番外編:女装の話(家)@





 正直、なんか変だなとは思ってた。
 突然メジャーを持ってきたかと思えば、ちょっと肩幅計らせて、と僕の体型を図っていくし、何に使うのか問いかければ内緒としか言われなかった。内緒と言われても、体型を図るということは、目的はその体に合った服を探すくらいしかないんじゃないかと思う。
 先日化野に女子のセーラー服を着せられたことがあったから、僕も若干警戒していた。
 もしまた、女の子の服を着せられそうになったら、今度こそしっかり断らないといけない。僕に女装趣味はない。
 
 この間学校で化野に、この中の女子でどれが好み? と女の子の写真を何枚か見せられた事があった。
 チャイナ、チアガール、警察官、看護師、メイド、巫女さん、ランジェリー、袴、バニー、ゴスロリ……色々な服を着ていたけれど、私服という感じの女性はいなくて、なんとなく嫌な予感が胸を過る。
 考え過ぎならそれでいいけど、先日体型を図られた件もある。ここは、答えないのが得策だろうと、警戒心を露わにして、僕はその質問に緩く首を振った。

「………………」
「なんで? 全員ブス?」
「……っ!」
「違うの? じゃあ選んでよ〜」
「大志〜、何してんの?」
「え? 正義ちゃんに好みの女聞いてる」
「狐君て性欲あんの? ギャハハ」
「ばーか」

 隣で笑う佐々木の頭を、井上が叩いた。そのまま話題が逸れてくれればよかったけれど、むしろ佐々木が乗り気になって写真を机の上に広げた。

「ってかなんでコスプレばっか?」
「わかりやすいじゃん」
「まー、確かに。ちな、俺はこれ〜」

 と、佐々木が笑いながら写真の一枚を指さした。

「女教師?」
「そ。エロいじゃん」
「つーかこの女がエロいだろ、この丈とか完全にドスケベじゃん、男食いに来てる」
「俺らの学校にもこういう女教師赴任してくんねえかな」

 ゲラゲラと笑いながら、写真を物色する。話は逸れてきた気がするけど、こういう話題もそれはそれで苦手だ。好みの女性、と言われても、服装で選ぶわけじゃないと思うし。
 黙り込んでいると、佐々木が井上を振り返る。

「井上は?」
「ん〜、俺これ」
「チア? え〜、井上もっとエロい女の方が好きじゃん」
「いや、こういう女の方が案外やべえよ」
「にっしーはどうせこの保育士とかだろ」
「あー好きそう」
「おい、会話混ざってねえのに勝手に参加させんな! 勝手に決めんな!」
「じゃあどれ?」
「あ? あー……これだな」
「保育士じゃねえか」

 遠くに座っていた西園が吠えながらやってくると、化野が仏頂面で追い払うように手を振った。

「うっさうっさ。お前らうっせー、俺今正義ちゃんに聞いてんの! はい、正義ちゃんどれ!?」

 話が逸れかけていたのに、化野がまた話を戻してしまった。写真が広げられた机を叩くと、僕は化野以外の人にも見つめられ、逃げる事も出来ず硬直する。
 お面の中の顔が熱くなってきた。なんでそんなことを聞くんだ。居ないなら居ないでいいのに。
 どうしよう。いや、この中で一番マシな格好のを選べばいいのか。スカートの奴はやめておこう、なんとなく。嫌な予感がするから。
 スカートじゃないとなると、看護師さんのこの服がズボンスタイルだった。清潔感ある格好だし、こういう人は好きだし。
 と、僕は看護師を指さした。

「へー、小波くんはナースがいいんだ」
「一応性欲あんだな」
「…………」

 ケラケラ笑われて、若干顔を赤らめる。別に、そういう訳じゃない。好みとか、そういうんじゃない。否定するように首を横に振ると、じゃあどれ? とからかうように佐々木に笑われ、僕は沈黙を貫いた。
 化野は僕が選んだことの方が重要だったようで、顔を明るくしながら、持ってきていた写真をしまう。

「オッケー、わかったわかった!」

 にこにこしながら、スマホを弄っている。……何してるんだろう。

「任せて!」
「何を?」
「ナースもののAVでも仕入れんじゃね」
「マジ? 二人で鑑賞会すんの?」
「俺も入れてよ」
「あーも、お前らうっせー、家帰って一人でオナってろ」
「え〜、大志また合コンしようよ〜」
「俺今日バイトだからダメー」
「大志最近バイトよくしてんね」
「ちょっと色々欲しいモンあって」

 と、件の話題は逸れたものの、その後再び下ネタ満載の猥談に突入してしまって、僕は行き場もないまま、ただ身を縮こませた。

****

 それが、先日の話だ。
 そして、今日は化野の家に呼ばれていた。
 休日、特に用事がない日は、こうして化野の家に呼び出される事が多い。化野の家に行くということは、僕の中でそういうことをするものなのだと、刷り込まれているように思える。
 そういうこと、というのは、つまり、アレで。
 恥ずかしいと思う反面、化野の家の中なら、誰かに見られる心配も、声を聞かれることもないという安心があった。準備だけは念の為家ですませておく。しないならそれに越したことはないけど、もしすることになったとき、誰も居ないとはいえ、人の家で準備するのはやっぱり抵抗がある。
 基本的に化野の家には、誰も居ないし。チャイムを鳴らすと、化野が玄関の方へ駆けてくる音がドア越しに聞こえた。

「はーい!」
「……お、お邪魔しま……」

 ドアを開けた瞬間、僕は硬直した。何故って、目の前に居る化野の格好がナース服だったから。

「…………っ!」

 慌てて逃げようとしたけれど、すぐに家の中へと引っ張り込まれた。

「ひっ……」
「ほら入って入って。外の人にこの格好見られたら恥ずかしいじゃん?」

 と笑う化野に、僕は気が狂ったのかと思った。
 狐面をつけたまま僕は顔色を青くする。
 別に、平日までこのお面をつけてこなくてもいいんじゃないかと思うけれど、これは単なる癖だ。化野の家に行くときは、つけてきてほしいと最初に言われたから、それが習慣づいてしまった。
 看護師というよりは、コスプレにありそうなナース服だった。ズボンもない。タイトなスカートからは長い足が伸びている。前みたいに化粧はしていないから、ただ化野がナースの格好をしているだけだ。趣味なのかな。

「か、帰ります……」
「なんで? 来たばっかじゃん、こっちおいで。今日色々準備したから!」
「…………?」

 じゅ、準備? なんの? どうしよう、すごく嫌な予感がする。
 いつも化野の家に来ると、遊んだりもするけど、結局なし崩しにそういうことをすることになるから、今日もそうなるんじゃないかと思ったけど、また別の何かがあるのか?
 帰りますと言っても退路はすでに断たれている。全力で走って出て行けば、この格好の化野は追いかけては来ないだろうけど、月曜日に学校でなんて言われるか考えるとそれも出来ない。
 結局僕は時間稼ぎに、その格好について訊ねた。

「その、格好は一体……」
「えー、正義ちゃんが好きっつってたナースじゃん。可愛い?」
「…………………………う、うん」

 無理矢理声を絞り出した。可愛い? いや、前みたいに化粧をしていれば、確かに顔は可愛いかもしれないけど、今の化野はいつもの化野だ。化粧をしているわけでも、ウィッグをつけているわけでもない。
 ただ女装している化野だ。体つきも男そのものだし。正直変態みたいだなとしか思えないけど、もし趣味でやっているなら傷つくかもしれない。
 そう思うと、何も言えなかった。

「ははは! 正義ちゃんって本当わかりやす! お面つけてんのにねぇ?」
「………………」
「まいいや、とりあえずこっち。楽しいことしよ?」

 楽しいこと。化野の言う楽しいことというのは、大抵が僕にとっては碌でもないことが多い。女の子の格好をした化野に犯されるのかと思うと、今からでも階段を降りてしまい。とん、とん、と一段一段階段を上がり、化野の部屋にたどり着く。
 そして、部屋を開けた瞬間、僕は絶句した。

「じゃーん!」
「…………」

 その時僕は、やっぱり玄関の段階で、何を言われようとも走って逃げるだったと思う。
 一瞬硬直して、反応が遅れた。慌てて踵を返そうとした時にはもう遅く、手首を掴まれて、部屋の中に引き込まれてしまった。
 よくわからない物が散見する化野の部屋だけど、今日は輪をかけておかしなものが沢山あった。
 ベッドの上には、何着かの女性物の洋服やウィッグ、化粧道具なんかもおいてある。そのどれもが、私服というよりは、まるでコスプレのような、衣装ばかりだった。

「正義ちゃん、これ……」

 嫌な予感しかしなくて、僕は化野が何か言う前に全力で首を横に振った。

「着ないっ、着ない……っ! 僕は着ない……!」
「……正義ちゃんさあ、まだなんも言ってないじゃん。別に正義ちゃんにこれを着ろっつってるわけでもねえし?」
「……っ、じゃあ、き、着なくていいの?」

 その言葉に、僕はほっと胸を撫で下ろして首を振るのをやめた。

「ううん! どれ着たい?」
「…………っ!」

 じゃあやっぱり僕の嫌な予感は間違えてないじゃん!
 お面の奥で青ざめながら、全力で首を振る。

「着ないっ、化野、僕は着ない……っ」
「なんで?」
「な、なんでって」

 逆になんで僕がこれを着ると思うんだ? 前の時もだけど、どうして化野は僕が意外なことを言ったみたいに問い返してくるんだ。驚いて聞き返された僕の方が驚くよ。
 化野の中で僕は女装が好きみたいにでもなっているのか。前回だって、別に僕の意思で着たわけじゃない。どちらかといえば、化野の方がノリノリで着ていた。今だってそうだ。

「あ、化野が着るのは別に止めないけど……、僕は着たくないし……」
「うん。じゃあどれにする? メイドさんとかもあるよ、こっちは人から借りたんだけどさ」
「ぼ、僕の話聞いてる……!?」

 着ないって言ってるのに! っていうか、今人に借りたって言った? なんて言ってこんな女物の服を借りたんだろう。

「あ、ちゃんと俺が買ったやつもあるよ! バイトしたし」
「そういうことじゃなくて……」

 バイト代をこれにつぎ込まれるのも嫌だ。僕、着るなんて一言も言っていないのに。こんなの、家族に見つかったらとか化野は思わないのかな。僕が自室にコレを置いといて、お母さんに見つかったらと考えると恐ろしい。
 ぶるぶると首を横に振って、とにかく着ないという意思を主張する。

「い、……っいやだ……着ない」
「なんで?」
「いや、……ぼ、僕は男だし、その、女物の服を着たくないから……」
「なんで着たくないの?」
「ええっ!?」

 今理由言ったのに! 突然耳が聞こえなくなるの? 
 いや、ここは心を強く持とう。毎回、化野の言葉に惑わされて、気がつけば化野のペースに乗せられている気がする。このままじゃ、前回と同じだ。前は、結局着ることになってしまったけど、今回はちゃんと断らなくちゃ。
 ちらりと、ベッドの上へ視線を向ければ、結構きわどい感じの服も見えた。セーラー服も嫌だったけど、今回のは本当に変態っぽくて嫌だ……。着たら色々と失う気がする……。

「ね、なんで着たくないの?」
「いや、普通に、恥ずかしいよ……」
「ここには俺しか居ないし、見る奴もいないよ。俺だって同じ格好してるし。ほら、恥ずかしくない」
「いや、その……」

 そういうことじゃなくて、化野が同じ格好するから恥ずかしくないとか、そういうんじゃない。そもそも着ること自体が恥ずかしいんだ。化野が気にしなくても、僕は気にするし、化野が女装を好きでもいいけど、僕にそれを押しつけないで欲しい。
 なんて言えばわかって貰えるんだろう。僕と化野では考え方の杓子が違うのか、上手く説明出来ない。
 だったら、逆に僕が問いかければいいのか。化野がやってるみたいに、質問攻めにされると、うまく答えられず流される。なら、こっちも同じ事をすればいい。

「あ、化野はなんで僕に着て欲しいの?」
「ん?」
「化野が着るのが楽しいから? 女装が趣味だったの? それなら誰にも言わないから……」
「いやいや、別に趣味じゃねえよ? 今まで着たこともなかったでしょ」
「だったらなんで……」
「わかんない?」

 笑顔で問いかけられ、僕はおずおずと頷いた。い、嫌がらせ? 化野の趣味じゃないならなんなんだ。化野が顔を近づけ、興奮気味に笑みを浮かべた。

「こういう服着て、困った顔する正義ちゃんが、すっげーーー好きだから」
「………………」
「で、どれ着る? 俺のオススメは正義ちゃんも好きって言ってたナース。ちゃんと正義ちゃんサイズ買ったよ」

 つまり、僕の意思は元々化野には関係なくて、ただ僕が困るのが見たい、そういうことなんだろう。やっぱり嫌がらせだ……。嫌われてるのかな。でも、嫌いならこうやって家に呼ばなければいいと思うし、化野的には、これは嫌がらせじゃなくて、ただ楽しいからやっているというだけなのかもしれない。
 どちらにせよ、僕にとって無理なことには変わりはない。

「ぼ、僕は着ない……恥ずかしいって」
「正義ちゃん、誰の目もない家で女装するのと、全校生徒の目がある学校で狐面つけて生活すんのだったら、お面の方が恥ずかしいよ」
「…………」

 なんで突然正論を言ってくるんだ? そんなの僕だってわかってるよ!

「とにかくっ、着ません……着ません……」
「えー」
「着たくないし……、その、嫌がってる人に、む、無理矢理着せるのはよくないと思う……!」
「…………」

 僕の言葉に、化野はきょとんと目を丸くした。だから、どうして意外そうな顔をするんだよ。僕は、間違えたことは言ってない。……言ってないはずだ。
 そういう格好は、着たい人が好きで着る分には構わないと思うけど、着たくない人に無理矢理着せるのはどうかと思う。
 化野は何かを考えるかのように黙り込むと、再び笑みを浮かべた。

「そっか、そんなに嫌なら仕方ないね」
「……! う、うん……」

 わかってくれた? のか?
 勢いよく頷くと、化野が携帯電話の画面を僕に突きつけてきた。

「でも前回着てるとき、結構楽しそうだったのに」
「…………!」

 瞬間的に、手を伸ばしたが、僕が触れる前に携帯は上へ持ち上げられた。

「か…………」
「かわいかったのにな」

 突きつけられた画面の中には、前回の女装した僕が収められていた。それだけならいい。いや、よくないけどまだマシだ。よりによってその格好はトイレに居たときの映像で、化野とあれをしていた時の、映像で。つまり、は、ハメ撮りみたいな……、いや、僕は気付いてなかったから、盗撮というべきなのかもしれない。
 青くなりながら、首を横に振った。

「……け、消して……」
「なんで?」
「だっ! だって、そんなの誰かに、見られたら……」
「まさか。誰にも見せないって」
「でも」
「着て貰えなかったのはショックだけど、正義ちゃんが嫌がってるのに無理矢理着せるようなことしないからさ」
「………………」
「代わりにこの写真でも見て心慰めるよ」

 化野の笑顔に、僕は黙り込んだ。
 聞こえはいいけど、その写真をずっと残すっていう風に聞こえてしまう。そんなの最悪だ。ただでさえ恥ずかしい格好をしているのに、誰かに間違って見られでもしたら……。

「……あ、化野」
「ん?」
「僕がその、……着たら、それ削除してくれる?」
「いや、無理しなくていいよ」
「でも」
「俺はこの写真で十分だし」
「…………っ」

 こういうとこ、化野は、性格が悪いと思う。

「着る! 着るから、その写真は消して! 頼むから……っ」
「…………正義ちゃん」
「…………」

 聞き届けてくれるのだろうか、と顔をあげれば、化野はいい笑顔で僕に問いかけてきた。

「着るじゃなくて、着たい、だよね?」
「………………………………ハイ」

 心が折れた。
 どのみち、僕に選択肢なんて元からなかったんだと思う。反抗しようと試みた芽も摘まれてしまった。
 もう、いっそのことポジティブに考えよう。
 下手に映像を残されるより、ここで終わらせるんだ。学校でバレるかもしれない恐怖に晒される女装よりも、今ここで化野の着せ替え人形にされる方がまだマシだと考えよう。

「…………今度は写真撮らないでね」
「えー」
「…………」
「はいはい、わかったよ」

 僕がお面の奥で少しだけ睨むと、化野は了承する。それから、嬉しそうに「どれにしよっか」と笑った。
 さっさと着て、早めに終わらせよう。


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