15



 今となっては信じられないことかもしれないが、小学生時代、志熊と出会った一番最初の頃、俺と志熊の関係は最悪ではなかった。
 むしろ、良好と言えたかも知れない。

 俺は小学生の頃から転勤族だったけど、当時は志熊も転校生だった。俺よりも大分後に転校してきたのが志熊だ。
 当時、俺は割とクラスに馴染んでいたと思う。今思えば、あの頃が一番幸せだった。
 確かに太っていたけれど、それで馬鹿にしてくる奴も、虐めてくる奴もいなかった。転勤族の宿命か、本当に仲良しな奴は作れなかったけど、普通にクラスメイトと話していたし、それほど卑屈でもなかった。
 だから、志熊が転校してきたとき、俺はポジティブに、仲良くなりたいなって思ったんだ。
 だって、俺も転校することが多かったから、わかるんだ。初めてのクラスってやっぱり心細いし、馴染めるかどうか心配だろ。皆と仲良くなれるかな、怖いやつはいないかな、いじめられたりしないかなって。俺はいつもそう思っていたから、転校生の志熊に一番最初に声をかけた。
 大丈夫、このクラスに怖い奴は居ないし、いい奴ばっかりだって。
 今思えば、そんなことを思っていたのは俺だけで、志熊はそんなこと考えてすらなかったのもかもしれないけど、とにかく小学生の頃の俺はそんな風に思っていた。
 だから、隣の席に座ったとき、俺は志熊に言ったんだ。
『志熊くん、俺、山本三角。俺の名前、三角って書いて、デルタって読むんだよ、ふふ、面白いでしょ、よろしくね』
 と、なるべくフレンドリーに、笑顔で声をかけた。
 当時の志熊は、悪魔だったけど、その時はまだ猫を被っていたらしい。手を差し出した俺の手を握り返して、嬉しそうに「うん、よろしく、デルタくん」と言ってくれた気がする。
 気がするっていうのは、いじめられた時の記憶の方が克明すぎて、あれはもしかしたら、俺が見せた幻だったのかも知れないと思うからだ。

 けれどその後、俺は志熊ととても仲良くなったのだ。
 仲良く、という言葉に裏の意味はなく、単純にいじめられるもせず、本当に普通の友達みたいな関係だった。
 帰りは一緒に帰ったし、放課後は一緒に遊んだし、お互いの家に遊びに行くことも多かった。当時志熊の家は高層マンションの上の方に住んでいて、小学生の俺は酷く興奮した覚えがある。

 しかし、志熊は当時から格好良かったから、俺以外からも人気があった。女子からはもちろん、男子からの人気も高かった。それは単純に、志熊が人好きのする性格で、嫌なことなんてしたりしない奴だったからかもしれない。
 一ヶ月も経てば、志熊はあっという間にクラスの中心に溶け込んでいた。けれど、それでも志熊と一番仲が良いのは俺だった。体育で二人組を作るとき、志熊はいつだって俺に声をかけてきたし、相変わらず二人一緒に帰って、家に帰ったらお互いの家に遊びに行った。
 その結果、仲良くしている俺を快く思わない奴も出てきた。
 俺と約束があるから、と周りからの誘いを断ってきたお鉢が、俺に回ってきたのだ。
 ある日、そいつらに呼び出されて、泣かされた。
 泣かされたと言っても、軽く小突かれて、デブとか悪口を言われる程度の、今思えば可愛いものだったけど、それでも当時の俺は大分傷ついた。
 いじめられてめちゃくちゃ泣いて、それを志熊に見られた。
 一緒に帰る約束をしていたから、俺が帰るのを待っていたんだろう。玄関の所で、泣いている俺を見て、志熊は驚いていた。誰にやられたの? って聞かれたから、素直に答えた。
 その時、俺は、志熊が助けてくれるのかと思った。
 志熊とは仲良しだし、友達だから。俺がいじめられてたら助けてくれるんじゃないかって、そう思っていた。
 そういうことを言うのはやめなよって、言った奴らに言うのかと思ってた。甘かった。あの頃の俺は多分アホだったんだ。

 結果は真逆で、その次の日から、志熊は俺をいじめる側へと変貌した。志熊と仲良くしていた結果、俺を快く思わない奴の方が割合が多かったこともある。
 志熊は皆の中心となってデブタ、と俺を呼んで、追いかけ回して、泣かせて、それで……。

「デルタぁ、なーに放心してんの?」
「…………っ」

 はっと正面を見た。
 部屋に閉じ込められた瞬間、小学校時代の思い出が走馬灯のように駆け巡った。現実逃避というやつかもしれない。
 信じさせてから落とすなんて、最初からいじめられるよりも酷い行いだ。俺があの後、どんなに辛かったか、志熊はわかっているのか? 友達だと思っていた奴に裏切られていじめられて、それどころか……、いや、わかってるんだろうな。わかっててやるんだ。
 志熊は、そういう男だから。
 ちらり、と俺は気を引き締めて志熊の後ろにあるドアを見た。
 奥の部屋を見ていないからわからないけど、基本的に部屋の出入り口玄関のドア一つだけだ。ドアノブを捻れば簡単に開くけど、チェーンロックを外すのに手間取って、その間に捕まるかもしれない。そもそも、志熊がドアの前に立っているのだ。今走った所でダメ。
 なら、どうやって逃げる? 隙を見て、いや、志熊を気絶させた方が早い。どうやって? 殴るか? 心臓の音が激しく鳴り響く。思い切り鳩尾辺りを殴れば、志熊だって隙が出来るかも知れない。
 けど、突然殴りかかるのはいいのか? いや、志熊だって突然俺を埒った。お互い様だ。そうこう思っている間に、志熊が俺の方へ足を進めだしたので、床に尻をついたまま後ずさる。
 だめだ、とにかく今は何か、話して気を逸らさないと。

「あのっ、ここ、……っ、誰の部屋……?」
「ん? ここは星持ちの部屋。知ってる? 同じ学年の別クラスの奴なんだけどー……ま、ンなことどうでもいっか。あ、大丈夫大丈夫、ちゃんと持ち主に許可取ってるし」
「そう、あの、俺、もう自分の部屋帰る所だから……」
「ええ? せっかくだから一緒に遊ぼうよ。明日は休みだしぃ」
「いや、門限あるだろ?」
「大丈夫! 俺がちゃんと他部屋への外泊届出しといたから」
「なっ……」

 勝手なことを! 週末の金曜日は、実家に帰る生徒も多い。届け出を出せば実家に帰れるし、他の人間の部屋に泊まるときも、届け出を出せば問題ない。瀬田の話によると、出さずに泊まる奴も結構いるらしい。
 
「俺がデルタの名前ちゃんと書いて出しといたから。あ、ちなみに。特待生寮は一般寮みたいに見回りこねーから」
「…………っ」

 そうこう言ってる間に、志熊が俺の目の前に迫っていた。床に背をつけ、尻餅をついたまま見上げると、志熊がにぃっと笑う。身長差はそこまでもないのに、俺が尻餅をついているせいか、志熊の姿が、やけに大きく思えた。

「懐かしいねーデルタ。昔、俺の部屋で一緒に遊んだことあっただろ? 思い出すなあ」
「あ、あぁ〜〜……ったっけ……、そんなこと」
「またまたぁ、覚えてるくせに」
「………………」

 青ざめたまま、目線を逸らした。
 覚えている。
 というか、忘れたくても忘れられない。志熊と仲が良かった当初も、志熊にいじめられるようになってからも、俺は志熊の家で一緒に遊んだ。いや、前者は遊んだ、という表現であっているけど、後者は遊ばれたという表現の方が正しい。俺と志熊で遊ぶんじゃない。俺で志熊が遊ぶのだ。
 色んな遊びをしたけれど、中でも志熊がお気に入りだったのは、まるで女子がやるような人形遊びだ。ただし、その「お人形」は俺だったけど。
 人形遊びは、俺が人形となって、志熊のいいようにされる遊びだ。志熊が何をしても、動いたり喋ったりしたらだめ。言いつけを破れば罰ゲームという、地獄のような遊びだった。
 遊びと言うよりも、いじめだった。
 その頃の記憶が蘇って、体が無意識のうちに小刻みに揺れる。逃げろ、逃げなきゃ。目の前の男は最悪だ。
 志熊が小首を傾げて、口元を歪めた。

「またやろっか? お人形さんごっこ」
「…………っ!」

 反射的に、俺は駆け出した。捕まる、というのはわかっていたけど、それでも逃げ出さずにはいられなくて、本能のまま四つん這い状態から足を上げようとした。けれど。

「あ゛っ……――――!?」

 バヂッ、と背中で弾けるような音がした瞬間、俺の体は床に転がっていた。

「学習しないな〜、デルタは」
「…………っ……っ……!」
「ん、あー? あいつ改造しすぎ。だいじょぶデルタぁ、意識ある?」
「ら、に……し……」

 呂律が回らない舌でなんとか言葉を紡ぐと、志熊が嬉しそうに笑った。なんだ、これ、体が痺れている。全身に電気が走ったみたいに、ビリビリと軋んで、うまく動かなかった。

「この部屋の持ち主、発明オタクの変態アブノーマル野郎だからさー、これ、改造スタンガン」
「…………っ」

 バチッ、と音を響かせて、志熊が前に立ち眼前でスタンガンを横に振った。
 ふざけるな、変態アブノーマル野郎はお前だ。やばい、体が動かない。瞳を揺らして、浅く息を吐く。冷たい汗が、背中を伝った。俺は廊下にうつ伏せに転がったまま、体を動かそうとするが、全身の筋肉が弛緩したように動かなかった。
 スタンガンって、そもそも人を怯ませる程度で、ドラマみたいに気絶させたり、動かなくさせるような威力はないって聞いたことがあるけど、志熊が持っているそれは、一般のものとは別らしい。
 動かない指を、動かそうともがくが、指先が震えはするものの、思ったように動かない。ずっと正座していたりすると足が痺れて動かなくなったりするけど、それが全身に回ったみたいだ。
 ヒュウヒュウと呼吸を繰り返していると、志熊が嬉しそうに口元を三日月型に歪めた。

「随分お人形さんっぽくなったじゃん、デールーター

 けらけらと笑いながら部屋の奥へ進み、俺の足首を掴んだ。そのまま廊下を引きずって、俺は廊下を引きずられる。玄関のドアが遠ざかっていく。
 うつ伏せの状態で、爪を立てようにも指が動かず、引っかからない。何か掴んで抵抗しようにも、力が入らない。ドアが、出口が、遠のいていく。いやだ、怖い。何されんだよ、待って、やだ。行きたくない!

「あーっ、あ……っ!」
「あ。そういえばデルタさぁー」
「や、だ……っ、はな、せ……っ」

 呂律の回らない舌で、なんとか拒否する言葉を吐こうとしたが、その時志熊が思いついたように立ち止まる。顔を青くして恐る恐る振り向くと、俺の足を掴んでない方の手で人差し指を立て、指先をくるくると回した。それから、指をピタリと止め、冷たい目で俺を見下ろしてきた。

「甲斐と何話してたの? あいつの部屋行ったよなあ、お前」
「………………っ」

 志熊は出口とは逆方向のドアを開け、俺の体を強く引っ張った。

「ひッ」

 足が引かれ、部屋の中へと志熊が進みドアが閉まった。ついに玄関のドアは見えなくなってしまった。
 部屋の中には、簡素なパイプベッドが見える。星持ちの部屋のベッドにしては質素に見えたけど、そんなことを考えている余裕はない。床に這いずる俺の体を志熊が持ち上げ、ベッドの上へ放り投げた。

「ぅあっ」

 スプリングの軋みと共に、俺の体はベッドへ沈む。
 痺れて動かない体で、瞳だけを動かすと、見覚えのない装飾品や、使用用途不明の器具が置いてあった。志熊の部屋とも、甲斐の部屋とも違う異質な空間だった。なんなんだよこの部屋。

「っ……!」
「あいつ、がめついから、この部屋借りるのにちょっと条件あってさ、デルタ、協力してくれる?」
「え……あ?」

 瞬間、ベッドに仰向けに横たわる俺の上に、バラバラと何かが落ちてきた。近くにあった箱を、志熊が俺の上でひっくり返したらしい。
 瞳だけで何が落ちてきたか確認して、血の気が引いた。

「…………っ!」
「使用感想聞かせてね〜って」

 それは、高校生にもなれば、どういう意図を持って作られたかわかる代物。けど、実際に見たことはなかったもの。
 いわゆる、大人の玩具的なあれそれが、腹の上に転がっていたからだ。ど、ど、どうなってんだよこの学校。こんなもんが普通に部屋にあるのはどう考えてもまずいだろ。そもそもここ、男子校だぞ!? 腹の上に広がるローションやらバイブやらローターを見て、青ざめる俺の横に志熊が腰をかける。
 ぎしり、とベッドが軋んだ。

「転校してきたときのこと、思い出すねーデルタ」
「…………」
「あ、大丈夫大丈夫。これ全部未使用だから。あいつ童貞だから、こういうの集めるの好きだけど自分じゃヘタれて使えねーんだ」
「そぉ、ゆ、問題じゃ、な……っ」

 だめだ、舌が上手く回らない。でも、さっきより体が動くようになってきた気はする。ぎこちなく首を横に振ると、志熊は笑みを見せた。

「俺もさ、別にこういう道具使いたいわけじゃないよ? ただちょっとデルタと一緒に遊びたいなって思っただけだし。ほら、幼馴染みじゃん? 俺ら!」
「〜〜〜〜〜っ……!」

 違う。違う。違う!
 お前と友達だった時期なんてほんの一瞬だし、幼馴染みなんて柔らかい表現をお使うな!
 俺たちはただの他人で、あえて表現しないといけないとすれば小学生時代のクラスメイト。あるいは加害者と被害者だ。瞳を揺らして青ざめて震える俺に、志熊の手が伸びてくる。
 着ていたシャツを捲り上げられ、鎖骨から腹までが露わになる。皮膚に空気が触れると、肌が粟立った。呼吸を荒くする俺を見下ろしながら、志熊は骨張った人差し指と中指だけを立て、それ以外の指は畳む。
 人の足に見立てたようにして臍の中央に指を降ろすと、そこからとんとんと歩く足のように中心を通って、胸の真ん中までやってくる。

「……っ!」

 そこで一度動きを止め、胸の中央から臍まで、再び指が指が降りていった。つぅーー、と肌をなぞるようなその一挙一動に、心底ぞわぞわした。猫がネズミをいたぶるように。少しずつ追い詰められていく感覚に、力なく唇を噛む。

「だっかっらぁ〜、そのよしみで、デルタが正直に話してくれたら、コレ、使ったことにしてもいいかなって思うんだけど、デルタはどうしたい?」
「ど、って……」

 志熊の瞳がすうっと細まり、俺を見つめてきた。

「甲斐と何話したか、正直に言えよ、な?」
「…………」

 俺はその言葉に押し黙る。
 志熊は笑顔だったけれど、その言葉には強い圧力を感じた。
 甲斐に提案されたことは、同室にならないかということで、でもそれをこの場で言ってはいけないということくらい、わかっている。そんなことを言えば、志熊が甲斐に何をするかわからない。
 俺は未だ呂律が回らない舌で、言葉を紡ぐ。

「べんきょ、を」
「あん?」
「べんきょ、おそ、わって、た……、しけん、ちかい、から、ノー、トか、かりて」
「へ〜〜〜〜〜〜」
「あ゛っ!」

 志熊の指が、俺の胸へと移動して、乳輪に爪を立てた。

「前も思ったけど、デルタってちょっと陥没乳首気味だよなぁ。ほら、先っぽが埋まってる」
「っ、……っ……」
「治したくね? 治したげよっか」

 ぐにぃ、と人差し指と中指で無理矢理中心を広げて、埋まった乳首を出そうと押し広げた。

「い、っや、やめ」
「で? 本当は?」
「ほ、ほんとっ、ほんとだって……っ」

 片方の手で乳輪を引っ張り、もう片方の手はかりかり、と引っ込んだ乳首の窪みに爪をかけ、執拗に引っ掻いてくる。
 ぞわぞわした感覚に、俺は志熊に向かって、必死に目で訴える。嘘は言ってない。本当の話だ。気持ち悪いからやめてくれ。
 けれど志熊は、そんな俺の考えなんて見抜くようにせせら笑う。

「あ、ちょっと先端出てきた。仮性じゃん、よかったね」
「う、っ……」
「はは、ちっちゃくてかわいー。……ふーっ」
「ひぃっ」

 息を吹きかけられ、身を竦めた。
 片側だけぴょこんと立った俺の乳首を摘まみながら、志熊は俺の腹に散らばった中から洗濯挟みに似たクリップらしきものを掴み、突出した俺の乳首に挟む。
 痛覚の鈍った体でも、痛みに似た痺れが走った。

「…………っ〜〜〜〜……!?」
「甲斐がさあ、あいつがわざわざ部屋にまで呼んで、そんで伝えるのがそれだけのはずないだろっての。でぇ? 他に何言われた?」
「い、こえ、っはず、はずせっ、い、たいっ」
「素直に話せば考えるよ」
「し、しぐまに、か、関係ない、ことだしっ、ことわったからっ」

 何を言われたかわからないようにして、断ったことだけを教える。そもそも、俺が誰と同室になろうが、志熊には全く関係ない。それに、断ったんだから問題もないはずだ。
 第一俺と志熊の関係は良好なものではなく無理矢理結ばれたものなんだから、本来は、こんなことされるいわれもない。
 けれど、俺の言葉なんて、志熊には全く響かない。何故なら志熊は自分勝手な奴だからだ。最初から人の話を聞いてくれる奴なら、こんなことにはなっていない。
 志熊は瞳をつり上げ、不機嫌そうに口を曲げた。

「関係ない? ハァ? 恋人がいんのに、他の男の部屋に入って二人きりとか、浮気だろーが、よっ」
「うあ゛っ」

 クリップの挟まれていない側の胸を、乳輪ごと強く摘ままれた。

「あのさデルタぁ、俺が怒ってんのわかる? ただでさえ今日はイライラしてんのに、っはぁ〜〜〜〜〜……」
「うっ、いっ、っ」

 顔を出した乳頭をぎりぎりと摘ままれ、そのまま指で捏ねられる。力任せに、左右へこりこりと潰され、俺の体は完全に萎縮してしまっていた。
 怖い、怖い、怖い。拭っても拭いきれない感情は、一度芽を出すと、もう止まらなかった。小学生の時のトラウマが蘇ってくる。
 やだ、やめろ。視界が歪み、ぼろぼろと涙が溢れてくる。
 言っちゃだめだ。甲斐に迷惑がかかる。志熊に何かされるかもしれない。でも、俺も怖くて仕方ないんだ。
 志熊が、指で俺の乳首を弾く。

「このまま乳首開発して、陥没乳首治そっか」
「っ! ど、同室に、な、ならないかって……!」

 そうして、耐えきれず俺は漏らしてしまった。甲斐に怒られるかもしれない。迷惑をかけてしまうかもしれない。
 けど、甲斐の話はちゃんと断ったし、これ以上はもう耐えられない。俺は目の前にいる男が、ひたすら怖くて、目を逸らす。

「へえ。んで断ったんだ?」
「…………っ! ……っ!」

 泣きながら、何度も必死で頷いた。
 だから、甲斐は関係ない。頼むからもうやめてくれよ。クリップで摘ままれた乳首がじんじんと疼く。体に少しずつ感覚が戻ってきている気がした。
 志熊は俺が頷くと、満足そうに笑って、頭を撫でてくる。
 まるで、よくできました、と親が子供を褒める時の様な、優しい手つきだった。情けない話だけど、俺はそれに安心してしまった。反感よりもまず、ああ、よかった、って思ってしまった。
 一方的に食われる捕食者になった気分だ。志熊に対する嫌悪感も、許せないという気持ちは確かにあるのに、それよりも、志熊に許された、これで大丈夫という気持ちの方が大きいんだ。
 圧倒的な捕食者と被捕食者の関係性に、悔しくなる。ほっと胸を撫で下ろし息を吐くと、志熊がベッドに転がっている玩具を手に取った。

「んじゃ、どれから使おっか」
「! な、んで……っ、さっき、つ、かわないって……! それに、キ、キスだけの約束は……っ」
「なら、デルタから俺にキスしてくれる? できたらいいよ」
「…………っ……! っ…………!」

 出来ない。だって、体が動かないんだから、出来るはずがない。なんとかしてみようと腕を動かすよう試みるが、にわかに揺れるだけで、起き上がって志熊にキスをするようなことは出来なかった。

「ね? 出来ないんなら、仕方ないじゃん」
「…………っ……!」

 ふざけんな、お前が動けなくしたんじゃねーか!
 憤り睨みつける俺の前髪を指先で払い、呂律の回らないまま震える唇を撫でてきた。ぷに、と押し潰すように志熊の指が唇に触れてくる。にやにやと見下ろす志熊の顔から目を背けたかったけれど、そんなことをしても事態は好転しない。志熊の機嫌を伺う一方で、志熊のことを打ち負かしてやりたいと思う俺が居る。
 どうしよう。どうすればいい。

「この通り、今デルタの体は痺れてるし、道具使うのはこの部屋借りる条件だもん。第一、俺はやめるなんて言ってねーよ、考えるっつっただけ」
「…………っ〜〜〜」
「それにさあ、断ったとは言え、俺に内緒で他の男の部屋行くのはよろしくねーじゃん。彼氏としてはやっぱヤキモチ妬いちゃうわけ」
「…………ご、ごめん」
「うん、謝ってもダーメ」

 クスクスと笑う志熊に、俺は目線を合わせた。瀬田の言葉が蘇ってくる。主導権を握る話だ。嫌がったり、怖がったりするのは、きっと志熊にとって効果はない。だって、俺がそういう顔をすると、志熊は決まって嬉しそうな顔をするから。思えば、小学生の頃もそうだった。
 だったら、と俺はあえて笑って見せた。

「し、志熊」
「ん?」
「う、動けないから、志熊からキスして」
「………………あはっ」

 だったら、いいよ乗ってやる。
 俺が、主導権を握ってやるんだ。
 上から降ってきた唇に、口を開き舌を伸ばした。ちゅう、と音がして、志熊の唇が重なる。自分のものじゃない皮膚がくっつく感触。これはもう慣れた。だからどうってことない。そう言い聞かせて、目を瞑る。
 痺れて動きにくい舌を、ぎこちなく動かすと、志熊の吐息がかかる。志熊はくすくすと笑いながら、唇をあわせ、俺も歪な笑みを作って、口づける。やがて、離れていく志熊に懇願した。

「……っ、もっかい……」

 そうねだれば、志熊は嬉しそうに再び屈んだ。
 よし、このまま時間を稼ぐんだ。少しずつだけど、体は動くようになってきてる。指先を動かして、確認する。多分、あの改造スタンガンとやらの威力は、そう長くは続かない。俺がキスして欲しいって言えば、志熊は嬉しそうにしてキスをするし、隙も出来る。
 なら、それを逆手に取ってしまえばいい。
 ちゅ、ちゅ、と音を立てながらキスをすると、志熊の股間が膨らんでいるのが見えた。……マジで怖いし気持ち悪い。なんで俺相手に興奮できんの? 頭がおかしい。
 けど、志熊の頭なんて昔からおかしかった。今更そんなことに言及しても仕方ない。志熊の舌が、俺の口の中に滑り込んできて、俺は必死に自分の舌を絡めた。柔らかな舌を甘噛みして、唾液を交換するように口を開く。舌先で志熊の舌を突く。生ぬるい体温が、口の中へ入り込んでくる感覚に背筋がぞわりとするけれど、そんな感情はおくびにも出さず、甘えて見せた。

「は、志熊……っ、もっと……っ」
「あっはぁ デルタ、かわい、ふふふ」

 言いながら、何度もキスを繰り返す。
 よし、あと少し、あと少しで腕が動きそうだ。
 ぐぐぐ、と手を握って、感覚を徐々に取り戻していく。

「ふ、うっ、……っん……っ」

 唾液が溢れ、口の端を汚していく。俺は夢中になりながら、志熊の唇へ舌を伸ばす。あと少し、あと少し……!

「デルタ、舌伸ばして、そう、えーって」
「んぇ……」
「あ〜〜、柔らかいなあ、デルタの舌。舌の付け根の所、ぷにぷにしててきもちー」

 やわやわと指で俺の舌を掴んだかと思えば、俺の口の中に指を突っ込み、好き勝手にかき回す。

「んぐっ、え……っ」

 あと少し、もうちょっとで腕が動く……っ!

「ははは、デルタの口ん中、とろとろ。口ん中も開発してーな」
「…………っ……じ、ぐっ」
「はいはい、甘噛みしない」

 今だ……っ!
 腕を動かして、殴ってやろうとした所で、志熊が俺の腕を捻り上げてきた。

「いぃ゛……っ!」
「さっきから見えてっから。つーか、なんでデルタは懲りねーかな? まあそこが可愛いんだけど」
「…………っ、く、そっ……!」
「ははっ、その顔最高。あ〜〜〜〜〜〜! 可愛いなあデルタ! お前ってほんっとかわいいわ! だぁい好き!」
「キス、したんだから、もういいだろ! 離せよぉっ……!」
「デールータ、わかってねえなあ。お人形ごっこのルール忘れちゃった?」
「…………っ……う……っ」
「お人形役は、逆らっちゃいけませんってさ」

 ゲラゲラと笑いながら、俺の上に志熊がのし掛かってきた。

「んじゃ、一緒にあそぼっか



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