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 授業が終わり、放課後となった。
 後は寮の案内だ、ということで、それに関しても甲斐が教えてくれることになっていたのだが、ここで一つ問題が起きた。

「ミスミクン。いこー」
「えっ?」

 授業にはほとんど顔を出さなかった志熊が、気がつけばにこにこと笑いながら帰り支度をする俺の肩を叩いてきた。

「い、行くって? あ、売店とか? 初日からパシりかよー、なんて、はは……」

 よくわからないボケをかましていると、志熊が目を細めて笑った。

「ミスミクン今日転入してきたばっかでしょ? 寮の中、俺が案内したげるよ」
「えっ! いや、いやいや、その、悪いし、いいって、マジで」
「遠慮しないで」
「いやいや、悪いから!」

 本当にいいから。勘弁してくれ、絶対に嫌だ。
 どうして好き好んで悪魔と一緒に居なくちゃいけないんだ。俺の高校生活の目標は、波風立たたせず穏やかに平凡に卒業まで楽しく過ごす、だったけれど、さっき変わった。
 卒業までお前と関わらないことを目標にしたんだ。
 頼む、見逃してくれ。関わらないでくれ。こんなのあんまりだ神様。
 目線を合わさず、ただ逃げると機嫌を損ねそうなので曖昧に笑っていると、見かねたように甲斐が声をかけてきた。

「志熊、山本の寮の案内は俺がするよ、先生にも頼まれてる」
「いや、俺がするって。甲斐も忙しいでしょ」
「……お前一人部屋だろ。それに、棟も離れているんだから」
「うん、でも俺がするし」
「だから……」
「甲斐」
「…………なんだよ」
「お前の星、何個?」
「…………4だ」
「俺は?」
「…………7だな」
「はい、よくできましたぁ」

 その言葉に、志熊は満足そうに笑って、俺の手を引いた。

「じゃ、行こっか、ミスミクン」
「えっ!? いや、でもあの、か、甲斐っ」

 俺は甲斐に助けを求めたが、甲斐は俺から視線を外し、申し訳なさそうに目を伏せた。

「悪い山本、……俺、部活あるから」
「えっ、えっ……」

 俺の顔から血の気が引いていく。そんな俺を見て、志熊はからからと笑った。

「なに、ミスミクン俺のこと嫌い? 別に取って食ったりしないよ」
「……いや、は、ははは……」
「あははは」

 にや〜と、笑うその顔に、昔を思い出して泣きそうになった。泣きそうだし吐きそう。
 いやいや、泣くな。吐くな。
 ここで泣いたら終わりだ。むしろこれはチャンスだと思え! そう、ここで上手く立ち回らないと、俺の高校生活は終わったも同じ。
 もう俺はあの頃のデブタじゃない。
 笑え。明るく笑え。話を合わせて、上手い具合に……!

「……なっ、なんかごめんね? 時間取らせちゃって。俺一人でも見て回れるけど……」
「二年の宿舎はこっち」
「あ、うん……」

 全然話聞かねえわこいつ。

****

「向こうに自販機が置いてあるよ、結構種類あるし、便利。一応門限は9時まで。基本的に許可取らないと外出不可ね。つってもここら辺なんもねーから外出ても遊ぶとこないけど。んで、あっちが三年棟。二年の寮はこっち。ミスミクン、何号室?」
「えっ? えーと……忘れちゃった」
「見せて」
「あっ……」
「はいはい、604号室ね。りょ、りょ〜今度遊びにいこ」
「………………ウン」
「ちな、俺の部屋は18号室だからいつでも来てね〜」
「う、ウン」

 部屋番号を知られてしまった。
 予想に反して、志熊はきちんと寮内を案内してはくれるけど、正直、子供の頃の恐怖感ってのは、中々抜けないもので、隣に立っていると無意識に体が離れようとする。けれど、その度に志熊は俺の腕を掴んで自分の隣に引き戻した。
 なんでそんなことするのかわからないところも怖い。なんだ? こいつ本当は気付いているのか? ドキドキしながら、志熊の隣を並んで歩く。道中、一応志熊はこの学校の特色なんかも教えてはくれた。甲斐も教えてくれたけど、それとはまた違う部分だ。
 特待生は、どうやらかなり自由らしい。

「604号室はここ。あ〜、瀬田と相部屋か。ドンマイ」
「えっ?」

 不穏な発言に思わず志熊の顔を見ると、志熊はニヤニヤと笑う。その笑みに、ぞわぞわと背筋が粟立った。こえ〜……どういう感情? なんで笑ってんの?

「あとー、カードキーに関しては説明受けたと思うけど、学生証が部屋のキーだから、失くさない方が良いよ。再発行料金結構高いし面倒だし」

 まるで紛失したことがあるような物言いに、俺は笑いながら頷いた。

「そ、そうなんだ。色々とありがとな。じゃ、俺はこの辺で……」

 部屋まで来たし、もう話すことはないとばかりに入ろうとすると、腕を掴んで止められた。

「次はこっち」
「えっ? いや、もう十分だって」
「まあまあ、いいから」
「いやマジでっ」
「あのさあミスミクン。ミスミクンは知らないかもしれないけど、この学校って基本的に星の多い方が勝ちなわけ」
「か、勝ち……?」
「星が少ない奴は、星が多い奴に絶対服従。この学校の掟ね。鉄則鉄則。ミスミクンは星一つ。俺は七つ。だから俺の勝ち。俺の勝ちだから、ミスミクンは俺の言うことに逆らったらだめ〜、りょ?」
「……りょ、ってか……」

 なんだそれ。そんな巫山戯たことまかり通ってたまるか。と思ったけれど、先刻の甲斐と志熊の会話を思い出す。甲斐は、良い奴だし、俺の事を庇ってくれようとしたけど、星の話題を出した途端、どうしようもなさそうに引っ込んだ。
 もしかして、それが一風変わった校風の中に組み込まれているんだろうか。いや聞いてねえよ。でも、それが本当でも転入生だから知らなかったって言えば……。

「んじゃいこ。来るよな?」
「………………う、うん」

 言えば、それで済むのに染みついた奴隷根性がそれを許さなかった。簡単に言えば怖かった。
 志熊の声が、目が、口調が、全てが。体が逆らうなと全力で訴えかけているようで、気がつけば頷いていた。小学生の時、こいつに何されたっけ。靴隠されたり、無視するように先導されたり……、それ以外にも……、あれ、それ以外ってなんだっけ?
 ぼんやりと考えながら志熊に引っ張られるまま志熊の横を歩いていると、志熊が声をかけてきた

「そういえばミスミクンは、なんでこんな時期に転入? しかもこんなとこ」
「やー、親の転勤で……、ここ、何もないけど設備とか授業内容は充実してるって聞いてたし、寮もあったからさ」
「ああ、まあ学内の施設はそれなりかな。でも周りなんもねーし、くっそツマンネー」
「し、志熊は一年からここに居るの?」
「うん。親に無理矢理連れてこられた時はマジ腹立った。本当は違う学校いきたかったのにさー」
「そうなんだー……」

 引き攣る頬を無理矢理上げて、笑顔を作る。
 腹立った、と言ってる時の声色に、少しだけドスが混じっている気がして、無意識のうちに体が離れる。

「まあ、今は別にいいんだけど」
「そうなの?」
「うん、結構居心地いいし」

 かと思えば、すぐににこにこと笑い出す。子供の頃も、変な奴だと思っていたけど、今はあの頃より輪をかけて変な気がする。
 志熊の嬉しそうな笑みを見ていると、なんだか頭がズキズキ、と痛む。なんでだろう。ストレスかな。足取りが重くなっていく。

「ほら、ミスミクンこっちだって。すぐ離れんね?」
「て、転入初日だし疲れてるかなー、的な……? だから俺」
「あ、こっから特待生寮」
「うん……」

 あわよくば、疲れてるからもう部屋に帰りたい、と繋げる予定だったけれど、あっさり流されてしまった。
 渡り廊下を跨ぎ、特待生寮、と言われたドアを開けると、さっき案内された二年の寮よりも、若干グレードアップされた高級感溢れる内観が広がっていた。
 カーペットもなんかゴージャスだし、何より設備がいい。何あれ、プール? 近くの窓の外にプールが見える。えっ、寮内にプールあんの? ってか俺らの所は自販機しかなかったのに、コンビニみたいのあるんだけど。は?

「星5つ貰えるとこっちの寮に移動出来んの。ちなみにこっちは基本全員一人部屋だから、相部屋うぜーと思ったら星もらうといいよ」
「う、ん……」

 そんな簡単に貰えるなら皆こぞって貰うだろ。貰うの難しいってわかってて言ってんのかこいつ? とは言えず、黙って後ろをついていくと、志熊の部屋なのか、学生証で部屋のドアを開けた。
 部屋のプレートには18号室と書かれている。やっぱり志熊の部屋だ。

「どーぞ」
「えっ?」
「入って」
「えっ、……い、いやいや、俺もう帰るよ! 案内も色々してもらったし! 十分っていうか!」
「いいから。お茶でも飲んでいきなよ。せっかくここまで来たんだし」

 お前が連れてきたんだろうが! いやだ、入りたくない。怖い。へらへらと笑っているからよくないのか、でも、ここで怒ってこいつの機嫌を損ねたらと思うと、足が竦んで動かない。
 ああダメだ、俺はまたこいつがどう出るか伺っている。
 違う違う、俺はもうあの頃とは違うんだ! このまま断って二年の寮に戻れ!

「いや、か、帰る……」
「ダメ」
「ダメって、はは、は、何それ強引〜、あはは……」

 頭ではわかっているのに、志熊の目が、声が、俺の足を床へと縫い付ける。硬直したまま、足が動かない。左右に揺れる瞳で無意味に床を見た。赤と黄色の、カーペットが敷かれている。おかしい。こんなはずじゃなかったんだ。
 もうちょっと軽いキャラでいくつもりだった。チャラすぎず、でも明るく、人好きされるような、そんな感じで行く予定だったのに……。
 昔の、人に囲まれてるこいつみたいに。

「いや、でもさ、ほら……その」
「ミスミクン」
「な、なに?」
「キミのお星様は?」
「ひ……一つ、だけど」
「はいどーぞ」

 ドアの奥へと促され、俺は棒立ちになっていた足を、動かす。背中を押されて、部屋の中へと足を踏み入れてしまった。この学校では、星が多い方が勝ち。星が少ない奴は、星が多い奴に絶対服従。
 そんなルールがあるなんて信じがたいけれど、本当でも嘘でも、きっと俺は志熊の言葉に逆らえない。
 『……――おいデブタぁ、お前、今日から俺の玩具決定な』
 あの時の恐怖が、本能に刻み込まれてしまっているから。あれ、でもそういえば、こいつにされたことって、なんだったっけ。


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