本当、どいつもこいつも馬鹿ばっか。

「ちょー、聞いてよ、高田の奴浮気してたの! 酷くない!?」
「それマジ? 最悪じゃん、高田さいってー!」
「チャラ男気取ってんじゃねーよって感じ? つかこれさ、もううちらでシカトじゃね?」
「マジね。ラインでほかの奴らにも言っとこ」
「超ショックなんだけど……」
「わかるー、彼氏にそういうことされるとへこむよね〜、つか切れるし」

 運命の赤い糸。

 それはよくあるおとぎ話。
 小指に結ばれている赤い糸が他の誰かと繋がっていれば、その誰かは運命の相手で、恋が実って結ばれる、なんて、くっだらねえくそジンクス。
 今、俺の隣の席で騒いでる女。
 つい先日まで運命の相手を見つけたとかほざいてたのに、今じゃこの様。近くにその男がいるのをわかっていて、友達とボロクソに貶しネットワークに広めている。まあ、現実なんてこんなもん。運命の相手なんて、馬鹿な話で、簡単に変わる。
 そもそも、特に顔がかわいい訳でもない、性格がいいわけでもない。そんなお前じゃ体目当てに決まってんだろブス、と思ったけど、そんなことを口にすれば高田よりもひどい目に遭うのは目に見えているので、何も言わない。

「は〜、新しい恋したい〜」
「うちもー」

 そしてもう次の恋ときたもんだ。恋愛脳スイーツお疲れさまです(笑)
 そんで、件の高田といえば、今はもう別の女と楽しそうに話していた。このブスは高田の中ですでに元カノになっているんだろう。
 しかもちょっと可愛い系の女子と話してる。あれが新カノか、チャラ男め、貶されてて可哀想だし、ちょっと味方してやろうかなって思ったけどやめよ。死ね。頭打ってくたばれ。

「…………」

 舌打ちしたい気分で、自分の手を見た。赤い糸が伸びている。
 俺の席の隣で口やかましく話している女の小指にだって、赤い糸は伸びている。
 前に俺が切ったはずだけど、そんなもの、繋がらないこともあれば、すぐに繋がることもあるのだ。今はまた別の誰かと繋がっているんだろう。高田にも、話している女にも糸ミミズみたいにくっついて、教室中に散らばっている。
 本当に、馬鹿馬鹿しい。切ってもすぐ繋がるような、訳の分からない代物。
 そんなもの、ただの拘束道具ぐらいにしかならないのに。
 人差し指と中指を横に動かし、ピースサインを閉じてみた。こうすれば、糸なんてすぐに切れるのに。ちょきんと魔法の言葉を呟けば、ぶっつりと途切れるのに。
 小指から延びる、運命の赤い糸。何の因果かわからないけど、昔から見えた。
 以前は暇つぶしに切っていたけど、今はそうもできない理由が出来た。思い出すと忌々しい、あの出来事。胸くそ悪くなる。あーー、死ね死ね死ね。

「ねえ、水橋、居る?」

 胸中で呪いの言葉を吐いていると、教室のドアの前で、伊豆川が顔を出した。ドア近くにいた女子が、俺を見る。ついでに、横で話していた女共も。近くにいた男子生徒も。居たたまれない視線に、俺は俯いた。うぜえんだよ、見てんじゃねえよ。
 つーか居ねえよカス。とっとと自分の教室に戻れよカス。そんな願いを込めて視線を合わせないようにしていたけど、伊豆川はあっさりと教室に入ってきた。
 他のクラスに簡単に入って来ないでほしい。もっとためらっておじゃましますくらいの謙虚さを見せろよ。
 しかし伊豆川は躊躇わない。

「あ、水橋、国語辞典ありがと。これ、返すよ」
「……あ、うん」

 穏やかだけど、行動は爽やか、と称される整った笑みを浮かべて、伊豆川が俺に国語辞書を差し出してきた。俺はいらねえよと突き返すことも出来ず、そもそもいるものなので、そのまま素直に受け取る。俺の辞書だし。こいつが貸してとか言わなければ、貸さなかったのに。
 渡してきた伊豆川の小指の赤い糸は、俺の小指ときっちりと繋がっていた。
 それを見ると、国語辞書を顔面にぶつけてやりたい気分になる。しかし、そんなことをすれば、明日から俺の机がなくなるだろう。

「水橋今日暇? 一緒に帰ろう」
「え……いや……」

 きょどきょどと視線さまよわせた。嫌だよ一人で帰れよ。
 というのは実際口に出すことも出来ず、狼狽えている内に、予鈴が響く。
 伊豆川が、じゃあ放課後にまた、という謎のメッセージを残して去っていく。誰も一緒に帰るなんて言ってないのに。なんでもう決定してるんだ。
 教室から伊豆川が居なくなると、隣の席の女たちが、ひそひそ声で話しながら、俺を見る。

「伊豆川くんじゃん……やっぱかっこいー、てか、背高いよね、バスケ部だからかな?」
「ねー、水橋と仲いいのかな? ……タイプ違いすぎじゃね?」
「ウケる〜」

 ウケねえよブス。
 全然笑えないし、お前らブス共に俺の気持ちが分かってたまるか、と唇を噛んだ。
 何が穏やかだよ、何が爽やかだよ、何がバスケ部だよ、お前らはあいつの本性を知らないから、そんなことが言えるんだ。運命なんて馬鹿なもん、信じているから、そんなことも見抜けねえんだよ、クソが。ああ腹立つ。
 あいつは、伊豆川は、いかれた変態プッツン野郎だっつの!
 入ってきた教師が、号令の合図を出す、俺は放課後なんてこなければいいと思いながら、教科書を開いた。



***


 自分の性格が悪いのくらい、自覚している。
 クズだという自覚もある。

 友達もいねーし根暗だし、勉強も中の下で、運動も出来るわけじゃなく、心の中で陰口ばっかりだし、暇つぶしに赤い糸も切るし。
 そりゃ友達も出来ねえよこんないやな奴って思う。けど、正直、こいつよりはマシなんじゃないかなって最近感じている。

「い、いだ、痛っ……! 入らない! 無理だって!」
「やっぱまだ無理かー……」

 隣の席の女達に見せてやりたい。
 今のこいつの姿を。
 日羽先輩に教えてやりたい。
 今のこいつの所行を。

 制服姿で押し倒して気持ち悪いもん人の尻に押し当ててくるこいつよりは、性格最悪の俺の方が、大分マシだよ。俺のこのクソっぷりがかわいく感じるくらいだよ。
 しかもこれが初めてじゃない。伊豆川の家のベッドの上で、俺は泣きたい気分だった。そもそも、これって強姦じゃないのか? 犯罪じゃないのか? 俺が人に言えないと思ってつけ込みやがって。見ろよ俺の息子を。めちゃめちゃ縮んじゃってるよ。怯えまくりだっつの。
 けど、俺が嫌だと言えば、伊豆川もそれ以上してこようとはしない。その部分だけは評価する。変態だとは思っているけど。
 ズボンも下着も脱がされ、上着と靴下だけになった俺は、覆い被さってくる伊豆川に懇願した。

「な、なあ、もう無理……本当無理、頼むから」
「わかった、今日はやめようか」

 今日は、じゃねえよ。もう一生やりたくねえよボケカスクソ死ね死ね死ね。
 心の中で中指を立てながら、口では弱気な声を出す。だって、そうじゃないとこいつはどんな凶行に及ぶかもわからないから。一番最初なんて、それこそ思いつく限りの言葉で罵ったけど、罵れば罵るほど、伊豆川の行動はエスカレートしていった。
 この赤い糸は、俺と伊豆川にしか見えない。だから、あの糸で縛られていても、俺が自主的にその体勢になっているとしか思われないし、M字開脚で固定されたら俺は自主的にM字開脚している変態だと思われる。
 あの日、結局俺は逃げることも出来ず、体中を舐められた。教室に誰かこなかったのが奇跡な位だ。そうして弱みを握られて、今に至る。物語ならバッドエンドだよ。
 こいつは、どっか頭がいかれているんだ。

「水橋」
「う、……」

 唇に、生温かいものが当たった、それと同時に、舌が、俺の口の中に入り込んでくる。何度目だ、これで。
 何度目だと、感じる時点でもうおかしいけど、このくらいならまだマシだ、と俺は観念して目を瞑る。無理矢理尻を掘られるよりは、キスだけの方がマシだ。濡れた水音が、俺と伊豆川の間で響いた。
 くちゅくちゅと、唾液が混ざるような音がする。

「はっ……」
「水橋、舌、出して」
「う」

 柔らかい。
 舌が、絡めとられ、吸いついてくる。このまま、噛みついたらどんな顔をするだろう。そんな考えが頭を過ぎったが、それをしたら後が怖い。

「はっ……」
「みず、はし」

 高校生のくせに、香水でもつけてんのか。妙に甘い匂いがした。こいつにされるのは癪だけど、キスだけはやたらうまいんだ。熱が直接伝わってきて、童貞の俺には刺激が強すぎる。
 ずっと続けていると、頭がぼんやりしてくる。

「ん、んん」
「はっ……水橋、好きだよ」

 唇が離れると、伊豆川が俺の耳元で囁いた。伊豆川の手が俺へと延びてきて、そっと頬を撫でる。その手の小指には赤い糸が垂れていて、俺はその糸を薄目で見つめた。
 伊豆川が俺を好きなのは、あくまで俺がこの糸を見ることが出来て、切る力を持っているからだ。
 こいつは、昔から自分と同じく糸が見える人間を捜していて、そいつこそが運命の相手だと信じきっている。つまり、伊豆川はその辺にいる恋愛脳スイーツ恋愛女とあまり変わらない思考なんだ。別に、俺が好きというわけではなく、俺が、糸が見えるから好きなのだ。
 つまり……

「っ、ちょ」
「ん?」
「む、無理だって……」
「もう一回。慣らすだけ」

 ぐぐぐ、と、伊豆川の指が、俺の中に入り込んでくる。ぞわぞわとした感覚が背筋を這い、喉からは引き攣った声が漏れた。な、なにが慣らすだけだよ。慣れないし、今後慣れることもないし、殺すぞ変態。首を左右に振り拒否の意を示したが、近くにあったローションをつけて、伊豆川の指が、中で動く。

「ぅ、あ」
「怖がらなくても、挿れないって。それより、最初よりは、慣れてきたんじゃない?」
「……っ」

 ぐちゅ、ぐちゅ、と音がする度に、頭がおかしくなりそうだった。俺は、ホモじゃないのに。日羽先輩みたいな、可愛い女の子にこうされるならともかく、なんで男にこんなことされなくちゃいけないんだ。
 まだ童貞すら卒業してないのに、情けなくて、泣きそうだ。そもそも、糸が見えてなければ、こいつだって、そんな執着しなかっただろう。
 糸が見えなければ。

「……っ、あ、ぅ」
「こっち、扱かれるの好きだもんな」

 伊豆川の手が、萎えっぱなしの俺の息子に伸びてきた。いやだ、やめろよ、そこ触んな。声にならない声を漏らすと、再び伊豆川の唇が上から降ってきた。
 糸が見えなければ、俺はこんな目に遭わなかったんだろうか。

「水橋、好きだよ」
 甘い声で囁く伊豆川に抱かれながら、そのことだけを考えていた。



 ****



「糸が、見えなくなった?」
「……ん」

 休日を挟んだ休み明け、伊豆川から逃げるように家に帰った俺は、自室に引きこもってずっと考えていた。どうすればこの関係が解消されるか。どうすればあの猫かぶり二重人格クソ野郎から逃げられるか。
 そして、考えた末に、俺は一つの結論に辿り着いたのだ。それは、とても簡単な話だった。
 授業を終えた放課後。人のいない視聴覚室で、俺は伊豆川に一つの答えを告げる。そうだよ、もっと早く気づけばよかったんだ。こいつが、俺に執着する理由なんて、この忌々しい赤い糸の存在だけだ。
 運命の赤い糸なんて、馬鹿げたものが見えなくなれば、こいつは俺に、興味を失うだろう。だから、見えなくなったことにすればいい。そうすれば、俺は今まで通りの生活に戻り、男に抱かれることもなくなる。
 まあ、流石にほかの奴の糸を切るのはしばらく自重する予定だけど。俺が糸が見えているかなんて、伊豆川にはわからないだろう。
 俺の発言の後、伊豆川は見下ろす様に俺を見つめた。

「ふーん」

 そうして、上から下まで見つめた後、俺の手を取り、俺の小指にくっついている糸を引っ張った。もちろん、見えているし、わかっているけど、俺は見えないふりをしなければいけない。

「これ、見えてないんだ?」
「あ、ああ、朝起きたら見えなくなっててさ……」

 嘘をつくのは慣れているけど、人と話すのは慣れていない。心の中で毒を吐くのは余裕でも、面と向かっては毒を吐けない。見つめてくる伊豆川の視線が怖くて、俺はそっと目を反らした。
 伊豆川は、俺の返答に何度か頷いてはいたけれど、やがてにこりと笑うと、その糸を持ち上げ、俺の首を絞めてきた。赤く細い糸が、俺の首に食い込む。

「いっ……!」
「ばーか」

 嘲笑しながら毒を吐いた。こいつを爽やかだと言った奴でてこい。爽やかが聞いて呆れる。どこの世界の爽やかが人の首を糸で絞め上げるんだよ、俺もこいつの首を締めてやりたい。苦しんでいる俺をみて、伊豆川が無表情で呟く。

「すぐバレる嘘つくなよ、水橋」
「……っ、みえ、ない!」
「苦しがってるじゃん」
「苦しいけど、見えては、いない!」
「あっそ……」

 伊豆川が手を離すと、首に巻かれていた糸が解け、咳込みながら膝をついた。酸素を体内に取り込む様に、大きく息を吸う。細い糸と侮ってはいけない。
 あの糸で巻かれると、やたら苦しいのだ。
 クソが。このエセ爽やかプッツン男め、お前のその大好きな赤い糸でぐるぐる巻きになって坂道でも転がっていけばいいのに。ぶつぶつと胸の内で呪いの言葉を吐いていると、伊豆川がしゃがみ込んで、俺に目線を合わせてきた。

「じゃあ、本当に見えてないんだ?」
「…………うん」

 俺は視線を落として頷いた。こ、怖え〜、何こいつ。目が全然笑ってないんだけど。俺の嘘、超バレてるけど、こうなったらつき通すしかないだろ。

「見えない……」
「苦しがってたけど」
「いや、なんか、糸の感覚はわかるんだけど、実際には見えなくて……切ることも出来なくなってるし」
「へ〜」

 信じているのか、いないのか、伊豆川は俺を見つめながら相づちを打つだけだった。何考えてるのかわからないけど、こいつは大体ろくな事考えてないし、こういう時はさっさと逃げるが勝ちだ。

「じゃあ、俺はこれで……」
「うん、またな」
「えっ、あ、ああ……」

 追ってくるかと思いきや、意外にも伊豆川は追ってこなかった。そのまま笑顔で俺に手を振り、俺はたじろぎながらも視聴覚室を後にする。またなっていうか、出来ればもう会いたくないけど。

「…………」

 伊豆川の小指から伸びた糸は、もちろん未だに俺と繋がっているし、さっき口にした設定上、これ、切ったらバレるだろうな。そもそも、切った所で繋がれるんだよなあ。
 ため息を吐きながら、視聴覚室を離れ、家路に着くため歩きだした。放課後とはいえ、まだまだ校内には残っている生徒もいる。部活をしている生徒や、素行の悪い生徒。つーか言ってしまえばクソDQNが、ゴキブリみたいに潜んでいる。俺の様な気の弱い生徒なんて速攻カモだ。パシられカモられ高校生活灰色だ。
 カモられない内に早く帰ろう。
 急く様に足を動かしたが、なんとも残念なことに、そいつらは既に玄関前にいた。

「げ……」

 うーーわーー。マジかよ。よりによってそこにいるのかよ。金やら茶やらメッシュやら入れたクソDQNが、でかい声で笑っている。正面玄関の、しかも俺の靴箱がある近くに座っている。

「…………」

 正面玄関を通らなければ、俺は家に帰れない。というか、学校から出られない。
 部活中の生徒が、校舎内をランニングでもしていれば、まだ帰りやすいんだけど、今日に限って誰も走っていない。なんだよ畜生一人くらい走ってろよ、運動部なんて馬鹿みたいに走ってるもんだろうが。陸上部は何してんだ。いや、落ち着けよ俺。
 このまま空気と化して横を通り抜ければ、バレないバレない。空気にとけ込むのは結構得意だからな。意識しなくてもとけ込むくらいだし。

「…………」

 そのまま横を通り抜けようとしたら、その内の一人が唐突に足を出してきたので、俺は避けることも出来ずその足を踏んづけてしまった。
 やばい、と思ったときには、もう遅かった。

「あ」
「いってー!」
「おい〜、何してんのこいつ」

 は?
 うるせえな邪魔くせえんだよ、お前が急に足出してきたんだろ。そんなに踏まれたくなきゃ足切って家にでも籠もってろ。と即座に思ったが、そんなことこいつらには通じない。というより、思っても言えない。
 草食系というよりも空気系男子の俺には、空気の流れに逆らうことは難しいのだ。
 既に怒っているけど、これ以上怒らせないように口を開いた。

「ご、ごめん」

 よい子の対策。謝るが勝ち戦法。
 しかしこの戦法は、こういう相手には通じないということを失念していた。足を踏まれた金髪が、睨みながら俺の制服を引っ張ってくる。

「超いてーんだけど、何すんの?」
「いや、ごめんなさい、すみません……」
「何こいつ、超ビビってんだけど。うけね?」
「うけねえよ、おい、足痛ぇんだけど、どうしてくれるんですかあ」
「は、はぁ……」

 ちょっと踏んづけただけだろうるっせーな。モヤシかよ。と思うものの、実際そんなことを言えば俺は空気くんからサンドバッグくんにジョブチェンジするので、軽々しく口を叩けない。こういう奴は動物と同じだ。目線を合わせると喧嘩を売ってると思って突っかかってくる。
 そんな時は、視線合わせず、ひたすら謝るしかない。

「すんません、勘弁してください」
「慰謝料的なもんとかないの?」
「いや……」

 眉間に皺を寄せながら、金髪が俺を睨みつける。
 この年になってカツアゲとかだっせえ。何が慰謝料的なもんだよ。むしろお前らに絡まれて精神的ショックを受けましたってこっちが慰謝料貰いたいくらいだよ。大体複数人で絡んでくるって最悪じゃね? せめて一人で来いよ。そしたら全速力で逃げるっつーの。
 複数人で囲みやがって、モンスターか。お前らの赤い糸ズタズタに切るぞコラ。

「あの、お金はなくて……」
「はあ? じゃあ明日までに持ってきて」
「つーかお前名前は? 二年だよな? クラスどこよ」
「あ、俺知ってる。隣のクラスの奴だよ。伊豆川とよく一緒にいるやつ」
「あー? 伊豆川? 何、これ伊豆川の友達?」
「いやー友達ってタイプじゃねえっしょ」
「パシリくん?」
「何それウケんね」

 ウケねえよ死ね。
 つうかここにきてまで伊豆川の名前を聞くとは思わなかった。こんなところまで登場するとか人気者か? こいつらが伊豆川の友達か敵かによって、俺の対応は変わってくる。
 俺は潔いクズと自負しているので、もしこいつらが伊豆川の友達なら、俺は伊豆川の親友だと嘘をつこう。そして親友の僕ちゃんを傷つけたらひどいんだぞとかそんな感じの事を言ってあとは全部伊豆川に押し付けよう。
 伊豆川の敵なら、あいつがホモだってことをばらそう。……いや、だめだ、これ俺もホモだと思われるパターンじゃん、何か、もっとあいつの弱みなかったっけ。あいつがロリコンとかだったらいいのに。
 そもそもこいつら、伊豆川の友達か?

「俺さー、伊豆川嫌いなんだよね。あいつ、本当腹立つ。なー、パシリくんもそう思うよな」
「はは……そ、そうすね」

 敵か。じゃああいつの弱みを探して話そう。そして見逃してもらおう。
 曖昧に笑みを浮かべながら視線を合わせないようにしていると、金髪が機嫌悪そうに俺の襟元を掴んだ。

「何笑ってんだオラ」
「いや、すみません……」

 どうしろって言うんだよ。結局なに言っても、どうやっても怒るじゃねえかクソが。
 もうやだ、なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだよ。その時、廊下側を誰かが通り過ぎていくのが見えた。

「あ……」

 伊豆川だ。
 俺と目が合うと伊豆川はその無駄にデカい図体を一瞬止めた。
 た、助かった。先生を呼ぶか、お前が直接助けるかしてくれ。と思ったけど、そのまま伊豆川は通り過ぎていった。
 ……はあ?

「い、いず……!」
「おい、何逃げようとしてんの」
「つーかお前名前は? えーと水橋? ふーん」

 DQN共が何か言ってるけど、俺はそれよりも通り過ぎていった伊豆川に怒り心頭だ。いや、いやいや。ちょっと待て。
 はあああ? 逃げるって何それ。
 お前、何普通に通り過ぎてんだよ。助けに来いよ。仮にも恋人? だろ、それともあれか。俺が糸見えなくなったから、もう俺に価値なしってやつか。ふざけやがって。この赤い糸厨! ロマンチストクソ野郎! 死ね!
 ばーか! ばあああか!

「なんか涙目なんだけどこいつ」
「怖くて泣いちゃった?」
「とりあえずゲーセンいこうぜ、財布くんも一緒に」
「水橋くんな」

 うるっせえよどいつもこいつも。

「? 何……」
「……ちょきーん!!」
「うおっ!?」

 俺は手を上げて、自分の小指に繋がっていた糸をぶつりと切った。
 突然妙なことを叫び出した俺に対して、DQN共は困惑気味だったが、知ったことか。それより、少しすっきりした。俺は今からこいつらにぼこられ、財布まで取られるんろう。場合によっちゃ長い期間続く可能性もある。このくらいのストレス解消、許されて然るべきだ。
 宙に揺れる俺の運命の赤い糸。こんなもん、ない方がすっきりする。こんなもんが、あるから駄目なんだ。ついでにこいつらの赤い糸も切ってやる。

「ちょきん! ちょきーん!」
「うわっ、ちょ、なんだこいつ」
「やばくね?」
「つかきめー、おい、何やってんだお前」

 ちょうど金髪の糸を切った所で、金髪が俺を下駄箱に押さえつけた。ははははは、バーカもう遅えし、お前の糸は既に切れてまーす。運命の彼女との糸は切れましたー。彼女でもなんでも寝取られてろ。そんでもってフラれろバーカ。
 喉の奥で引き攣った笑いが漏れたらしく、金髪が不快そうに口角を上げた。

「こいつ……」

「そこ! 何してるんだ!」

 金髪が手を振り上げた瞬間、中年男性の声が響いた。
 声を聞いた途端、全員わかりやすく顔を歪め、その方向へと視線を動かす。

「げ」
「うわ、谷だ……」
「うぜー……」

 谷というのは、学年の教育指導担当で、ねちねちとしつこく、男子には厳しくて女子には甘い。優等生に優しく不良はクズとみなすと言われている教員だった。金髪に胸倉掴まれた俺を見て、谷が此方へと大股開きで歩いてくる。
 ようやく教師も仕事したか。そもそも、こんな玄関でやってるんだからもっと早く来いよ。
 と安堵八割強がり二割の割合で、俺は息を吐いた。

「お前ら、何やってるんだ!」
「……別に、何もしてねーっす、なあ?」
「おー」
「俺ら普通に帰ろうとしてただけだし。じゃーね先生」

 谷を見た瞬間、蜘蛛の子でも散らした様にその場から散っていく。谷はこいつらの天敵か何かだろうか。そうだよな、谷は不良嫌いだしな。でも、俺の様な気弱な生徒には優しいはず。

「お前も、いつまでも残ってないで用がないならさっさと帰れ!」
「……すんません」

 全然優しくなかった。
 このハゲ野郎、俺だってとっとと帰りたかったわ。帰って有意義に過ごしたかったつの。見えない所で糸でも切ってやろうかと目論んでいると、谷が笑顔で振り返った。

「ああ、伊豆川君、書類ありがとうね。君ももう帰りなさい。あとは私がやるから」
「はい。それでは僕はここで」

 そうして振り返った先には、さっき俺を見捨てたはずの伊豆川がいた。谷お気に入りらしい優等生の笑顔で伊豆川が俺に並ぶ。

「それでは、失礼します」
「ああ、また明日」

 そうして谷は去って行った。ついでに俺も伊豆川の隣を去った。もう帰ろう。歩き出した俺の肩を、伊豆川が掴む。

「水橋」
「触んな」
「糸、切れるじゃん」
「触んなよ」
「何怒ってんの」
「うるさい」

 見捨てた癖に。
 助けを求めた俺をあっさり無視して去って行ったくせに。あの瞬間、俺がどんだけ惨めだったと思ってんだ。
 そっぽを向いて歩を進めると、横に並んだ伊豆川がおかしそうに俺に話しかけてくる。

「俺、先生呼びに言ったんだけど」
「…………」

 そりゃあ、先生を呼びに行くのも一つの手だと思うけど、あの場面はお前が助けてくれてもよかっただろ。仮にも恋人とかいう立場だぞ俺は。お前から俺に告白というか脅迫してきたんだからな。
 それをなんだよ、先生に言いつけるとかってダサくね。まあ俺がお前の立場だったら俺は間違いなく先生に告げ口することすらせずに逃げるけど、そもそもスペックが違うんだ。俺が伊豆川なら助けに行くよ。
 ……いや、違う。なんでこんなことで怒らなくちゃいけないんだ。結果として助かったんだから、それはそれでいいはずなのに、何だこの助けにくるって信じてたのみたいな脳みそ花畑女思考。気持ち悪っ、吐くわ。
 これも糸の影響か? いや、糸はさっき俺が切ったはず……

「おいっ! 何結んでんだよ!」
「ん?」

 確認の為に手を見ると、先刻切った筈の糸が、すでに伊豆川によって繋がれていた。

「もう切るなって言っただろ」
「……お前なんて大嫌いだ」
「はははっ」

 愉快そうに笑って、伊豆川が糸を引っ張った。反動で、伊豆川の胸に突き当たる。

「うわっ」
「俺は、好きだけど?」
「……糸が見えるからだろ」
「そうだよ、水橋の価値ってそれしかないじゃん。口悪いし、性格も悪いし」
「…………」
「でも、俺の運命の相手だから。それに、そういうところ含めて結構気に入ってるんだよ。だから水橋」
「な」

 に、という言葉は、伊豆川の唇によって遮られた。
 軽いリップ音と共に、離れると、目の前で伊豆川が笑っている。か、仮にも校舎付近で何てことをするんだ。誰かに見られたら高校卒業するまでネタにされるぞ。
 硬直する俺の前で糸を晒し、伊豆川が言う。

「一生、繋ぎ続けるから、切っても逃げられると思うなよ」
「……お前も十分性格悪いよ」

 性質の悪い奴に捕まった。顔を逸らし、ちょきん、という言葉と共に糸を切る。
 しかし、すぐにまた繋ぎ直されてしまった。

 切っても切れない赤い糸。
 そんなもん、もう運命とか関係ないだろう。


終わり

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