番外編:女装の話(家)C



 それから、メイド服を脱がされて、ご丁寧に化野が用意した服を全部着せられた。なんならどこから引っ張り出したのか、違う服まで。
 化野もちょこちょこと衣装を変えてはいたようだけど、正直もう後半は覚えていない。化野の服より、自分のことに必死だった。
 服を変えるごとに妙な設定に付き合わされて、今の僕はもう完全に力尽きている。ひく、と震える体をなんとか転がして横になる。
 ここに来た時は、まだ太陽が真上にあったはずなのに、今はもう外から烏の鳴き声が聞こえてくる。窓もカーテンも閉まっているけど、うっすらと見える色は赤色だ。
 ベッドの上に横たわり、ぐったりしたまま目を開けると、近くには丸めたティッシュやらゴムが散乱している。

「…………っ」

 体に全然力が入らない。僕、今日ちゃんと家に帰れるかな。何度も何度もイかされて、終いには射精することなく達してしまった。化野は、いつの間にかちゃっかり学校の制服に着替えているし。セーラー服じゃなくて、普通の学ランだ。もう女装遊びは終わりなのかな。
 でも、今日学校休みなのになんで制服……いやけど男物の服というだけで羨ましく思えてくる。 だって、僕はまだチアガールなのに……。

「…………化野」
「ん?」
「もう、満足した……?」
「うん、でもあと最後に一個だけね。せっかくだから、全部着ようよ」

 そう言って、化野は脱ぎ捨てられた服の中から、唯一皺も汚れもついてない、綺麗な状態の聖華女子制服を手に取った。今まで着た服は、全部なんだかんだで体液やらローションやらに塗れて少し汚れているし、流石に他人様から、しかもあのお嬢様学校の制服を汚したくない。誰が着ていた服かわからないし。
 いや、それ以前にもう体力の限界だ。これ以上は本当に出来ない。

「いや化野、僕もう、無理……なんで化野はそんな元気なの……」
「俺も結構疲れたよ。流石に打ち止めだって。まあでも、正義ちゃんみたいにメスイキしてねえし」
「………………」
「これは着るだけ。もうしないよ」
「………………嘘だ」
「うわっ、俺そんな信用ない?」

 どの口でそんなことが言えるんだ。毎回毎回、服を着替える度にそう言ってたのはどこの誰だ。じと目で化野を睨みつけてから、ベッドに転がったまま、布団に顔を埋めて首を横に振った。

「無理……もう本当に無理……疲れた……」
「いや今回はマジマジ。俺だってもう出ないもん。ただ、これはちゃんとやりたかったからさ、はい、立ってー」
「うー…………」

 腕を引っ張られて、無理矢理体を起こされた。けど、全然力が入らない。かろうじて倒れないだけ偉いと思う。僕はもう体力ゼロなんだ。化野は、僕より体力があるかもしれないけど、僕だって疲れた。
 相当頑張ったよ。自分で自分を褒めてあげたいくらいだ。だから、僕のワガママだって聞いてくれたっていいだろう。

「正義ちゃん、万歳して」
「…………もう疲れたんだって……動きたくない……」
「わかったわかった。じゃあそこでなんもしなくていいから。俺が着替えさせるし」
「………………」

 嫌だ、と言おうとしたけれど、どうせ平行線だ。というより、もう億劫だった。口を開くこと自体が疲れた。このまま眠ってしまいたい。
 それに、あんだけしたんだから、化野だって本当に打ち止めだろうと思う。僕は壁に背中を預けて、目を閉じた。

「……ほんとに、これで最後だよ」
「うん! 正義ちゃんのそういうとこ、大好き」

 ちゅ、と唇を合わせられ、僕は力なく両手を挙げた。着ていたチアガールの服を脱がされて、何をするのかと思えば、白いブラジャーをつけられた。いや、ここに来てまだ持ってたのかそんなの、と言いたいところだけど、本当に疲れた。一刻も早く終わって欲しい。もうどうでもいいから早くしてくれ……。
 僕は何も言わず、化野の好きにさせた。チアのスカートは脱がされ、盛りすぎなんじゃないか? ってくらい膨らんだ胸にされた。巨乳好きなのかな。この時点でそろそろ限界で、瞼が重い。
 うつらうつらと船を漕ぐ僕の腕を上げるように指示して、上から聖華女子の制服を着せられた。ショーツはもうつけていないけど、そこはもう諦めたらしい。黒のソックスを穿かされ、胸のリボンを結んだ。これで終わりか? と思えば、今度は濡れた布で顔を拭ってくる。

「…………なに……」
「だから、やりたいことあんの。ちょっと時間かかるから正義ちゃんは寝てていいよ。終わったら起こすし」
「………………」

 実際、疲れてもう眠りたかった。多分目を閉じたら、すぐに眠ってしまうだろう。でも、化野が僕に何をしようとしているのかも気になるし、変なことをしようとしたら断りたい。ただ、それだけの体力が、もう残っていない。散々抱き潰された体は、抵抗する気力すらなくした。
 いい、もういい。これより最悪になることはきっとない。
 化野の傍らに置いてあるメイク道具を見て、また、前の時みたいに化粧をするつもりなのかと思ったけれど、もうどうでもよかった。それより眠い。化粧なら前回もしたし、少なくとも、さっきまでやっていたことに比べればマシだ。
 僕は欠伸をして、化野の言った通り目を閉じた。

「…………ちゃんと、画像は、あとで……消すからね……」
「はいはい」
「眠い…………」
「おやすみー」

 壁にもたれ掛かり目を瞑ると、化野の手のひらが僕の頬に触れてくるのを感じた。顔に何かを塗られている。前と同じく化粧品なのかもしれない。
 けれど、それを気にする前に、意識は遠のいた。

****

「正義ちゃん、出来たよー」
「…………ん……っ」
「おはよー。あ、目ぇ擦らないで。マスカラ落ちちゃうから」
「…………僕、どのくらい寝てた?」
「あー、一時間くらい?」

 目を覚ますと、目の前に化野の顔があった。
 辺りを見渡すと、乱れていたベッドシーツも、散乱していたゴミも、脱ぎ散らかした服も、綺麗に片付けられている。化野が片付けたのか。
 前から思っていたけど、化野は、変な物を集めたりコレクションするのは好きだけど、結構綺麗好きだと思う。あまり、散らかっているところは見たことがない。換気するためか、閉め切っていた窓も開け放たれて、涼しい風が頬を撫でた
 睡眠を取って、少しだけ回復した体を起こすと、ずっと同じ体勢でいたせいか伸びれば背中から音がなる。ふと、胸元に長い黒髪が目に映った。
 一房摘まめばそれは僕の頭から伸びていることがわかる。

「…………何コレ」
「何ってウィッグ。その格好ならそっちの髪型の方が似合うかと思って」
「………………」

 そういえば、まだしていたんだった、これ。
 少し眠ったせいか、もう終わったものだと思っていたけど、化野の中ではまだ終わっていないらしい。僕も、未だに聖華女子の制服を着たままだ。これ、皺になってないかな。
 起き上がると、スカート部分が少し折り目がついている。

「ほら、かわいいでしょ。あそこお嬢様多いからさー」
「…………」

 化野が、携帯をカメラモードにして、僕の姿をみせてくれた。頭に取り付けられたであろう長いウィッグは、背中まで伸びた綺麗なロングの黒髪だった。化粧自体は、前回されたものとあまり変わりはない。あまりゴテゴテはしていないけど、僕だとはわからない程度にはしてある。唇がピンク色だ……。なんだかぺたぺたする自分の唇に指で触れると、指先が赤くなった。化野から取れちゃうから触らないで、と注意された。僕が頷くと、化野は僕の肩を抱き、自分側へと引き寄せる。

「はい、それじゃ笑ってー」
「え?」

 化野の携帯のカメラが僕らの方を捉え、画面の中には戸惑う僕と、笑顔の化野が映っている。
 いや、正確には僕というより、メイクとアプリのフィルターのせいなのか、僕と判別できない僕だ。カシャ、と音が鳴ったが、画面の中の僕達はピントが全く合っていない。

「あっ、ブレた。正義ちゃん動かないでよ」
「やっ、いや、なんで写真撮るんだよ……。それもあとで消すよね?」
「いや、これは消さないよ?」
「えっ」
「だって、これ撮んのが今日の目的だったし。他はおまけ」
「………………」

 そんな話は一言も聞いていないし、それを撮るのが目的だったなら、ここに至るまでのあれこれはしなくてもよかったんじゃないだろうか。あれをおまけで片付けるには長すぎるし濃すぎる。
 何より、僕は写真に残されたくない。
 この情けない格好を、データとして残したくないんだ。自分ばっかり男の制服を着ている化野にはわからないかもしれないけど。

「いやだよ、撮らないで」
「大丈夫だよ、ほら、これなんて正義ちゃんには見えないでしょ」
「…………見えない、けど……」
「仮に正義ちゃんの素顔見たことあるやつでも、コレ見て、あ、正義ちゃんだ! とは思わないって。それに、今までのは趣味だけど、これはちゃんと実益を兼ねてるから」
「…………」

 なんの話だろう。って言うか、化野の趣味で僕を撮らないでほしい。キリっとした顔で話しているけど、やっていることは同級生を女装させて写真を撮っているだけだ。
 聖華女子の制服は、ワンピース型の制服だけど、化野がやたら胸を盛ったせいか、胸の部分がパツパツしているし、写真の中の僕は、僕でも僕だとわからないくらいに加工されているので、確かに女の子には見える。胸もでかいし。でも、だからといってなんだ。その写真の中の人物が僕ということに変わりはない。

「……何に使うの?」
「彼女いるのー? って聞かれたときにさ、居るって答えると必ずどんな子? とか、写真ある? って聞かれんだよね。その時に使おうと思って」
「居ないって言えばんじゃ……」
「いやいや、居る方が都合いいんだよ、色々と」
「なんで?」
「聖華女子の可愛い子だったら、あんま面倒くさいこと聞かれないし」
「……僕は、化野の彼女じゃない……」
「あー、うんうん、親友だもんね」

 ケラケラと笑いながら、手の内の画像を振る。居る方が都合がいいって、どういうことなんだろう。都合がいいなら作ればいい。
 こういうことに付き合ってくれる彼女、化野ならすぐ出来るだろうし。いや、僕にこういうことをするってことは、そもそも女の子に興味がないのか。男性としかできないし、女子とも付き合えないなら、彼女がいるのかという質問も、居ないと答えた時大変かもしれない。
 だって化野は、結構モテるし。僕はごく、と唾を飲み込んで、化野に問いかける。

「い、今更なんだけどさ」
「ん?」
「化野ってその……、おっ、男が好きなの? それとも女の子が好きなの?」

 僕の質問に、化野がきょとんとした顔で僕を見た。しかし、それからすぐに噴き出して笑う。

「何それ、正義ちゃん自分の性別忘れちゃった? それともそんな格好してるから?」
「いや、その、だから……っ」
「はいはい、どっちが好きなのってことでしょ。べつにー、俺ねえ、性別ってあんま拘らねえの」
「…………?」
「男でも女でも、好きなもんは好きだし、嫌いなモンは嫌い。オッケー?」
「…………」
「だから、正義ちゃんが女の子でも好きだよ」
「あ、りがとう……?」

 その言葉に、僕はぎこちなくお礼を言った。ここでお礼は違う気はするけど、でも好きなら、なんであんなことをするんだろう。
 僕は好きな子には、着たくないって言われた服を無理矢理着せたりしないし、嫌がったり困ったりする顔も見たくない。その好きは、ただ面白いから、からかうのに適しているからの好きなんじゃないのか?

「正義ちゃん、俺が言ってる意味わかる?」
「うん」

 なんとなく、わかってはいる。
 女の子が好きなら、僕にあんなことしないと思うし。いや、女の子が好きだとしても、その代替品としてやる可能性も、化野ならあるか。ないと思いたいけど、化野の性格はよくわからない。
 でも、性別に拘らないという言葉には、妙に納得させられた。普通に、女子と付き合ったこともあるって聞いたことがあるし。
 でも、どっちでもいいなら、結局女子でも男子でも、こういうことに付き合ってくれる人は居るんじゃないかな。別に、僕じゃなくても。

「……化野、恋人作れば?」
「はあ? え、なに、どういう流れで? はあ?」
「その、僕にこういうことしなくても、化野ならすぐ出来ると思うし……、そういう、彼女居るとか偽物の写真作って、嘘をつかなくてもいいと思う……」
「…………」

 化野が、どこか呆れたような目線を飛ばしてくる。

「いや俺、一途だから、結構」
「うん……?」
「正義ちゃんさあ、なんで俺が正義ちゃんのこと女装させてまで彼女写真撮りたがったと思ってんの?」
「そりゃ、存在しない人間の方が嘘つくのに都合がいいから……」

 僕の言葉に、化野はじっと僕を見つめる。その目が、なんだか僕を責めているように思えて目を逸らした。
 だって、そうじゃなきゃ、わざわざ僕を女装させてまで写真を撮るメリットが浮かばない。彼女が居ることにしたいのなら、彼女を作れば良いし、いらないけどいることにしたいのなら、沢山いる女友達に頼むとかすればいい。
 あのクラスで、学校で、化野はそういうことを頼むことが出来る立場の人間だ。内緒にしろと言えば、してくれる人だっているだろう。でも、あの学校だと化野の彼女という立ち位置は大変そうだから、それを危惧したのなら、別の学校に、架空の存在を作り出せばいいという思考は、ある意味理に適っている。
 彼女がいるのか聞かれて、写真を見せて、実際に探しに行くような人が居ても、その彼女はどこにも居ないし、傷つくこともない。それに聖華女子といえば、僕らの高校でも有名なお嬢様学校で、高嶺の華だ。仮に化野の事が好きで、彼女が気にくわないと考えても、なかなか乗り込もうという人は居ないだろう。
 今までで一番納得ができる考えだと思う。

「……違う?」

 違うなら、なんだ。まさか僕のことが好きとか? いやいや、それもやっぱりあり得ない。コレは化野にとって遊びで、そうじゃなくちゃ、僕のことを友達なんて言わない。それに、好きと言われても、きっと僕は困る。
 化野は一瞬黙り込んだ後、ぱっと顔を明るくした。

「そうっ、正解!」
「あ、だよね……」
「うん、こんなの親友の正義ちゃんにしか頼めないからさ〜、他の奴に頼んだら絶対バラされるし。だからお願い、彼女役やってよ。写真だけでいいからさ!」

 親友、という言葉に、少しだけ胸が熱くなった。
 結局、友達の居ない僕は化野の頼み事に弱いのだ。どんなに馬鹿げたことだと内心わかっていても、化野が喜ぶと嬉しいし、友達の為なら、と言う気持ちになる。

「………………これ以外の写真は消して、これが僕だってバラさないなら……」
「わかったわかった! んじゃ、写真撮ろ〜」

 と言って、再び化野が僕の体を抱き寄せる。画面の中の僕は不自然な程に緊張していた。意識しなくても、顔に熱が集まってくる。一体何をやっているんだろう、僕は。指でピースサインを作って、少しだけ微笑んだ。

「はい、笑って〜」
「………………」

 ぎこちない笑みを浮かべる僕と、格好良い笑みを浮かべた化野のツーショットは、僕から見れば不自然極まりないものだけど、化野は満足げだ。
 けれど、一枚だけだとダメだったのか、首を捻って写真を確認する。

「んー、可愛いけどなんか表情固いからもう一枚」
「化野、僕」

 ちゅ、と唇が重なった瞬間、シャッター音が鳴った。

「ちょっ」
「あ、大丈夫大丈夫。ちゃんと唇の所はスタンプで隠すし」
「大丈夫じゃないっ」
「なんで? 彼女だったらキス画くらいあってもよくね」
「…………っ」

 でも、僕は彼女じゃない。というか、そもそも女子でもない。黙り込む僕に対して、化野が覗き込んできた。

「怒った? じゃあキスしないから、もう一枚撮っていい? 見せる写真が一枚しかないって逆に怪しいし」
「…………絶対に、僕だってバレない?」
「バレないバレない」
「…………」

 鼻歌でも歌いそうなテンションでカメラを構え、化野は再びインカメにして写真を撮った。確かに、化野の手によって加工された写真は、僕だってわからないけど、フィルターのまま撮ったら化野も違う顔になってる気がする。
 そのことを指摘すると、化野はなんでもないことのように答えた。

「大丈夫、そこら辺は俺があとで加工し直すし」
「………………」

 それから、数枚撮るとようやく満足したらしい。これで、本当に終わりだ。
 僕は化野に手を差し出した。

「……ん? 何?」

 化野は僕の手を握って握手する。違う、そうじゃない。

「化野の携帯の画像フォルダ見せて」
「えっ、プライバシーの侵害じゃん!」
「さっき画像消すって約束しただろ」
「うん、ちゃんと消しとくよ」
「…………僕が消す……」

 信用していないわけじゃないけど、九割くらい信用できない。えー、と不満そうに声をあげる化野に、僕はめげずに手を出した。

「化野、携帯かして」
「じゃあ正義ちゃんのも見せてくれる?」
「僕は女装写真なんて撮ってな……いや、そうじゃなくて、最初の約束!」
「はいはい……ま、約束は約束だしね」

 もっとゴネられるかと思ったけど、思いのほかすんなり化野は携帯を渡してくれた。パスコードを指紋認証で解除して、僕は画像フォルダへとアクセスする。この制服を着ている写真だけは化野との約束だし、僕だとわからないから消さないでおくけど、明らかに僕がただ女性物の服を着ているだけの画像や、さっきの動画は全部消さないと。誰かに見られたら終わる。
 そう思ってフォルダを開いたが、僕が思っていたよりも画像が多い。

「…………化野」
「ん?」
「これ、なに?」
「え? 正義ちゃんだけど」
「と、盗撮じゃん!」
「ええ? ちゃんと撮るって言ったよ!」
「いや寝てる! こういうのは盗撮って言うんだよ」

 さっき化野が撮ったいかがわしい写真以外にも、僕が気付かないうちに撮られた写真が、画像フォルダーに散らばっていた。こんなの、一歩間違えばストーカーとして通報される。いや、もうこの段階で通報できるんじゃ……と思うような姿まで映っている。
 僕は素早く指を動かし、一気に選択して全部消した。ただの僕の写真もあったけど、なんか嫌なので全部消した。それを見た化野が驚きの声を上げる。

「あーっ! 正義ちゃんひでぇ! それは消すって話してなかったのに!」
「盗撮の方が酷いよっ」
「え、そうなの?」
「ええっ? そ、そうだよ……?」
「でも誰にも見せてないのに?」
「そういう問題じゃなくて……!」

 なんでそんな不思議そうな顔してんの? 僕がおかしいの? え? いや、僕はおかしくない。多分!

「あ、化野は、知らないうちに写真撮られてたら嫌じゃない?」
「んー、でも俺結構そういうのあるし、アハハ。なんか気付かねえうちにネットに晒されてたりすんの。ヤバそうなとこは削除してもらうけど」
「えっ……」
「あ、俺は正義ちゃんの写真ネットに晒したりしねえから安心して」
「うん……」

 いや、全然安心出来ない。だってそのニセ彼女写真はそういうことに使うのかと思ってたし。ていうか、なんで化野はそんな平気そうな顔してるの?  怖くない?

「でも消すから……」
「頭かたっ」
「固いとかそういう問題じゃないよね」

 とにかく、これはダメ。ダメです。許可したもの以外を消していると、化野がグチグチ言いながら唇を尖らせていた。

「あーあ、せっかく撮ったのにな〜……」
「……よし」

 僕にもたれ掛かりながら文句を言っていたけど、僕は指を止めなかった。あらかた消し終わると、ようやく携帯を元の持ち主へと返す。
 予想以上に写真があったことには驚いたけど、とりあえずめぼしい物は削除したし、変なのも映ってない。少しだけ安心した。用は終わったし、あとは着替えるだけだ。
 この顔の化粧も落としたい。ちょっとだけ寝て体力は少し回復したものの、やっぱり疲れているし、もう帰ろう。けれど、辺りを見渡しても僕が着てきた服はない。

「……化野、僕の服は?」
「服なら今着てるじゃん」
「これじゃなくて、ここに来るときに着てきた服」
「えー、どこだったかな」

 とぼけた様子に僕が口を曲げると、化野がケラケラと笑った。

「ウソウソ、今出すって」
「…………」

 しかし、化野がクローゼットへ向かおうとしたその時、窓の外から車の停まる音がした。
 この家に誰かが来ることは滅多にないので、珍しいな、と思ったら、化野がすごい勢いで窓際へと駆け寄った。

「化野?」

 釣られて僕も隣から窓を覗くと、駐車場に大きな車が停まっていて、中から綺麗な女性が出てきた。その姿を見た化野は、僕の隣で小さく呟く。

「…………やっべ」
「え?」
「正義ちゃん、今日靴なに履いてきたっけ」
「ス、スニーカー……」
「あの中学生が履いてるみたいなやつ?」
「……一応高校に入ってから買ったよ」
「やば。ちょっ、待ってて!」
「え、ちょ、僕の服はっ……!」

 僕が止める前に化野は勢いよく何かを掴んで部屋を出て行った。
 かと思えば、すぐに部屋へと戻ってきた。腕に何かを抱えている。何かと思えば僕の靴だった。…………もしかして、窓から帰れってことか? あの女の人に僕が居るってバレたらまずい、とか……。しかし、僕の心配は外れたらしく、化野はすぐに僕の靴をベッドの下へと隠した。同時に、下で玄関の開く音がした。それから、とん、とん、と階段を上がってくる音がする。

「……大志くん、居るの? 女の子の靴があったけど、もしかして誰か来てる?」

 綺麗な声だった。部屋の前まで来たのか、化野の部屋でその音は止まり、ドアを数回ノックする音がする。化野は、何故か立ち尽くしていたけれど、僕をちらりと見て、それからうっすらと微笑んだ。

「……話あわせてね」
「え……?」
「はーい、居ますよ華也子さん」

 僕が疑問を口にする前に、化野は自分の部屋のドアを開けた。すると、化野に隠れて欲は見えないが、部屋の前には綺麗な女性がいた。
 年は多分、三十代前半というところだろうか、優しげで、声と同じ印象の、綺麗な人だ。化野の、お姉さん、というには年が離れている気がするし、お母さんというには若い。それに、化野をくんづけで呼ぶってことは、親戚の人とかなのかな。じっと見つめていると、ドアの隙間から目が合った。挨拶すべきか、と思ったけど、今僕の格好って……! はっとして自分の格好を顧みると、ドアの向こうに立っていた女性が僕に声をかける。

「あら? どちら?」
「あー、彼女」
「え、あ……そうなの? まあ……」
「…………っ!」

 彼女じゃない。女でもないけど、ここで否定するとさっきの話をあわせろという化野の言葉に反することになる。
 とりあえずベッドに座ったままなのもどうかと思って、立ち上がり頭を下げた。ドキドキと心臓の音が鳴る。
 き、気付いてない? 流石に声を出せば男だと気付くだろうけど、この格好だと気付いていないのかもしれない。カヤコさん、と呼ばれた女性は、口元に手を当てて驚いたように目を見開いている。

「その制服、もしかして聖華女子の子?」
「そうだよ」
「そうなの! 初めまして、大志くんに彼女が居たなんて私全然……」
「華也子さん、俺の部屋には入んないで」

 僕の方に近寄ろうとしたカヤコさんに対して、化野の声が飛ぶ。化野の顔は、いつもと変わらぬ笑顔だし、なんなら声色もいつもより優しいものだったけど、その空気にはトゲトゲしさを感じてしまった。化野の言葉に、カヤコさんははっと歩みを止めた。

「ご、ごめんなさいね……。あ、私大志くんの母です。初めまして」
「…………っ」

 そう言って、彼女は恭しく頭を下げる。
 お母さんだったのか。それにしては、若いし綺麗な人だ。僕のお母さんと同い年位なのかな、全然そうは見えないけど……。喋ると男だということがバレてしまうから、僕はただ頷いて、曖昧な笑みを浮かべて頭を下げた。
 そんな僕を見て、化野がフォローするように、口を開く。

「ごめんね、この子人見知りで口下手だから」
「あ、ううん、気にしてないの。聖華女子の子って、頭いいんでしょう? すごいわね。どこで知り合ったの?」
「…………」

 実際、僕はあなたの息子さんと同級生の男なんですけど、そこに言及することは出来ず、何も言わずにいると、化野が事も無げに言った。

「俺がナンパした」
「あ、あら……」

 カヤコさんが、どこか気まずそうな顔をして笑っている。

「ふふ、お兄ちゃんにこんな可愛い彼女さんが出来たなんて知ったら、あの子またヤキモチ焼いちゃうかも」
「……?」

 あの子? あの子って誰だろう。そう思った瞬間、再び化野の声が挟まれた。

「華也子さんさ、何しに帰ってきたの?」
「え……?」
「いつも、俺が居ないときに帰ってくるのに。今日はどうしたの? 何か取りに来た?」

 化野の声は、あくまで優しい。けれど、やっぱりどこか壁を感じる。カヤコさんは、そのことに気付いているのか居ないのか、曖昧に目線を逸らした。

「あ、……ごめんなさいね。大志くん忙しいと思って、タイミング合わなくて。あの子の着替え持ってこようと思って」
「……下に詰めて置いてあるよ」
「あらそう? ……やっぱり、大志くんはしっかりしてるのね」
「うん。……だから帰ってこなくても大丈夫」

 さっぱり会話が見えないまま黙っていると、カヤコさんは少しだけ苦笑いを浮かべた。

「そうよね、大丈夫よね。大志くんは、一人でも平気ね。それじゃあ、私はもう行くけど、ゆっくりしていってね。えっと……?」
「ミナコ」
「あ、ミナコちゃん?」
「…………」

 優しく微笑まれて、僕は何度も頷いて頭を下げると、すぐにカヤコさんはその場から離れていった。階段を降りる音が聞こえて、少しだけ物音がしたあと、また玄関のドアが閉まる音がする。
 それから、窓の方を見ると、車がエンジン音をたてて離れていった。あとには、静かな部屋の中に僕と化野だけが残される。

「…………あ、あの……」

 なんとなく、家族のことに関して聞けない空気が漂っていて、僕は話しかけたはいいものの、なにを聞けばいいのかわからなかった。
 けれど、そもそも化野は答えるつもりもなかったらしく、無言で自室のクローゼットを開けると、ハンガーにかけてあった僕の服と下着を手に取った。

「はい」
「…………うん」
「化粧落とし持ってくるから、その間に服着替えてて。自分で着替えられる?」
「う、うん。大丈夫」

 何も言えないまま頷くと、化野はそのまま部屋を出て行った。制服というだけあって、メイドの服よりは着替えやすい。ぎっちりと胸に詰められた詰め物を置いて、自分の服を着てからウィッグを取った。
 すぐに化野が戻ってきて、化粧を落とすと、ようやくいつもの格好に戻れた気がする。化粧を落としている間、化野は特に何も喋らなかった。さっきまでテンション高くずっと喋っていたにもかかわらず、カヤコさんが現れた時から、静かになってしまった。
 ……若そうに見えたけど、何歳くらいの人なんだろう。なんで、いつも家に居ないんだろう。あの子って誰なのかな。
 聞きたいけど、聞きづらい。

「はい、終わり。これお面」
「うん……」

 綺麗に化粧を落として、顔を拭くと、化粧水とかを塗りつけられた。それから、お面を受け取った時には、もうとっくに日は暮れていて、そろそろ帰る時間だ。夕飯は家で食べるって言ってあるし。

「……それじゃ、僕帰るね」
「うん、またね」
「うん……」

 にこりと微笑む化野に、背を向けて部屋のドアに手をかけようとした瞬間、後ろから突然抱き寄せられた。

「わっ……!?」
「…………やっぱ帰んないで……」
「………………化野?」
「………………」

 帰らないで、って言われても。明日は学校だし、僕は泊まる道具も何も持ってきていない。それに、親にも帰るって言ってある。ぎゅう、と強く背後から抱きしめられて、どうしたのかと思ったけど、次の瞬間にはすぐに化野の手は離れていた。

「なんてねっ」
「え?」
「どう、びっくりした?」
「う、うん」
「あー、今日は楽しかった。またしようね!」
「いや、もうしないけど……」
「またまた〜」

 またまた、じゃない。女装はもうしない。

「あ、家まで送っていこうか?」
「いや、大丈夫」
「そう、じゃあ、また明日ね」
「うん、また明日……」

 それから、背中を押されて僕は化野宅を後にした。そういえば、化野のお母さんって初めて見たけど、すぐに出て行ったな。
 ……化野は、夕飯とかどうするんだろう。一人で食べてるのかな。
 そんな疑問が頭に浮かんだが、問いかける事も出来ず、夕暮れの中、帰路へつく。お尻がまだちょっとじんじんする。なんか、お腹の奥もまだぬるついている気がするし、中にローションが残っているのかな。
 帰ったらすぐお風呂に入ろう。

****

 家に帰ると、化野からラインが届いていた。

【今日はありがと!今度は違う服で外デートしようね

 というラインが届いていた。とんでもないことを言わないでほしい。

「…………」

 僕は意思を強く持って、【しません】とだけ送信して、部屋へ戻る。
 夕ご飯がもうすぐ出来ると言われたけど、汗をかいていたし、やっぱりお風呂に入りたかった。
 風呂場で汗を流し、体を洗っていると、ふと、鏡に映った自分のお尻に、何か書いてあるのが見えた。ん? と体を捻って、後ろ姿を映すと、その文字が鏡に反転してはいるものの、はっきり読み取れた。

「あっ……」

 いつの間に、こんな落書きされたんだろう。してる最中? いや、ペンなんて持ってなかったし、寝てる間にしたのかな。それにしたって、なんでこんな……。
 僕のお尻には大きく『化野大志』と書かれていた。……僕の尻は化野の持ち物じゃない。幸い水性だったらしく、泡で擦ればすぐに消えたけど、こんなの誰かに見られたらどうするんだ。
 中まで綺麗に洗って、お風呂を出て食事を終えると、部屋に戻る頃にはとっくに夜になっていた。

「あ、そういえばライン……」

 さっきしないって送ったまま返してなかった。冗談だといいんだけど、化野の場合本当にやりそうで怖い。流石にあの格好で外に出る勇気はないし、下手すれば掴まっちゃうよ。
 携帯のロックを解除すると、案の定化野からいくつかラインが届いていた。化野はいつも大量にラインを送ってくるけど、今日はいつもより多いな。指でスクロールすると、デフォルトの背景に化野のコメントがいくつも並んでいる。
【なんで?】
【今日みたいな服じゃないよ】
【次は二人で買いに行こう】
【正義ちゃん】
【携帯見てない?】
 というメッセージが続いて、その下に動画がいくつか投稿されていた。動画……? となんとなく嫌な予感がしながらも、僕はその動画を開いた。
 けど、開かなければよかったと思った。

『あ゛っ、あっ、ごしゅじんさまっ、ごしゅっ、ッ、イ、いくっ、乳首やだあ゛っ、コリコリしなっ、あ゛っ』
「………………〜〜〜っ!」

 すぐに動画を閉じた。動画の中に映っていたのは、さっきまでの僕だ。正確には、僕と女装してセックスしてる化野も映っている。
 どっどっど、と心臓が激しく音を立てる。顔から血の気が引いていく。
 ……いっ、今のナニ?
 化野の携帯の中に入っていた映像は全部削除したはずだ。くまなくチェックした。それに、化野が撮ったのだとしたら、僕と化野の両方映っているのはおかしい。でも、あの部屋には僕らしかいなかったはずだ。
 それに、僕の目線が時折カメラ側を向いている。まるで、撮られてることに気がついているみたいに。でも、僕は誰かに撮られてなんて……。

「あっ!?」

 そこで気がついた。この角度からの映像なら、カメラがあった場所はおおよそ推定出来る。ベッドの向かい側に置いてある棚の位置だ。

『ほら、正義ちゃん、あそこの棚見て。おかめのお面が飾ってるでしょ』
『あれをさあ、ギャラリーだと思って意識して、見せつけるようにしてってこと』

 最中に化野が言っていた言葉を思い出した。
 確かに、ちょっと不自然だとは思った。化野の部屋のお面は、いつもベッド脇にある壁の方へとずらりと飾ってあるし、棚に一つだけ置いてあるなんておかしいなって。でも、よくわからない理由の言い訳かと思った。今思えばあのお面の裏にカメラがあったんだろう。
 人の顔だと思って見れば、僕の目線はカメラへと向く。

「…………だから、盗撮はダメだって……っ! 言ったのにっ……言ったのに……〜〜〜〜……っ!」

 どうりで盗撮がダメって言った時、きょとんとしてたはずだ。
 その時もしていたんだから。頭を抱えてその場に布団に突っ伏した。ばたばたと両足を漕いで、携帯を握りしめる。
 恐る恐る、ライン画面を見た。既読になってしまったから、もう化野には僕が見たことは通知されているだろう。動画がいくつか続いているので、最後に化野がなんて言っているのかは、まだ見ていない。

「…………」

 見るのが怖かったけど、念の為他の動画も再生した。けれど、見た後はやっぱり再生しなければよかったと思った。だって、全部映っていた。
 メイド服で性交している動画だけじゃない。あの場にずっと置いてあったのだから、その時の映像が全て残されている。例えば。
『やッあ゛っ!? あ〜〜〜っ、っ〜〜〜〜……! 化野っ、あだ、しのっ乳首やだって……っ!』
『日本語禁止〜』
『そ、んな事言っ、われッ、てもっ、ふ』
『はいペナルティーね』
 チャイナ服で胸部分だけ切り取られて、ハメられたまま乳首摘ままれてる映像とか。
『っが、がんばれっ、がんばれっ……』
『ほらほら、正義ちゃんのがもっと頑張らないと』
『ひっ、うっ、……ッ、が、んばれッ、が、んばっ、あ゛っ』
 チアガールの服を着せられて化野の上でハメながらスクワットさせられてる映像とか。
『せんせ、いっ、は、恥ずかしっ……もう見ない、で、あ゛ッ、
やぅ、ッ』
『いやいや、診察だから』
 ナース服で穴を広げられている映像とか。他にも、色々……。………………。

「…………っ〜〜〜!!」

 僕は顔を真っ赤にしながら、ベッドに何度も額を打ち付けた。馬鹿だ、なんで僕は、こんな台詞っ! 化野に言わされた台詞やさせられたポーズも含まれて入るけど、訳がわからなくて自分で吐いた言葉もある。
 というか、後半はもう脳みそが半分溶けかけてるんじゃないかってくらい熱くて、自分でも何を言ったか覚えていない。けど、この映像を見て思い出した。

「あ゛〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 あーーっ! ううっ、あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ……!
 羞恥に顔が燃える。髪の毛を掻き毟り、ベッドの上をゴロゴロ転がった。
 僕の馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!
 またこんな恥ずかしい映像を残して……っ!
 最後までラインを進めると、投稿されているのは動画だけで、その下に化野のメッセージが添えられていることはなかった。僕は半分涙目で、ラインを送信する。

【全部消して!】

 すぐに既読がつき、化野の返信が来た。

【じゃあ、今度は外でデートしようね

「………………」

 正直、僕はちょっとだけ化野は寂しいんじゃないかなあ、なんて思ったりしていた。
 化野の家庭事情はわからないけど、いつ行っても家族は居ないし、初めて見たけど、すぐに居なくなってしまったし、あの広い家に一人で居たら寂しいのかもしれないな、だからこんな意味が分からないことするのかなって思ったりもした。
 けど、前言撤回。化野はやっぱり素でおかしい!

「……ううっ……〜〜〜〜〜……!」

 断りたい。外で女装なんて絶対に嫌だ。恥ずかしい。誰かにバレたらと思うと死にたくなる。
 でも、この映像がずっと残ってるのも嫌すぎる。そもそも、最初の時点で僕に選択肢なんてないんだって、何度気がつけばわかるんだろう。

 震える手で、メッセージを送信した。


終わり

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