1

攻め×女の描写があるので苦手な方はご注意下さい。
無邪気装ったヤリチンクズ年下×要領の悪い真面目童貞年上







「あれ、アキ兄ちゃん?」
「………………おっ、お邪魔、しました」

 目の前で広がるその光景がうまく脳内で処理できず、硬直した俺は裏返った声を上げた。




 俺の隣の家に住む健翔(けんと)は、小さい頃から俺に懐いていた。

 七つ下の健翔が俺の隣に引っ越してきたのは、俺が十歳で、健翔が三歳の時だった。健翔は一人っ子で兄弟が居なかったので俺のことをアキ兄ちゃんとついて回ったし、年の離れた姉しか居なかった俺は、弟が出来たみたいで嬉しかった。だから、俺と健翔は昔から仲が良い。
 健翔はいくつになっても子供っぽかった。
 年の割に体が小さいっていうのもあったんだろうけど、性格も同年代に比べると幼かった。
 算数が出来ないと言っては泣いて、お母さんに怒られたと言っては泣いて、かけっこが遅いから居残りだと言っては泣いて、野菜が食べられないとか、同級生の女の子に泣かされたとか。健翔は何か困った事がある度に俺の所にやってきて、アキ兄ちゃんなんとかして! と泣きついてきた。
 健翔の両親が怒っても俺の所に来るのはやめなかったし、俺の両親も姉も俺も、健翔の事が好きだったから、健翔が家に来るのは歓迎していた。
 とどのつまり、俺と健翔の関係は兄弟だった。
 血は繋がらないけど、幼馴染みというには年が離れすぎている。友達というのも違う。
 だから、隣の家に住む兄弟。それが一番しっくり来る。
 家族同士の仲がよかったっていうのも、要因の一つだろう。俺たち家族と健翔の家族は仲が良く、よく一緒に旅行に行ったり、バーベキューしたり、お泊まり会をしたりと親交が多かった。

 とはいえ、そんな関係が続いたのも俺が就職で家を出るまでだ。
 二十二の時に就職の為家を出て、その時健翔は十五歳の、高校生になったばかりだった。
 だというのに、家を離れようとする俺にしがみつき、めちゃくちゃに泣いて、アキ兄ちゃんと一緒に行くと泣いて健翔の両親を困らせていた。泣き方が、子供の頃となんも変わっていなかった。お前もう高校生だろ、と笑ったのを覚えている。
 俺は、そんな健翔のことを、成長しても可愛いなって思ってた。なんだかんだ、俺は健翔に甘いんだろう。実際、甘やかしている自覚はあった。健翔が言うことは、出来るだけ叶えてやりたいと思った。
 その頃の健翔は、やっぱり身長も小さかったし、顔立ちも男っぽいというよりは、中性的な、女の子のような顔をしていた。
 背はこれから伸びるんだ、と怒っていたけど、相変わらず甘い物が好きで野菜とか、苦いのや辛いのは苦手だったし、その年の頃なら浮いた話の一つもあるかと思っていたのに、そういうのよくわからないから、友達やアキ兄ちゃんと遊んでたいとか言うし。
 俺が中学生になっても、高校生になっても、大学生になって社会人になってもそんな感じだったから、きっと健翔はずっとこうなんだろうなって、なんとなく思ってた。
 俺はそれでよかった。
 小さくて可愛い俺の弟分。

 隣の家に住む、子供っぽくて少しやんちゃな弟。
 そういう、立ち位置だったはずだ。


「アキ兄ちゃん! 帰って来てたの!?」

 青ざめる俺に対して、ベッドから起き上がり、健翔が顔色を明るくした。薄茶色の髪に緩くかかったパーマが、健翔が跳ねたと同時に揺れる。クラスで一番小さくて細かった体は、筋肉がついて、立派になっていた。
 子供の頃とは違う、男っぽい顔つきになったと思ったけれど、嬉しげな満面の笑みを見ると、反射的にああ健翔だ、とは思わずに居られなかった。
 俺はコレが違う誰かだったらよかったのに、と無意識のうちに思っていた。でも、目の前の彼はやっぱり健翔だった。
 狼狽えながらドアを閉めようとする手を掴んで、全裸で健翔が抱きついてくる。

「すっげー久しぶり! アキ兄ちゃん去年も一昨年もその前も忙しいとかでお盆も正月も帰ってこなかったから、俺めちゃ寂しかったんだよ! なんで帰ってきてくれなかったの!?」
「あ、あの、健翔……」
「ん?」
「俺、邪魔じゃない……?」

 健翔の部屋のベッドの中には、健翔以外にもう一人居た。
 黒いボブカットで、眉上に短くカットされた前髪。耳には沢山のごついピアスが開いてる、気だるげな目をした女性。彼女が布団の中に包まって不機嫌そうな顔をして、こっちを睨んでいた。……健翔の彼女? 俺の存在、どう考えても邪魔だし、タイミング最悪だろ。
 はらはらしながら目を逸らすと、健翔はあー、と声を上げて、ベッドの下に散らばっていた、彼女のであろう下着やら服を拾った。

「アキちゃんごめん、俺、大事な用事出来たから今すぐ帰ってくれる?」
「……アンタ本当最低だわ」

 アキちゃん、と奇しくも俺と似たような名前で呼ばれた彼女は、苦虫を噛みつぶしたような顔で布団から手を伸ばし、健翔の手から下着やら服を奪い取ると、纏っていた布団を剥ぎ取った。

「っ!」

 反射的に顔を横に背けた。いや、全裸見るところだったんだけど。健翔もちょっとは気にしろよ!
 衣擦れの音がして、アキちゃんは服を着たらしい。俺の足下に落ちていた鞄を拾うと、アキちゃんはじろりと俺を睨んだ。……目が、目がでかい。睫長っ、涙袋でかい、唇の色があかっ。てかピアス何ソレ、髑髏? 全体的に圧が強い。

「……あんたが、本物のアキちゃん?」
「え…………?」

 すると、彼女が俺を睨んでそう言った。俺の名前は、正確にはアキではなくてアキヒロだけど、健翔は昔からアキ兄ちゃんと呼ぶから、それで定着してしまった。家族も、健翔の両親も、皆俺のことをアキとかアキちゃんとかアキくんと呼ぶ。
 本物の意味はわからなかったけど、間違ってはないので無言のまま頷くと、更に睨まれた。お、俺なんかした?
 可愛いけれど、目力が強く緊張していると、乱れた髪の毛をくしゃりと手ぐしで整えて、アキちゃんは俺に声をかけることなく部屋のドアに手をかけた。
 健翔が暢気に手を振った。

「アキちゃんまたねー」
「うるせーヤリチン、刺されて死ね」

 右手の中指を立てファックマークを作ると、お世辞にも上品とは言えない言葉を吐いて、アキちゃんは部屋を出て行った。俺は居たたまれない気持ちで立ち尽くす。

 なんか、すごい子だったな……。健翔って、今ああいう女の子と付き合ってるのか。いや、他人の彼女に口出ししないけど、俺の中にあった可愛い健翔の姿がガラガラと崩れていった。
 女子とかよくわかんない! すぐ怒る! ってむくれていたあの健翔が……。なんだか泣けてきてそっと目頭を押さえた。
 家を出て就職してからもう四年ほど経つ。
 俺は二十六になって、健翔は今、十九歳くらいだろうか。去年大学生になったと親から聞いた。
 就職してから忙しくて、盆も正月も碌に帰れて居なかったけれど、最近ようやく余裕が出てきて、久しぶりに実家へ帰ってきた。
 姉もすでに結婚して家を出ていたので、実家には両親しか居ない。丁度帰ったとき健翔の両親に会って、こっそり行ってあの子を驚かせてあげて、と健翔の家に行く許可を貰った。俺もサプライズのつもりだったから、こっそり家に入ったのが、完全に徒となってしまった。
 健翔の両親はこれから出かける予定があったから、サプライズというつもりだったのかもしれないけど、実際サプライズだったのは完全に俺だ。

 まだ部屋の中に香る性の匂いは、ほんの数分前まで何が行われていたかを如実に物語っていた。
 未だ全裸のままの健翔は、近くにあった服を拾って身につけている。性格はおおらか、ちょっと我が儘、泣き虫で、いつも俺の後をついてまわっていた健翔。それが今。

「…………健翔」

 昔より身長が伸びたとは聞いていたけれど、ここ数年会っていなかったから、俺の中で健翔は未だに小さい女の子みたいな子供のイメージだったから急成長していることにショックを受けた。
 いやそれよりもショックだったのは。

「なに?」
「あの、いいの?」
「なにがぁ?」
「さっきの子、か、彼女……追い出しちゃって、俺タイミング悪くてほんとすまん……」

 女子と遊ぶよりアキ兄ちゃんと一緒に居る方が楽しいから好き! と笑っていた健翔が、親の目を盗んで部屋でセックスするような子になっていたということの方が大分ショックだ。
 わかるけどな!?
 健翔だってもう十九なんだし、もう小学生じゃないんだから、それくらいわかるけど! でも俺はショックだったんだよ。いつまでも子供だと思っていたから。
 しかし、健翔は一瞬きょとんとした後、すぐに笑顔で首を振った。

「え、アキちゃんは彼女じゃないし!」
「は、そうなの」
「うん、俺、恋愛とかってよくわかんないから……アキちゃんはただの友達!」

 少し恥ずかしそうにしながら顔を赤らめる健翔を見て、あ、健翔だ。と思った。その表情は健翔だった。
 やっぱ小学校の時と何も変わってない……、と一瞬思いかけたけどちょっと待てよ。恋愛とかわかんないのにセックスはするってお前。
 お前それ。

「…………あのさ」
「何?」
「でもお前、あ、あの子と……ヤっ……てたよな?」

 恐る恐る聞いてみた。
 十中八九間違いはないだろうけど、健翔のこの性格から、もしかしたら俺の勘違いかもしれないと思って。むしろ、そうであれという希望があった。
 けれど、健翔はあっけらかんと頷く。

「ん? エッチ? うんしたよ」
「付き合ってないのに!?」
「わ、アキ兄ちゃんどうしたの」

 食ってかかると、健翔は慌てたように俺の体を押さえた。
 いつの間にか、俺よりも目線が高くなっている。同じ身長どころか抜かされてんじゃん。女の子より小さかったのに。
 っていうかお前、それセフレってやつ? そういえばさっきの女の子、健翔のことヤリチンとか言ってなかったか。ってことは、さっきの女の子以外にもそういう子が居るかもしれねえの? マジで? あの健翔が?
 怖い話を見て、一人だと眠れないから一緒に寝て! と俺の家まで来てた泣いてたあの健翔が? セフレ……ヤリチン……。
 似つかわしくない単語に色々とショックを受けていると、健翔が笑いながら言う。

「それよりアキ兄ちゃん。今日お父さんとお母さん結婚記念日で帰ってこないんだ。俺が温泉旅行プレゼントしたんだよ」
「へー……」
「だから、今日は俺んち泊まっていきなよ! いつまで居る!?」

 ああ、それで会ったときやけににこにこしてたのかあの二人……。可愛い息子に結婚記念日のプレゼント貰って嬉しかったんだな。
 いや、でも今お前がやってることって、結婚記念日の両親に旅行をプレゼントする孝行息子、というよりも、旅行を理由に家をラブホにしてセフレの女連れ込んでる感じだから、素直に褒められない。
 これで女連れ込んでなければもうちょっと……いや、そもそも俺が来たのがイレギュラーなんだから、健翔は悪くないのかもしれないけど。
 でも、そうだよな。……しばらく会ってなかったから、そりゃ変わるよな。
 俺が黙り込んだ事が不思議だったのか、健翔は首を傾げた。

「アキ兄ちゃん、なんか元気ないね、どしたの?」
「いや、なんか、大人になったな……健翔……」
「ええ〜、急になに? いつも俺のこと子供っぽいって言ってたじゃん!」

 しみじみ、というよりも吐き出すように呟くと、健翔が笑った。下着だけ穿いて、俺に笑いかけてくる。

「それに、アキ兄ちゃんもしたことくらいあるでしょ」
「…………ま、まあ」

 と、見栄を張った。
 みっともないかもしれないけど、健翔にとって俺は尊敬できるアキ兄ちゃんで居たかったのだ。
 いつまで経っても子供だなと、ずっと俺のあとをついて回る小さな弟だと思っていた。だから、健翔が当たり前のようにしていることを、実は全然経験がないのだと悟られたくなかった。
 別に、彼女が出来なかったわけでもなければ、異常性癖という訳でもない。
 ただ、俺は純粋に要領が悪く、そこに至るまでにフラれる。昔からそうだった。健翔には格好良いお兄ちゃんぶっていたけど、俺はそんなに優秀じゃない。むしろ、うまくエスコート出来なくて、結果失敗するんだ。
 健翔みたいに格好良い容姿ならまた違ったのかも知れないけど、仕事が出来るわけでもなく、凡庸な容姿で、要領も悪かったので、社会人になってからはそもそも出会いすらなくなっていた。
 学生の頃は学生の頃で、そんなにモテなかったし。この年なって全然経験がないのは、正直コンプレックスなので、誰にも言えないけど。
 曖昧に濁して目線を逸らすと、健翔が俺の肩を両手で掴んだ。

「? なに……」

 ちゅ、と音がして唇が重なった。

「……っ!?」

 慌てて健翔を突き飛ばすと、健翔は俺の顔を見て笑った。子供の頃と変わらない笑顔のはずなのに、男らしい顔立ちに成長したせいか、知らない人間に見えた。

「あはっ、アキ兄ちゃん、顔真っ赤!」
「…………お、お前、急に何……」
「だって、アキ兄ちゃんもしたことあるんでしょ? ならいいかなって」
「いや、いいわけないだろ!」

 お前の貞操観念どうなってんだ! 十五歳の頃の可愛い健翔はどこ行ったんだよ! 性別とか立場とかこの際関係なく、突然こんなことするのは常識的にどうかしている。
 けれど、健翔は特に気にした様子はなく、後ずさる俺の腕を掴んだ。

「好きな子にはキスしたいじゃん」
「お前、いつからそんな子に……」
「えー、アキ兄ちゃん、なんで逃げようとすんの? 初めてじゃないのに、そんなに狼狽えて……あ! もしかして本当は初めてだった? そうなの!? やべー、ウケる!」
「違う、ちが、俺は」
「え、じゃあさじゃあさ、こういうのは!?」
「は、んぅうっ……!?」

 ぐ、と顔を掴まれて、再び口をつけられた。ぬる、と口の中に舌が入り込んでくる感触に、顔を青くした。
 これで、相手が変質者だったり、知らない奴だったら殴ることはできる。実際そういう目に遭ったらどうなるかはわからないけど、少なくとも想像上では殴り返していた。
 でも、相手は健翔だ。可愛い弟分で、でも血は繋がっていない。家族ぐるみの付き合いで、そんな中、いい大人になって七歳も年下の男を殴るとか。理由言及されたら、とか。色々考えてしまうんだ。
 健翔は昔から少し天然な所があったから、なんて、自分の中でなんとか殴らない言い訳を作ってしまう。年を取った分、厄介ごとを避けるようになったのかもしれない。けれど、入り込んでくる舌が、そんな俺の思考を霧散させた。
 キスくらいは、したことがある。流石にそれはある。
 でも、こういうキスは……!

「ん、う、ぅ」

 入り込んできた舌が、奥に縮こまる俺の舌に絡みつき、上顎を擦った。舌腹が俺の歯を舐めて、ぬるい体温と滑る粘膜に、健翔の目が瞬く。長い睫が下がって、瞳が俺の方を向くと、嬉しそうに細まった。
 くちゅ、と濡れた音を立てて腔内を掻き回され、俺は力なく健翔の胸を押した。

「っ、やぇ、ろ……っ」
「アキ兄ちゃん、だいじょぶ?」

 かく、と足の力が抜け、俺の腕を健翔が掴んだ。な、なに。なんだ、今の……。
 初めての感覚に、心臓が爆音を上げていた。ただキスをしただけだ。それも昔から隣に居た、弟分と。いや、それはそれでおかしなことだけど、ただ口くっつけただけで、なんでこんな力が抜けるんだよ。今までこんな風になったことはない。経験が少ないってのはあるけど、別に、キスは初めてじゃないのに。
 呆然としていると、いつの間にか健翔が間近に迫っていた。

「アキ兄ちゃん」
「っ」

 そのまま床に座り込むと、俺の上に、健翔が跨がってくる。至極嬉しそうな顔で、まるで待てを解除された犬のように、はしゃぎながら、俺の胸に手をあてた。早鐘を打ち鳴らす心臓の音を探り当てられた気分だった。

「あはははっ、アキ兄ちゃん慣れてなさすぎ、やっぱこういうことしたことないんだぁ」
「あ、ある! したことある! 健翔お前、いい加減に……」
「俺でもあんのに、アキ兄ちゃんにも経験ないことってあるんだね。アキ兄ちゃん、子供だなぁ」
「……――!」

 俺の上に跨がって、可愛らしい笑みを向けてくる年下の男に、俺の中の矜持というものが音を立てて壊されていく気がした。
 別に、健翔は俺を馬鹿にするつもりはないのかもしれない。ただ、思ったことを口にしただけで。昔から、思ったことはすぐ口にする甘えん坊だった。
 俺は、そんな健翔が可愛いと思ってた、けど。プライドを傷つけられた気がして、口を結ぶ。
 健翔から目を逸らして、俺の上に跨がる健翔の体を押した。

「どけろよ、健翔。……俺は、こういうことは、ちゃんと好きになった子としたいだけだし……、お前みたいに、付き合ってない女の子としたり、しないだけだ、そっちこそ子供みたいな事してないで、もうちょっと真面目に考えろよ」
「………………」

 あ、言い過ぎた。
 別に、健翔が誰とこういうことをしようと、俺に口出す権利なんてナイのに。一瞬、健翔は傷ついたような顔をした。でも、それは本当に一瞬のことで、健翔はすぐに笑みを浮かべる。

「あ〜〜〜〜……そっか! ごめんねアキ兄ちゃん」
「いや、……俺も、言い過ぎた、ごめん……」
「ううん」

 言いながら、健翔は俺の上から体をどかす。体にかかる圧力がなくなって、俺の体はようやく軽くなった。
 健翔はまるで今までのことなんてなかったかのように明るい笑顔を浮かべ、周りに散らばっていた服を身につけていく。

「ね、アキ兄ちゃん、今日俺んち泊まってくでしょ? 俺、アキ兄ちゃんが作ったオムライス食べたい! ピーマン入ってないやつ!」
「え、あー……いや、久しぶりだし、今日は実家帰るよ……」

 流石に、この空気だと気まずい。
 健翔にとってあのキスはなんでもない、冗談みたいなものだったのかもしれないけど、俺にとってはそうじゃない。男とキスなんて普通しないし、ましてや相手は健翔だ。色々ショックだったことを飲み込めてないし。今日は泊まらない方が良いだろう。
 けど、俺の言葉に健翔は盛大に声をあげた。

「えーー!? やだー!」
「やだってお前……」
「だって俺、アキ兄ちゃんに会うのすっげえ楽しみにしてたんだよ!? 全然帰ってこないしさあ! 俺アキ兄ちゃんの連絡先知らないし、お母さんもアキ兄ちゃんは仕事が忙しいから、連絡先教えたら毎日ラインしそうだしダメとか言うし! アキ兄ちゃんが家帰るなら俺アキ兄ちゃんのお母さんにアキ兄ちゃん貸してくださいって言いに行くから! 絶対言う!」
「わ、わかった、わかったから……!」

 怒濤の勢いで迫る健翔に、慌てて頷いた。……確かに就職してから全然家に帰ってこなかったし、何度か携帯も変えて、健翔と連絡を取ることもなくなっていた。
 知ろうと思えば簡単に知れただろうけど、健翔も健翔の交流があるだろうから、と繋がることはしなかった。
 でも、こうやって求められるとやっぱり健翔は俺のことを慕ってくれているんだと、嬉しくなる。
 ……さっきのことは、なかったことにしよう。

 俺と健翔の価値観が違うのは、会っていない間に変わったんだろう。人間だし、思春期で価値観が変わるのは仕方ない。もう俺相手にあんなことしないだろうし、俺も別に健翔のことが嫌いになったわけじゃない。
 無邪気さ全開で俺のことを慕ってくる弟分が、可愛くないはずがないのだ。
 俺は微笑んで、健翔の肩を叩いた。

「……わかった、今日はお前んち泊まるよ。どうせうちの親も健翔のお願いには弱いし、お前が頼んだら同じ事だろうからな」
「っしゃ、やったー!」
「で、オムライス食いたいって?」
「うん!」
「ハンバーグは?」
「ハンバーグも作ってくれんの!? やば、超サービスじゃん!」
「ふっ……お前子供の頃から好み全然変わってねえのな……!」
「? えー、普通じゃね? アキ兄ちゃん子供の頃好きで、嫌いになったものとかある? ないでしょ」
「あー……まあそういわれれば」

 子供時代嫌いで食えなかったモノが大人になって食えるようになった、ってことはあるけど、子供時代好きだったモノが、大人になって嫌いになったことはないな、言われてみれば。
 オムライスにハンバーグ、と子供が好きそうなラインナップに、思わず頬が緩んだ。あとはカレーと唐揚げも好きだったな。
 可愛らしいというかなんというか、さっきまでの強烈な映像が、少しずつ薄れていく気がした。女の子と遊んだりして、昔と変わってしまった、という衝撃があったけど、こうして話してみると、やっぱり昔とあまり変わらない。

「あ、あとアキ兄ちゃん俺に連絡先教えて! 教えて教えて教えて! おーしーえーて!」
「わぁーかったって! ってか冷蔵庫見ていいのか? おばさんに怒られない?」
「だいじょぶ、アキ兄ちゃんなら余裕! アキ兄ちゃん、俺のラインIDこれ、ってかふるふるして! 早く早く」
「なんでそんな焦ってんだよ」
「だってー、やっぱダメって言われたら俺泣いちゃうし」
「言わねえよ」

 クスクスと笑いながら、連絡先を交換する。俺のラインの連絡先に、健翔のアイコンと名前が並んだ。

「あ〜〜〜〜! 超嬉しい! アキ兄ちゃんだ! やったー、連絡先にアキ兄ちゃんが居る!」

 何が嬉しいのか、健翔はスマホを持ってくるくると回っていた。その表現方法が子供の頃と全く同じだったので、俺は声をあげて笑ってしまった。
 昔から、何か嬉しいモノや、欲しかったモノが手に入ると、それを手に持ってくるくる回っていたっけ。そんで目ぇ回すの。
 マジで変わってないじゃん、こいつ。さっき凍り付いたばかりの俺の中の警戒心が、ゆっくりとと溶けていく。
 
「つっても、あんまり返せないかもしんないけどな」
「いいよ全然、あ、でも俺のことウザくてもブロックしないで。ミュートはしてもいいけど……」
「しないよ」
「んへへへ〜〜〜」

 ゆるい笑みを浮かべて、嬉しそうに頬を染める健翔に俺も笑うと、よし、と立ち上がる。

「んじゃ作るか、オムライスバーグ!」
「イエー! 俺も手伝う!」
「よし、まずは材料確保!」
「ラジャー隊長!」

 まるで子供の頃の様に、健翔に命じると健翔も子供の頃のように、敬礼して了解した。


- 406 -
PREV | BACK | NEXT

×
「#切ない」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -