エンドレスハッピーエンド

「……ハルくんが悪いんだよ」

 そう言って、雪花さんは薄く笑った。いつものような、柔らかい笑み。けれど、すぐにその微笑を崩して、髪をぐしゃぐしゃにかき乱した。綺麗で、真っ直ぐだった緑の黒髪。艶やかで、触れてみたいと思っていけど、今はその面影すらない。雪花さんが僕を見る目は虚ろで光がない、そもそも僕なんて見えていないように思えた。

「ごめんね、ち、違うの。ハルくんは全然悪くない、悪いのは私だよね」

 彼女からこぼれる言葉は不明瞭だ。さっきから否定しては肯定し、肯定しては否定する。意味の分からない言葉を、譫言のように呟き続けている。ただ、僕の前に立つ雪花さんの目には、怯えにも歓喜にも憎悪にも似た色を孕んでいて、瞳が彷徨う様にぐらぐらと揺れていた。

 僕は、ショックだった。

 これをショックと言わずしてなんて言おう。
 口は布で塞がれているため、言葉を発する事は出来ないが、もし口を利けたとしても、今彼女にかける言葉なんて見つからないだろう。唯一自由な目だけを動かして、彼女を見る。小さな花柄のワンピースを着た雪花さんは、しばらく何かを呟いていたが、僕と目が合うと再び笑う。

「でも、ハルくんが悪いよ、うん、やっぱりハルくんが悪い。だ、だって、夏海ちゃんと一緒にいるんだから、ハルくんが悪いよね? 夏海ちゃんに近づくハルくんが悪い。夏海ちゃんの側にいるのは私だけでいいのに、おかしいよね? 肉親ってだけでいつも側にいるだなんて。男が夏海ちゃんに近づくなんて許せない。ううん、男だけじゃない、女も男も誰であろうと、私の夏海ちゃんに近づかないでほしいな、夏美ちゃんは、だって、私、夏美ちゃんが、ああ違うの、ごめんなさい、そうじゃなくて、私、ハルくんが悪い」

 情緒不安定な彼女の言葉を、耳に入れたくなかった。夏海というのは、僕の姉で、雪花さんは姉の友達だ。
 いや、友達と思っていたのは、僕だけ、あるいは僕たち姉弟だけだったのかもしれない。

「っ……!」

 腕と足に食い込む縄が痛い。ぎっちりと縛られたそれを解こうと躍起になったのは、目覚めてすぐのことだった。今はもう、なるべく刺激しないようにすることしかできない。
 息苦しい。痛い。怖い。どうして、こんなことになったんだろう。仲良くなれたと思いこんでいたのは、僕だけだったんだろうか。ただ、思い上がっていただけだったのかもしれない。

「……ああー、でも違う、やっぱりハルくんは全然悪くないね、だって、ぐずぐずしてた私が悪いんだから、ごめんね。ハルくんごめんね、もっと早く言えばよかったのかな、でも許せないし許したくないしもうやなの。うん、そう……いや、あ、ああ、あ、いやっ……や……いや! いやいやいや! いやなんだよぉおお! あああああああああああお前ら死ね! 死ね死ね死ね死ね夏海ちゃんに触らないで話しかけないで夏海ちゃんを取らないで私のなの、私だけのなの夏美ちゃんが、ああ、どうしよう! ああ、あ!」
「ぐ、むぅ……!」
「ああっ! 痛かったよね? ごめんなさいごめんなさいごめんなさいこんなつもりじゃなかったのごめんなさいごめんなさい」

 ぶつぶつ呟いていたかと思えば、突然激高して腹を蹴られた。さっきからこれの繰り返しだ。口を布で塞がれ、くぐもった声しか出せず呻いている僕に向かって、雪花さんが泣きながら謝ってくる。悲痛な表情は、演技には思えない。これも、彼女なんだろう。痛い、痛い、怖い。でも、それよりもなによりもショックだった。

 だって僕は、雪花さんのことが好きだったから。

『ハル、これ、私の友達! 雪花っつーの』
『は、初めまして……、えと、春樹、くん?』
『は、初めまして……春樹です』
『うーわハル、顔赤っ、手出すなよ?』
『な、なに言ってんだよバカ夏海! ブース!』
『沈めるぞこのバカ!』
『な、夏海ちゃん……!』

 初めて会ったのは、姉である夏海が、雪花さんを家に連れて来たのがきっかけだった。何がきっかけで二人が知り合ったのかは知らないが、雪花さんはよく夏海にくっついていた。
 名前のごとく白い肌に、花のような儚げな雰囲気。僕より男らしくて快活な姉とは正反対の位置にいるようなタイプの女の子で、その可愛さに、僕は一目で恋に落ちた。
 正直、一目惚れなんて全然信じてなかったけど、ふわふわとした柔らかい笑顔とか、女の子っぽくか弱くて小さい所とかが可愛くて、家に来る度、なんとか話す口実を見つけたくて遊びに行ったりしていた。でも、それが駄目だったのかもしれない。

「夏美ちゃんと私の邪魔しないで、入ってこないで、夏海ちゃんは私の全てなの、いじめられてた私を守ってくれたのも話しかけてくれたのも笑いかけてくれたのも夏美ちゃんだけなの夏美ちゃんしかいないのハルくんねえ、なんで、ごめん、いやなの。ごめんなさい、死んで、あああもう駄目だ駄目だ駄目だ駄目だこんなんだから駄目なんだクソが夏海ちゃんなつみちゃんなつみちゃんわたしの」

 ぐしゃぐしゃと、髪を乱しながら、雪花さんは僕の前ですすり泣いていた。こぼれ落ちそうな程大きな目から涙を流し、泣いている。着ていた彼女の花柄のワンピースには、涙と、血で染みを作っている。
 傍らには、カッターナイフが落ちていて、さっきから刃を伸ばし、僕の首に当てては、混乱したように我に返り引っ込める。普段の物腰柔らかな彼女と、今のおかしな彼女、いったい、どっちが本物の彼女なんだろう。
 けれど、どちらにせよ、雪花さんは僕のことなんて見ていなかった。僕といて笑顔だったのは、いつも夏海が隣にいたからだ。雪花さんは、夏海のことしか見ていなかったのだ。それを、仲良くなれたかもなんて勘違いして、デートに誘ったりして、バカみたいだ。
 雪花さんは、最初から夏海のことしか見ていなかったというのに。

「はぁー……はぁー……ハ、ハルくんって夏美ちゃんに似てるよね? ううん、全然似てないんだけど、目とか少し似てる。姉弟だから? いいなあ、夏海ちゃんと同じ部分があって私も夏美ちゃんみたいになりたいな。ねえねえ、私夏海ちゃんを傷つけようなんて思ってないしこれからもしないけど、もし夏海ちゃんが傷ついたらハルくんと同じような目になるのかな? 夏美ちゃんもこんな顔するの? 違う違う、ごめんね、私そんなこと全然考えてない、あはは、そうじゃなくて、うん……あのね」

 暗い一室、ここがどこかわからない。けれど、中の綿が出されたぬいぐるみや、首の折れた人形が散乱しており、近くにはベッドや机が置いてある。入ったことがないから知らないけれど、もしかしたらここは、雪花さんの部屋なのかもしれない。

「ハルくんが死んだら、夏美ちゃん悲しむかな? 夏海ちゃんは優しいから、悲しむよね。ごめんね、でも、私が慰めてあげるから、ハルくんの分まで、ずっとずっと、私が夏美ちゃんと一緒にいるから、心配しないでね」
「む、ぐぅ……! うー! うー!」
「い、痛くしないようにがんばる。ハルくん、私のこと好きだったでしょ? 好きだった女の子に殺されるのが一番いいよね? 私が最後まで一緒にいるから、ごめんね、ごめんね、ごめんね」

 ぴたりと、冷たい刃が首筋に当てられた。雪花さんは泣いている。泣いているけど、笑っている。僕の言葉は届かない。手足をバタつかせても、びくともしない。震える手、首にチクリとした痛みを感じて、僕は目を瞑った。

「むー! うー!」

 雪花さんは勘違いをしている。
 夏海は男っぽいところがあるし、女の子大好きとか公言しているけど、あんなでも女だ。女の子を恋愛対象として好きになることなんてないし、あれでも好きな人くらいいる。そしてそれは、雪花さんじゃない。
 けど、その夏海の好きな人を雪花さんが知った時、雪花さんは僕と同じように、その人をこんな目に合わせられるだろうか。だってその人は……。

「さ、さよなら、ごめんね、バイバイ。ごめんね。ハルくん、私、ハルくんのこと、好きだったよ。好きだったけど、嫌いだったよ。さ、さよなら」
「ぐぅっ……!」
「待てよ、雪花」

 その瞬間、薄暗かった部屋の扉が開かれた。眩しい光が、部屋の中に差し込んでくる。逆光の中に、一人の男が立っていた。
 まるで見計らったようなタイミングで現れたのは、僕と雪花さんが良く知る男だ。雪花さんの目が、大きく見開かれたのを無視して、彼は早足で部屋の中へと入ってきた。
 雪花さんとは正反対の明るくパーマをかけた髪。悪戯っぽい顔、今は少し強ばっているけれど、普段の柔らかな笑顔だけは、雪花さんとよく似ていた。彼は僕の前に近づくと、口にあてられていた布をはずし、にっこりと微笑んだ。

「ハル、よかった。大丈夫?」
「……秋良……」

 布を外され、大きく息を吸い込んだ。助けに、来てくれたのか。

「怖かったよな、もう大丈夫だ」

 秋良は、雪花さんの弟だ。夏海と雪花さんが友達になってからしばらくして、雪花さんが弟だと紹介し、一緒に遊ぶようになった。偶然ながら、四人併せて春夏秋冬だな、なんて笑いあって、四人で遊ぶことも良くあった。おちゃらけてて、よく喋る。雪花さんとは正反対の性格だったけど、いい奴で、僕の友達だ。
 そして、夏海は秋良のことが好きだった。

「此処にいたんだな。ずいぶん探したんだぞ」
「秋良……なんでここが」
「その前に、ちょっと待っててな、ハル」
「……秋良……なんで、何で邪魔するの……応援するって、言ったくせに、嘘つき……!」
「黙れよ」

 後ろで、雪花さんがカッターナイフを構えて、震えていた。目は焦点が合っていない。しかし、秋良はそんな雪花さんを冷たい目で見て、両腕をつかんだ。僕は薬で眠らされていたのでろくな抵抗が出来ないうちに縛られてしまったけれど、丸腰ならば女性の雪花さんにそう簡単には捕まらなかっただろう。そもそも華奢な雪花さんと、それなりにガタイの良い秋良じゃ、腕力的に敵うはずがないんだ。

「いたっ……!」
「雪花、お前ふざけんなよ」
「ううぅぅぅ〜〜、ふ、ふざけてない! 私は全然ふざけてない! ふざけてんのはアンタでしょ! 邪魔しないで! 夏美ちゃんとの間を引き裂こうとしないで! 弟だからって何? 邪魔するならお前も消えろ! ああもうクソがどいつもこいつも夏美ちゃんを見ないで!」
「いい加減にしろ!」

 僕は、今まで雪花さんがこんな風に叫ぶ所も、秋良が怒鳴る所も見たことがなかった。雪花さんはいつも控えめに笑っていたし、秋良も笑顔を絶やさない奴だった。だから、こんな光景を見て、僕はどうすればいいのかわからず、ただ戸惑っていた。口布は外されたけれど、何を言って止めればいいのかわからない。
 しかし、ハァハァと肩で息をする雪花さんの両腕を掴んで、秋良が雪花さんに何か耳打ちをした。瞬間、雪花さんの罵倒が止まる。その声は、僕の方までは届かなかったけれど、聞いたらしい雪花さんは、目を見開き、驚愕の表情で秋良を見ていた。
 震える唇、顔面蒼白になり、泣きそうな顔で、雪花さんが呟く。

「……なんで、そんなこと、するの。ひどい、秋良、ひどいよ……」
「お前も同じだろ、俺、怒ってんだけど」
「…………っ!」

 二人が何の話をしているのか、僕にはわからなかったけど、それを聞いた雪花さんは、カッターナイフを放り投げ、慌てて部屋を出ていってしまった。扉が閉まり、再び静寂と薄闇が戻ってくる。振り向いた秋良は、もういつもの秋良だった。
 僕へ近づき、ゆっくりと起こしてくれた。

「大丈夫か?」
「……ありがと、秋良、助かったよ……」
「いや、それより無事?」
「ああ、なんとか……悪い、縄ほどいてくれ」
「……首、血が出てる」
「え? ああ、うん、ちょっとな。でも、これくらいなら全然へい」

 き、という言葉が続かなかった。秋良が、僕の首元に頭を埋め、雪花さんのカッターで切られた傷口を舐めてきたから。

「はっ……?」
「あんな女に傷つけられちゃって、助けてやれなくてごめんな」
「あ、秋良!? な、何……」
「可哀想に、ハル」

 生暖かい舌が首筋を舐める。熱い吐息が首にかかり、鳥肌が立った。これは、誰だ? 秋良はこんな奴じゃない。普段は気さくで明るくて冗談も言ったりするけど、こんな時にふざけるような奴じゃないのに。

「なあ、なんの冗談だよ、秋良……」

 恐る恐る問いかけると、顔を上げた秋良と目が合った。その目は、暗い色で、瞳に映る僕の顔は、恐怖にひきつっていた。

「おい、秋良!」

 秋良は縛られたままの僕を抱き上げると、近くにあったベッドの上に転がす。抵抗できないまま布団の中に埋もれると、跨るようにして、秋良がのしかかってきた。
 おかしい、こんなの、絶対おかしい。これじゃあ、まるで。

「秋良! なあ、何すんだよ、お前、ちょっと変だぞ!」
「変じゃないよ、ハル」

 ぴたりと頬に当てられた手が熱い。恍惚とした表情で、秋良の顔が僕に迫ってきた。押し退けることもできず、秋良に唇を塞がれる。ぐちゅぐちゅという音がして、秋良の舌が、僕の口の中に入ってきた。イヤだ、やめろ。そう言いたいけど、言葉が出ない。友達だと思っていたのに、なんなんだよこれ。もう、わけわかんねえよ。

「ん、むぅ……うぅう! ふはっ……ハァ……」
「ハルは、可愛いな。そんな涙目になって」
「……お前、どうしちゃったんだよ……」

 涙目なのは、秋良に対しての恐怖心故だった。良く知る友人が、全く知らない人間になってしまったかのような恐怖。どうすればいいのかわからない。助けてもらったと思ったのに、実際は全然助かっていなかったのだ。しかし秋良はそんな僕を見て、興奮するように息を荒げた。

「どうもしてないよ、俺は。ずっとずっと、ハルのことが好きだったんだから」
「……は……?」

 秋良の言っている意味がわからない。けれど、高揚したように、秋良は続ける。

「一目惚れってあるんだな。初めて会った時から、ずっと好きだったよ、ハル。お前を犯したくて愛したくて……、ああ、違うな。大事にしたくて、離したくなくて、ずっと一緒にいたくて、仕方なかったよ」
「…………あ、秋良……」
「ずっとハルだけを見てた。なあ、ハル、俺、ハルのこと好きなんだ。好きで好きで、仕方ないんだ。ハルも俺のこと、好きだろ? だって、俺と話してる時、楽しそうにしてたもんな」

 にっこりと笑う秋良が怖い。さっきも怖かったけど、今も怖い。雪花さんも怖かったけど、今の秋良もどうかしている。
 楽しかったって? ああ、楽しかったよ、普段のお前は、こんな異常じゃなかったから。けど今は、いつも普通だと思っていた笑顔の裏で、そんなことを考えていたお前が怖い。秋良の手が、僕の頬に伸びて来た。びくりと震える体を見て、秋良が目を細める。

「それなのに、あの女がいつも近くにいる。腹が立って仕方がなかった」
「……あ、あの女……?」
「夏海だよ」
「!」

 笑顔を崩さず、秋良は言った。僕は言葉を失う。だって、そんな風には全然見えなかったから。
 夏海と秋良は仲が良さそうで、いつも二人で笑いあってた。秋良は他の男とは違って、夏海のことを女扱いして、振る舞っていたし、夏海も秋良の前では少ししおらしかった。そんなだから、夏海も秋良のことが好きになったんだろう。優しくて、かっこいい秋良の前では、夏海は女の子っぽく見えて、僕は密かに応援しようと思っていたのに。夏海も、僕と雪花さんの仲を応援してくれると言ってたのに。けどそれは、僕と同じく、ただの勘違いだったのだ。
 僕が雪花さんと仲良くなった気でいただけなのと同様に、実際は、目に映ってなんていなかった。僕たち姉弟はなんて、不毛な恋をしていたんだろう。なんて悲しい勘違いをしていたんだろう。
 頬に当てられていた手が、徐々に下へと降りていく。首筋近くまで来ると、着ていたシャツに手がかけられた。
 
「……やめろよ、秋良」
「やだよ」
「やめろよ!」
「ハル」
「っ……!」

 発せられた声は、聞いたこともないような底冷えした声で、僕は思わず息を呑んだ。一つ一つ、丁寧にボタンが外されていくと、蹴られて青くなっている肌が露出された。その姿を見て、秋良が不機嫌そうに眉を顰める。

「……こんな風に傷つけられて、可哀想にな、ハル。あの女は、本当に役立たずだ。その上、ハルに傷を付けた」
「あの女って……雪花さんのことか」
「そうだよ、でもハル、あんな女のこと、名前で呼ばなくて良い。ハルが呼ぶのは俺だけでいいんだ。俺以外の人間を視界に映してほしくないんだよ」
「お、お前の家族だろ!?」
「だから?」
「だから、って……」

 何でもないことの様に言うと、秋良が露出されていた僕の肌に舌を這わせた、殴られた痕は、舐めたところで癒せないし消えない。けれど秋良はその傷跡を消すように、なぞるように、丹念に舐めていく。その行為が、僕は気持ち悪くて仕方がなかった。

「家族だとか、姉だとか、どうでもいいよ。俺にとって一番大事なのは、ハルだけだから。それは向こうだって同じだよ。……ここ、痛い? 可哀想にな、雪花は後で殺してやるし、俺と同じ気持ちを味あわせてやったから、今は我慢してくれよ」
「うっ……お、同じ気持ち?」

 這いずる舌が気持ち悪く、声が上擦るが、不穏な言葉に、僕は身じろぐのやめた。秋良を見ると、にんまりと嬉しそうに笑っている。
 秋良と同じ気持ちって、なんだ。どくどくと心臓が早鐘を打ち、嫌な予感が頭をよぎる。認めたくないけれど、秋良は僕が好きで、僕が傷つけられたことに、腹が立っているらしい。なら、雪花さんが腹が立つということは……。

「あ、秋良」
「何?」
「……夏海に、何か、したのか」

 声が震える。同じ気持ちになるというのなら、それは雪花さんの大事な夏海が傷つけられたということじゃないだろうか。秋良は何も言わず、ただ笑っている。けれど、それがもう全ての答えのような気がした。
 
「何か、したのかよ!」
「どうしてハルが怒るんだ?」
「夏海は、お前のことが好きだったんだぞ!」

 悔しくて、悔しくてたまらない。
 姉は、夏海は昔からガサツで、背も高いし、男として産まれたらよかったなんて冗談も言ってたけど、本当は、結構女っぽい趣味をしてるのを、僕は知ってる。あれでぬいぐるみとか結構好きだし、パンツルックが多いけど、本当はスカートを穿いてみたいとか、背が高くなるから履けないけどヒールのある靴を履いてみたいとか、幾度となくこぼしていた。多分、夏海は雪花さんみたいな女の子になりたかったんだろう。女の子らしい女の子に憧れていたんだ。
 クラスや周りの男子には男扱いしかされないと笑ってたけど、本当は、秋良に女の子扱いされて、嬉しかったはずだ。いつだったか、クリスマスのプレゼント交換で、夏海に秋良が買ったブレスレットが当たったことがある。それを、夏海はいつも嬉しそうに眺めていた。
 夏海は、秋良のことが、本当に好きだったんだ。それを、こいつは何をした。好意を踏みにじって、なにをしたんだ。悔しさと怒りがこみ上げて、ぼろぼろと涙がこぼれた。

「ふざけんなよ! お前! いい加減にしろ! 僕はお前のことなんてぜんぜん好きじゃないし、これからも好きになんてならない! 謝れよ、夏海に! 畜生、解け! この馬鹿野郎!」
「ハル」
「いぅっ……あああ、ぐっ!」
「だめだよ、ハル。そんなこと言ったら」

 秋良の指が、僕の首についた傷を抉った。冷たい目が、僕を見下ろしている。

「夏海が俺のこと好きなのは知ってたよ。俺も、ハルの姉だし、仲良くしてた。けどさあ、駄目なんだよね。あの女が、ハルに触る度腸煮えくり返りそうで」
「いっ、あ、やめろ!」
「ハルがあの女に笑いかける度むかついてたよ、俺のハルに話しかけんなって思ってた。ハルの姉だかなんだか知らないけどさ、血を分けあってんなら、ハル自身は俺にくれてもいい訳じゃん? それを、へらへらへらへら、ハルと話して、雪花もだよ。あいつも、夏海が好きなら足でもなんでも潰して閉じこめまえばいいのに、ぐずぐずしてっから、ハルが見誤る。雪花なんて見るなよ、夏海と話すな。大丈夫だよハル、あの女たちは俺がちゃあんと始末してやるから、心配すんなって。なあハル? お前は俺が好きだろ? 雪花も夏海も好きじゃないよな?」
「秋良お前……頭おかしいよ……!」

 狂ってる。
 ベラベラと口から流れる言葉は、聞きたくない言葉ばかりだった。なにを言ってるのかわからない。そんなことを思っていたのなら、せめて、話してくれればよかったのに。
 いや、話されたら話されたで、僕は秋良から距離をとっていただろう。そうしたら、結末はまた同じだったのか。なんで、こんなことになってしまったんだろう。
 例えば、僕と夏海が逆だったなら、それはとても幸せな結果になっただろうに。お互い好きな人と結ばれて、結婚して、子供を作って、幸せな家庭が作れた未来があったかもしれないのに。現実は、どうしてこんなことにしかならないんだ。

「ああ、ハル、可愛い……。その怯えた目も、震える唇も、体も、爪先から髪の毛の一本まで、全部俺のだよ。もう誰の目にも触れさせない。ずっと一緒だよ、なあ、ハル」
「ひ、や、やめろ、触るな! いやだっ―――……!」

 秋良の手が、僕へ伸びてきて、ぎゅっと目を瞑った。



***




「ハル、気持ちいい?」
「あっ、あーー! はぁっ、ひっ、あ、あきらぁ……」
「そうだな、ハルは此処が気持ちいいんだよな」
「ふぁっ、そこッ、だ、駄目……!」

 それから、どのくらい経っただろう。
 此処にいると、時間の感覚なんてなくて、もうあれからどれだけ時間が経ったのかわからない。何時間? 何日? 何か月? わからない。ぜんぜん、わからない。
 わかるのは、僕はあれからずっと、秋良に犯されているということくらいだ。

「あっ、あぁっーー……! はっ……」
「はあっ……可愛いな、ハルは。俺の前以外でそんな顔したら駄目だよ。殺すからね、相手を」
「あ、ふぅッ……やぁあ……もう……」
「まあ、誰にも見せないけどっ……!」

 結合部から、ぐちゅぐちゅという淫猥な音が響いている。薄暗い部屋の中、二人分の重みを受けて、ベッドが悲鳴を上げるように軋み揺れていた。泣いて、喚いて、暴れたけれど、誰も助けになんて来なかった。ここは雪花さんの部屋なのかと思っていたけど、もしかしたら違うのかもしれない。だって、僕がいなくなったのに、ここはとても静かなままだ。

「ひィッ……あ、ああ、んッ……!」

 ぐぷ、という音を立てて、秋良のものが僕の中に入ってくる。肉と肉がぶつかりあう音と挿入されるその感覚に、頭が、くらくらした。もう、何度も何度も、挿れられる度に頭が真っ白になって、そのうちまともな思考ができなくなった。
 そもそも、僕はどうして此処にいるんだっけ? なんだろう、だんだん思い出せなくなってきている。大切な人とか、いた、はずなんだけど。
 漏れるような息と、水音が部屋の中に響いていた。すでに慣らされてしまったので、もう痛みはない。毎日毎日、いろいろなことを試された。玩具を挿入して放置されたこともあったし、一日中裸でいろと言われたこともあったし、それ以外にもたくさん、沢山。けど、だんだんどうでもよくなってきた。それどころか、気持ちよくなってしまう僕は、多分既に狂っているんだろう。
 秋良が、僕を見下ろしている、その目は、とても嬉しそうで、勃起している僕のものに触る。その瞬間、体がビクビクと震えた。

「あっ、やぁ、秋良……」
「いいよ、イっても」
「あぅっ、あ、あああああ――――……!」

 自分の精液が、僕の体の上にびちゃりとかかると、秋良がそれを舐め取った。気持ち悪い。いや、気持ちいい。秋良が僕の中を突く度に気持ちよくて死んでしまいそうだ。だって僕は秋良に突っ込まれるのが大好きな淫乱だから。秋良がそう言った。僕は秋良のチンポなしじゃ生きられないって。秋良の顔が目の前にある。僕は教えられた通り、秋良にキスをした。触れるようなものじゃなくて、貪るように舌を伸ばして。秋良の舌と絡みあい、口の端から涎が垂れた。

「ふぅっ……う……」
「ハルはいい子だね」

 こうすると、秋良は満足そうに僕の頭を撫でてくれる。慈しむように、大切に。ああよかった、これでまた酷い目にあわされずにすむ。酷い目? なんだそれ。僕は秋良のことが好きで、秋良も僕のことが好きなんだから、秋良が僕に酷い事なんてするはずないだろう、大丈夫、だいじょうぶ。秋良が僕にする行為は、僕のためで、僕はこれが大好きなんだ。僕は秋良のチンポがないと寂しくて死んじゃうド変態だから、秋良は優しいんだよ。そうだっけ? うん、そうだそうだ。

「ハルは俺の事が好きだろ?」
「……うん、僕は、秋良の事が好き……」
「世界で一番?」
「……う、っひぁっ」

 僕の中で、秋良のチンポが大きくなった。ごりごりと腸壁を擦る感覚に声が上擦る。ああ、気持ちいいよ、秋良! 僕はシーツを掴みながら、叫ぶように答える。

「あ、あぅっ、アッ、す、好きぃっ……秋良が、せ、世界で一番ッ、す、好き、愛してる」
「はぁっ、はっ、そうだよな、夏海よりも、雪花よりも、俺が一番好きだよなっ……い、イクぞハル……っ!」
「あッ、アあアアーーー!」

 ドクドクと、中に精液が注ぎ込まれる感覚。青臭い匂いと共に、生暖かいものが、僕の中に入ってくる。秋良のチンポが抜けると、ぐぷりという音と共に中から精液が垂れてきた。僕はそれがよく見えるように、秋良の前で足を開いた。そうしないとアレだから。アレ? アレってなんだっけ。

「嬉しかった? ハル」
「ハァ……う、うん。秋良のがいっぱい僕の中に入ってきて、す、すごい幸せ…………」
「ハルは本当に淫乱だな」
「ふアッ」

 秋良の指が、僕の中をかき回す。その度にびくびくと体が震えた。秋良の手に秋良の精液がくっついている。ああ、舐めなくちゃ。綺麗に舐めとって、秋良に褒めてもらおう。突き出された指を丹念に舐めとると、指と指の間から、手首まで、しゃぶらなくちゃ。綺麗に舐め終えると、秋良は満足そうに笑って、僕にキスをした。秋良の汗と僕の汗が混じりあって、なにもかもが混じりあって、ぐちゅぐちゅというおとだけがひびいてもうなんだかよくわからない。

「ああ〜〜〜、可愛い、俺のハル。俺だけのハル……、はああああ……もう最高だ、幸せだ、幸せすぎて現実かどうか疑っちゃいそうだよ、なあハル? お前は俺のものだよな?」
「……はぁ……はぁっ……あきら」
「ん? なに?」
「……なつみとせつかって、だれ、だっけ?」
「……さあ? そんな奴、知らないな。もういいよ、思い出さなくて、全部忘れて良い。ぜーんぶな、ハルが知ってるのは俺だけでいい」
「あっ」

 そウ言うと、あき良は再び僕おだきしめてきすをしてきた。もう何回メになるかわからないキスは、いつもキモチイイので僕はこれガだいすきで、アッ、ああッ! また、入ってくる! 僕の淫乱ケツまんこにあきらのチンポがぬぷぬぷって入ってくるっ! はぁっ、あ、アア、うぁああ、気持ちいいよ、僕、モウこれがナいとだめ、なのカも! 秋良秋良秋良秋良! 好きだよ、大すき! 愛してルよ!

「あっ、あっ、あっ」
「ハル……ハル……! 好きだよ……!」

 僕も! ぼくもすきです!
 よこにぬいぐるみが転ガっている、中身がナクテ目がとれていた。のこったもう片方の目だケが僕を見つめている。きたないものでも見るよおにみつめていあっ、もっと! もっと突いてッ気持ちいいよぉ! 汚いんです、ぼくはっ、おちんぽでしゃせいしちゃう変態なんです! こんな僕と一緒にいてクレるのはあきらだけでっあ、イイ! いいよお! ぁあああ、っあ、そ、そこ、もっと! 秋良好きだよあきら秋らあきラアキ良!

「ずーっと一緒にいような、ハル」
「ふぁい……!」

 あのぬいぐるみをみてるト何かを思いだ死そうな気がしたけど、なにも重い打せなイ、あぅ、あーーーーきもちいい、死んじゃいそう、僕はかいらくに身をゆだ寝るように、めをとじた。

 好きな人と一緒にいられて、とっても幸せ。



終わり

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