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「……………………」

 目を開くと、朝になっていた。カーテンの隙間からは朝日どころじゃない、日の光が差し込んでいる。多分、もう昼頃だろうな。俺は、両手で自分の顔を覆った。

 や…………やってしまった……。
 いや、やられてしまったの間違いか……? 腕の結束バンドは、いつの間にか外されていた。手首に赤い痕が残っていて、少しヒリヒリする。その痛みが、これは現実だということを突きつけてきた。
 でも、これがなくても俺は夢だったと日和ったことは思わなかっただろう。だって、体が死ぬほどだるい。それに、喉も渇いて、体もべたべたする。
 結局朝方までして、気絶するように寝落ちた。寝落ちというか、普通に気絶か? 狭いベッドの中で身を捩ると、背後から健翔の腕が俺の背中に絡みついていた。
 俺は無言でその腕を外す。……健翔は、まだ寝てるな。
 昨日散々好き勝手して、よくこんなに悠々と寝てられるな、と思ったけど、それも健翔らしいと思ってしまう俺も俺だ。寝ている顔だけ見れば、やっぱり少し幼くて、成長したと思っても健翔の面影を感じてしまう。

 あんなことをされたんだから、然るべき対応をしなければ、と思うのに幸せそうに寝ている健翔の顔を見ていると、やっぱり昔を思い出して、非情にはなりきれなかった。……俺も甘いのかなあ。
 とはいえ、それはそれとしてもう会わない方がいいだろう。

 どちらにせよ、それは俺の中で確定事項だった。
 健翔がアレを遊びでしたとしても、嫌がらせでしていたとしても、好きでしたとしても、俺の中で「してはいけないこと」に変わりはない。だって男だぞ。昔から兄弟同然で過ごした弟分だぞ?
 いや、気持ちよかったけど! 正直、痛みよりも気持ちよさの方が強かった。あんなにイイとは思ってなかった。俺っておかしいのか? それとも、本人の言葉通り、健翔がうまかったのか? どちらにせよ、このままこっそり逃げよう。両親にも俺の住所は教えないように言っておかないと。だって、健翔の両親になんて言えばいい。
 もしバレたら? 俺の方が年上だし、俺が誑かしたと思われるかもしれない。それに、俺だって両親になんて説明する? 健翔にレイプされましたとか? そんなの言えるわけがない。一瞬で今まで築いてきた物が崩壊する。
 あり得ないとは思うけど、俺はやっぱり健翔が大事だし、健翔の人生を壊したいわけでもない。

「…………健翔……」
「ん〜……アキにいちゃ……」

 寝言なのか、幸せそうに顔を緩めながら俺の名前を呼ぶ健翔を見ると、やっぱり心の底から憎みきることはできなかった。
 その代わり、もう二度と会わない。
 そう決めて、俺は布団から抜け出して散らばっていた服を拾っていく。うっ、精液が乾いてパリパリする……昨日シャワー浴びなかったからか。体洗いてえ〜……。いや、その前にここを出て、シャワー浴びれる所を探せばいいか。実家は健翔が来るかもしれないから、漫画喫茶とか……と、その前に写真! いや、連絡先!

 はっと気付いて携帯を探した。
 朧気だけど、昨晩健翔に写真を撮られた記憶がある。俺もかなりうろ覚えだけど、いわゆるハメ撮りだ。あれが流出したら社会的死どころじゃ済まない。健翔にも、一時の快楽に任せてそういうことをするなって説教してやりたいけど、とりあえず今は画像を消すことが優先だ。
 動画とかも撮ってればそれも消さないと。こいつクラウドに落としてたりしないよな? そっちも確認しねえと。

 健翔の携帯を探すと、ベッドの脇に無造作に落ちていた。ロックは指紋認証だったので、勝手に健翔の指を使って解除する。
 こいつの危機管理も大概甘いな。

「よし、画像……!」

 ロックを解除し探そうとしたところで開くと、ラインの通知が溢れていた。それだけなら、俺も無視しただろう。それよりも画像を消すことが先決だって。
 でも、無視出来ないことがあった。

「…………は……?」

 ラインを送ってきていたのは「アキちゃん」だ。
 それなら、俺は昨日この部屋に居た彼女だと思っただろう。アキちゃんと呼ばれていたから。
 でも違う。ラインの発信者は「アキちゃん1」だ。そして、その上ににあるのが「アキちゃん2」。その次は「アキちゃん5」からも連絡入っている。……全員アキちゃん?
 おかしいだろ。
 ラインの通知は全員、女性の顔アイコンだったり、体の一部分だったりで、同一人物じゃないことがわかる。そもそもこのアプリは、複数の携帯を持たない限り複数アカウントを所有できない。俺はなんだか気になって、先に写真を消さないと、と思うのに、気がつけばメッセージをおしてラインの画面を開いていた。
 トーク履歴の一覧には、一番上に「アキ兄ちゃん」と書かれた俺の連絡先がピン止めしてあった。
 昨日交換したばかりの、間違いなく俺のアカウント。そしてその下に、アキちゃんの名前が並んでいる。「アキちゃん1」「アキちゃん2」「アキちゃん3」「アキちゃん4」……。ずらりと並んだアイコンは、全員違う女性のようだった。未読でスルーしているものもあれば、今日の朝送られてきたメッセージもある。
 震える指で、恐る恐るトーク画面を開いてみると、相手はやはり女の子だった。

『けんちゃんおはよ、明菜だよ〜、この間言ってた予定なくなったから今日エッチしよ
『けんとくん、秋のことどうして無視するの?秋もう彼氏と別れたよ。これ重い?だから嫌いになっちゃった?もうブロックされちゃったかな……』
『けんと、次はいつあきらとエッチしてくれるの?
『けんけん、次の約束かれぴと先約入ったからだめになっちゃった、でもぁきはまたけんけんとエッチしたいな

 どの画面を開いても、やっぱり別の女の子で、全く別の人間で、なんなら名前も「アキちゃん」ではなくて、本当の名前があった。
 明菜だったり、あきらだったり、秋だったり、亜希子だったりと、ラインの名前は、健翔が勝手に変えたんだろう。
 トーク画面で、健翔はどの女の子にも「アキちゃん」と呼んでいた。……浮気バレ対策? と思ったけど、どの子も本命の彼氏が居たり、臨時だったりのセフレっぽい。たまに本気になった子からラインが鬼のようにきていたりするが、それはスルーしていたらしい。今俺が既読をつけたことによってまたラインが来てしまうかも知れないけど。
 ……なんだか嫌な予感がする。
 見ない方が良い、となんとなく思ったけれど、ここまでくると手は止まらなかった。

「あ…………」

 連絡先一覧の中に、昨日部屋に居た「アキちゃん」を見つけた。
 顔がしっかり映っている訳ではない、耳元だけが映ったアイコンだったけど、耳に並ぶごついピアスには見覚えがあった。女の子の耳には不釣り合いなデカい髑髏のピアス。既読済みのトーク履歴を、俺は震える手でタッチする。

『本物のアキちゃんが来るっていうからわざわざ行ってやったのに、男とか聞いてないんだけど』

「え…………」

 《あんたが、本物のアキちゃん?》
 昨日、あの子が俺にかけた唯一の言葉は、それだった。本物のってどういう意味だろうってあの時は思ったけど、もしかして、健翔のラインの事を指していたのんだろうか。
 健翔が関係を持っている女の子は全員アキちゃんで、その本物が……………………俺?

「いや、まさか……」

 呟いた声が震えている。俺なはずがない。だって俺、男だし、ここにいるアキちゃんは全員女の子だ。
 それに、健翔に帰ること伝えていなかった。いや、でも母さんからうっかり伝わることもあるのか……?
 震える手で、ピアスのアキちゃんとのトーク履歴を遡る。やめておけ、とどこかで俺が警鐘を鳴らすが、俺の指は遡るのを止めなかった。
 健翔と、黒髪のアキちゃんとのトーク履歴が、目に飛び込んできた。

『アキちゃん、十日空いてる?』
『その日は彼氏とデート』
『俺んちこれる?』
『あいてねえっての』
『本物のアキちゃん見たくない?』
『え?本命来んの?』
『うん、久しぶりに会えるから、アキちゃんには話してたし、エッチしてるところ見せて意識してほしいなーって、協力してくれる?』
『あんた本当いつか刺されるよ』
『でも刺されたらアキちゃんが心配してくれるかも!』
『まあ健翔が刺されても別にいいけど、オリジナルアキちゃんは気になるから行くわ。可愛い?』
『ありがと〜死ぬほどかわいいよ』

「………………」

 心臓が、早い音を立てている。
 いや、なんだよこれ。健翔は、俺が来るのを知ってた? 知っててアレをした? 意識させるって、これじゃあまるで――……

「アキ兄ちゃん、おはよ」
「っ!」

 背後から声が聞こえて、俺は背中を跳ねさせた。どくどくと鳴り響く心臓に、指先は震え、軋んだ音を立てながら首を捻った。喉が渇いて、張り付いたように声がうまく出て来ない。

「け、んと」
「勝手に人の携帯見たらダメじゃん、アキ兄ちゃん。俺の指紋使って解除したの? も〜」

 俺の手に握られていた健翔のスマホは、呆気なく健翔に抜き取られ、そのまま開かれていたラインの画面を見る。カラカラに乾いた喉から、なんとか声を絞り出した。

「あの、それ」
「……ああ!」

 何かの間違いであってほしい。
 あるいは、俺が本物の「アキちゃん」でなければいい。
 そもそも俺はアキ兄ちゃんで、アキちゃんではない。わざわざ一番上にピン留めまでしていたのは、きっと久しぶりに会えて、連絡先が知れて嬉しかったからで、それで。
 自分の中で言い訳を上げ連ねるが、どれもしっくりこなかった。今までの言動から、健翔が何を思ってこんなことをしたのか、なんとなく想像が出来てしまったから。

「大丈夫、本当のアキ兄ちゃんはもういるし、アキ兄ちゃんが嫌なら全員関係は切るから! 俺は皆のこと友達だと思ってるけど、アキ兄ちゃんは、俺が女の子とエッチするの嫌なんでしょ? なら、アキ兄ちゃんの言うとおりにするよ!」
「そう、いうことじゃ、なくて」

 俺のことはいいんだよ。お前が女の子と遊ぼうが遊ぶまいが、もう子供じゃないんだし、褒められたことじゃないが俺が口を出すべきことでもない。でも、俺が嫌がるからやめるってなんだ。俺がもういるからって、なんだ。まるで、俺が、お前の……――っ。
 目眩がする。
 俺はもしかすると、とんでもないことをしてしまったのかもしれない。揺れる脳を奮い立たせて、彷徨わせて居た瞳をきょろりと動かし、健翔を見た。
 健翔は、涼しげな顔で笑っている。少しも悪びれず、まるでこれが当たり前のように。

「あのさ、健翔……」
「ん?」
「お、俺のこと、好きなの……?」

 健翔のことだから、きっと「うん、そうだよ。アキ兄ちゃんのこと大好き!」とかって、笑顔で言うのかも知れない。
 その真意を読み取らせないまま、子供か大人かもわからない言葉を吐くのかもしれない。でも、それならそれでいい。健翔が子供っぽく言ってくれるなら、俺もまだ、健翔を昔の様に扱える。有耶無耶に出来る。
 だからどうか、いつもみたいに、無邪気な笑顔を見せて欲しい。そう思ったのに。

「あは、……――やっと気付いてくれた?」

 浮かべられた笑みは、子供時代の無邪気なものとはかけ離れていた。

「…………!」

 いくつか、気付いた事がある。
 一つは、俺は携帯の画像なんて気にせず、いや、せめて消してからさっさと逃げるべきだったということ。悠長にラインの画面の確認なんてするべきじゃなかった。携帯を破壊するか、画像だけ消してここからさっさと去るべきだった。
 もう一つは、健翔はもう子供じゃないということ。
 頭の中では理解していたつもりでも、俺はどこかでやっぱり健翔のことを子供だと思っていた。子供っぽいところはあるけど、もう子供ではないのに。
 むしろ、いつまでも健翔を子供扱いしていた俺の方が、成長できていなかったのかもしれない。俺は、自分で自分の首を絞めてしまった。自分でチャンスを潰したのだ。

 そして更にもう一つ気付いたことがある。それは、健翔は俺の事が好きだったということ。好かれているのは知っていた。俺も健翔のことはすきだったし。
 けど、健翔の好きと、俺の好きは、きっと種類が違う。子供の頃はどうだったか知らないが、少なくとも今は、親しい人に向ける純粋な感情じゃなくて、もっと黒くて粘ついた何かに思えた。一体いつから? 考えると、俺は怖くなってしまった。
 どこか陰惨めいた笑みを浮かべる健翔の顔に子供っぽさなんて欠片もなかった。
 けど、気付いたところで、もう遅い。

 健翔の手が、後ずさる俺の方へと伸びてきた。
 

終わり

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