それから、どうやって部屋まで戻ったのかは覚えていない。
 気がつけば俺は部屋に居て、目を開けると、ベッドの上に寝そべっていた。見知らぬ天井に、目を瞬かせる。

「あ、起きた?」

 すると、近くから明るい声が飛んできた。声の方向に目線を向ければ、そこには知らない男がにこにこと微笑んでいた。誰だこいつ。

「………………誰……? ってかここ、どこ……」
「オレ、君と同室の瀬田。瀬田口葉(せだこうよう)。ここはオレと君の相部屋。あ、ちなみに瀬田はセタじゃなくて、セダ、だからそこんとこヨッロシク〜」
「…………山本です……」

 随分と明るい口調の奴だった。
 ふわふわと天然パーマ気味の黒髪に、前髪だけはぱつりと揃えて切られている。丸い眼鏡の奥の瞳は、糸目がちだが、顔立ち自体は整っている。ずっと笑顔だから、余計糸目に見えるのかも知れない。
 寝起きでまだぼんやりとしている俺の事など気にも留めず、瀬田は話し続ける。

「知ってる知ってる。転校生の山本デルタくんでしょ、名前面白いよねぇ! 三角って書いてデルタって中々ないよぉ! あはははははは、デルタくんって呼んでいい? ねえねえ、どうしてこんな時期に転校してきたの? 前はどこに住んでた? 趣味は? 部活とか入る予定ある? 今星一つだね、今後増やす予定は? 目指すものとかある? あと」
「ちょっ、ちょっと待って」

 起き抜け10秒なのに、そんな立て板に水みたいに話しかけられても、頭がついていかない。瀬田の言葉を止めて、まずはベッドから起き上がった。正直、まだ頭がくらくらする。
 あれから、どうしたんだっけ。志熊にキスされて吐いた気がするけど、どうやってここまで来たんだ? 顔を青くしながら、瀬田に問いかける。

「あの、俺、どうやってここに来たの? なんか記憶無くて……」
「え? ああ、志熊くんが運んできてくれたよ! 疲れて寝ちゃったからあとヨロシク〜ってさ。転校初日で歩き疲れたんだって? デルタくんの荷物、まだ解いてないからそっちにまとめておいてあるよ。心配しないで、片付けならオレも手伝うし!」
「…………そっか……」

 じゃあ、全部夢じゃなかったんだな。あれは、全て現実で、俺は……。
「…………っ」

 ひょっとしたら夢だったりとか、という淡い期待を抱いたけれど、そもそも、夢で片付けるには生々しすぎた。それに、あれが夢だったとしても、過去まで夢にはならない。
 志熊が居るのは間違いなく現実だ。げっそりとしている俺の空気なんて一切読まず、瀬田はキラキラとした瞳で問いかけてくる。

「ねね、ところで、デルタくんは志熊くんと知り合いなの? それとも友達? 志熊くんが誰かを部屋まで運んでくるなんて、オレ初めてだよぉ! 詳しく聞かせて聞かせて!」
「…………友達なんかじゃない……」
「あ、そうなの?」
「………………」
「デルタくん?」
「………………う……っ……ぐ……っ……」

 ぽろ、と目から涙が溢れた。初対面のルームメイトの前で、晒すような醜態じゃないけど、止まらなかった。一度溢れると、止めどなくぼろぼろと流れてくる。
 夢じゃない。俺は、また志熊の玩具になってしまうんだ。デルタ、と俺を呼ぶ志熊の声を思い出して、身震いした。怖い。声を聞くだけで、トラウマが襲いかかってくる。
 なんであいつがここに居るんだよ。
 ようやく、普通の学校生活が送れると思ったのに。俺が泣くと、瀬田は目を見開き、驚いたように息を飲んだ。
 当然だ、今さっき会ったばかりの男が、突然泣き出したら俺だって戸惑う。でも、止められなかった。

「う゛……ひっ……ぐ……うぅ……」
「あの、大丈夫? オレ、水でも持ってこようか? もしかして話しかけすぎてウザかった? ごめんね、いつも言われるんだよ。お前は喋りすぎだから喋るなってさ、俺ずっと一人部屋だったから、ルームメイトが出来たの嬉しくて……、ごめんよデルタくん」
「ちが、違うんだ、ごめ……」

 申し訳なさそうな顔をする瀬田に対して、俺は控えめに首を横に振った。嗚咽を堪えて、涙を拭う。
 別に、瀬田が悪いわけじゃない。志熊に会ってなかったら、戸惑っただろうけど、瀬田の質問攻めにだって、答えたと思う。ちょっと変わった奴だなって、笑えたと思う。
 けど、今は無理だ。志熊のダメージがでかすぎる。

「瀬田のことは、関係なくて……その、ちょっと、色々あって」

 鼻水をすすり、瀬田が渡してくれたティッシュで鼻をかんだ。我慢できずに嗚咽を漏らし、溢れた涙を袖で拭った。拭っても拭っても、目から溢れる涙が止まらない。
 これから俺、どうなるんだろう。戻っちゃうのかな、小学校の時みたいに。
 またあの地獄のような日々が始まるのかと思うと、胃が爆発しそうだ。すると、瀬田が心配そうな顔で俺の隣に座った。

「あのさ……、オレでよかったら話聞くよ。こう見えて学校のことには詳しいんだ! もし知りたいことがあったらなんでも教えるし! ……あ、ひょっとして志熊関連だったりする? あいつ結構ヤバイしね〜」
「…………っ……」
「お、当たり?」

 口ごもった俺に対して、眼鏡を光らせ、瀬田は俺の顔を覗き込んでくる。

「もし、何か悩んでるんだったら、力になれるかもしれないし、よかったら話してみてよ」
「でも、俺……」

 あんな、来て早々男に襲われたことなんて誰かに話せるか? 普通。話せるわけないだろ。転入早々こいつホモかよ、同室キッツとか、思われたくないし、俺だっていやだ。志熊のイカレた言動の数々も、本当に信じて貰えるかわからない。
 こうやって心配してくれてる瀬田には悪いけど、話せそうにない……、と思ったら瀬田は何か考えるような仕草をして、わかった! と声を張り上げた。

「え? わかったって何が……」
「志熊くんに襲われたんでしょ、性的な意味で!」
「ぶほっ」

 思い切り噴き出した。は? 何? え、っ、はぁ?
 いや、あってる。あってるんだけど、なんでわかんの? ぎょっと目を見開く俺に対して、瀬田は明るい笑顔を浮かべた。

「おっ、その顔は当たりかな?」
「や、その……えっと」
「ああ、デルタくんは外から来た人だから、ちょっと抵抗あるのか。大丈夫だよ、この学校、別にそういう話題、珍しくないから!」
「それは、全然大丈夫じゃなくね!?」
「あはははは、そうなるよねえ! わかるよ! でも残念ながらね、ここは閉鎖された男子校。右も左も男男男男。そんな中に思春期の青少年を閉じ込めれば、間違いの一つや二つや三つや百! 起こるに間違いないのさぁ!」
「三つの後から飛びすぎだろ……」
「あははは〜、ってなわけで、オレはそういうのにも偏見ないし、何があったか話してみ? これはオレの持論なんだけどね、悩み事は、誰かに話せば状況が整理できるし、思わぬ所から突破口が見つかったりするものだよ。さぁさぁさぁ遠慮なさらず!」

 なんか面白がってないか? こいつ……。
 とはいえ、そういう偏見がないならば、珍しくもないと言われれば、多少心が軽くなるのも事実だった。この閉鎖された男子校で、秘密を抱え続けたら、心を病んでしまいそうだったから。それに、志熊に出会ってしまった以上、味方は一人でも多く欲しい。
 力になれるかもしれないって言ってくれたし。
 俺は、意を決して口を開いた。

****

「なるほどね〜、あははは、転入初日から大分ハードだね、デルタくん」
「俺、もうほんと、どうしたらいいのかと……」

 さっき起こった事を一部始終話し終えても、瀬田の態度は変わらなかった。同情的な素振りもなければ、嫌悪感を見せもしない。
 ただ、興味深そうに話を聞いて、相づちを打ち、たまに励ますような言葉をくれた。態度は軽いけど、俺としては、結構救われる所があった。これで、気持ち悪い、と罵られればダメージはまたでかくなっただろうけど、良くも悪くも、瀬田はからっとしていて、どちらか一方に重心が傾くこともない。

 そうして、ようやく粗方話し終えると、瀬田が悩ましげに唸りはじめた。

「うーん、なるほどなるほど、話はわかった! あの志熊くんがね〜。ははーー、なるほど、これはいいなあ……」
「いい?」
「ああいや、なんでも。デルタくんにとって、相手が志熊くんってところがネックだよね。志熊くんは多星持ちだから、下手に一般生徒が手を出せないし」
「……あの、さ。俺、その星のシステムよく知らないんだけど……」

 俺がそう言うと、瀬田は糸目がちの目を少し見開いた。

「ああ、じゃあオレが今教えてあげるよ」
「おい、なんで部屋にホワイトボードがあんの?」
「オレの私物!」

 いい笑顔で、結構な大きさのホワイトボードを持ってくると、瀬田がホワイトボードマーカーで星を描いていく。

「まず星1。いわばコレは劣等生。学園の最底辺、成績劣悪、貧乏、素行不良、まあ滅多にこの生徒はいないね」
「おい! 俺今一つなんだけど!?」
「デルタくんの場合は、転入してきたばっかりだからね〜、次の試験で赤点でもなければ星一つ貰えるよ」
「そ、そう……」
「うん、まず星2は平均的な一般生徒。大体の生徒は星二つだよ。星3は成績優秀な生徒って感じだね」
「瀬田は……星3つなんだな」

 瀬田のネームプレートには星が三つ輝いている。すると、瀬田は星と同じくらいの輝く笑みを見せた。

「ああ、オレは成績がいいからさ!」
「自分で言うんかい」
「オレが言わないと誰が言うのさ。まあ、星3くらいまでなら、努力さえすれば比較的誰でも行けるかな」

 きゅ、と音を立ててホワイトボードに星を三つ描き、その下に波線を引いた。

「で、次は星4。ここら辺からちょっと狭き門だよね。星4は部活や学業以外の活動で優秀な成績を残した生徒しか上がれない。それなりに成績も必要になってくるし、星5まで行くと文武両道、成績優秀の上位者だね」
「へー……あ、そういえば甲斐が星四つだった」
「ああ、甲斐は剣道部の主将だから。全国にも行ってるし、頭もいいから次の試験で優秀成績だったらそろそろ星5いくんじゃないかな」
「すげー……」

 甲斐って、そんなすごい奴だったんだな。俺、あんなに気軽に話しかけてよかったんだろうか。

「んで、星6からは自分の実力だけじゃ上がれなくなってくる。親の学校に対する寄付金なんかも視野にいれて、かつ本人も有能じゃないと。だから、星6以上は基本的に家がお金持ちと見ていいよ」
「なるほど……」
「あとは顔とかも重要かな? あとで話すけど、いいに超したことはない。星5以上から希望とあらば特待生寮に移動して、一人部屋を持てるし、特典も豪華だから、狙う価値はあるよね」
「特典……」

 志熊も、そんなことを言ってたっけ。つーかそれって、本当にごく一部の生徒しか上がれないんじゃないだろうか。志熊はさらりと星を貰えばいいと言っていたけど、俺が貰うのなんて、ほぼ不可能に近い気がする。

「そして星7、星8に関しては、さらに一芸も追加される。志熊くんなんかは、そうだね、瞬間的に見たものを記憶できるし、数学も得意だろ? 数学オリンピックでも優秀成績だったし」
「え……そうなの?」

 知らない話だ。いじめられていた頃の記憶は、あまり掘り起こしたくなかったから。でも、確かに昔頭がよかったような気はする。
 瀬田は頷き、ホワイトボードにまた破線を引き、喋った事を書いていく。

「うん、だから志熊くんも、このまま行けば星8まではいきそうだね」
「あの、星って10が上限って聞いたんだけど」
「そうだね、でも実際星10個持ちなんて、この学校に一人しか居ないよ」
「え、だ、誰?」
「生徒会長。まだ見たことないかな。でも、いずれ嫌でも目にすると思う。多星持ちは生徒会が多いし。ってか、星6からは生徒からの人気投票も入ってくるからさ。さっき顔も重要って言ったでしょ? 多星持ちは美形が多いよ。志熊くんも美形だし、頑張ればいけそうな気がするけど、性格と態度があれだからね〜」
「…………」

 人気投票て。マジかよ。そんなノリで決めちゃっていいのか? 俺の言いたいことを察したのか、瀬田が笑う。

「仕方ないよ、だって娯楽がないんだもの、ここ。ネットだって制限されてるんだよ? そりゃー、楽しみの一つや二つないとね。だから、定期的にそういうことをするの。結構盛り上がるよ。星獲得にも絡んでくるし」
「じゃ、じゃあ、星多い奴が偉いっていうのは……」
「ああ、それもほんと。この学校に置いて、多星持ちは生徒の憧れだし、期待の星だからさ。多星持ちは優秀な人間が多いし、特典もあるから、多少無茶な行為も許されてるというか、黙認されちゃうんだよねぇ」
「………………そんな……」

 じゃあ、俺がされたことを、言っても無駄ってことか? 俺が志熊よりも星を多く持てば解決するのかもしれないけど、今の話を聞く限り、俺が多星持ちになるのは不可能に近い。
 勉強は、頑張ればいいかもしれないけど、得意なスポーツなんてそんなにないし……。敢えて言うなら、ダイエットの時に走りまくっていたから、持久力はあるかも、くらいだけど、それも、優秀かと言われればそうでもない。
 希望は潰えた。俺の明日からの学校生活は地獄です。がっくりと項垂れていると、瀬田が続ける。

「でも、逆に言えば、星のない奴がそういうことすれば、即退学だよ」
「えっ?」
「昔居たんだよね。自分は星持ちだから〜って、横暴に振る舞って、成績落として星剥奪されて地位も何もかも失った奴。星持ちだって、リスクはもっておかないと。だから、そういうことにならないように、気をつけなきゃね」

 ケラケラと笑う瀬田に、俺は俄然興味が湧いてきた。

「……なあ瀬田、星ってどうすれば失うの?」
「うん? そこに目をつけるとはお目が高い! 星を得るのは難しいけど、失うのは簡単だよ、現状の生活を維持できない、あるいはあまりに面倒な騒ぎを起こしたら星を失う」
「…………」
「だから、志熊くんだってほどほどにしないといけないはずだよ」
「そ、そっか……! そうだよな……!?」

 その言葉に、なんだか希望が沸いてきた。
 そうだよな、いくら志熊が性格最悪のド変態悪魔だからって、ここは別に無法地帯じゃない。れっきとした学校だ。下手なことをすれば志熊だってその地位を追われるし、脅迫だって、明るみに出れば星を失いかねないんだ。
 俺が笑顔を見せると、瀬田も嬉しそうに笑う。

「よかった、ちょっと元気が出たみたいだね!」
「瀬田……!」
「心配してたからさ、持ち直してくれたようでよかった」
「…………っ」

 その言葉に、俺は胸の奥がじんと熱くなった。起き抜けに、俺のテンション無視して喋りまくってきたときはどうしようかと思ったけど、こいつ、めちゃくちゃ良い奴じゃないか? 志熊は、瀬田と同室という文字を見たとき、ドンマイとか言ってた気がするけど、ちょっと騒がしいだけで、明るくてさっぱりした性格の良い奴じゃん!
 俺は瀬田の手をがしりと掴んだ。

「ありがとう! 色々相談に乗ってくれて……!」
「どういたしまして! いやぁ、久しぶりにルームメイトが出来てオレも嬉しいよ。これからよろしくね、デルタくん」
「ああ、よろしく!」

 そう、友達! ずっと憧れていた友達が出来たんだ。
 デブタといじめられた暗黒の小学生時代。必死に努力してはいたけれど、全然友達が出来なかった中学生時代。それらを経て、今の俺は居る。志熊がなんだ。今の俺は、昔とは違うんだ。
 友達だって、沢山作ればいい。そうすれば、志熊なんて怖くない! あの悪魔だって退治してやる!
 現状、何一つ解決はしていないけれど、後ろ向きよりは前向きに考えた方がいいに決まってる。俺は笑みを溢し、腹を押さえた。ぐう、と腹が鳴る。そういえば、さっき吐いたんだっけ。

「はは、なんか、喋ってたら腹減ってきた……」
「じゃあ、何か食べに行こうか。ついでに学食のシステムも教えてあげるよ」
「ありがと」

 ニコニコと笑う瀬田に頷いて、俺は部屋を出た。


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