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「どうしたの、小波くん。こんな所に呼び出してぇ、告白?」

 ケラケラと笑う化野に、僕は小さく唇を結んだ。
 放課後、僕はあれから極力化野達とは関わらないように過ごしてきたつもりだけど、化野の方から話しかけてくるし、周りの人たちも親しげに声をかけてくるから、結局二人で話せる機会はなかった。
 井上も佐々木も、僕とは話さなくなったけど、それ以外の人たちは、僕に話しかけてきた。あの山口達ですら。
 僕は、今まであったことをなかったことになんて出来ないし、話したくも無かったけど、皆ヘラヘラと話しかけてくることが、耐えられなかった。
 これなら、一人の方がマシだと思えるほどに。
 今は、約束通り校舎裏に来ている。ここなら、人通りも少ないだろうし。にこにこと笑みを浮かべている化野に向き直る。

「……あの」
「あー、ちょっと待って、こっちこっち」
「え?」
「いや、二人で話したいんでしょ? ここ、結構人目につくからさ〜」

 不良ばっかだし、と笑う化野の言葉に、否定はしなかった。
 確かに、この学校は、そういう輩が多い。人目につかない所、と想像すると、皆、まず校舎裏になってしまので、人が意外と集まるからだ。
 それに、校舎裏といっても、実際は窓から見えるので、特別人目につかないという訳でもない。
 ただ、静かだから二人で話しやすいってだけだ。
 化野は、僕の腕を引っ張って、破れている金網をくぐり、学校の裏手にある、山の方へと歩いて行く。

「化野、ど、どこ行くの……こっちは立ち入り禁止……」
「昔はさあ、この学校、結構頭よかったんだって。小波くん知ってた?」
「…………?」

 突然、なんの話だろう。けれど、化野は僕の質問に答える気はないらしく、山の草木をかき分けて、前へ前へと進んでいく。雑草を踏みしめ、顔に当たりそうになる木の枝を避けて、葉っぱまみれになりながら、進んでいく。手を掴まれていたから、僕はそれについて行かざるを得なかった。
 どのみち、化野とはちゃんと話をしないといけない。

「偏差値結構高かったらしいよ。んで、その頃はこっちで畑とか作ってー、学生達で収穫とかしてたみたい、マジ農業じゃん? みたいなね」
「あの、一体なんの話……」
「でも結局、どんどんバカ校とかって言われるようになって、そういうのも誰もやんなくなってさ、この裏山も立ち入り禁止って、閉鎖されたっぽいんだけど、設備とかはそのまま放置されてんの」

 鬱蒼と生い茂る木々をかき分け進むと、ちょっとした広い空間に出た。確かに、かつて畑だったような名残があるけど、最早色んな植物が生え放題で、また一から畑を作るとなると、骨が折れそうだ。
 化野は、一体何を思ってこんな所に連れてきたんだろう。

「小波くん、こっち」
「え?」
「俺の秘密基地、こっそり教えたげるね。誰にも言ったらだめだよ」

 そう言って、再び化野は僕の手を引っ張っていく。
 連れてこられたのは、多分、この畑を作った際に一緒に建てられた小さなプレハブ小屋のようなものなんだろう。所々朽ちてきては居るけど、まだまだ使えそうだ。
 化野は勝手知ったる様子で鍵を開けると、僕をその小屋の中へと誘った。

「じゃじゃーん、いいでしょ。ここ、俺の秘密基地」
「……これ……」
「へへ、他の奴らは用具倉庫とかでサボってるけど、俺はあんな汚い所居たくないんだよね。こっちの方が断然快適〜」

 化野が見せてくれたプレハブ小屋の中は、思ったよりも綺麗に整えられていた。化野が整えたんだろうか。色々と揃えたらしい漫画にソファに毛布、机なんかもある。秘密基地というよりは、ちょっとした別荘みたいだ。

「あの葉っぱくぐってくんのがちょっとダルいけど。ここなら邪魔も入らず話せるよ」
「う、うん……」

 そうなんだろうけど、いいのかな。
 ここ、勝手に使ったら駄目なところじゃないの? いや絶対駄目だよな。いくら使ってないと言っても、一応学校の管理下にある場所のはずだし。そもそもなんで鍵を持っているんだろう。
 聞きたい事は色々あったけど、それよりもまず、確認したいことがあったので、そっちに重きを置くことにした。
 僕と化野は、持っていた鞄を近くに置いて、椅子に腰掛ける。化野は、元からあったものを改造したのか、それとも持ち込んだのか、ちょっと大きめのソファに座った。
 鞄に入っていたお菓子を取り出して、僕に食べる? と気軽に袋を向けてくる。僕は丁重に断って、口を開いた。

「あ、あのさ……どうして、今日は僕に普通に話しかけてくれるの……?」
「うん?」
「その、今まで……あんまり、話してなかったから……」

 どう伝えればいいのか、言葉を選びながら、慎重に話す。言葉を誤ってはいけないような気がして、ぽつりぽつりと、一つずつ、でも確実に伝える。
 小屋の中は妙な緊張感が包んでおり、息が詰まって声が震える。
 けれど、化野はそんな僕の緊張を打ち消すように、笑顔で答えてくれた。

「え? そんなの決まってんじゃん。小波くんが、俺の友達だからだよ」
「…………っ、ク、クラスの人が優しかったのは……」
「さあ? それは知らないけど、俺は小波くんと友達になったとは言ったかな」
「………………」

 じゃあやっぱり、そういうことなのかな。化野の友達だから、皆、僕に優しくしてくれた。井上も、僕のことを嫌いな佐々木ですら。
 その言葉に、僕は勇気を振り絞った。

「ぼ、僕は……っ」
「ん?」
「僕は、ま……、に、西園と喋るのやめるつもり、ないし、今でも友達だ……から、化野の望みは、叶ってないのに?」

 化野の前で誠、と呼ぶのはなんとなく憚られたので、以前と同じように西園の名前を口に出す。
 僕は、誠と喋るのをやめたことなんて一度もないし、化野が言っていた条件からは外れているはずなのに、なんで友達ごっこをしてくれたんだろう。僕の疑念を晴らすかのように、化野はなんてことない顔で微笑んだ。

「またまたー、謙遜しなくていいって」
「け、謙遜?」
「だって、小波くんがセイのこと追い出したんじゃん?」
「……………………は…………?」
「だってさぁ、小波くんと関わらなきゃ、セイも謹慎にはなんなかったんだよ? 実質、俺の言ったこと守ってくれてたようなもんだからさ、俺もその誠意に答えようと思って、ねっ、クソみてえな嫌がらせ、されなくてよかったね」
「な……」

 何を、言ってるんだ? 僕と関わらなければ、謹慎にはならなかったって、どういうことだ?
 化野の言っていることが、全然わからない。カラカラに乾き、わななく唇から、無理矢理声を絞り出す。どくんどくん、と心臓が音を立てる。これ以上は、聞かない方がいいのかもしれない。頭の中ではそう思うのに、聞かずにはいられなかった。

「ぼ、僕と関わらなきゃって……、それ……」
「ん? 聞いてなかった? セイは、小波くんのことでクラスの奴と喧嘩したの。まあ、勝手に席とか移動してたし、それがきっかけでもあるけどね、そんで、クラスの奴ボコって謹慎になったんだから、実質小波くんが原因でしょ。俺の考え方間違ってなくね?」
「………………っ」

 誠は、別に何も言わなかった。
 自分の問題だから、気にするなとしか言わなかった。でも、本当は、やっぱり僕のせいだったのかもしれない。だって、僕と関わらなければ、そんなことをしなかったのかもしれない。言えば気にすると思ったから、言わなかっただけで、それを素直に受け取った僕は、大馬鹿者だ。
 眉間に皺を寄せ、何も出来なかった自分を歯がゆく思った。
 風邪を引いてても、何しても、やっぱり僕は学校に行くべきだったんだ。少なくとも、代わりに殴られることくらいは出来たかもしれない。

「……僕は、そんなつもり、ない……」
「ん?」
「……西園を、謹慎にしたつもりも、友達をやめたつもりも、ない。だから、化野と友達にも、な、ならなくていい……」

 小屋の中には、流石にエアコンとかはないから、この季節は少し暑い。だからだろうか。じっとりとした汗を背中にかいていた。外からは、虫の鳴き声が聞こえてくる。耳に届く虫の声をバックに、僕は拳を握った。静かになってしまった空間の中で、やがて化野は心底不思議そうに首を傾げた。

「なんで?」
「な、なんでって……」
「だってさあ、楽しかったでしょ?・・・・・・・・ 今日。望んでたことが出来たんだから」
「…………っ」
「嬉しかったよね? 俺は、小波くんの望みを叶えてあげたのに」
「…………そ」

 まるで、人を見透かすような目に、僕の心臓は凍り付いた。
 化野は、きっと僕の望みなんて、最初からわかっていたんだろう。人から疎まれ遠ざかっていた僕がやりたかったことなんて、わかりやすかったのかもしれない。
 それを見透かして、クラスメイトに言ったんだろうか。僕と仲良くしてあげて、とか。化野が言えば、皆、それに納得するのかもしれない。僕はいきり立って、声を荒げた。

「そんなこと、望んでない!」
「は?」
「それより、なんで……っ、そんな、平気な顔して、酷いこと言えるんだよ、化野と西園は、友達だったんだよね……!?」
「あー、うん、そーね。小学生の時からの幼馴染」
「だったら、なんで、仲間はずれみたいなことするの……、僕だけ、友達みたいに振る舞って、西園は駄目なんて……!」
「ふはっ、仲間はずれって、小波くん、小学生みたいな言い方するね」
「やってることは同じだよ!」

 お面の奥で、僕は叫ぶ。
 その言葉に、化野は少しだけ目を丸くした。僕がこんな風に大声を出すとは、思っていなかったのかも知れない。興奮に、体が震える。蚤の様な心臓はさっきから激しい音を立てていたけど、ここで止まるわけには行かなかった。
 すると、僕の必死さに冷めてしまったのか、化野はさっきまで浮かべていた笑みを消して、ぼそりと呟いた。

「……友達だからこそ、許せないこともあるでしょ」

 許せないことってなに。僕に関わったこと? それなら、僕が誠と関わらなければ、化野はまた誠と仲良くなるの? 誠がそれを望むなら、僕は誠から離れる。誰かの足かせになるのは、嫌だったから。
 緊張に息を飲むと、化野は嘲笑めいた笑みを浮かべる。

「それにさー、小波くん、やたらセイを信望してるようだけど、別にあいつ聖人君子じゃないよ? 小波くんの前では良い子ぶってんの。だってあいつ、先生ぶん殴ったことだってあるし、他にも結構悪さしてきたよ。ずっと一緒に居た俺が言うんだから、間違いないね」
「誠は、そんな奴じゃない!」
「は?」
「だ、だって、優しいし、か、庇ってくれて……僕のせいで、自分が無視されても、気にするなって言って……、ぐっ!」

 気がつけば、化野が僕の目の前まで来ていた、伸びてきた手が、首を押さえつけてくる。息苦しさに、僕は化野の手を剥がそうと引っ張ったが、すごい力で抑えられて、びくともしない。
 細めの体躯なのに、どこにこんな力があるんだろう。

「なに、誠って? 何で急に名前で呼んでんの? っつーか、お前はセイの何をわかった気でいんの」
「……っ、と、友達、だもん……っ、知らないことが、あっても、僕は誠と友達は、やめないっ……」
「………………へぇーーーーーーー」

 ぱ、と手を離し、化野は黒目がちの目を細めて、うっすらと笑った。

「俺との時は、名前を呼ぼうともしなかったくせに」
「…………?」

 けほ、と咳き込む僕の襟首を掴んで、化野は僕を自分が座っていたソファの方へと力任せに放り投げた。大きな音がして、衝撃に、背骨が軋む。ソファとはいえ、こんな場所にあるからか、少し硬い素材に、強く背中を打ち付けた。

「けほっ……けほっ……」
「あ〜〜〜〜〜〜〜あ、なんでこう、うまくいかねーかなぁ〜〜〜〜」

 苛ついた様子で、化野は髪の毛をかき乱すと、舌打ちする。

「はー、もうちょっと、うまくいく予定だったんだけど、失敗失敗」
「……あ、だし……」

 僕は、こんな表情の化野を見たことが無かった、恐ろしさに、身が竦み、逃げなきゃ、と反射的に思った。
 けれど、化野はすぐにその恐ろしげな表情を打ち消して、ぱっと笑顔になった。それから、僕に向かって微笑んでくる。
 その変わりようが、尚更恐ろしく感じられて、僕は慌てて立ち上がった。

「ぼ、僕もう帰……っ」
「まあまあ、まだ話したいことあるでしょ。逃げんなって」
「いっ」

 ぐ、と喉元を掴んだままソファへと押しつけられる。片方の手で、お面の紐を掴まれ、付けていた狐面は近くへ捨てられた。からん、と音がして、空気が頬を撫でた。僕に覆い被さる化野が影となり、目を見開く
 視界が広がり、化野と目線が合うと、化野は笑った。
 にこり、と。目を細めて、口を三日月のように歪めて笑った。
 その笑顔に、全身に寒気が走る。背中を虫が這うような感覚が湧いてきた。
 どうして忘れていたんだろう。いや、忘れていたと言うよりも、気づかないようにしていただけかもしれない。
 信じていたかったんだ。
 だって、なんだかんだ言って、化野は僕にとってこの学校では最初の友達で、一緒に居て優しい時も、楽しいときも確かにあったから。
 だから、酷いことをするとか、考えないようにしていたのかもしれない。でも、本当は心の内では気づいていた。気づいていたからこそ、断ったんだ。僕の中にある本能が、逃げろ、と警告していたから。
 僕は、今目の前にいる化野が、怖くて怖くてたまらなかった。カタカタと震える体を押さえつけ、化野は言った。

「なんかもう飽きちゃった。遊びはやめにしよっか、正義ちゃん」

 いつかの呼び方をしながら、恐怖に引き攣る僕の頬を撫でて、化野はにんまりと笑った。



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