美味しいシチューの作り方



「違う、違うんだよ。勇気がないわけじゃなくて……」

 ただ単純に、タイミングが悪かっただけなんだ。
 肩を落としてそう言うと、隣を歩いていた豊が大きな声で笑った。遠慮のない奴だ。僕の手の中で握り締められたラブレターは、近くにあったゴミ箱へ丸めて投げ入れた。
 これで、僕の気持ちもそのままダストシュート行き。もう何度目かになるかわからない。
いつも彼女が歩いていた通学路をとぼとぼと進む。

「……そんなに笑わないでよ、いくら渡せなかったからって……」
「いや、俺は渡せなくて笑ったんじゃない。携帯やパソコンが発達したこの時代に、ラブレターという古風な手段で行こうとしたお前を笑っただけだ」
「余計悪いよ!」

 それならまだ、好きな子に告白できなかった意気地なさを笑われた方がマシだ。比較的マシというだけで、最悪なことに変わりはないけれど。結局僕に勇気が足りなかったということが原因なのだから、真実を指摘されたほうがいい。タイミングだなんだと言い訳したけど、実際のところ、勇気があれば変わったんだろうか。違う結末になったんだろうか。
 いや、でも、携帯もメールも、僕は彼女のアドレスを知らないのだから、送り様がないじゃないか。こうやってまた言い訳をする。
 まあ、女の子からアドレスを渡される側の豊にはわからない悩みなのかもしれないけど。

「はぁ……」
「ま、元気出せ。失恋記念に奢ってやるからさ!」
「うぅ……」

 豊が僕の背中を励ますように叩いた。心なしか声が浮かれて聞こえるのは、僕の気のせいだろうか? 目前に迫るファーストフードの看板を目指して、よろよろと僕は歩いていく。

 初めてあの子を見たのは学校帰りだ。桜の木の下で友達と笑いあう彼女を見て、僕は一目惚れしてしまった。多分、あれは初恋だった。
 豊曰く、僕の初恋は何回あるんだということだけど、僕にとって、恋はいつだって初恋なんだ。そうして、いつも新鮮な気持ちで臨んで、結局玉砕する。

 彼女の、長い栗色の髪が風に棚引くのを、いつもぼんやりとした顔で見ていたと思う。
 それから、何度も告白しようと頑張ったけれど、結局何も出来なくて、今日と言う失恋の日を迎えてしまった。

「告白してないのにフラられるって一番最悪なパターン」
「そんなに傷口に塩を塗りこまないでよ……」

 うじうじと回想していると、チーズバーガーを一口かじりながら、豊が突っ込んできた。
豊とは子供の頃からの親友だけど、こういう遠慮がないところは、少し苦手だ。自分は女の子関連で苦労したことがないからかもしれないけど、僕が失恋するたびに、こうやって意地の悪いことを言う。

「さっさと言えばいいものを。壮介くんは本当にヘタレですねぇ〜」
「う、うるさいよ!」
「あっ、俺のポテト」

 豊のポテトを無理やり奪い口に放り込んだ。同時に涙が浮かんでくる。これは、きっとポテトの塩味が予想以上にきつかったせいだ。

「ううう……ぐすっ……」
「ちょ……おい、こんなところで泣くなよ。仕方ないだろー、告白しなかったお前が悪い。先に告白したもん勝ちだったんだって」
「豊にモテない男の気持ちはわからないんだあ……」
「あーもー、面倒くせーな、もう。出るぞ、周りの視線痛すぎるし」

 そういって、僕の首根っこを掴み立ち上がった。無理やり店の外に連れ出されると、太陽の日差しがいつもよりきつく感じる。目を細めると、豊は僕の手を引っ張って歩き出した。

「壮介、今日うち寄ってくだろ?」
「うん……」
「今日は俺んちビーフシチューらしいから、お前も食っていけよ」
「うん……食べます……」
「元気だせってー」

 彼女には何度も告白しようとした僕だけれど、結局あと少しの勇気が沸かなくて、告白できなかった。今日こそはと思ったけれど、ラブレターを握り締めた僕の目に飛び込んできたのは、よりにもよってあの桜の木の下で告白されている彼女の姿。
 告白していた男は僕よりもよっぽどイケメンで、背も高いし、お似合いの二人だった。対する彼女も頬を染めていて、それを見た瞬間、僕の中で何かが音を立てて崩れたのだ。

「泣くなよー、女なんて沢山いるって」
「うん……」

 いつもなんだかんだ言いながら僕の世話を焼いてくれる豊は、口は悪いけど本当は優しい。泣いている僕を気遣ってくれたのか、人通りの少ない道を選んで、帰路に着いた。

 僕と豊は幼馴染だ。
 それというのも、家が隣同士という土地的な要因と、高校に至る今までずっと同じクラスという腐れ縁が途切れないせいだ。その為、僕はいつも豊の家に遊びに行くし、豊もよく僕の家に遊びに来る。今日はこの泣き顔を家族に見られたくないため、豊の家にお邪魔させてもらった。
 この時間、豊の両親はいないので、僕も泣き顔を見られなくてすむ。

「ただいまー」
「お邪魔します……」
「……おかえりなさい」
「なんだ、帰ってたのか花子」
「小学校は、高校よりおわるの早いから」

 出迎えてくれたのは、豊の妹の花子ちゃんだ。今時の子にしては、古風な名前だ。まだ6歳だけど、赤ん坊の時からずっと一緒にいたし、もうある意味家族というか、妹みたいなものだと思っている。
 豊とはあまり似ていないじと目で、僕を見上げてきた。おかっぱの髪に赤いワンピースを着ていて、この年にしては無表情だ。表情豊かな豊とは、正反対。

「また泣いていたの? そーすけちゃん。誰かに泣かされたの?」
「うっ……は、花子ちゃんまで……」
「本当、泣き虫だよなー、壮介は!」

 ぐしゃぐしゃと髪の毛を乱された。本当のことなので何もいえない。
 また、と花子ちゃんが言ったのは、こうやって告白できなくて豊の家で泣いていることが結構何度もあるからだ。年頃の男としては情けない話ではあるけども、花子ちゃんは何も言わず僕に泣かないでと手を伸ばしてくる。いつもいい子だ。
 実の兄よりも僕に優しくしてくれる。

「泣かないでそーすけちゃん。そーすけちゃんを泣かすやつは、花がやっつけてあげるから」
「うう、ありがとね花子ちゃん……花子ちゃんが妹だったらよかったのに」
「私もそーすけちゃんがお兄ちゃんだったらよかった」
「おい、お前ら。泣くぞ」

 横から突っ込んでくる豊を無視して、花子ちゃんが僕の頭を撫でた。

「そーすけちゃん、ジュースのむ?」

 花子ちゃんの近くには、ペットボトルに入ったオレンジジュース。泣いたせいか、体が水分を欲していたので僕は幸いとばかりにそのジュースを受け取る。

「うん、ありがとう花子ちゃん」
「どうぞ」
「花子、俺のは?」
「ない」
「自分で注げとかじゃなくて、"ない"かよ……」

 愚痴愚痴と不満を洩らしながら、豊は台所へ歩いていった。僕がソファに腰をかけると、花子ちゃんも同様に、僕の横へぴょんっと跳ねるようにして隣に並んだ。
 僕が飲んでいるのを、嬉しそうに眺めてくる。普段無表情と思われがちだけど、僕と話すときは割と表情豊かになる。

「おいしい?」
「うん、おいしい。ありがとう花子ちゃん」
「そーすけちゃん、ふられたの?」
「ま、またって言わないでよ……」

 本当のことだけに心にくるものがある。しかし、花子ちゃんは嬉しそうに続ける。そこは喜ばないで欲しいところなんだけど。

「告白できなかったんでしょ?」
「そう、だけど……」
「よかった」
「え?」
「だって、そーすけちゃんに告白されたら、その子付き合っちゃうでしょ。そーすけちゃん取られたくない」
「……花ちゃん」

 実際、あの告白している彼と、僕が告白したところで、彼女は僕を選ばなかったと思うけど、そういわれると、少し救われる。

「……ありがとう」
「よしよし、そーすけちゃんには、花がいるからね」

 しかし小学生にあやされている僕ってなんなんだろう。背を伸ばして一生懸命頭を撫でてくれる花子ちゃんが可愛くて、僕は背もたれにもたれかかりながら、花子ちゃんの頭に手を伸ばした。
 手触りのいい、細い髪の毛が、手の中をさらさらと落ちていく。

「僕も、花子ちゃんが、いつか男の子と付き合っちゃうかと思うと、悲しいなー」
「花はそーすけちゃんと付き合うんだよ?」
「あはは、ありがとうね」

 小さい子の言うことをほほえましく思いながら聞いていると、豊が台所から帰ってきた。手には水が入ったコップ。

「マジでジュースねーじゃん。水しかなかったよ」
「あ、豊これ飲む? 口つけちゃったけど……」
「お、サーンキュ……」
「だめ」

 飲みかけのオレンジジュースを差し出したところで、花子ちゃんが前に立ちはだかった。伸ばしてきた豊の手を振り払う。

「……なんだよ、お前は実の兄に冷たすぎるぞ」
「おにいちゃんのじゃないんだから」
「ケーチ」
「ケチでいいよ」

 微笑ましい兄妹喧嘩を見ていると、なんだか眠くなってきた。昨日は徹夜でラブレターを書いていたせいかもしれない。結局、そのラブレターもゴミ箱行きになってしまったけど。思い出すとまた涙が出てくるので、僕は目を擦った。

「ふぁ……」
「なんだよ、壮介、眠いのか?」
「うん……昨日あんまり寝てないからかも……」
「なら別に寝てもいーぜ、父さんも母さんも帰ってくるの遅いし」
「いや、そういう訳には……」

 と、言いかけたところですでに花子ちゃんが布団を持ってきていた。自分が使っている、ヒヨコ柄のやや大きめのブランケットだ。

「じゅ、準備いいね……」
「うん、おやすみ」
「じゃあ、ちょっとだけ寝てもいい?」
「いいよ」
「壮介ーシチューできたら起こしてやるよ」
「ごめ、ありがと……ふぁ……」

 言ってる最中にまた欠伸が出た。ああ駄目だ、布団を被ったら余計眠たくなってきた。睡魔が僕の瞼に圧力をかけてくる。目を閉じると、あっという間に僕の意識は暗闇の中に溶けていった。



 眠っている幼馴染の姿を見て、豊はため息を吐く。
 ヒヨコ柄の毛布の中で眠る壮介は、安らかな寝息を立てているけれど、その隣に佇む花子の存在が、この空間の中で異質だ、と判断する。
 本来であれば、眠っている壮介を見ていると、すごく心が休まるのに、この妹がいるとそうはいかない。実妹でありながら、本当にやっかいな存在だと、豊は思う。

「おい花子……」
「何? 邪魔しないで。今そーすけちゃんの寝顔見てるから」

 先ほどまで壮介に見せていた可愛らしい一面など、欠片もない。あまりにもぐっすり眠りすぎている壮介を見て、豊が口を開いた。

「……お前、ジュースに何入れたんだ」
「秘密」

 事も無げに言い放つ妹に、頭を抑えた。恐らく睡眠薬の類であることはわかる。先刻台所に行った際、三角スペースに無造作に捨てられていた薬瓶。劇薬の類ではないけれど、摂取量を謝れば大惨事だ。隠そうともしないその行動もおかしなものではあるが、それよりも一体何処から入手しているのか。

「毎回毎回……、壮介に盛るのやめろよな」
「じゃあおにいちゃんはどうして止めないの? 花のこと」
「…………」
「そーすけちゃん、花の布団でぐっすりねてるね。かわいい」

 言いながら、花子が壮介の頭を撫でる。その顔には、普段は無表情と言われがちな顔にも笑みが浮かんでいた。豊も隣に並び、妹と同様に壮介の頭を撫でる。
 子供の頃から変わらない、安心しきった表情を見て、豊は自分の顔にも笑みが浮かんでいることに気づいた。これでは妹と同じだ。寝ている壮介の頬をつついてみるが、起きる様子はない。
 ぐっすりと眠ってしまっている。きっと、徹夜でラブレターを書いていたことも要因の一つなのだろう。そう思うと、豊は忌々しい女の存在を思い出し、舌打ちした。

「おにいちゃん」
「なんだよ」
「触んないで」
「……俺の親友だぞ」
「違うけど」
「違わねーよ。俺の、壮介」
「違う。わたしのそーすけちゃん」

 ぎゅっ、と小さな腕で包み込むようにして、花子は壮介の頭を抱いた。実の兄である自分を、敵意のこもった眼差しで見つめてくる。その様を見て、豊は眉を顰めた。
 花子が産まれたときから、当たり前のように近くにいた壮介は、昔から花子に甘かった。そして、花子はそんな壮介に憧れを抱いていた。憧れはやがて執着心に変わり、今では淡く可愛い恋心と呼べるような代物ではないまでに成長してしまった。そこにあるのは、ただの独占欲だ。
 荘介の恋の方が、よっぽど可愛い。しかし、その異常な執着心は自分も同じだ、と豊は心のどこかで思っていた。

「……俺の壮介だよ」
「お兄ちゃんは男だから無理だよ」
「年が離れすぎてて妹扱いされてるのも無理だよ」
「あと何年かたてば大丈夫だもん」
「その頃には俺と結婚してるし」
「日本じゃむりだもん」
「じゃ壮介と外国いく。じゃあな花子」
「おにいちゃん、ばかじゃないの?」

 妹は冷めた目で豊を見てくる。可愛くない妹だと思うと同時に、間違いなく自分と似てると感じる。
 毎度毎度、振られる幼馴染を慰めるのは自分の役目だと、豊は思っていた。いや、思っていたのではなく、自分以外の誰かを壮介が頼るのが我慢できなかった。安心しきって、頼ってくる壮介を見るのは、自分だけの特権だったはずだ。それなのに、最近はこの妹がしゃしゃり出てくる。肉親が、いや、肉親だからこそ苛立ちが沸き、小さく舌打ちした。

「…………」
「怒ってるの? でも負けないよ」
「……こっちの台詞だ」
「ねぇおにいちゃん、今日の晩ご飯はビーフシチューだよね」
「ああ、そうだな」
「そーすけちゃんが起きるまでにつくらなくちゃ」

ちゅ、と小さな唇を壮介の額に当てると、花子は名残惜しそうに離れた。

「ゆっくりやすんでね、そーすけちゃん」

 これから花子が何をするつもりなのか、兄である豊には大体予想がついている。本来であれば止めるべきなのかもしれない。しかし、どういうわけか、止める気にはならなかった。それは、泣いている壮介の顔が網膜に焼き付いているからかもしれない。
 豊は泣いている壮介の顔は好きだ。しかしそれはあくまで自分が泣かせる限定の話である。他人に泣かされるのは、好きではない。

「おにいちゃんも、作るでしょ?」
「……ああ」
「いってくるね、そーすけちゃん」
「美味しいビーフシチュー、作ってやるからな」

 差し出された妹の手を取り、豊もまた、壮介の頬に口付けた。


終わり

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