翌日、目を覚ますと、雪がすでに朝食を作っていた。目玉焼きにご飯、味噌汁、ほうれん草の胡麻和えに焼き魚。相変わらず器用なやつ、だけどこいつ、火を使う料理なんて出来たっけ?眠い眼をこすりながら、香りに釣られる様に近づいていく。
「おはようございます。林道さん」
「お、おはよう。これお前が作ったの?」
「はい」
「火とか使えたっけ……」
「指輪をしているので、ある程度は大丈夫です。流石に火の海に放り込まれたらやばいですが」
「それは人間でもアウトだよ」
 言いながら、雪は俺と同じく薬指にしている指を見せた。この指輪にそんな効果があるなんて初耳だけど、素直に嬉しかった。雪が今まで作る料理は基本冷たいものばかりだったので、温かい飯はインスタント以外は久々だ。顔を洗い、いただきますと宣言してから料理に食いついていると、雪が嬉しそうに俺を見てくる。咀嚼しながら顔を上げると、雪が微笑んだ。
「美味しいですか、林道さん」
「うん美味い、お前すげーな」
「照れます」
「照れてないじゃん」
「照れてます。あ、あと林道さん。これ、後で一緒にやりましょう」
「ん? っ……そ、それは!」
 雪の手元にあったものは、俺がほしかったけれど財布の都合上諦めた新作ゲームソフトだった。しかも初回限定盤! 目を輝かせていると、雪がパッケージの後ろから顔を出して言う。
「林道さん、喜ぶかなと思って。僕の給料でこっそり買っておきました」
「……せっ、雪ー! お前は何ていい奴なんだ!」
 感動のあまり、がばりと抱き着いた。冷たいけれど、それよりも嬉しさが勝っている。今度の給料が出ないと買えないと思っていただけに、嬉しさも一入だ。もしかしたら俺は、すごいいい奴を手に入れたんじゃないだろうか。雪が俺の伴侶ってことは雪は俺のものってことだろう。やったー、こいつ俺のな! しばらく抱きしめていると、雪が固まっていることに気付く。目を見開いて俺を見つめていた。
「どうした?」
「いえ……林道さん、結構チョロいですね」
「どういう意味だ」
「そのまんまです。でも、嬉しいです」
「おおっ?」
 ぎゅっと抱きしめ返してくる雪に、今度は俺が固まった。朝っぱらから何をやってんだ俺たちは。もういいから飯を食おう、そう思って離れた瞬間、チャイムが鳴る。大家だろうか。
「僕が……」
「いや、俺が出る」
 大家だったら、昨日見たことを雪に変な風に伝えそうだし。それに、家賃の催促だったら一応家主の俺が払わなければいけない。しかし、扉を開けた先に立っていたのは、大家ではなく六花だった。相変わらず薄着な恰好でこの真冬の最中玄関前に頼りなさげに立っている。知らない人が見たらまた誤解されそうな図だ。こいつら兄弟はいい加減厚着を覚えた方がいい。
「あ」
「…………」
 六花は俺を見ると、少し気まずそうに目を伏せた。その態度が少し意外で、俺は目を丸くする。なんだ、てっきりまた「なんでお前が出てくるんだよ、雪兄は!?」とか言われると思ったのに。なんにせよ、昨日のことは、結局俺が間違っていたし、泣かせてしまった負い目もある。だから、子供相手とはいえ、先に頭を下げて謝った。
「おい、昨日は、悪かった、ごめんね」
「っ!? な、なんで先に謝るんだよ! ほんっと、空気読めない奴!」
「えー……」
「ボクだってなあ、やり過ぎたって思ってるんだからな! そのっ……ごめんなさい……」
「お、おお……」
 珍しく素直に謝られて、思わず感心する。なんだ、くそ生意気なガキだと思ってたけど、素直で可愛い所もあるんじゃん。思わず頬を緩め頭を撫でると、その手は思い切り振り払われた。
「ボ、ボクに気安く触んな! 馬鹿! 人間!」
 訂正、やっぱり可愛くない。
 頭撫でたら罵倒された。顔が赤いんだから照れているんだと解釈しても、続けて罵倒してくる。ポジティブに考えればツンデレか? でも俺ショタ属性はないからなあ。どうしよう。噛みついてくる少年を持て余していると、後ろから声がかかった。
「林道さん、どうしたんですか。ご飯冷めちゃいますよ」
「っ! 雪兄!」
「ああ六花。僕は今林道さんとご飯を食べているので、帰ってください」
「えー! ボクも一緒に……って、雪兄、その指輪……」
 駄々をこねようとした六花の目が、雪と俺の薬指に止まる。雪はこれみよがしに、六花の前で手を広げ、ついでに俺の左手も上げさせた。六花の顔色が、どんどん青くなっていく。赤くなったり青くなったり、大変な奴だ。けど、顔色が変わっていくのを見る限り、こいつもこの指輪の意味は知っているんだろう。
「はい、そういうことなので、六花は林道さんに手を出さないでくださいね。出したら消します」
 無表情のままそう言い切ると、六花が強く拳を握った。
「せっ」
「せ?」
「……せ、雪兄の馬鹿ー!」
 大きな声で叫ぶと、六花は再び泣きながら出て行った。出ていく時、またも大家が俺の部屋の近くを通りがかった最中だったらしく、すごい顔をしてこっちを見ていた。昨日に続いて今日までも修羅場なのかという顔をしていた。ていうか、今の俺の立ち位置ってどんなん?
 男と付き合うホモで、更に年下の子にも手を出している最低男? 今後は大家と顔を合わせずらい。というか、大家の中でどんどん俺の株が落ちて行ってる気がする。いや、家賃さえまってくれれば別にいいけど。
 軽く絶望したが、全く気にしていない雪は今までのことなんてなかったかのように、俺の手を引いて食卓へと導きだした。
「じゃあ、ご飯にしましょう、林道さん」
「お前、すげーな! 放置すんだ!?」
「はい、ご飯が冷めるので」
 こいつの頭の中では弟よりも朝食が優先されるのか。
「……説明しなくていいの?」
「何がですか?」
「弟」
「いいんです。昨日も言いましたが、僕たち雪女族が大切にするのは伴侶だけであって、兄弟や身内はそれほど慣れあいません。六花は僕に懐いてきますが、どうせ独り立ちするんですから、かまっても無駄です。ああ見えて生きる知恵はあるので、のたれ死にはしないでしょう」
「一瞬でのたれ死ぬところまで想像するお前が怖えーよ」
 確かに可愛いし、変態さんに出会っても凍らせることが出来れば、なんとか生き残れるかもしれないが、あんな子供を放り出すのは少し気が引ける。俺が悩んでいると、握られた手に力が加わった。
「それに」
「ん?」
「それに、林道さんを取られたくないので」
「いや、あいつが取られたくなかったのはお前だろ……」
 見当違いなことを言う雪に頭を抱える。なんてったってブラコンな弟だ。多分、俺のことははらわた煮えくり返るほど嫌いなはずだ。さっきは素直に謝ったけど、お前が出てくるなり目を輝かせていたし。すると雪は、少し不機嫌そうに言い放った。
「どうでしょうか。僕も六花も、林道さんみたいな人は初めてですから、案外」
「いや、ないって。それより食ったらこれやろうぜ」
 そう言って、俺は雪が買ってくれたゲームのパッケージをひらひらと振った。雪も薄く微笑んで頷く。
「……わかりました。あ、林道さん」
「ん?」
「僕、林道さんには好きと言ったんですが、林道さんは僕に好きと言ってくれてませんよね。言ってください」
「え」
「お願いします。じゃないとゲーム没収します」
「おまっ」
「林道さん」
「…………」
 俺は、こいつのまっすぐな視線に弱いらしい。日本人にはあり得ない青い瞳が、自分では認めたくないけど、正直お気に入りなんだ。けど、やっぱり恥ずかしいので目を見ないようにぼそりと呟いた。
「………………す」
「す?」
「………………スキ」
 瞬間、部屋の中が凍りついた。
「うおおおい! お前何してんだ! さ、寒っ! 家電製品壊れてねーだろうな!?」
「すみません、制御できませんでした。でも後悔してません」
「俺は少し後悔したよ馬鹿!」
 相変わらず氷漬けにする癖の直らない雪を怒鳴りつけるが、雪はどこ吹く風で、幸せそうに笑んでいる。……もしかして俺、やっぱり選択を誤ったか? 人生にセーブポイントはないのに。
「林道さん」
「あー……飯が全部氷漬けに……もったいない……」
「また作り直します。それより林道さん」
「なんだよ」
「嬉しいです」
 けど、そう思うのに笑顔でそんなこと言われたら、何も言えなくなってしまう俺は、やっぱり雪に惚れているのかもしれない。ぎゅっと握られた手は冷たいけれど、俺の顔は赤く染まっていた。
「……飯食うぞ」
「はい」


終わり

- 296 -
PREV | BACK | NEXT

×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -