリントを回すときですら、こっちを見ようともしない。
 でも、それも仕方のないことかもしれない。
 僕と化野は、もう恋人でも友達でもない。じゃあ何なのかと思うけど、他人というには、近すぎた。だったらきっと、化野にとって、僕は嫌いな奴になったのだ。
 そう、思うことにした。

****

 休み時間になると、いつものように井上が僕達の方へとやってくる。教科書をぶらつかせながら、僕の机の近くに腰掛けた。

「おい小波、be動詞って何?」
「井上、それ中学の時に習うやつだよ」
「お前よく高校受かったな」
「あー、なんかやったかも。でも全部忘れた」
「馬鹿じゃね」
「えっとね……」

 まさかbe動詞から説明することになるとは、と思っていたけど、マジでヤバイという言葉の通り、井上は僕が思っていたより勉強が出来ないらしく、ほとんどの教科が赤点らしい。この学校はこの通りあまり勉強が出来なくても入れるけど、その分何度も赤点を取って補習を受け続けると留年しかねない。
 そして、井上は割とリーチという状態らしい。結構頭が良さそうに見えるのに意外だった。
 教科書を取り出して説明しようとしたとき、空を割くような声が響いた。

「――なんで?」
「え……?」
「なんで、井上と話してんの?」

 化野の言葉に、教室中がシンと静かになった。まるで、僕達と勉強すること、いや、話すこと自体が、おかしいとでもいうような物言いに、井上は眼鏡を抑えながら、化野とは目を合わせずに言った。

「……なんでって、普通に話くらいするだろ。勉強教えてもらってただけだし」
「今まで話さなかったじゃん」
「そりゃ、こいつと話すと大志機嫌悪くなるからだろ」
 
 井上の言葉に、化野が少しだけ目を見開いた。
 静まりかえった教室の中で、化野が井上を見つめる。冷たい目線が井上を射抜き、井上が少したじろぐと、その間に立つように、誠が前に出た。誠が、化野に言う。

「もう良いだろ、大志」
「は? もう良いって、何が?」
「正義いじめようとすんの、もうやめろ」
「…………俺が、なに?」
「もう、お前に振り回されんの疲れたんだって。わかれよ」

 静かな教室の中、誠の声が淡々と響く。井上が、誠の後から問い詰めるような口調で聞いた。

「……大志さあ、俺に、あんま小波と話さねえように含めた感じで言うじゃん。でも、休んでる最中ずっと小波の様子聞いてくるし、お前が何考えてんのか、もう俺よくわかんねーわ」
「………………」

 井上の言葉に、少しずつ周囲がざわめいていく。

「俺、お前にとって友達? 俺はお前の便利な監視役じゃないんだけど。つーか、普通に話すくらいよくね」
「…………」
「ホントは、許可とかいらないじゃん」

 ざわめきは、やがて周りとの相談になり、やがて同調し始める。
 そうだよな、とか。
 あれはちょっとやりすぎだったよね、とか。
 うちらがやりたくてやってたわけじゃないのにね、とか。
 僕らをいじめていたことを認めるような声。でも、ほぼ全員があげているので、誰も咎めようとはしない。
 一滴集団の中に不満を垂らせば、それは波紋の様に広がっていく。クラス全員が、作業や雑談をやめ、僕達に乗っかってくる。

「まあ、なー……、別に、小波がなんかしてたわけじゃないし?」
「喋ってみると案外普通だしね」
「そもそも、誰が始めたんだっけ? 小林?」
「は? 俺じゃねーし、中本とかじゃねえの」
「違うって。つーか、そもそも大志がムカつくって言ってたから皆やってたんじゃん?」
「ねー、でも、もう飽きたっていうか……、別にしたくってしてたわけじゃないし」
「ほんと、なんとなくね」
「大志が怒るからさあ」

 ざわめきは、やがて化野の方へと向かっていく。気がつけば、周囲の視線は化野へと集中していた。囲うような、複数の目線。化野は、無表情でその視線を受け止めている。僕は、その光景を、息が止まるような思いで見ていた。止めるべきだろうか。でも、なんて?
 尚も続く大志が、という言葉に、化野は近くに居た佐々木を見た。
 化野の目線に、佐々木はぎくりと体を強ばらせる。

「……佐々木はどう思う? 俺、なんかしてた?」
「……お、俺は…………っ」

 佐々木は、化野と仲がよかった。
 井上だって、仲が良かったはずだ。でも、化野が驚いていたということは、僕と話さないよう、指示をしていたのかも知れない。さっき、そう言っていた。だからこそ、逆らったことに、驚いていたのかも。
 でも、佐々木は違う。僕達とは、一切話していない。顔色を悪くしながら、少し震える声で、佐々木は唇を震わせる。

「俺は、……大志は、なんもしてない、と思う。けど……」
「けど?」
「……………………正直、今は、しんどい、かも……」
「…………」
「俺っ、た、大志のこと好きだし、友達だと思ってるけど! ……あの時の空気も、今も、きつい……」
「………………」
「もう、いいじゃん、小波とかどうでも。……また、前みたいに、戻れないかな……」
「…………あっそ」

 佐々木の言葉に化野は、何も言わずに教室を出て行った。
 ばん、という大きな音を立てて、ドアが閉まり、化野の靴音が遠ざかっていくと、広がった波紋は、更にその大きさを増していった。

「ビ……っ、ビビった〜〜……!」
「俺、大志キレるかと思った」
「俺も〜〜、つーか、大志って、たまにわがままだし、今日とか、すげー微妙じゃなかった? 話してると面白いけど、今日は全然話さねーし、なんかもうあいつと話すのも疲れたわー」
「わかる! ちょっと調子に乗ってる感あったよな」
「えー、でも大志顔かっこいーから許せる」
「うわ、女ってこれだから」
「は? 女でくくってくんのうざ、でも確かに、大志ちょっと怖いところあるよね。面白いしかっこいーから私はいいけど」
「ちょっとっつーか、大分怖い所あるよ。知ってる? この間さー」
「え、それほんと?」
「あ、俺こんな話聞いたことある!」
「俺はね――……」

 ざわざわとざわめきは広がり、化野に関する噂話が蔓延っていく。
 伝染するように、悪口や不満が、クラス中に広がっていく。
 僕は、飲み込んだ唾が、苦くて苦くてたまらなかった。化野のことを不満に思っていた人は、言わないだけで、割と居たのかもしれない。
 だから、僅かなきっかけを機会に、爆発したのかもしれない。いずれ、起きたことなのかもしれない。仕方のないことだったのかも。
 なんて、考えるけど、それは本当に?
 僕は自分自身に問いかける。
 口の中が、すごく苦い。
 お面をしているから、誰にも表情は伝わらないかもしれないけど、喋ってもいないのに息苦しい。

「……大丈夫か、正義」
「………………」

 同調して騒いでいたのは、ほとんどが、僕達が直接話を聞いた生徒が多かった。そもそも井上だって、きっかけがなければ、今みたいにきっと普通に話してくれることはなかっただろう。
 それと同時に、あんなことも言わなかったと思う。だって、井上と化野は友達だったんだから。
 あれ、なんだろう、この感じ。なんだか、すごくモヤモヤする。
 僕は確かに、化野に何か言われた時対応すべく、化野に関する話を聞いた。他の生徒からも色々聞いた。いずれこうなるかもしれないっていう予想が、無かったわけじゃない、のに。
 でも。別にこんな風になることを、望んでいたわけじゃ……。

「あ、小波ー」
「…………、な。なに」
「ありがとな、お前のおかげで、なんか自信ついて、言い返すことできたわ」

 と、クラスメイトの一人に言われて、僕はお面の奥で、引き攣った笑みを浮かべた。

「それな! 小波が背中を押してくれたっつーの?」
「あ〜、お前結構根性あるよなあ、見直したわ」
「正直、数で押せば大志とか別に怖くもねえしな」
「小波がいなかったら、できなかったかも」

 なんて、笑うクラスメイトは、もう僕の事を見ては居なかった。
 僕は、何も言うことが出来ず、ぎゅうと拳を握りしめる。喉の奥が、なんだか乾いていた。心臓の音がうるさくて、化野が出て行ったドアを見つめる。
 もしかしたら、僕のせいで、化野がクラスメイトから嫌われてしまったのかもしれない。いや、でも僕だって化野には散々酷いこととか、されてきたし、これは化野の自業自得だ。僕が悪いわけじゃ……。
 自分で自分に言い訳するけれど、本当はわかっている。僕が動かなければ、こうはならなかっただろうって。

 『どうしたら、好きになってくれたの』

 あの時の化野の、泣きそうな顔が胸を過る。
 今までのこと、化野に悪気が無かったとしても、それは許されることじゃないし、僕だって簡単になかったことにはできないと思うのに、今胸の内を占めているのは、多分、罪悪感という感情だった。
 ズキズキと胸が痛む。
 近くで、今井達が「今ならボコれんじゃね」と笑っている声が聞こえてきた。
 その言葉に、体が震える。僕は、僕は。
 誰かの日常を壊してしまう。
 誰かの居場所を奪ってしまう。
 僕だって奪われた、壊された、だったら奪い返して壊してもいいじゃないか、と笑う声もする。でも、本当にそれでいいんだろうか。
 ぼんやりと佇んでいる佐々木から、目を逸らして、唇を噛む。……普通でよかったんだ。ただ、普通の高校生活を送れればそれでいいのに、もし、僕の行動のせいで、化野がいじめられたりしたら……。
 想像に顔を青くしていると、誠が口を開いた。

「おい正義」
「……?」
「お前、勘違いすんなよ」
「な、何が?」
「自分のせいだ、とか思うなってこと。大志がああなったのは、自業自得だ。お前何でも自分のせいにしようとするとこあるからな、先言っとく」
「………………」

 なんで、僕が考えてることがわかったんだろう。お面をつけているから、表情だって見えないはずなのに。誠は、本当にすごいな。
 さっきまで胸の中で渦巻いていた黒いもやもやが、少しだけ薄くなった気がした。こくり、と小さく頷くと、井上が隣で笑った。

「彼氏面」
「あ?」
「つーか、大志がいじめられる図とか想像できねえし、気にすんなってのはマジだけど」
「…………」
「お、佐々木、どうした」

 ふらふらと、暗い表情をした佐々木が近づいてきて、井上の背中に頭をぶつけた。

「俺、大志に酷いこと言ったかも……泣きそう……」

 若干目を赤くしながら、どんよりとした空気で佐々木が言うと、井上は飄々と言葉を返した。

「泣けば?」
「なんで井上そんな冷てーの!? 人の心ねえのかよ!?」
「まー、佐々木はいい加減その大志崇拝はやめるべきだと思うけどね」
「だって大志かっけーじゃん! なんか色々皆色々言ってるけど、俺は大志のこと好きだけど!?」
「俺も別に嫌いじゃ無いし、佐々木みたいなやつだって結構いるだろ。ただやりすぎって言っただけ」
「はあ〜〜? こんな奴俺は別にどうだっていいですけど!」

 と、佐々木が僕を指さしながら言うと、誠が佐々木を睨みつけた。

「よくねーよタコ、ざけんな」

 誠の言葉に、佐々木は言葉を詰まらせる。それから、佐々木は僕を睨むと、大袈裟に息を吐いた。

「……っ! にっしーもさぁああ〜〜〜〜、なんなのほんと……なんでずっとこいつの味方すんの……。俺なんてずっと胃が痛いんだけど、ストレスかな……」
「病院行けば?」
「いーーのーーうーーえーー、お前は俺の味方だと思ってたのに!」

 泣きそうな顔で、今までの鬱憤を晴らすかのように騒ぐ佐々木に、僕は頭を下げた。

「……ご、ごめん」
「……はぁ? なんで謝んだよムカつくわ〜、俺マジでお前無理なんだけど」
「うん、佐々木が僕を嫌いなことは、わ、わかってるんだけど、でも、僕もずっとあのままは嫌だったから……」
「だったら謝んな! 悪いと思ってねえのに謝られるのクソ腹立つ」
「……さ、佐々木の」
「あ?」
「佐々木の友達関係をぐちゃぐちゃにしてしまったことは、本当に、悪かったと思う……ごめんなさい……」
「…………っ〜〜!」

 ごん、と音がして、佐々木の手刀が頭に振り落とされた。

「い゛……っ!」
「自惚れんなカス! お前ごときにめちゃくちゃにされてねーわ!」
「おい、佐々木、次それやったら俺もお前にそれやるかんな」
「にっしーと俺じゃ腕力ちげーだろ、そんな力込めてねーし!」
「う、うん、痛くない、大丈夫……!」
「ほら、こう言ってんじゃん!」
「こいつは大丈夫じゃ無い時も大丈夫って言うから、大丈夫じゃねえんだよ」
「だ、大丈夫だよ! ちょっとびっくりしただけで!」

 僕がそう言うと、佐々木は舌打ちしながら、罰が悪そうに唇を尖らせた。イライラした様子で、拗ねたような表情のまま眉間に皺を寄せる。

「………………あ゛〜〜〜〜〜……くそ、ムカつく」
「佐々木……」

 嫌われてるんだなとは思っているけど、僕自身は、別に佐々木のこと、怖いとは思うけどそんなに嫌いじゃ無い。だから、ただ苛立たせるだけの存在の僕は、やっぱり視界に入らない方がいいのかもしれない。
 そっと席を離れようとすると、ぼそりと佐々木が言った。

「…………お前が、別に悪くないってところも、ほんっとムカつく……」
「え……」

 僕が問い返す前に、佐々木は立ち上がり、そのまま乱暴に席を立ってしまった。その光景を見送ってから、近くに居た井上が教えてくれた。

「まー、大丈夫でしょ。佐々木だって、ほんとは頭の中ではわかってるだろうし、ただ認めるのが嫌なだけだろうから、小波ともその内、普通に話すようになるんじゃね」
「……井上って、佐々木とは中学から同じなんだっけ」
「そうだけど」

 誠も隣から井上に問いかける。

「あいつって、昔からあんな感じ?」
「いやー、昔はもうちょっと大人しかったけど、あいつ大志に憧れてこの学校にしたからな。学力的にもうちょっと上狙えたのになんか友達になりてーっつって」
「マジか」
「リスペクトしてるから、今の大志が消化出来てねえんだと思うよ。俺はなんかもう、ちょっと、吹っ切れたけど」
「…………」

 じゃあ、やっぱり、僕は佐々木に悪いことをしてしまったのかもしれない。僕がいなければ、化野がこうやって、クラスで悪く言われることもなかったのかな。
 黙り込むと、僕の考えなんてわかりやすいとでもいうように、井上は言葉を続けた

「大丈夫だよ、佐々木みたいな奴、他にも居るし、大志が孤立することはねーって。うまくやるだろ」
「………………うん」
「そもそも、お前が気に病む必要はない」

 きっぱりと誠に言われ、僕はそうだね、と笑ったけれど、その日を境に、化野の周りからは、少しずつ人が減っていった。

****

 化野の周りには、いつも人が溢れていた。それは、きっと化野自身の魅力もあっただろうし、他の作用もあったのかもしれない。けれど、化野の周りには人が沢山居るのは普通だった。それが当たり前で、話題の中心。それが、僕がこの高校に入ってから化野に対して抱いたイメージだった。

 でも、今は違う。
 今の化野の周りには、あまり人がいなくなってしまった。
 別に、いじめられているという訳では無い。無視されている訳でもないし、話しかけられれば会話だってする。なのに、どうしてだろう。ただ、周りに人が居ないというだけで、こんなにも違和感を感じてしまう。あの日以来、今までの化野は消えてしまったように、無愛想になってしまった。
 いつも笑顔で居て、皆を笑わせていたのに、化野が笑わない、というだけで、少しだけクラスの空気が淀んで見える。
 そもそも、あまり喋らなくなってしまったのだ。だから、皆化野を遠巻きにする。
 佐々木も、何度か話しかけては居たようだけど、無視されるようになってからは、あまり化野に話しかけることもなくなってしまった。
 誠は、気にするなと言っていたけど、一番気にしているのは、きっと誠だと思う。
 ちらちらと、たまに目線が化野を追っていることに気づいていないのだろうか。なんだかんだいって、誠は、化野とは幼馴染みだし、友達だから、いつも中心に居た化野が、ハブかれているように見えると、どうしたって気になる。
 僕だって、気になったけど、今更僕がどう話しかければいいんだろう。そんなことを考えている内に、一人、また一人と、化野の周囲からは人が減っていった。


「よー、化野ぉ、俺らと遊びにいかねー?」

 ある日、授業が終わると、今井が化野に絡んでいた。今井は、確か化野のことを嫌っていたというか、怖がっていたような気がするけど……。
 仲良くなったのかな、という暢気なことは流石に僕でも思わない。にやついた笑みに、周りの奴らもクスクスと笑っている、こういう嫌な空気は、身に覚えがあるから。

「行かない」
「えー? 冷てーじゃん、一緒に遊びに行こうぜえ」
「そうそう、どうせ暇だろ?」
「もはや誰もお前のこと好きじゃねえもんな。嫌われもんのお前と一緒に遊んでやろうっつってんだか……」

 言葉の途中で、化野の拳が今井の顔にめり込んだ。キャア、という女子の甲高い声に、盛大に後方へ倒れ、机ごとなぎ倒す今井の体。背中を打ち付けた今井に、化野が振り返って笑う。

「あ゛……っ」
「あー、手ぇ当たっちゃった、ごめんね?」
「…………ひっ……」
「ついでにもう一発いっとこっか、うぜー口消しときたいし」
「ご、ごめ……」

 ぼたぼたと鼻から血を流しながら、今井は仲間に体を支えられ、そそくさと逃げていく。騒ぎを聞きつけたのか、隣のクラスから覗いてくる目線、教師がかけつけてくる声がした。
 化野は血が着いた拳を制服で拭うと、そのまま鞄を持ってドア付近へと向かう。その前に、僕を振り返って笑った。

「…………」

 ま ん ぞ く ?
 口が、そう動いた気がした。
 お面の奥で蒼白になる僕を前に、化野はさっさと教室から出て行く。

 そして、その日を境に、化野は学校に来なくなった。


- 101 -
PREV | BACK | NEXT



×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -