23

 
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 目の前に晒された携帯電話に向かって、僕は咄嗟に手を伸ばした。

「返……っ!」
「おっと」

 しかし、化野はその手を避けて、誠のスマホを自分の懐へとしまい込んでしまった。

「ゲームは俺の勝ちだね」
「…………っ」

 どうして、化野が誠のスマホを持っているんだろう。僕と誠のラインは、一体どこから、誠からの連絡じゃなかった? 最悪な想像に、胸がざわめく。
 大丈夫だ、落ち着いて。
 誠とは、今計画していることはラインでやりとりしたりしたりしないことにしている。誠曰く、スクショを撮られて晒される危険があるから、大事なことは直接話した方がいいからということだ。
 僕もそれに賛成したから、ラインのやりとりを見ても、直接的なことは書いてない。だから、そんなにすぐにバレはしないはず。
 でも、誠が僕以外の人とどういうやりとりをしているのかわからないし……。そもそも、ここはどこだろう? 視聴覚室の手前にあった、空き教室だろうか。普段は鍵がかかっていて入れないようになっているから、ここから出てくるなんて、思いもしなかった。
 カーテンが閉まり、薄暗い教室の中で、使われていない椅子と机が奥の方へ敷き詰められている。
 僕が混乱に震えていると、クスクスと化野の笑い声が振ってきた。

「正義ちゃん、どうしたの? 青くなっちゃって。聞きたいことがあるなら聞いてみなよ。教えてあげるからさ」

 背後から頭を撫でられて、僕は声を震わせる。

「そ、その、スマホは……どうして」
「ん、あー、これ? 別に。さっき取っただけ」
「さっきって」
「セイ、焦ってたし。その隙にポケットからこう、するっと。あいつも馬鹿だから気づかないんよなー」

 ひらひらと手を振りながら、化野は笑う。さっきって言うと、誠が女の子と話そうとしていたところだろうか。確かに、化野は誠の背中を叩いて、誠の体を押していたけど、あんな一瞬で?
 そんなスリみたいな真似……、と思ったけど、今更化野が何をやっても驚かない。いや、そもそも、あれが偶然じゃなかったとしたら?
 化野は、言葉巧みに人を操る。僕は息を潜めて、化野に問いかけた。

「あの、女の子をけしかけたりした……?」
「ふはっ、何ソレ、人聞き悪いなー」
「…………」
「俺はただ、ちょっと背中を押してあげただけだよ」
「…………っ」
「だって、あの娘セイの好みっぽかったし、悪い話じゃねーでしょ」

 そういう問題じゃ無い。そうやって、人の気持ちを蔑ろにしようとするのが問題なんだ。人の気持ちを、だしにして誠を連れ出して。……いや、あれは、僕が言ったからか。誠は、断ろうとしていたんだ。
 僕はまた、化野に騙されてしまった。

「ま、いーじゃん別にそんなのどうでも。俺の勝ちだから、どうしよっかな〜」

 でも、今はそれよりスマホの中身の方が問題かもしれない。あの鬼ごっこが始まってから、まだそんなに時間は経ってない。
 だから、中身もそう見られてないと思うけど……。化野は、どこまで携帯の中身を見たんだろう。何にせよ、早く返して貰わないと……!

「はは、俺がこれ取っちゃったから、今頃セイのやつ、焦って正義ちゃんのこと探してるかもね」
「か、返して」
「ん?」
「誠の、スマホ……返して」
「なんで?」
「なんで、って」
「だってこれ、正義ちゃんのじゃないでしょ。なんで、正義ちゃんに返さなきゃいけないの?」

 不思議、という顔をして首を傾げる化野に、一瞬口を噤んだが、すぐに口調を早めて言う。

「僕からっ、ま、誠に返しておくから!」
「…………ふーん」

 化野は、誠のスマホ見つめて、再び自分の懐へと仕舞った。それから、突然、手のひらで僕の口元を抑えてくる。

「んぐっ……!?」

 遠くから、ばたばたとこちらへ駆けてくる足音が、教室の外から響いてきた。

「正義! どっかいるか!」
「…………っ!」

 誠だ。けれど、声を出そうとした唇は、化野の手によって塞がれていた。首を振って、くぐもった声を上げながら手を解こうとしたけれど、耳元で、擽るような化野の声が響く。

「しぃー、バレちゃうから、ね?」

 後ろからから抱き込まれ、密着した状態で口元を抑えつけてくる化野の手は、思っていたよりも力が強くて、簡単には外せない。でも、誠が探しているなら、ここから出ないと。
 けれど、もがく僕の耳元で、化野が続けた。

「ここでバレたら、携帯返してあげないよ」
「…………っ」

 そう、言われたら、黙るしかない。僕がもがくのをやめると同時に、ばたばたという足音が、段々遠ざかっていく。
 教室の外が静かになると、ようやく化野は僕の口から手を離してくれた。

「息、苦しかった? ごめんね」
「…………な、なんで?」
「ん?」
「なんで、隠れて……」
「えー? だってセイに邪魔されんのウザいし。科学準備室もあの小屋もセイに場所割れてるし。じゃーここかなって」
「ここ、鍵かかってるし……」
「ああ、そんなの、合鍵持ってるから、俺」

 じゃら、と鍵の束を見せて化野が笑う。
 どうして、合鍵なんて持っているんだろう。そういえば、あのプレハブ小屋の鍵も持っていた。普通、そんなの生徒が持っているはず無いのに、学校にある鍵を勝手に持ち出して、合鍵を作ったのか、それとも教師に協力者がいるのか……。
 いや、今は鍵よりもこっちの方が先だ。
 僕は再び化野に言う。

「あ、化野、誠の携帯を返して……」
「あ〜〜〜〜、誠誠誠誠ってうるっせえなあ、俺の名前は覚えねーくせに」
「…………っ」

 少し苛んだ口調に、僕は少しだけ肩を竦めた。
 化野の口調は、たまにこうやって普段と違う、乱暴めいたものになったりする。癖なのかはわからないけど、変わるのは一瞬で、すぐにその口調も息を潜めるのが、却って恐ろしかった。
 化野は一瞬真顔になった顔に、すぐににこりとした笑みを浮かべて、背後からするすると手のひらを僕の胸へと移動させる。

「あ、ごめんね? なんかイライラしちゃって。おっぱい揉んでいい? ストレス減らしてえから」
「や、やだ……」
「えー? ゲームは俺が勝ったんだからいいでしょ」

 そもそも、揉む胸だって無い。
 けれど、化野は基本的に僕の回答に従うことはしない。聞くのだって、ただ聞くだけで、僕の答えに意味は無い。胸を這う手のひらが、布越しにぎゅむりと指を立ててくる。
 ぐにゅぐにゅと手のひらを広げ、掴み、全体を揉み込むような動きで、僕の胸を刺激してくる。シャツに皺が寄り無い胸を揉みしだかれる。

「……っ……!」
「あー真っ平ら。揉み心地わるー」
「…………じゃ、じゃあ……」
「やめないけど」
「………………っ」

 なんなんだ。なんで、こんなことするんだよ。これなら、さっさと足を開けと言われた方がまだマシかもしれない。いや、やっぱりどっちも嫌だ。
 もみもみと無い胸を、後ろから揉みしだかれる意味もわからない。揉み甲斐のある胸が揉みたいなら、女の子と付き合えばいいのに。化野には、きっとそれが出来るのに。どうして、僕なんかにこだわるんだ。

「正義ちゃんさあ、セイと仲直りしたんだね」
「………………っ」

 唐突に溢れたその言葉に、僕は息を飲んだ。
 僕がそれを否定したところで、今日一日を見れば、そんなことは一目瞭然だろうし、何よりさっき送ったラインが、僕じゃなくて化野だったなら、仲直りしたことなんてわかりきっているだろう。そうじゃなきゃ、あんなラインを送ったりしない。迂闊だったとは思うけど、まさか携帯を取られているだなんて思わなかった。
 嘘をついても意味が無いと思って、小さく頷くと、ぎゅうっと乳首を抓られた。

「い゛……っ!」
「あ、痛かった? ごめんねぇ。揉み心地はわりーけど、感度はいいもんね」
「て、手を……離……っ」
「正義ちゃんさあ、セイとは別にそういうんじゃないっつってたじゃん?」
「あ、いっ」

 手を離して欲しいと言っても、化野は手を離そうとはせず、強い力で乳首を引っ張ってくる。その動きを抑えようと化野の手を掴んだけれど、ぎりぎりと蝕まれる手の力に、シャツ越しでもわかるくらいに、赤く充血してきていた。

「やめっ……」
「セイは友達だとかなんとか。俺が告白したら、友達で居たいだの、セックスしたくないだの言ってたくせに。セイはいいのかよ。楽しそうにしちゃってさー、あいつだけは許されるって、……意味わかんねーんだよなぁ」
「何、言って……」
「ねえ、セイともうセックスした?」

 耳元で囁かれた言葉に、僕は顔を青くした。
 化野は、さっきから、何を言ってるんだろう。確かに、告白はされた。好きだって言われて、嬉しかったし、化野には抱かない感情を抱いたのも確かだ。でも、誠は僕にこんなことしてこようとはしないし、したいとも思っていないのかもしれない。
 けれど、化野はそう思っていないようだった。

「足開いた? その口でちんぽ咥えた? 小さぇ舌でちんぽ舐めてやった? ケツであいつの咥え込んだ? キスして中出しでも決めちゃった? なあ、この乳首、弄られて感じちゃったりした?」

 耳元で囁かれる言葉には、怒りと憎しみのような物が滲んでいて、僕は震えながら、首を横に振った。僕の胸を弄る化野の手を止めることも忘れて、何度も横に振る。

「し、してない。そんなの、するわけない……」

 振り返るのが、怖かった。化野の顔を見るのが恐ろしかった。僕の言葉に、化野は一瞬押し黙ったものの、再び乳首を掴んできた。

「……ほんとかなー」
「あ、あっいだっ、い゛」
「正義ちゃん、淫乱だし、チョロいし、すぐ足開きそうだしー、彼氏としては心配なのよ」
「…………ちが、う……」
「ハァ? 何が?」
「僕、い、淫乱じゃない……」
「あ、そっち。そこは否定するところじゃなくね?」

 抓られていた指が外され、圧迫感から解放されると、ほっと息を吐く。しかし、すぐに布越しに手が伸びてきた。尖った乳首にかりかりと爪を立てられ、背後から首筋を吸われながらつん、と突かれた。
 乳輪を描くように人差し指でぐるりと輪を描き、親指と人差し指で再び乳首を摘ままれると、さっきのように強い力では無く、優しい手つきで触れてくる。きゅ、きゅ、と緩く引っ張られ、かと思えば親指で押しつぶされ、転がされる。そうしているうちに、段々痺れるような感覚が襲ってくる。

「っ…………!」

 やがて、化野は僕のシャツの第三と第四ボタンを外して、前を開けさせると、直に手で触れてきた。布越しよりも近い感触に、喉の奥から息が漏れる。ひたりと胸に当てられた手のひらと、触れるか触れないか瀬戸際の指が、擦るように乳頭を嬲ってくる。人差し指でコシコシと指腹で撫でられ、思わず声を漏らした。

「んッ……!」

 逃げようとしても、がっちりと押さえられているからか、中々抜け出せない。いやそれ以前に、何度もソコを弄られていると、力が抜けていくような気がした。すでに芯を持って硬くなった乳首を、化野は無言で責め立ててくる。じわじわと襲ってくる熱に、顔が赤くなっていくのが自分でもわかった。
 やがて、時間が経ち、膝を擦り合わせて耐えていると、後から笑い声と共に、僕の中心を撫でられた。

「……ほら、勃ってる。こんな風に乳首弄られたくらいで勃っちゃうんじゃ、淫乱って言われても仕方ないでしょ」
「…………っ」

 指摘されたとおり、どんなに隠しても、中心では熱を持ってしまった自分自身が主張していた。歯がゆい気持ちで眉間に皺を寄せて口を結ぶ。昔は、こんなんじゃなかったのに、今は体が貪欲に快楽を求めているようで、自分が酷く浅ましく矮小な人間に思えて耐えがたかった。
 ぎゅっと目を瞑ると、尚も化野の指は僕の胸を嬲ってくる。段々と上がってくる呼吸に、唇を噛むと、胸から離された片方の手で顎を掴まれた。

「ん、むぅ……っ」
「…………っは、口開けてよ……」
「…………っ」

 唇を舐められながら、化野が目を細める。教室にあるカーテンの奥は明るいのに、ここはどうにも薄暗く、化野の表情も暗く見える。抵抗を諦め力を入れていた唇を緩めると、化野の舌がぬるりと口の奥へ侵入してきた。柔らかい舌が、僕の口中を貪り、舌を絡める。そのまま化野の舌は、僕の腔内を蹂躙すると、ちゅくちゅくと濡れた音を発しながら、中を弄られ瞳がぶれる。
 くっついているせいなのか、すごく熱い。

「……携帯、返して欲しいんだっけ」
「!」

 ようやく離された唇から溢れた言葉に、僕は目を見開いた。何度も頷くと、化野は笑みを見せる。

「うん、っ、返してほしい」
「良いよ、返してあげる。どーせ、俺には必要ないし」
「……あ、ありが」
「でも、ただ返すのも面白くないから、またゲームしよっか、正義ちゃん」
「…………っ?」

 にぃ、と化野が笑う。そもそも、返して貰うのは、化野が勝手に誠から取ったからなのに、どうしてそうなるんだろう、という真っ当な疑問は、化野が決めたことの前には意味を成さない。
 だって、そうしないと返さないというんだったら、そうなんだろう。嫌な予感がした。ゲーム、なんて言ってるけど、さっきの鬼ごっこのあとじゃ、きっとろくなものじゃない。
 化野は少し考えるような素振りをして、どうしよっかなあ、なんて呟いているけど、僕は内心不安で仕方がなかった。
 さっきの鬼ごっこもだけど、どのみち、化野が勝つように、仕組まれているんじゃないかって、思えてしまう。

「ゲームなんて、どうして……」
「ん? だって俺、正義ちゃんと遊びたいし。ほら、最近全然遊んでなかったじゃん? 正義ちゃんは俺から連絡しないと、一切、連絡よこさないってわかったから」

 にこやかな笑顔の裏に、化野の怒りを感じた。……僕から連絡しないといけない、なんて決まり、なかったのに。

「…………」
「だから、色々溜まってんの。あーどうしよっかな。このまま乳首でイケたらでもいーんだけど……」

 明るい顔でとんでもないことを言ったかと思えば、化野は密着していた僕から離れ、近くにあった机に腰掛けた。

「でも、それじゃ簡単そうだから、この間の続きしよっか。俺、結局しゃぶってもらってないし」
「え……」

 それから自分の股間部分を人差し指で指しながらいった。

「口でイカせてよ。そしたら返してあげる」
「………………」

 最低なことを言いながら、化野は笑う。

 その言葉に、僕は、もう反抗しなかった。
 だって、化野はこういう人間だ。散々、知らしめられてきたことじゃないか。だから、今更、期待なんてしない。
 緩慢な動作で化野の前まで行くと、化野のズボンのベルトを外す。けれど、その前に近くに落ちていた狐のお面を顔につけた。つけるなとは言われていないから、お面を少しずらして、口だけを出す。

「お面つけるの?」
「…………駄目?」
「んー、別にいいけど」
「あのさ……僕からも、約束して欲しいんだ」
「ん?」
「……こ、これが終わったら。もう、終わりにしたい」
「は? 終わりって、何を?」
「……っ、もう、やなんだ……僕、わ、別れた」

 別れたい、という前に、後頭部を掴まれて、化野の腹へと顔を押しつけられた。

「何? 聞こえなかった」
「…………わ、わかっ」
「あー、正義ちゃん、俺ね、恋人には優しくしたいんだよ。だって、優しくするもんでしょ、"恋人"も、"友達"も。だからさぁ」
「あ゛っ」

 ぎゅう、と首の根を掴まれて、僕は痛みと苦しさに眉間に皺を寄せた。化野の瞳が、僕を射抜く。くるしっ……い、息……できな……っ!

「俺に、優しくさせてよ」
「……げほっ……っ」
「んじゃ、ゲームスタートね」

 ぱ、と手が離されると、止まっていた物が動き出したかのように、酸素が脳に回ってくる。短い時間だったけれど、僕は噎せながら、化野の股ぐらへ頭を埋めた。ゲームスタートという言葉に、気がつけば従っている。
 震える手で、化野のズボンのチャックに手をかけた。

「…………っ」
「ねー、別れたら、俺と正義ちゃんは恋人でも友達でもなくなっちゃうよ」
「…………」
「そしたら、どうしよっか? 何になろっか、今度は」

 愉しむような、企むような声で、化野の笑い声が聞こえる。
 僕はその問いには答えず、下着の端を唇で挟み、下へと引っ張る。途端に、むっとした雄臭さが鼻につく。少し汗ばんだ雄の匂いがする。
 下着を更にずらして、露わになった股間に顔を埋めて根元に舌を這わせると、上にずらしたお面が少し当たって舐めづらい。でも、顔を見られたくなかった。というよりも、何かを見たくなかった。お面の裏側の、白い視界だけを見ていたかった。
 だから、舐めづらくても付けつづける。舌の感触で、見なくてもなんとなくわかったから。
 ちゅう、と竿に吸い付き、舌を伸ばす。幹を横から口に含め、舌で擽っていると、化野のちんぽが少しずつ大きくなってくる。くちゅくちゅと唾液を含ませながら、満遍なく舌で舐め上げ、口淫を進める。
 陰毛がちくちくと顔を擽って煩わしいけど、それよりも、こっちに集中しないと。

「……っ……ふ……っ」
「……顔見えないのも、たまにはいーね」

 少しずれていた僕のお面を、化野が直す。
 舌を精一杯伸ばして、舌の腹で裏筋を擦り、そのまま口に先端を含めた。ぱくりと飲み込むと、青臭い、性の味がする。ぎゅっと眉間に皺を寄せ、目の前にかかっていた前髪を耳にかけた。咥えたまま舌を動かしていると、露出した耳を、化野が触れるように撫でてくる。

「ん、そのまま……、ちゃんと舌使って偉いね」

 口の中に入りきらない陰茎を、なんとか口の中に収めようとすると、頬の形が化野の形そのままに歪む。ふぅふぅと息を吐きながら、必死で化野のを舐めしゃぶると、どんどん硬さを帯びてきた。唇で扱くように動かすと、じゅぽじゅぽと卑猥な音が教室の中で響く。

「ふーーっ……ふーっ……」

 鼻で呼吸をしながら、舌と上顎で押しつぶし、吸引するように吸うと、ぷっくりと先端から先走りがにじみ出る。初めてじゃない味。今まで散々躾けられた味。
 カリ、裏筋、鈴口、竿と、化野に教わったやり方で、化野を責めると、思ったよりも早く達しそうだった。あとちょっと……っ。

「……ふっ……んっ……」
「……もうちょっと奥」
「んっ!? んっ、ん゛っ……」

 突然、化野が僕の頭を抑えて、陰茎を喉の奥へと突っ込んできた。そのまま、腰を振られ、息苦しさに、お面の奥で目を見開く。く、苦しっ、涙がじわりとにじみ出た。

「あ〜〜〜〜……っ」

 何回かのピストンの後、喉の奥へと精液が吐き出された。びゅくびゅくと強制的に流れ込んでくる精液に涙が溢れる。とく、とく、と流れ込んでくる精液が僕の中に押し込められていく。

「ん゛〜〜〜〜〜っ……!!」
「あ、やべ、イラマっちゃった。大丈夫?」
「うっ……、おえっ、げほっ……っげほっ!」

 ばしばしと手で化野の足を叩くと、ようやく陰茎は引き抜かれたものの、喉の奥にはねばっこい精液が張り付いているようで、顔を真っ赤にして咳き込んだ。変な所に、精液が入った気がする。
 口の中にもまだ精液が残っていて、青臭さと喉を突かれた生理的な苦しさに、吐き気を催していると、化野が言った。

「吐き出す?」
「う……っ、げほっ、うっ……」
「あー、でも正義ちゃんは俺と別れたいんだっけ? じゃあ飲もっか。だって俺、恋人じゃない奴には優しくしないから」
「…………っ」

 鼻を摘ままれ、口を手で塞がれた。吐き気と、気持ち悪さに、体の芯から冷えていく気がした。目眩がする。目の前の化野の顔が、ぐにゃぐにゃに歪んでいく。どうして、どうしてこんなことが出来るんだろう。
 化野は、ずれたお面から覗く僕の顔を見て、笑っていた。

「もう二度と別れたいなんて言わないなら、手ぇ離してあげる。俺、恋人には優しくしたいからさ。別れないよね?」
「…………っ!」

 きっと、化野は僕が頷くと思っているんだろう。
 実際、頷いた方が楽に決まってる。それに、情報が集まるまで、僕は化野と恋人を続けると決めていた。全部計画の通りだ。なのに、さっき僕はうっかり口走ってしまった。別れたいという言葉を、漏らしてしまった。本音だけど、あれは今言っていい言葉じゃなかったはずだ。なかったことにすればいい。
 頷いて、ごめんなさいって謝って、許して貰えば良い。許してもらいたい。
 そう、頭の中では考えていたのに、僕は無理矢理口の中に溜まっていた精液を飲み込んだ。
 ごきゅ、と音がして、喉仏が上下する。口を押さえて、全て嚥下すると、化野はつまらなそうに僕から手を離した。
 鼻と口を解放された瞬間、胃から吐き気がこみ上げてくる。き、気持ち悪っ……!

「う゛っ……っ」
「あ、吐き出したら駄目ね」
「…………っ」

 が、我慢、しないと。そう思って、なんとか耐える。なんで我慢するんだっけ? 我慢しない方がいいって、結論になったはずなのに。
 何度も嘔吐いて吐きそうになる口を押さえ、額に脂汗がにじみ出る。体が、吐けって言ってる気がする。でも、ここで吐いたら……っ!

「わ、別れる……っ」

 気がつけば、口からそう溢していた。
 こんなこと、言うつもりじゃなかった。謝って、吐いて、僕は化野の恋人ですって言えば、丸く収まるのに。まだ、こっちには化野に対抗しうる手札だって揃ってないから、今言うべきことじゃないのに。
 この選択は、どう考えても間違っている。だけど、口は止まらなかった。

「もう、別れる! 僕は、化野な、なんて、嫌いだから…………っ、これ以上! つ、付き合ってらんないよ!」

 小さな教室の中、思い切り叫ぶと、一瞬静寂が訪れた。
 薄暗い教室の中、僕は息を乱しながら、化野を見る。

「…………………………ほんっと、何度折ってやっても、へこたれねぇなあ……」

 ぼそりと呟くと、化野は乱れていた自分衣服を整え、性器をしまって僕の前へと座った。
 いつもの笑顔かと思いきや、その顔に表情はなく、ただ黒い瞳がじっと青ざめた僕の顔を捉えていた。化野の手が、僕の襟首を掴んだ。開けたシャツが引っ張られ、化野との距離が近くなる。
 化野の目に光はなく、ただ冷たい眼差しを向けながら、低い声で呟いた。

「さっきの言葉、取り消すって言え」
「…………い、言わない……っ」

 怖い。怖いけど、ここで頷くことは、出来なかった。僕は首を横に振って、化野の言葉を否定する。

「……言えよ!」
「言わない!」

 舌打ちに、耳につけたピアスを引っ張られた。

「い゛っっ……!」
「言え!」
「嫌だ!」
「取り消さねぇなら、今まで撮った写真全部ばらまく。セイのも全部」
「…………っ、す、好きにすればいい……っ!」
「はぁ?」
「好きにすればいい! 僕はもう、化野の言うことはきかない!」
「………………」

 悲鳴のように叫ぶと、化野は、信じられないような顔をして、口を結ぶ。
 本当は、ばらまかれたくもないし、誰にも知られたくない。そんなことをされたら困るし、どうしようもないことになるかもしれない。
 でも、この状況だってどうしようもない。今更後には引けないし、何より言いなりになるのはもう沢山だ。ばらまかれたら、どうしようもないことになるかもしれない。でも、今この状況だってそうだ。だったら、未来よりも、今をどうにかすべきなんだと思う。
 ぼろぼろと涙が溢れてくる。呼吸が乱れ、額を汗が伝う。
 近距離で僕を睨む、化野の黒い瞳には、惨めな僕の顔が映っていた。何度言われても、決して首を縦には振らない。何を言われても、何度言われても。もう、あの時みたいに、選択肢を消されても、僕はその道を選ばない。
 僕はもう、化野に屈しない! お互い呼吸を荒げながら見つめ合っていると、化野の、僕の襟首を掴む手から力が抜け、化野は大きく息を吐いた。

「……なんでかな」
「…………なにが」
「みーんな、俺の思う通りに動くのに、なんでお前は動かねえの?」

 その言葉は、純粋に疑問のように感じられた。化野にとって、理解できないとでも言うように。

「別に、特別なことをしなくても、背中を押すだけでいい。簡単だし、それがフツーでしょ。正義ちゃんだって、そうだったでしょ? 弱くて、見向きもされない惨めな狐くん。ずーっと俺の手の中に居ればよかったのに。そうすれば、こんなことしなくてもすんだのに、なんで? あと何回心折られれば気ぃ済むの? どうしたら俺の元に戻ってくるの」
「…………僕は……」

 化野が何を言いたいのかわからないけど、人を、駒のように動かせるわけない。そもそも、僕達は考え方が違う。
 だって、人間は一人一人生きていて、生き方も、考え方も違う。それを、簡単に動かせるはずない。いくら心を折られても、助けてくれる人が居れば変わるし、変われる。僕は、化野の言葉に、屈しない。

「僕は、化野の、操り人形じゃない……っ」
「…………」

 その言葉に、化野は、少しだけ目を見開いた。まるで、僕の言葉に、動揺したみたいに、少しだけ瞳を揺らす。
 ずっと、ずっと言いたかったことがあるんだ。

「化野の、それは、恋でもなんでもなくて……っ! た、ただの、独占欲だ……っ、ただ、人形を、自分の思い通りにしたいだけだ……! ぼ、僕は、水槽の中の、き、金魚じゃないっ……! 元々、化野のものでもない……っ」
「………………」
「僕は、化野の宝箱には入れないし、人形じゃない!」

 前に、見せて貰ったことがある。化野の宝箱。箱の中に敷き詰められた、見向きもされない宝物。ビー玉、コイン、グッズ、ぼろぼろになって崩れそうな、金魚の骨。
 化野が世話をしていたから、化野が持ち帰った、金魚の死体。化野からすれば、あれは化野の愛なのかもしれない。
 でも、僕は金魚じゃないし、この学校が水槽だったとしても、水槽を抜け出せないわけじゃない。化野が恋だといっても、僕は違うと主張する。
 だって、恋ってもっと、お互い幸せになるものだと思うから。そう、ありたいと思うから。

「……じゃあ」

 掠れた声が、部屋の中に響く。薄暗い部屋の中で、少しだけ、泣きそうな顔をして、化野は、僕に言った。
 

「どうしたら、好きになってくれたの……」




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