****

 最悪、最悪、最悪。
 机を睨み、俯いてる俺に、明るい声が飛んでくる。

「デールータァ〜、今日は一緒にご飯たべよーねっ」
「…………」

 離れている机を勝手にくっつけて、四六時中べたべたしてくる志熊に、俺は我慢の限界だった。今日が始まってまだ三時間、この学校に通って一日しか経ってないけど、すでにこの学校をやめたかった。
 というのも、志熊が朝あの宣言をしてからというもの、俺の周囲に誰も近づかなくなってしまったからだ。
 皆遠巻きに、触れてはいけないものでも見るかのように、一人たりとも近寄ってこない。昨日転校してきたときは、それなりに話してくれたのに。仲良くなれそう、って思ったのに! 今日は俺が近づくと引き笑いで逃げていく。
 そんな中、唯一話しかけてくれるのは……。

「志熊、勝手に机を繋げるな。……山本が迷惑そうだ」
「甲斐ぃ〜〜……」

 志熊とは反対隣に座っている甲斐だけだ。俺は涙混じりで甲斐を見た。
 甲斐はマジでいい奴で、朝の騒動は知らなかったらしいが、誰かが甲斐に説明しても、俺に対する態度を変えないで居てくれた。それだけでも、俺の中では人格者という結論が下された。救いの神よ!
 よくわからないけど、志熊の星7つは、マジで結構な力を持っているらしく、志熊の忠告に逆らおう奴は居なかった。そんな中、甲斐だけが俺に話しかけてくれた。
 ちなみに[[rb:瀬田 > うらぎりもの]]は話しかけてこない。というか、あいつは同じクラスにも関わらず基本的に教室に居ないから、話すもクソもなかった。
 けれど、志熊は甲斐の言うことなど気にも留めず、俺にしつこく何食べよっか? ステーキ? 寿司? とか聞いてくる。昼に食べるチョイスじゃないだろ。
 俺が何度かさりげなく机を離そうとしても、志熊は秒もおかずにくっつけるし、先生もそれを指摘しないので、もう諦めた。
 こんな志熊に、根気強く言ってくれる甲斐は優しいと思う。

「甲斐、お前だけだよ、俺と話してくれるの……」

 涙ながらにそう言うと、甲斐は苦笑し、隣に居る志熊が笑った。

「ええっ、なんで? デルタいじめられてんの? かーわいそぉ」
「…………っお、おまっ」
「おま?」

 どの口が言ってるんだ、お前のせいだろ! と言おうとしたが、志熊の目がきょろりと動き俺を見つめた瞬間、幼い頃の記憶がフラッシュバックして、口が開かなくなった。
 だめだ、無理無理。本当に無理、マジで無理。
 慌てて視線を逸らすと、志熊は飄々とした顔で俺の後ろに居る甲斐に笑みを向ける。

「つーか甲斐さぁ、邪魔すんなよなぁ。お前星俺より少ないだろ? 星四つ」
「…………今日5つに上がった」
「えっ!」

 むっとした表情で言う甲斐に、俺は声を上げた。
 慌てて甲斐の胸元にあるプレートを見ると、星が一つ増えている。キラキラと輝く星に、俺は目を瞬かせた。

「うわ、マジだ、なんで?」
「ああ、この間、部活で好成績を収められたから、ちょっと早いけど貰えたんだ」
「へー! すげー! 甲斐ってすごいんだな〜……!」
「……ありがとう」

 素直に感想を述べると、甲斐が少し照れくさそうにはにかんだ。瀬田が言うには、星5って相当優秀じゃないと上がれないって話だ。
 こんなに男前で、人格者で、性格もいいのに、さらに有能って、神様はなんでもかんでも一人に注ぎすぎていると思う。
 いや、これも甲斐の努力の賜なのか。大体、俺がこんな目に遭ってる時点で神なんていねえし。
 俺がよかったな、と甲斐に笑顔を向けていると、志熊に襟元を掴まれた。

「うぐっ」
「おいデルタぁ〜、俺なんて星7だよ? 甲斐より二つも多いんだから、俺もすごいって言えよ」
「す、すごいです……」
「ちゃんと目ぇ見ろって、な?」

 怖い怖い近い近い近い怖い近いやばい吐きそう。
 うっ、と胃を押さえて震えた。子供の頃のトラウマなんて、そう簡単に克服できるもんじゃない。もう、本能が近づくなと拒否しているんだ。
 仮に今の志熊がめちゃくちゃいい奴になっていたとしても、仲良く出来るか微妙なのに、この性格の志熊と仲良くなれって言う方が無理だろ。子供の頃にされたこと、そう簡単に忘れねえよ。
 目線を微妙に外して、問いかけられるままに頷くと、顎を掴まれ、無理矢理視線を合わされた。獰猛な瞳が俺を射抜き、喉から引き攣った声が漏れる。すると、後ろに居た甲斐が呆れ気味に制止の声を上げてくれた。

「志熊、もう授業始まるぞ」
「へー、ふーん、ほー、……あ〜〜〜デルタ可愛いなぁ、今すぐ食べちゃいたいなぁ」
「………………」

 甲斐の言葉を無視して、にんまりと不気味な笑みを浮かべる志熊に、俺は卒倒寸前だった。見かねた甲斐が間に入ってくれて事なきを得たが、甲斐が居なかったら、やっていけなかったと思う。
 そうこうしている間に、チャイムが鳴った。それと同時に、駆け込みで瀬田が教室に入ってくる。

「あっ、せ……!」

 しかし、俺が瀬田の名前を呼ぶ前に、後ろから教師が入ってきた。クソ! こいつは、本当にいつもいつも……!
 瀬田は、俺と同じクラスだが、チャイムが鳴ると同時に教室を出て行き、チャイムが鳴るギリギリに教室に駆け込んで、授業を受ける。今日はその繰り返しで、朝から未だに瀬田とは話せていない。
 あんなクソみたいな新聞まき散らしたんだから、一言言ってやらないと気が済まないと思っていたけれど、こうまで避けられるとなると、もしかしたらあいつも、ちょっとは罪悪感とか覚えてるのかな。なんて思っていたが、志熊曰く「それはない」と言っていた。
 瀬田は、この学校でも問題児らしい。
 歩く公害スピーカーと言われるほどに、数多のゴシップ記事を書き、他人の秘密を暴き、公表する。マスゴミ野郎とかも言われてる。
 通常、そんな風に騒ぎを起こせば星が減るけれど、本人の学業成績は至って優秀の為、減ってもすぐに星を貰えるから、中々処罰もしづらいらしい。ただの厄介者じゃねえか。
 そして瀬田は休み時間は取材やらなんやらで基本的に教室に居ないから、別に俺に対して罪悪感を抱くことはないとも言っていた。
 部屋に帰ったら覚えてろよマジで。

****

 そんなこんなで授業が終わると、昼の時間になった。生徒は学食で食べることになっているが、志熊は授業が終わると俺の手を掴んで学食とは別の場所に引っ張っていく。

「し、志熊! ……くん」
「なに?」
「あの、どこ行くの? 俺、学食でご飯食べるの憧れだったり……」
「星6からは、専用個室で飯食えるんだ、多星持ちの特典ってやつ?」
「へえー、あのでも俺星1だから……」
「うん、だから俺がいいって言えばいいんだよ」
「………………」

 取り尽くしまもなく手を引かれ、学食がある階とは一つ上の階に来て、セキュリティがはられている教室の前に立った。志熊は胸から取り出した学生証をかざし、教室のドアを開ける。

「わ……!」

 昨日瀬田と行った大人数が入れる学食の内装とは違い、この教室はあくまで個室用の食事処といった感じだった。大きめのテーブルに、四人用くらいが座れそうなソファがある。同じ星持ちか、星持ちが友達を連れてきたら、一緒に食べられるのかも知れない。
 どこか気品のある落ち着いたメロディが流れる空間は、学食とはまるで違う特別感がある。
 俺の腕を引いて壁があるソファの奥側へに座らせると、志熊は俺の隣に座った。
 ……普通、こういうときって向かい合って座るものなんじゃないか? なんでわざわざ隣に座るんだよ。俺がもやついたものを抱えていると、志熊は近くにあるメニューを掴み、テーブルの上に広げた。

「デルタ、どれが食いたい?」
「え、えっとぉ……」

 まるでレストランだ。
 メニュー表には学食のランチメニューとは違う、ちょっと高そうな食事が並んでいる。こういうのって、金とかどうなってんの?
 もしかして志熊が奢ってくれてる? それとも、これも多星持ちの権利だからタダ? いや、システムとかよくわかってないんだけど、借りを作ると後が怖そうだし。
 石橋は叩いて渡るべし。危険があるなら回避するに限る。
 精一杯の笑みを浮かべて、俺は辞退しようとした。

「あの、俺やっぱり学食に行……」
「はァ?」
「…………っ」

 無表情で低い声を出されて、全身が震えた。俺が精一杯浮かべた笑顔は、一瞬で凍り付く。
 む、無理……、逆らうなって体が訴えてる……。

「……やっぱり一緒に食べよっかな〜……」
「だよね〜! 俺さあ、デルタと一緒にご飯食べたかったんだよね! ほら、デルタって昔ご飯食べるとき、美味しそうに食べてたじゃん? 俺その顔がほんと好きでさあ!」

 にこーっと明るい笑みを浮かべる志熊に、引き笑いをしながら、俺は記憶を掘り起こした。
『おいしいでちゅかぁ?』
『デブタが餌食ってるぞ!』
『ブーって言えよ!』
 ………………。いじめっ子達に囲まれて、笑われていた記憶が蘇る。俺、そんな美味しそうに食ってたことあったっけ? 小学校の給食時間、最初は楽しみだったけど、その声と目が嫌で、最終的にあんまり楽しみじゃなくなったんだけど……。志熊の記憶では違うのかも知れない。捕食者と被食者じゃ、考え方が相容れないのかもな。くたばれ。
 けど、ずっとそうしているわけにもいかず、結局俺は一番カロリーが低そうな和食を選んだ。
 志熊がそれだけでいいの? これも頼みなよ、とか、こっちも美味しいよ、とか色々勧めてきたけれど、そんなの食い続けたらまた元の体型に戻ってしまう。
 志熊が頼みたい料理をデンモクのような機械に打ち込むと、注文完了とメッセージが表示された。
 これで後は部屋に料理が運ばれてくるらしい。すげーな星持ちって、こんな優遇されるのか。逆らいたくないって思う奴がいるのも仕方ない気がする。
 それから、そんなに時間も経たずに料理が運ばれてきた。
 俺はなるべくカロリー控えめの蕎麦セット。志熊は、なんかよくわからない名前のついたステーキみたいなセット。マジで昼からステーキ食うのかよ。

「はいデルタ、あ〜ん
「いや、自分で……」
「いいから食えよ」
「…………」

 嬉しそうな顔でフォークに突き刺された肉を差し出され、半ば強制的に俺はその肉を咥えた。口に放り込んだ瞬間、肉汁がじゅわりと口の中で溢れ出て、肉はほろほろと解けていく。……めっちゃくちゃうめぇ。思わず頬が緩んだ。そもそも、食べること自体は好きなんだ。今は禁欲してるけど、こんな美味いの食べたら自制心が崩れそうだ。

「おいし……」
「ふふ、よかった」

 でも、こんなのばっかり食ってたら確実にデブになる。これカロリー高そうだし、自制心、自制心。
 俺は自分で頼んだ蕎麦を啜ると、志熊が俺にフォークを渡してきた。もっと食えってこと?

「え? あ、いや、俺はもう自分の蕎麦だけで」
「違う。俺にもやれよ、あーんって」
「え……?」
「蕎麦はやりづらそうだから、俺の肉でいいよ。可愛く笑顔でね」
「や、でも……」」
「早くしろって、な?」
「…………」

 なんでそんなこと、という真っ当な疑問を口にするのは、許されないような雰囲気があった。
 というか、志熊に理屈は通じない。ただやりたいようにやる男なんだよこいつは、昔から。
 俺は箸を置いて、志熊に渡されたフォークを持つ。赤い汁が滲む肉にフォークを突き立て、志熊の口元へと運んだ。それから、思い切り引き攣った笑みを浮かべる。

「はい、あ、……あーん……」
「あーん」

 ぱくり、と志熊が口に肉を含んだ。なんだこれ? なんで男同士でこんなクソ寒いことをしなきゃいけないんだ。気が狂ってるとしか思えない。
 蕎麦を食って早く教室に戻りたい。この空間に二人はキツイ。志熊は肉を咀嚼して、嬉しそうに口元を歪めた。

「うん、デルタのお肉おいしーよ」
「はは……」

 いかがわしい言い方するな。
 その後も、あーんして、とか言われたらどうしようかと思ったけど、一度したら志熊は満足したのか、その後は普通に自分で飯を食っていた。俺も、蕎麦を啜ることに専念する。

「…………ご馳走さまでした」
「美味しかった?」
「うん」

 そうして食べ終えると、ようやく一息ついた。
 ちなみに美味しかったのは、お世辞抜きに本当のことだ。志熊が食わせてくれた肉もめちゃくちゃ美味かったけど、俺が頼んだ蕎麦も美味しかった。手打ちっていうのかな? コシがあって、喉ごしも爽やかで、マジで美味い。
 このクオリティの食事が毎日食えるなら、星持ちを目指す気持ちもわからなくない。俺が頷くと、志熊は嬉しそうに目を細めた。

「でしょー、俺もさ、この学校で学食だけはいいなって思ってたんだ」
「…………なんで過去形?」
「ええ? そんなん、もっといいなって思うもんができたからでしょー」
「……あの、なんか近い、んだけど」

 気がつけば、デルタが近くに迫ってきている。俺はじりじりと後ずさり、志熊の目線をかわした。けれど、後ろに下がれば、壁が迫ってきて、八方塞がりだ。青くなる俺に、志熊が囁く。

「デルタ、食後のデザート頼まないの? 好きなの頼んでいいよ」
「いや、今日はもう……」

 死ぬ気でダイエットをすると決意したその日から、甘いものはなるべく控えるように心がけている。カロリーめちゃくちゃ高いしな。糖質脂質はなるべく厳禁。
 すると、俺の回答なんてそもそもあまり求めていなかったかのように、志熊は笑った。

「そっか。んじゃ俺はデザート食べていい?」
「え? う、うん、いいよ……」

 聞かなくても、勝手に食えよ、と思った。
 ここは志熊専用の個室学食らしいし、俺の許可なんてそもそも必要ないはずだ。なんなら、志熊がデザートを食ってる間に俺はお暇したい。そう思って頷くと、志熊は笑みに狂気を滲ませて、俺の唇に吸い付いてきた。

「ん、ん゛ん……っ!?」

 にゅる、と唇の間から舌が差し込まれ、がっちりと顔を固定されると、口の中を舐め回すように体を押し倒してくる。後ろに倒れないよう支えた手が、俺の自由を奪っている気がしたけれど、それどころじゃない。
 一瞬のことで、頭の中が真っ白になる。
 なに、なんでキスされてんの?
 俺は目を見開いたが、志熊もがっつりと目を開いて俺を見つめていた。キスするときにガン見するのも怖い。瞳の奥に、揺らめく桃色が見える気がした。
 頬を赤らめ、興奮気味に俺の唇へ食らいついてくる志熊を退けようと胸を手で押す。

「ん、う゛うっ――、や、めっ……」
「はぁ、っ……あ゛〜〜〜〜」
「ん゛う!」

 けれど、志熊は離れない。
 俺の顔を固定し、唇が少し離れてはくっつき、啄むように食んでは離れ、唾液の糸が引くと、呼吸も自然と上がってくる。はぁ、という浅い呼吸音が溢れ、ちゅ、ぢゅ、という小鳥の囀りと濁音の混じる水音が混ざりあう。
 狂気的な笑みを浮かべる志熊の長い舌が、俺の舌に絡みついてきた。

「うぅう゛……」
「おいし はぁあああ゛〜〜〜! カワイーなあデルタは! ほら、もっと口開けよ、ははっ、歯並びキレイだね、あー、デルタの歯、白くてちっちゃくて……、引っこ抜いて部屋に飾っておきてえなあ! ね、ね、もっと口開けろって、ほら、舌出せ」

 恐ろしい悪魔の声に俺の本能は、従うよう突き動かされるように、舌を伸ばした。

「は、ひゅ、……っうう、っん゛」
「あーーー、すき かわいいよぉデルタぁ、なあ、お前を全部俺にちょーだい 一生大事にするからさ だーい好き

 甘えた声に色を滲ませながら、無遠慮に俺の唇を貪ってくる。伸ばした舌は絡み合い、唾液が溢れて制服を汚した。志熊の唾液と俺の唾液で、口元がベタベタになっていく。志熊の唇は、さっき食った肉の味がした。無理、無理……! 
 しばらくそうして口を塞がれ、酸欠と吐き気で死にそうになったところで、チャイムが鳴った。その音が、俺の中では救いのファンファーレに聞こえた。

「ふっ……はぁ……っ!」
「ん、んー、はっ……」

 ちゅる、と唾液を啜る音がした。
 ようやく志熊の手から解放されると、俺は倒れるように壁にもたれ掛かる。

「は……っ……」
「ふぅ〜〜、美味しかった。今日から食後のデザートは毎回これにしよっと」
「そん、そんな……」

 デザートが俺とか聞いてない。いやそもそもその前に俺の意思は? こう言うのって横暴だ。
 横暴っていうか犯罪だ。人の体にくっつくな。パーソナルスペースどうなってんだよ。気持ち悪い、吐きそう。マジで無理、辛い。志熊と会うと毎回吐きそうになる。

「あれぇ? デルタ、なんか言いたそうだね」

 ぐったりと壁にもたれかかる俺に、志熊が笑みを浮かべた。このままでいいのか? いや良くない。このままじゃ俺の貞操なんてあっという間に志熊に支配される。掘られるのも時間の問題だ。
 志熊がホモという事実はもうこの際どうでもいい。志熊の性癖なんて、昔から狂ってたし、何よりこいつ自身がイカレてるんだ。性癖云々を気にしている場合じゃない。今は、俺が助かることの方が先決だ。
 自分の意思を伝えないと。

「あ、あのさ……!」
「うん?」
「その、俺は! 志熊とこういうこと……したくないんだけど……」

 語気を荒くしたが、真っ直ぐ見つめてくる志熊の瞳に、少しだけ尻込みした。やっぱり、志熊は怖いから。
 けれど、俺の恐怖とは裏腹に、志熊の表情は楽しげだった。

「こういうことって?」
「え、や、だから、キスとか……」
「とかってことは、他はいい? じゃセックスは?」
「はぁ!? 嫌に決まってる!」
「んじゃフェラ」
「ダメだろ!」
「素股は?」
「おかしいって!」
「ちんぽの扱きあい」
「嫌だよ!」
「はい、そんじゃ今上げた奴の中で、どれか一つだけしなきゃいけないって言われたら、どれ選ぶ? どれも嫌って回答はダメね」
「え、えええええ……」

 なんで? なんなんだよその地獄の選択肢、キス、セックス、フェラ、素股、扱きあい、全部嫌だ。嫌に決まってる。無理すぎて死ぬ。なんならお前と二人きりの空間に居ること自体がもう無理だ。
 俺が黙り込むと、志熊はにまにまと嬉しそうに笑い、指を5本立てた。

「5秒以内に決めないと、今言ったの今日の放課後全部やります。はい、5〜」
「え! ちょ、ちょっと待って!」
「星1のデルタに拒否権はねえよ。4〜」
「え、えっと……」

 セックスは無理。絶対に無理。っていうか男同士でセックスとかどうやんだよ。
 フェラも無理だ、素股……も無理、扱きあいも気持ち悪い、無理。キスも無理だけど、でもこの中で一番マシなのは……。
 志熊が、立てた指を一つずつ畳んでいく。

「3〜」
「キ……!」
「2〜」
「キ、キ……」
「1〜」
「キス! あの、キスで……」
「ゼロ! はい、キスね。じゃあこれからはそれはオッケーってことで、いつでもしていいな?」
「いや、それはちょっと!」
「あ?」
「………………や、……なんでもないです」
「ふふふ、恋人が物わかりよくて、うれしーなぁ、幸せだなぁ〜」

 顔を青くして目線を逸らした俺に対して、志熊は嬉しそうな表情を崩さなかった。ウキウキしながら、体を揺らす。
 まるでよくできました、とでも言いたげに、俺の頭を撫でてくる。本当は、もっと言いたいことを言わないと、俺はもうあの頃の俺じゃないんだ! という気持ちはあるのに、いじめられていたデブの俺が、志熊の言うことには逆らうな、と告げているのだ。
 もう俺はデブでもないのに、あの頃の俺がずっと俺の中に居座っている。恍惚とした笑みを浮かべる志熊に閉口し、今後の対策を真剣に練ることを考えた。どうせ、今俺が何を言っても無駄だ。
 頭のおかしい男には、何を言っても通じない。
 それを、俺は小学校の時味わったはずだろうよ。
 だったら、昨日みたいななんとかなるかも、という希望的観測じゃなくて、こっちからなんとかしないといけない。

 悪魔を倒すには、それ相応の覚悟がないと。

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