9

****

「………………」
「………………」
「……………なあ」
「っ! な、何?」
「お前、小波、だよな?」
「…………ウン……」
「そうか…………」

 じっと訝しげな目で見られると、ようやく収まってきた熱が、また顔に集中する。や、やっぱり変かな。お面、つけてきた方がよかっただろうか。でも、そうすると、今より注目を集める気がするし、それでバレたら元も子もない。
 電車に乗って、目的地まで向かう途中、ずっと西園が僕の顔を見てくるから、どうしたって赤くなる。ていうか、こんなの僕じゃなくても照れると思う。
 友達と遊びに行く、と言ったら、嬉しそうな顔で今日は暑いから被っていきなさい、とお母さんが渡してくれたキャップ。それを目深に被り、顔が見えないように前を覆った。
 電車内は、朝早くだと言うのに結構な混み具合で、僕と西園は入り口付近で人混みに押されていた。混んでいるせいか、距離がいつもよりすこし近くなり、それが余計に恥ずかしい。

「……ご、ごめん、家族以外の人と、外で素顔で話すことってあんまりなくて…………。そんなに見られると、ちょっと恥ずかしい……」
「あ、悪い……。いや、なんか前にどっかで見た気がして……」

 気のせいだよな、と笑う西園に僕は小さく頷いた。
 本当は、前にショッピングモールで会ったことがあるんだけど、ほんの一瞬のことだったし、西園はきっと覚えていないだろう。顔を見たのだって、一瞬のことだったし。
 西園は、僕から視線を外して、次の停車駅を確認しはじめた。

「…………」

 それにしても、と今度は僕が西園を見る。
 化野みたいに、奇抜な格好をしているわけじゃない。ごく普通のTシャツにジーンズ、ごつ目のスニーカーと、アクセサリーに肩掛け鞄。
 シンプルな格好なのに、すごく似合ってるし、いつもより格好良く見えた。実際、周りから好意的な視線を受けていることに、西園は気づいているんだろうか。
 化野の場合は、誰も着こなせない服を着こなしている感じが格好良かったけど、西園の場合は、誰もが無難に着れそうな服を、格好良く着こなしている感じがする。
 西園は、顔はちょっと怖いけど、男前だし、背も高いし、筋肉もあるし、スタイルだって男の僕からすれば憧れるものだった。それに比べて……、と僕は自分の格好を見直した。
 勇気がくれたシャツは変じゃないと思う。下だって普通だ。けど、無難すぎっていうか、僕が着るとただ無難で終わる……。身長は仕方ないとして、筋肉も西園と比べたら全然ないし。顔も、全然面白みもない顔だし、と電車に映る自分の素顔を見て思った。
 同じ男として、ちょっと情けない。今度から筋トレしよう……。
 化野と一緒に居る時は、周りに居る女の子からの視線を強く感じたけど、西園と居る時は、女子も勿論だけど、僕と同じく憧れる男子からの目線もあった。気持ちはわかるよ。
 僕だって格好良いと思うし。

「……なんだよ、お前こそ、さっきから人のことじろじろと見て」
「いや、西園は、かっこよくていいなって……」
「は、ハァ? 急に何言ってんだ?」
「あ、気持ち悪いよね……あはは、ごめんね」

 小さく笑いながら謝ると、西園は少し照れていた。意外だ。西園でも、照れることがあるんだ。
 『次は〜〜××〜、次は〜〜××〜』
 その時、丁度次の停車駅のアナウンスが流れた。僕たちは降りる準備をする。

「お、次だ」
「人いっぱいだね……」
「ま、休日だしな。お前はぐれんなよ」

 やがて、電車は目的地へと到着し、僕たちは人波に流されるように、遊園地へと向かう。
 はぐれるなんて、子供じゃ無いんだから、と思っていたけど本当に人が多かった。休日に、こんなところに来ることがなかった僕は、面くらいながらも人の波にのまれていく。この人たち皆が遊園地に行くわけではないので、行きたい方向に進めない。

「…………っ!」

 あ、西園から離れてく……!

「おい、小波! こっちだ!」
「う、うん……!」

 腕を掴まれ、人混みを抜け出して西園に引っ張られた。ざわめく人の間を縫って、ようやく人混みを抜けると、西園は僕を見て小さく笑う。

「お前……、目離した瞬間消えそうだな」
「あは……ごめんなさい……」
「ははは! 目ぇ離さないようにしとくわ」

 ケラケラと笑う西園に、僕は再び赤くなった。

****

「わぁ……!」

 園内に入ると、陽気な音楽と共に、色とりどりの風景が、僕たちを迎えてくれた。この遊園地のメインキャラクターであるウサギが、手を振って風船を子供達に配っている。
 別に、遊園地に来るのが初めてって訳じゃない。
 家族とは何回か行ったこともあるし、中学校の時にも学校行事で行ったことはある。
 でも、こうやって、休日に友達と二人で遊びに来る、っていうのは初めてだったから、よくある遊園地の光景にも、僕は目を輝かせた。

「イラッシャイ! 楽しんでいってね!」

 園内に入った瞬間、出迎えてくれたウサギのマスコットに対してこくこくと頷くと、ウサギは僕の頭を撫でてくれた。

「ふっ……」

 後ろで西園が噴き出す声が聞こえた。子供っぽかったかもしれない。でも、ワクワクする気持ちは止められない。
 ウサギから離れて、目をキラキラさせながら、西園へ近づいた。

「に、西園、どれから乗る? 乗りたいのある?」
「俺? 別にどれでもいいけど……、あ、お前、お面ないなら絶叫系もいけるんじゃね?」
「うんっ、乗りたい! 乗れるの全部乗る!」
「よっしゃ、んじゃ行きたい奴から○つけてこうぜ」
「うん!」

 園内の案内に印を付けながら、僕たちは足早に乗り物へと向かった。時間は有限だ。なら、目一杯有効に使わなくちゃ。
 幸いと言うべきか、不幸にもというべきか、ここはそこまで大規模な遊園地じゃない。
 一日かければ、もしかしたら、園内全ての乗り物に乗れるかもしれない。
 だから僕たちは、まず一番人気のジェットコースターへと、駆けだした。

****

「すごい、すごい楽しい……!」
「おーー、結構回ったなー!」
「西園、それ美味しい?」
「ん、甘ぇよ。そっちは?」
「美味しいよ!」

 ジェットコースター、空中ブランコ、コーヒーカップ、メリーゴーランド、ミラーハウス、お化け屋敷……、と王道的な乗り物から、子供向けの物まで、とりあえず回れそうな乗り物を一つずつ回っていく。
 流石に、子供達が並ぶ中、メリーゴーランドとか、コーヒーカップに乗るのは、恥ずかしかったけど、西園と二人で、今日の目標は全乗り物を制覇する、というものに決めた。だから、恥ずかしくても、僕たちはとりあえず乗り物をはしごする。でも、今はちょっとだけ小休止だ。
 首にポップコーンが入るケース(バケットっていうらしい)をぶら下げて、園内の椅子に腰掛けていた。
 近くのお店で買った飲み物を飲みながら、興奮気味に話す。

「僕、ゆ、遊園地友達と来るの初めてで……!」
「俺も野郎同士ではあんま来ねえかな。つかお前、意外と絶叫系とかホラー系平気なんだな。虫も平気だし、実は根性座ってんのか?」
「えっ!? あは……っ、あの、どうだろ……。子供の頃はちょっと怖かったけど、今は楽しいから気にならないだけかも……」

 急に褒められると、照れてしまう。ぽぽぽ、と顔から湯気が出そうになりながら、視線を宙へと彷徨わせた。

「いやー、根性なかったら狐面付けて学校登校できねえだろ」
「うっ……そ、それは、確かに」
「ははっ、いやー、あの入学式前日にテンション上がってそのまま狐のお面つけてきた話、ぶっ飛びすぎてて何度聞いてもウケんだよ」

 思い出したように、西園が笑う。
 やめてくれ、僕の現在進行系で進みつつある黒歴史を思い出し笑いするのやめてくれ……!
 タピオカジュースを飲みながら、顔を赤らめた。

「に、西園も今度やってみるといいよ……」
「だはははは! やんねーよ!」
「うう……」

 本当に、今となってはなんであんな真似を……。
 近くにあるメリーゴーランドを眺めなていると、女子高生の集団が、皆でお揃いのカチューシャをつけていた。この遊園地では、パレードが一日に3回あるらしく、丁度そのパレードの時間らしい。
 愉快な音楽と共に、デコレーションを施された大きな車がゆっくりと通っていく。子供達のはしゃぎ声に混じって、風船が空高く浮かんでいく。

「わぁ……!」
「お前も風船貰ってきたら?」
「流石にそれは……」

 僕たちは小さい子供じゃないし、女子高生でもないけど、目の前にあるものがキラキラして見えたし、どのアトラクションも楽しくて仕方なかった。並んでいてすぐに乗れないかと思っていたけど、西園が事前に予約して買っていたらしいチケットで、並んでいてもすぐに乗ることが出来た。
 妹さんが教えてくれたと言っていたから、仲よしだなあと思う。
 妹さんは、友達とよくここに遊びに来るから、プロなんだって。

「そういえば、妹さん、何歳なの」
「ん? 中三、すげえ生意気だよ」
「そうなんだ、僕の弟も同い年だよ」
「へー、小波弟いるんだ。似てる?」
「うーん……どうだろ……僕と比べて頭はいいと思うけど……」
「お前も俺らの学校だと頭いいだろ」
「西園は、似てる? 妹さん」
「や、似てるっつったら怒るんだよ。俺みてえに凶悪面してねえしってキレんの。ひどくね? 誰が凶悪面だっつの」
「ふ、あはは! 西園、格好良いのにね……!」

 くすくすと笑うと、西園も楽しそうに笑った。楽しいな。化野と出かけた時も楽しかったけど、こうやって、西園と二人で遊べる日が来るとは思ってなかったから。そういえば、化野も弟が居るって言ってたっけ。何度か化野の家に遊びに行ったことがあるけど、結局一度も見ることなかったな。
 じゅ、とストローで残り少なくなった飲み物を啜りながら、パンフレットを広げ、次に行く乗り物に印を付ける。

「次は? バイキングいくか?」
「こっちのも面白そうだよ」
「てか、俺ジェットコースターもっかい乗りてえわ」
「僕も!」
「……っし! んじゃいくか!」
「うん!」

 飲み終えたジュースの空をゴミ箱に捨てて、僕たちは再び園内に向かって走り出した。今日は、目一杯遊ぶと決めた。
 だから、全力で遊び尽くすのだ。

****

「あ〜〜〜〜……疲れた……」
「ほとんど回ったよね……」
「流石に全部は無理あったか?」
「でも、これで最後だよ」
「…………男二人で観覧車かー……」
「はは……、空しいね……。でも最後だし。せっかくだから」
「ま、な」

 散々遊び回り、歩きつくし、はしゃぎ倒し、へとへとになって、最後の乗り物となったのは、観覧車だった。
 遊園地の王道と言えば王道だけど、男二人という組み合わせで乗ってる人は中々居ないんじゃないだろうか。
 でも、ここの観覧車は割と大きくて、国内でも有名だから、探せばいるかもしれない。チケットを見せて、観覧車の中に入ると、少しゆったりめな音楽と共に、観覧車が動き出した。
 がたん、と揺れて、少しずつ景色が地上から離れ、上へ上へと昇っていく。
 僕と西園は向かい合うように座り、ぼんやりと景色を眺めていた。
 遊んでいる内に、日はすっかり暮れてしまい、西日が観覧車の窓から差し込んでくる。
 ……この観覧車を降りたら、もう家に帰らなくちゃいけない。それが、とても名残惜しい。あーあ、……もっと、西園と遊んでいたかったな。
 ぼんやりと、何を話すでもなく外の景色を眺めていると、西園がぼそりと呟いた。

「俺、高校に入ってダチと二人で観覧車乗るの初めてだわ」
「………! ぼ、僕も……」

 というか、僕は友達と二人で遊園地に来ること自体が初めてなんだけど。
 僕の言葉に、西園は小さく微笑んだ。その笑みを見ていると、なんだか胸の奥がぎゅうっと苦しくなり、ずっと西園に伝えたかった言葉を、伝えたくなった。

「あ、ありがとう!」
「…………あ?」
「そ、その、今日、誘ってくれて……」
「ああ、別に……」
「それだけじゃなくて、……助けてくれて、ありがとう」
「…………」

 呟かれた言葉に、西園は虚を突かれたように黙り込んだ。
 ずっと、言いたかった。ずっと、お礼を言いたかった。きちんと言えてなかったかもしれないから、ちゃんと言わないとと思っていたんだ。
 この場所は、言うのには絶好の場所かもしれない。

「僕がクラスで無視されてた時も、ゴミかけられた時も、机にミミズ入れられてた時も……、他にも、色々、助けてくれてありがとう……」

 じわりと、目頭が熱くなる。
 西園には、本当に助けられた。どんなに伝えても、伝えきれない。だって、一人なら無理だった。
 きっと、僕一人だったら、耐えられなくなって、いつか駄目になっていたと思う。自分に大丈夫だと言い聞かせて、悲鳴を上げる心を無視して、苦しくて、駄目になっていたかもしれない。
 でも、西園が居たから耐えられた。今も、何かが変わった訳じゃ無いけど、西園が居るなら、心の底から大丈夫だと思える。
 一人じゃないから、心細くもなくなった。

「背中を押してくれて、ありがとう。喋るの、に、苦手だったけど……、クラスで、話せるようになったのは、きっと西園のおかげで……」

 ず、と洟を啜る。
 何も話せないと思ってた。自分からはじめた事なのに、気がつけば楽な方へと逃げていた。一歩踏み出してみれば、思っていたほど、難しいことじゃなかったのに。進まず怯えて、立ち止まっていた所で、背中を押してくれた。僕は、西園に救われたんだと思う。
 ぽろりと、目から涙が溢れる。男のくせに、こんな風に泣くのはみっともないとわかっているけど、止まらなかった。

「ほんとに、あっ、ありがとう……! 僕っ……に、っ西園と、友達になれて……よかった……っ!」

 友達だって言ってくれてありがとう。
 友達になってくれて、ありがとう。
 重たいって思われるかもしれないけど、僕の人生でもトップを争うくらい、嬉しいことだったんだ。
 西園は、僕の言葉を黙って聞いていたけれど、夕日のせいなのか、顔が赤くなっている。照れているのかもしれないし、ただ夕日のせいなのかもしれない。それに、きっと僕の顔も真っ赤だ。

「はは……ごめ、急にこんなこと言われても、困るよね……!」
「……正義」
「…………え?」
「……いやー、そういえば、大志の奴はお前のこと下の名前で呼んでたなと思って。だから、俺も今日からそう呼ぶわ」
「…………」
「駄目?」
「う、ううん!」

 駄目じゃない。全然駄目じゃない。僕は、全力で首を横に振った。
 下の名前とか渾名で呼ばれるのは、友達っぽくて憧れていた。化野のことを下の名前で呼ぶことはなかったけど、今なら、言えるんじゃないだろうか。
 僕も便乗して、西園に聞く。

「ぼ、僕も西園のこと名前で呼んで良い?」
「ん……いいけど」
「じゃあ…………せ、セイ……!」
「…………いや、それあだ名」
「えっ」
「大志が勝手に付けた渾名。お前が呼びたいっつーんならそれでもいいけどさ」
「え、え……?」

 化野は、いつも西園の事をセイと呼んでいた。名前の名簿を見ても、そう読めるから、てっきりそれが本名だと思っていた。
 西園は苦笑しながら口を開く。

「マコト」
「……え……」
「そのまんま、誠でいいんだよ。読み方は」

 セイ、という読みでは無く、誠と読むのであっていたらしい。

「……誠」
「まあ、俺の顔にはあんまあってねえけどな」
「ううん、……格好いいよ」

 セイよりも、僕にはしっくりくる。

「……誠、また遊ぼうね」
「おう、謹慎中暇だしな」

 けらけらと笑う誠に、僕も微笑んだ。西園、という言葉が馴染んでいたけど、呼んでみるとしっくりくる。僕の笑みに、誠は少しだけ目を細め、肩を叩いてきた。

「……?」
「あーあ……、なんでもねぇよ」

 自嘲気味に笑うと、いつの間にか、観覧車は一番上まで来ていたらしい。沈みかけた夕日の光が眩しい。
 けれど、その先には広い景色が広がっていて、これに乗らなければ、目にすることも無かった景色だと思うと、胸の奥がじんと熱くなった。
 大切な友達と見る景色は、すごく、綺麗で、燦めいてて。

 きっと僕は、この景色を一生忘れないだろう。
 
****

 帰りの電車は、結構空いていた。
 土曜日だし、もう少し混んでいるかとも思ったけど、座ることが出来たのはラッキーだ。なんせ、すごく疲れていたから、もう立っていられるような気力はなかった。
 本音を言えば、もうちょっと話をしたかったのに、気がつけば眠ってしまっていた。
 不思議だ。話すのは苦手だと思っていたし、事実今も得意ではないはずなのに、話せば話すほど、お互いの知らないことを知ることが出来て、もっと話したいと思ってしまう。誠は、僕が顔を赤くしてもからかったりはしない。
 僕たちは、今日だけでお互いの色んな面を知ることができたんじゃないか、なんて。そんなことを考えてしまうのは傲りだろうか。
 そんなことを考えている内に、僕の意識はまどろみに溶けていく。

 『次は〜〜、××〜〜、次は〜〜〜××〜〜〜』

「おい、正義、起きろ」
「ん……」
「次、お前降りるとこつくぞ」
「……あ、ごめん、ありがとう……」

 目を擦って、立ち上がる。
 一日中遊び歩いたせいで、足がくたくただ。家に帰って、布団に入ったら、すぐに寝てしまうかもしれない。ふらつきながら立ち上がり、降り口へ向かうと、誠が僕の名前を呼んだ。

「正義!」
「…………?」
「俺、暇だし、いつでも遊びに来いよ。家にうるせーの居るかもだけど」
「…………うん……!」
「んじゃ、またなー」
「……っ、またね!」

 プシュウ、と音がして、電車のドアが閉まった。僕は、緩む頬を抑えながら、軽い足取りで帰路へと着く。
 駅を抜けると、辺りはもう暗くなっていた。
 またね、だって。
 当たり前の挨拶が、嬉しくて仕方なかった。僕はきっと、ずっとこういうことをしたかったのかもしれない。

「………………」

 正義、かあ。下の名前を呼ばれるのは、化野以外だと初めてだった。
 友達っぽいなあ。
 いつまで謹慎なんだろう。一週間か二週間って言ってたっけ。
 結局、どうして謹慎になったのか、理由まで深くは聞けなかったけど、早くまた学校で会いたいな。
 そう思って口元を緩めると、背後から声が投げかけられた。

「あっれー、小波くんだ」
「…………っ」

 その声に、ぎくりと体を強ばらせる。聞き覚えのある声に、振り向くと、そこには化野が立っていた。
 確かに、この駅は化野も通る所だけど、こんなところで会うとは思ってなかった僕は、少しだけ身構える。
 化野とは、結局あれから会っていない。風邪を引いて休んでいたし、昨日も帰ってしまったから。
 化野は、にこやかな笑顔で僕に近づいて、当然の様に隣に並んだ。まるで、普通の友達のように。 

「……あ、化野……」
「ぐーうぜーん。何してんの?」
「…………ちょ、ちょっと買い物……」
「ふーん」

 なんとなく、誠と一緒に遊びに行ったことを話すのは後ろめたくて、僕は化野から目線を逸らした。化野は、まだ誠と喧嘩中だから、言うのが憚られた。リュックのショルダーハーネスを握る手に力を込めて、バレませんように、と心の中で思った。
 化野は、そんな僕の出で立ちをじろじろと見ながら、クッと口元を歪めた。

「楽しそーだったね」
「……えっ!? な、何が……?」
「ん? さっき駅で見かけたとき、すっげぇ嬉しそーうにニコニコしてたから。なんかいいことでもあったのかと思って」
「…………べ、別に……?」

 いつから見られてたんだろう。僕は少しだけ口元を引き攣らせて、明後日の方向を向いた。
 誠と一緒に居たところは、見られてないだろうか。
 特別、化野に隠しておく必要はないのかもしれないけど、なんだか妙にドキドキしてしまう。というより、知られるのが怖かったのかもしれない。
 何故、っていう理由は、明確には言えないけれど、妙な不安感があった。胸のざわめきが、警告として伝えているような、有り体に言えば、勘だ。
 化野は僕の隣に並ぶと、じっと僕を見つめてくる。

「…………何……? な、なんかついてる……?」
「んや? 別に?」
「……あ、化野は、なんでここに……?」
「いや、フツーに遊びに行った帰り。てか小波くん、風邪大丈夫?」
「……う、うん。もう治った」
「そっかぁ、昨日も来てすぐ帰ったっつってたから、またぶり返したのかと思っちゃった。治ってよかったね。休み明けは学校に来れるし」

 笑いながら、化野は言う。何気ない言葉一つ一つに、どこかとっかかりを感じて、僕は歩く速度を速めた。
 これ以上、一緒に居ることが怖くなってしまったのかも知れない。

「……じゃあ、僕、こっちだから」
「うん、そんじゃねー、小波くん」

 そこで、黒い瞳を細めて、口元を歪めた。

「また、月曜日に学校で、ね」
「…………っ」

 それから、化野は、僕とは別方向に歩き出した。こっちの方を振り返ろうともしない。

「………………」

 さっきまでは、すごく楽しかった。夢みたいだと思った。
 でも、夢から覚めれば、後には現実が待っている。実際、僕の状況は何も変わっては居ないのだ。誠には、黒板に貼られていた写真のことも話していない。
 僕は誠の居ない学校に一人で行かなきゃいけないんだ。
 それを思い出すと、さっきまでの楽しかった気分が急に沈んでくる。僕は、誠と話すのをやめるつもりはない。そうなると、化野はきっともう僕と友達にならないと言うんだろうか。
 それはそれで仕方ないと思うけど、だったらどうして、今みたいに気軽に話しかけてくるんだ? 記憶をリセットしたように、知らないふりをしてみたり、かと思えば、今みたいに話しかけてきたり。

 化野は、一体何を考えているんだろう。
 僕には、全然わからない。


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