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 朝食を終え、教室へ向かう準備が整うと、俺と甲斐は二人で教室に向かった。甲斐と並んで歩いていると、道中人の目がやけにこちらを向いている気がしたけど、甲斐は気のせいだと笑っていたけど、絶対気のせいじゃないよな。
 あれか、志熊が俺のことを自分の恋人だと堂々宣言したもんだから、俺と甲斐が並んでいることに違和感を覚えるのかもしれない。志熊はあんなだから、あまり人が寄りつかないし。……もしかして、俺が甲斐に乗り換えたみたいに思われてんのか? まさかな、男同士だし。でも、飯食ってる時も、めちゃくちゃ見られていた気がするんだよな。
 俺の中の常識も、この学校では通用しないところがあるし。 
 ちらり、とこっちを見ていた学生の一人に目を向けると、向いた瞬間相手側はすぐに目を逸らした。まるで動物園の珍獣気分だ。

「山本、どうした?」
「いや、別に……」

 どうしてこうなった? 俺は今まで、割と没個性な方だと思っていた。
 そりゃ、小学生の時は志熊にいじめられていたし、転校してからの中学生時代は、太っていたし、性格もはっきり言って陰キャだった。
 だから、高校になるまでに痩せて、新しい自分として頑張ろうと思っていたんだ。実際ここに転校してくるまでは、結構良い感じだと思っていた。笑顔の作り方も練習して、人に好かれるように色んな本を呼んだりして。でも、ここに来て一気にそんなカーストから弾き飛ばされた気分になる。
 そもそも、友達を作るというスタートラインにすら立てない。

「山本、なんか暗いな。大丈夫か?」
「あの、甲斐はさあ、もし俺みたいになったらどうする?」

 教室に到着し、授業の準備をしていると、心配そうに問いかけられたので、顔を上げて問いかける。
 志熊は案の定遅刻なのか、まだ来ていない。遅刻してもしなくても、授業に出さえすれば単位は貰えるのだから、問題ないんだろう。

「俺みたいって?」
「今の状況……」
「あぁ」

 察したように少し眉を顰める甲斐が、俺の肩を叩く。

「心配するな、俺も協力するから。大丈夫、俺も色々考えて決めたから」
「決めた? 何を?」
「ちゃんと山本のこと志熊から守ってやらないとなって」
「あ、はは……ありがとな。でも、あんま無理しなくていいから」

 志熊はあんなんだから、迷惑ばっかりもかけられないし。

「別に、迷惑じゃないよ。言っただろ、俺が望んでやってるんだって」
「ははは、甲斐はすげー優しいからな〜、俺も甲斐みたいだったらよかった」

 実際、俺以外の奴が俺と同じ状況になったら、どういう選択をするんだろう。あの台風のような男に巻き込まれたら。
 甲斐なら、俺みたいに右往左往することなく、もうちょっとうまく立ち回れるんだろうか。
 いや、甲斐だけじゃなく、瀬田だってもう少しうまく立ち回るだろう。あいつの場合、喜々として自分をネタに新聞を書くのかも知れないけど。
 こう考えると、もしかして、俺がダメなのか?
 いつまでも子供の頃のトラウマに囚われて、はっきり拒否できない俺が悪い? いや、はっきり拒否してるつもりだけど! この間なんて思わず殴っちゃったし。
 でもあいつ殴っても笑ってんだよな、怖えよマジで……。はぁ、と深く息を吐いて顔を覆うと、甲斐が再び話しかけてくる。

「山本、山本」
「ん? 何、甲斐」
「あのさ、俺、ちょっと提案があるんだけど……」

 その時、教室のドアが勢いよく開く音がした。

「おっはよ〜、デールター」
「……っ!」

 いつもより若干低いテンションで志熊が教室に入ってくると、真っ直ぐ俺の隣まで来て、まるで俺のこと人形か何かみたいに引っ張って後ろから抱き込んだ状態で自分の席に座った。

「うぐっ」

 俺は志熊に後ろから抱きかかえられた状態で、志熊の膝の上に鎮座した。

「し、志熊……」
「はぁ〜〜〜、朝のデルタ補給〜」

 ぐぐぐ、と強い力で腹辺りを抱き寄せられて、硬直する。
 昔より体脂肪の消滅した腹を揉まれる。
 さっきこれじゃあダメだって思ったばかりなのに、志熊を前にするとやっぱりダメだった。
 首筋に鼻先を寄せられて、後ろから思い切り抱きしめられる。他のクラスメートは、もうそれが当たり前の光景にでもなっているかのように、なんの反応も示さず日常を送っている。
 やめろ、この光景を日常にしないでくれ、頼むから。

「志熊、離……」
「志熊、山本が困ってる、離してやれよ」

 瞬間、ざわめいていた教室が、甲斐の一言で波打ったように静まりかえった。
 志熊が俺に絡むのは日常だけど、甲斐がそれを止めるのは、日常ではなかったからだ。というか、志熊に話しかける人間なんて中々いない。甲斐や瀬田は話しかけはするけど、志熊のすることに注意をするわけじゃない。
 俺の腹に回された志熊の手のひらの力が強くなり、皮膚に志熊の指が食い込んだ。

「い゛……っ」
「はぁ? 何、甲斐、文句あんの? お前星少ねえんだから黙っとけよ」

 低い声で志熊が睨むと、甲斐は続けた。

「ある。さっき予鈴が鳴ったし、もうすぐ授業が始まる。お前はよくても、山本は席に着いておかないとダメだろう。コレは星関係なく、クラスの委員長として言っている。ルールとして問題はないはずだ」
「………………」
「いだだだだっ! 痛っ、し、志熊、痛いから手離して……!」

 黒縁の眼鏡の奥で、甲斐が目を細めると、志熊の手の力が更に強まり、俺の体は軋んだ音を立てた。いつの間に登校したのか、視界の端で、瀬田が嬉しそうな顔でカメラを構えているのが見えた。

 星制度は、基本的に星の多い者の発言が優先されるし、優遇されるが、クラスの規律を乱すのなら、委員長は注意を許可されているらしい。
 そこに星の数は関係ないらしい。
 まあ、注意したところで、そいつが言うことを聞くかどうかはわからないけど、牽制にはなるだろう、と今朝登校するときに甲斐が言っていた。
 しかし、志熊は舌打ちして首を傾げる。

「だから? 甲斐が言うのは勝手だけど、それを俺が守んねえのも俺の勝手だから」
「あまり勝手すぎる行動をしたら、それこそお前が守ってるその星も剥奪されるぞ。その星は自由の象徴ではなくて、見本の象徴だ。行き過ぎた行動は制限されるのが当たり前だ。俺はあくまでルールの基準を守って提言している。どちらが正しいか、は俺たちが判断すべきことじゃない、それに」

 眼鏡の位置を正しながら、畳みかけるように甲斐が続ける。

「嫌がってる相手に、そういうことをするのは人としてどうかと思う」
「…………はぁ?」

 俺の背後から、苛立ちが伝わってくる。
 甲斐は確かに、俺のことを守ってやる、とか、責任を持って見ると言っていたけど、こんな堂々とするとは思っていなかった。なんだかんだ、やんわり角が立たないように注意するのかと思っていた。心臓が破裂寸前のような勢いで音を立てる。
 いや、甲斐の言うことは正論だ。正論なんだけど、正論が通じるような相手なら、俺だってもっと自分の意見を言えたと思う。
 一瞬、志熊と甲斐の間で、火花が散ったように見えた。
 居たたまれない空間に、志熊の手を外そうと志熊の手を掴むと、志熊の手の力が弱まって、俺の体が自由になる。
 チャンス、とばかりに立ち上がると、志熊が俺の腕を引いた。

「デルタ、こっち向いて」
「は? んっ……!? ん、うっ……っ!?」
「……っ!」

 ちゅう、と唇を吸われて、一気に青ざめる。もちろんすぐに顔を離したけど、クラス全員に見られた、よな……。
 咄嗟に周囲を見渡すが、皆顔を逸らして、俺を見ない振りをした。

「な、なに、な……っ」
「俺たち恋人同士だし、くっついてんのも当然じゃね? な〜、デルタァ」
「…………っ」

 にぃ、と笑みを浮かべて、志熊が笑う。俺は青ざめ、違う、と叫びたかったが、志熊の懐から覗くスマートフォンのスクリーンセーバーが、転校初日に撮られた例の写真であることに気がついた。
 志熊もわかっているのか、とんとん、とスマホが入っている胸元を指先で叩く。
 ……否定したら、わざとらしく携帯落としたりするんじゃ……いや、する……、絶対する……。

「なぁ? 恋人だろ? 嫌じゃねえよなぁ?」
「………………ウン……」

 顔を青くしたまま、ロボットのように頷いた。
 甲斐が少し目を見開き息を呑んだ。……せっかくかばってくれたのに、志熊の言葉に屈してしまった。でもここで頷かず、あの写真をクラスに見せられたらと思うと、瀬田が書いた記事よりひどいことになる。
 俺が頷いたことにより、志熊は明るい笑みを浮かべて甲斐に向き直る。
 
「嫌じゃないってさ」
「……教室でするのはおかしいだろう」

 甲斐が顔を顰めたが、全くもってその通りだ。
 教室の中は、まるで休み時間とは思えない程に静まりかえっている。
 てか、辛……。何この葬式みたいな空気。
 いやわかるよ、俺だったら同じクラスで男同士がネタとかじゃなくガチでキスしてんの見たくねえもん……。楽しそうにしてんのなんて瀬田くらいだし。俺も実際俺の立ち位置が俺じゃなくて周りのクラスメイトの立ち位置なら、同じく黙り込んで見ない振りするよ。ホモなのは構わないけど見えないところでやれって感じだし。あ〜〜辛い……! 
 こういう時なんて言えばいいんだ? いっそ逆に、明るくネタっぽく振る舞うか? やめろよ〜笑、的な? いやいや、志熊が恋人って宣言しちゃってんだから、そんなん言っても無意味だし。
 クラスの人間は見なかったフリをしてくれているけど、俺はもう色んな意味でもう誰にも話しかけられないと悟ってしまった。

「はいはい、委員長さまの仰せのままに〜ってか? か〜い〜、そうやって急にはりきりだすの、アンタのやべーところだからやめた方が良いよ、自分でもわかってんだろ?」
「……あの時のことは、俺が至らなかったせいだ。けど俺は」
「うぜー、お前の自分語りどうでもいいから。んじゃデルタ、勉強頑張ってね」
「あ……」

 ようやく解放されたかと思えば、志熊は欠伸をしてさっさと寝る体勢に入ってしまった。俺は解放され、自分の席に着くと、甲斐も何も言わずに自分の席に着く。
 すると、まるでタイミングを見計らったかのように、チャイムが鳴り響いた。
 ……せっかく庇ってくれたのに、甲斐の顔を潰すようなことを言ってしまった。俺は自分の保身ばっかりだ。
 なんとなく気まずくて、話しかけられずに甲斐を見ると、甲斐と目が合った。逸らされるかな、と思ったけど、甲斐はにこりと笑みを浮かべた。俺はノートに、「庇ってくれたのに、ごめん」と書き綴って、甲斐に見せる。
 すると甲斐は、「気にするな、なんか理由があるんだろ」と書いてくれた。……いや、こいつ良い奴過ぎるだろ。なんだこいつ!
 少し泣きそうになると、教師が入ってきて、授業が開始した。甲斐は真面目で、授業中無駄口は叩かないし、きちんと授業を受けるので、俺もそれに倣って黒板に向かった。
 ……そういえば、さっき甲斐が言ってた一年の時のことって、なんだったんだろう。


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