14




 学校に居るときは、化野以外とは喋らない。
 それが化野との約束だった。
 いじめられることは無くなったけど、代わりに、誰かから話しかけられることも無くなった。
 学校の中で、僕の居場所はまた化野の隣だけになってしまったので、必然的にいつも一緒に居ることが多くなった。
 でも、それはいい。
 逃げ道は塞がれていたのかもしれないけど、結局の所、選んだのは僕だし、自業自得だと思うから。
 友達になって、恋人になって、秘密基地でセックスして、そんな不安定な日常を送っている内に、日々は過ぎていき、誠の謹慎が終わる日が近づいてきていた。

 化野は、もうセイのこと怒ってないよ、と言っていたけど、それに対して、誠はどう答えたんだろう。仲直りしたのかな。
 流石に、二人のラインを見せて貰うわけにも行かないし、二人で会って話していたのだとしても、その会話の内容を僕が知ることもできない。
 辛いことを先延ばしにしても、きっともっと辛くなる。
 だから、僕は誠に会うことにした。
 遊園地以降、一度も誠に会ってなかったけど、謹慎が明ければ、否応にも学校で会うし、前とは状況が変わっていることに、誠だって気づくだろう。その前に、全部話して置かなければいけないと思ったんだ。
 謹慎が明けても、誠が僕の様な目に遭うことはないと思う。そもそも、誠は僕より強いので、僕みたいにただされるがままじゃないのかもしれない。自分で、道を切り拓く事だってできるのかも知れない。
 でも、そんなことをしていたら、場合によっては、周囲の誠への評判も評価も悪くなってしまうかもしれないのだ。
 そんなことは、僕が嫌だ。

 ラインで連絡を取り、誠の家の近くの公園で待ち合わせた。
 さっきまで化野と、その、していたから、自分がおかしくないかどうか、不安になって、シャワーを浴びてから家を出た。ので、髪の毛がまだ湿っているかもしれない。
 公園で誠を待ちながら、ぼんやりといつも付けている狐面を手に取って眺める。手に馴染んだ感触。
 救われても来たし、これが原因とも言える。別に、適当な店で買ったお面だから、呪われた面とかじゃないはずなのにな……。これがなければ、もうちょっと上手くいったんだろうか。なんて、今更考えたところで変わらない。
 つけるべきか、つけないべきか。
 迷った挙げ句、結局僕はお面をつけた。友達なら、外して話すべきなのかもしれない。せっかく、顔を出して喋るまで仲良くなれたのに、と思うと胸が痛んだ。自分だけ、表情を悟られないように隠すのは、卑怯だと思う。
 けれど、今日だけはコレに縋るのを、許して欲しい。

「よー正義、早いな」
「…………誠」

 現れた誠に、僕は顔を上げる。ラフな私服に、手をあげて近づいてきた誠に、僕はぺこりと頭をさげた。会ってないのは、ほんの二週間程度なのに、随分と久しぶりに思えた。
 誠は、僕がお面をつけていることに、特に言及はせず、外せよとも、何かあったのかとも、聞かない。誠は、そういう人だ。結構人に気を遣う。
 公園の椅子に座っている僕の隣に腰掛け、自販機から買ってきたのであろうジュースを手渡してくれた。

「ほら」
「あ、ありがとう……」
「お前から会おうなんて珍しいな。最近忙しそうにしてたし」
「……う、うん、ちょっと最近、その、色々あって」
「学校、大丈夫か? フォローしてやるって約束したのに、守ってやれなくて悪いな」
「…………誠が、謝ることじゃないよ」

 そう、誠が謝る必要なんて、全然ない。
 元々は、僕が蒔いた種なのだから、その責を誠に負わせることがそもそも間違えている。
 誠は、僕を守ってくれると言うけど、同じ男で、同級生なのに、一方的に守られるというのも、情けない話だった。だって僕は男だし。
 対等に、僕も誠を守れればと思ったけど、こんな方法に及ぶことしかできない。
 せめて、僕が女の子だったなら、この優しさも甘んじて享受できたのだろうか。別に女の子になりたいわけじゃないし、時代錯誤かもしれないと思う。守るのが男、守られるのが女、なんて、今時、旧時代の遺物だ。でも、周りからすれば、きっとその方がしっくりくる。
 男であることを後悔したこともないけど、今だけは女の子が羨ましかった。
 僕が女の子だったら、守ってやる、と言われれば、頷いて、頼りきることもできたかな……。
 ぼんやりと、誠の顔を見つめた。
 ちょっと怖面だけど、男前だし、モテると思う。実際、化野のグループは全員モテるし。
 誠は僕とは全然違う。男らしいし、強いし、羨ましい。
 そういえば、聞いたことないけど、彼女とか居るんだろうか。こういう格好良い彼氏が居たら、きっとその子は自慢の彼氏だろうと思った。
 僕だって、女の子の彼氏として、自慢出来るような存在になりたかった。

「……なんだよ、じろじろと」
「あ、いや、誠って、彼女居たことあるのかなって……」
「は? お前って結構話題が突然だよな。今はいねーよ」
「昔は居たの?」
「まあそりゃ……何人かは……」
「そっかぁー、いいなあ」
「……お前は?」
「え?」
「彼女、居たことあんの」
「……あは、僕はないよ……、そもそも女子と喋ることもないし……」
「ふーん……」

 なんとも言えない表情で、誠は僕を見つめてきた。僕と付き合ってくれる女の子なんて居るんだろうか。
 いや、こんなお面をつけた男と付き合いたいなんていう、変わった女の子は、あの学校には居ないだろう。それ以前に、こんな性格じゃ、誰も……。

「んじゃ好きな女とかは?」
「あ、あんまり考えたことない……」
「へー、じゃあ好みのタイプとか、いねえの」

 少し面白そうな顔で、誠は僕に問いかけてくる。普通の男子高校生っぽい会話に、僕は少しだけはにかんだ。

「え〜、どうだろ……」
「知り合いにタイプのやつ居たら紹介してやるけど」
「うーん……」

 好きな子。好きなタイプ。そういうのも、あまり考えたことはなかった。
 小学校の時、気になってたあの子はどんな顔をしていたっけ。もう朧気で思い出せないけど、気遣いの出来る、優しい子だったと思う。僕が給食を食べるのを遅くて、一人で残されてるとき、近くで話しかけてくれたりした。
 思えば、僕はいつも、明るくて、元気で、優しい子にばかり惹かれている気がする。自分に持ってない物を持っているからこそ、憧れるのかもしれない。

「顔、はよくわかんないけど、性格は明るくて優しい子が、好きかな……」
「あー、小波っぽい。でも悪い、そんな女、俺の周りにいねえわ」

 冗談めかした口調に、僕たちは笑った。

「誠は? どんな子が好きなの?」
「俺? 俺はとりあえずうちのクラスの女どもみたいのは勘弁、ぎゃあぎゃあ口やかましくないのがいい、もうちょっとこう地味っつーか大人しめで、控えめな、例えばお……」

 苦虫噛みつぶした様な顔で吐き捨てたけど、途中で何かに気づいたように、言葉を止めてしまった。でも、誠が言わんとしていることはわかる。
 確かに、僕のクラスの女子は、中学の時に比べて、ちょっと派手かもしれない。高校生になると、みんなこんな感じなのかな。他の学校の女子は、もうちょっと地味めな子も居ると思うんだけど、僕の学校では見たことがない。
 皆、髪の色を何かしらに染めてるし、ピアス付けたり、パーマかけたり、スカートだって、下着が見えそうなくらい短いし。少なくとも、校則を守ってる子は一人も居ない。
 校則に関しては、お面をつけている僕が言えることじゃないけど、誠の言う通り、僕ももう少し控えめな女の子の方が好きかもしれない。
 近隣で言えば、近くのお嬢様学校の聖華女学園の子とかがあうのかも。少し気まずそうにしている誠に、僕は声をかけた。

「じゃあ、聖華女子の子とか?」
「あ? ……セイジョってお嬢様学校じゃん。俺ら馬鹿校なんて相手にされねえだろ」
「う、やっぱり……?」
「そりゃそうだって、つーか逃げられんだよ俺。顔怖いから。妹にオニって呼ばれてるからな」
「お、お兄ちゃんの略じゃないの?」
「いーや、単純に鬼から来てんだよあいつの場合」
「はは、僕は呼び捨てだなぁ……」
「まー、お兄ちゃんと呼ばれたいとも思わねえけど」
「確かに……」

 勇気にお兄ちゃん、って呼ばれてたのなんて、多分幼稚園か小学生の頃くらいまでだ。
 それに、と誠が続ける。

「俺が好きだっつっても、怖いからって断られるよ」
「そうかな? 誠は男前だから、好きっていわれたら、きっと悪い気はしないと思うよ」

 思ったままのことを口にすると、誠は少し照れた様に首裏を掻いた。 実際、そうだと思う。だって、誠は本当に格好良いし、僕が女の子なら、きっと誠のことを好きになっていたと思う。
 だから、誠と友達になれて、本当に嬉しかった。

「……そう思うか?」
「うん」

 お面の奥で微笑むと、誠は照れくさそうに笑った。それから、僕は、すぅ、と息を吸い込んで、言わなければならないことを伝えることにした。

「誠は、格好良いし、僕と違って強いし、優しいし、誠の彼女になれる子は、きっとすごく幸せだと思う」
「はあ? な、なんだよ急に……すげえ褒めるじゃん」
「本当のことだから。あのさ、僕、前にも言ったけど、誠には本当に感謝してる。誠が居なかったら、きっと、駄目になってたと思うし、こうやって、普通に喋れるのも、誠くらいだと思う」
「……っそ……」

 照れくさそうに、そっぽを向く誠に、僕は続けた。

「だから、僕は、誠に幸せになってほしいし、僕と関わることで諍いに巻き込まれるのは、見たくないんだ」
「あ?」
「……――僕ね、化野と付き合うことになった」
「………………は?」

 間の抜けたような声を上げる誠に、僕は努めて明るく言う。

「付き合うって、お前」
「大丈夫っ、もういじめられたりしてないし、嫌がらせもなくなったから! それに、誠ももう、僕のことで嫌な思いしたりとか、友達と喧嘩したりすることも、ないと思う……ので」
「んだよそれ!」

 大きな声を張り上げ、誠が僕の腕を掴んだ。厳めしい形相で、悔しそうに口を開いた。

「お前、付き合いたくないから、こうなってたんじゃねえのかよ! それでいいのか!?」
「……化野も、話すといい人だよ、だから大丈夫」
「あのなあ、大丈夫って繰り返す奴は大体大丈夫じゃねえんだよ!」
「…………っ」
「第一……っ!」
「あ……」

 付けていたお面が剥がされる。
 素顔のまま、僕は誠と対面した。

「これが、"大丈夫"な奴の顔かよ……!」
「…………っ」

 僕、今どんな顔をしているんだろう。自分では、笑っているつもりだったけど、もしかしたら笑えてないのかも知れない。
 どこまで駄目なんだ、僕は。
 こうして、うまく伝えることも出来ない。化野は、もう誠とは仲直りすると言ってたし、僕は化野の「恋人」で、誠とは「友達」だから、一緒に居ても怒らないよ、と笑っていたけど、でもきっと、僕は友達である誠が側にいたら、また甘えてしまうかも知れない。
 うっかり助けを求めてしまうかもしれない。そうしたら、優しい誠はきっと僕に手を差し伸べる。そんなことをすれば、また元の木阿弥で、同じ事を繰り返す。
 だから、ここでそれを断ち切らなきゃ行けない。
 誰かに迷惑をかけてまで守られるより、自分でなんとかしないと、きっと駄目駄目なままなんだ。
 だから。

「…………ごめんね」

 僕はそう呟いて、掴んでくる誠の手を外し、床に落ちた狐面を拾って、顔に付けた。

「……誠と友達になれて、すごく嬉しかった! 楽しかったし、今でも友達だと思ってる。でも、もう学校では僕に話しかけないでほしい。……また、同じ事になっちゃうから」
「はぁ? ざっけんな、俺はお前の言うことなんて……っ」
「嫌なんだ!」
「何がだよ!」
「誠が、嫌がらせされるのも、僕のせいで、友達と喧嘩するのも、全部……、僕が見たくない……」

 僕の言葉に、誠は言いにくそうに黙り込む。わかってる、これは全部僕のエゴで、誠の意思を無視しているって。でも、それでも僕はこっちを選んだ。
 僕が犠牲になれば、なんていう自己犠牲精神はない。これは、ただの僕のわがままだ。我慢すれば良いとかじゃなくて、違う道を探していけるかもって、ポジティブに考えれば、そう悪いことでもないはずだから。だから。

「ごめん、本当にごめん。こんなの、僕のわがままだって思うけど、でも、これ以上、誠を巻き込みたくない……」
「………………」
「………………ごめんね……それじゃ……」

 小さく呟いて、僕は誠から離れる。本当は、友達で居たかった。
 また、一緒に遊びに行ったりもしたかった。素顔のまま、普通に喋って、普通に遊んで。でも、それをしたら、きっと化野は怒るだろうし、また同じ事になるかもしれない。
 そう考えると、もう前みたいに接することなんて出来なくて、だったらいっそのこと、離れた方がいい。
 誠に甘えきってしまう前に、早く。

「……俺は!」
「…………」
「……俺も、お前と友達だと思ってっからな!」
「…………っ」
「だから、お前が辛いなら、助けるし……っ、大志が怖ぇんなら、俺から言うし……! だから!」

 後ろの方で、僕の背に向かって、叫ぶ誠に、歩調を早めた。
 聞いたら駄目だ。
 だって聞いたら、戻りたくなってしまう。
 助けて欲しいと泣いて縋ってしまいたくなってしまうかもしれない。
 もう嫌だって、言ってしまうかもしれない。
 でもそんなことは出来ない。自分で選んだのだから、僕自身で解決しないと。

「助けてほしかったら、すぐ言え!」

 いつの間にか走り出していた。
 遠くで聞こえる誠の声に、僕はもしかしたら、泣いていたのかも知れない。


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