壮真

幼馴染/親友/互いに羨望と嫉妬を孕む二人/若干NL要素あり









「お前、まだ俺のこと好きなの?」

 少しだけ目を見開いた美しい男に、俺は柄にもなく体を強ばらせた。薄く開いた綺麗な唇から、溢れ出る言葉に一体何を期待しているんだろう。
 体の中で反響するような心音に固唾を飲むと、豊はゆっくりと口を開いた。

***

 少し、昔の話をしようと思う。
 まだ、小学生の頃の話だ。

 俺と豊はいわゆる幼馴染みというやつで、母親同士が親友だったものだから、俺たちも子供の頃からずっと一緒だった。それこそ、産まれたときからと言っても過言ではない。
 同じ病院で産まれ、近所に住み、いつだって一緒だった。豊の家は父親がいなかったから、よく俺の家で一緒にお菓子を食べたり泊まったりしていたし、それが普通だった。
 豊は、あまり裕福とはいえない環境だったけど、俺たちはまるで兄弟のように一緒に育ち、小学生の時も中学生の時も、ほとんど同じクラスだった。
 周りから見れば俺たちは親友で、幼馴染みだと思われていたし、実際俺もそう思っていた。

 中学の時、豊に好きだと告白されるまでは。

『俺さ、壮真のことが、好きなんだ。……友達としての、意味じゃなく』

 真摯な目で見つめられてそう言われた時、混乱とか、気持ち悪さとか、冗談とか、そういうの全部押しのけて、一番最初に浮かんだ感情のことを、今でもよく覚えている。
 暑い夏の日だった。
 緊張が迸る空間の中、額から流れる汗を拭うこともせず、俺はごくりと唾を飲んだ。蝉の声が反響し、止まったような空間の中、口を閉ざす。その日は珍しく豊の家で遊んでいた。
 エアコンはなく、むっとした熱気の中、頬を赤らめ、真剣な目で言う豊に対して、俺は。
 ――勝った!
 と、そう思ったんだ。

 裕福じゃないとか、環境に恵まれないとか、色々言い様はあるけれど、はっきり言ってしまえば、豊は貧乏だったと思う。
 服はいつも同じものだったし、俺んちでご飯を食べることも多かった。何より豊の家が、結構ぼろかったから、子供心にお金がないんだな、なんて思ったりした。
 豊の家に部屋に入ると、少し床が軋んでいて、そのまま抜けるんじゃ無いかと思ったことが何度もあった。雨の日は、天井から水が垂れてくるから、と言って、家に避難してきたこともある。
 新作のゲームは買って貰えないからいつも俺がお小遣いで買って、一緒に遊んでいた。その代わり豊は頭が良かったから、勉強は俺が教えて貰っていた。
 あの頃の俺たちは紛れもなく親友で、幼馴染みで、お互い唯一無二の存在だった。俺は豊が大事だったし、豊だって、俺の事が手放せなかったと思う。

 でも、俺の中には、どうしようもなく誤魔化せない劣等感の粒があった。

 豊は確かに貧乏だったし、服はいつも同じで、髪の毛だって豊のお母さんが切っていたから不揃いだったけど、俺にはどうあがいても真似出来ないような、綺麗な顔をしていた。
 頬にぽつんとある小さな黒子が、笑うと少しだけ上にいって、いつもなんとなくそれを目で追ってしまった。
 豊のお母さんが綺麗な人だったから、きっと豊はお母さんに似たんだろう。垂れ目がちな瞳は大きく、整えずとも綺麗な柳眉の下には、筋の通った美しい鼻。唇は薄めだが、印象が薄くなることはなく、全体的に均整が取れた、整った顔立ちをしていた。
 そんな顔だから、勿論女子には人気があったし、小学生の時にありがちな女子をからかうような真似もしなかった。
 豊は頭も良くて、運動だって得意だった。豊のやつ、生意気だからいじめてやろう、なんて奴も居たけど、大抵豊が勝ったし、俺はいつだって豊の味方だったから、豊が孤立することもなかった。
 俺が居なくても、あいつが孤立することなんてきっとなかったと思うけど。でも、俺はあいつの隣に居た。そうすれば、俺はあいつにとって特別なのだと思うことができたから。

 最初に抱いた劣等感の粒は、他人の言葉がきっかけだ。
 今となってはもう顔も思い出せないけれど、確か、同級生に比べられたんだと思う。豊との差を。
 俺が、ちょっと可愛いなと思っていた女の子だった。優しくて、可愛くて、他の女子みたいに威張り散らしたりしない、良い子だったと思う。けれど、俺は割とクソガキだったので、その子の気を惹きたくて何度もちょっかいを出していた。それが、俺に出来る愛情表現だった。
 しかし、加減がわからなかった俺は、やがて彼女に言われたのだ。
『壮真くんって、豊くんとは全然違うね。お友達なのに、どうして豊くんみたいに優しくなれないの? 私、豊君の方が好き』
 優しい子だっただけに、はっきり言われてショックだった。単純に、俺が悪いのに、金槌で頭を殴られたような衝撃を受けた。友達だからって、一緒のはずないのに、俺はその時初めて、豊という存在が他人からどう見えるか考えた気がする。
 豊と並べば、皆豊の方を見る。
 皆、豊を好きになる。
 当然だ、客観的に見ても、俺だって俺じゃなく豊を選ぶだろう。
 そうして、年を重ねるごとにその意識は大きくなっていった。鏡を見れば、豊とはほど遠い、冴えない自分の顔が映る。
 豊みたいに、綺麗な二重でもない三白眼。
 豊みたいに、綺麗な肌にぽつんと浮かぶ黒子じゃなくて、鼻の頭に斑に見えるそばかす。
 眉毛だって、豊みたいに綺麗じゃない。鼻も、口も、何もかも豊と違う。
 だって俺たちは兄弟でもないし、双子でもない。ただ、あまりにも違いすぎて、同じ人間なのに、こうも違うのかと格差を見せつけられたような気分になる。
 黒いもやもやとしたものが、胸の内に広がっていく。豊は何も悪くないのに。
 嫉妬や妬みという感情と同時に、豊の親友は俺なのだという優越感に浸って、自分を紛らわせた。だってそうでもしないと、豊を嫌いになってしまいそうな気がしたから。
 豊は貧乏だけど、昔から一緒に居るし、俺のものだって色々分けてあげた。だって俺たちは親友だから。俺が豊を助けてあげるんだ。
 そう思っている自分に気がついた時、俺は愕然とした。

「………………俺って、性格悪い……」

 豊は良い奴だ。誰にでも平等で分け隔て無く接して、貧困さに荒みもせず、馬鹿にされても怒らず、優しくて。
 ……いっそ、豊の性格がもっと悪ければよかったのに。
 俺みたいに。
 俺のことを馬鹿にして、お前の金は親の金で、施しを与えてるのはお前じゃないと、言ってくれればよかったのに。豊がそんなことを言うような奴じゃないってわかっているけど、そう思っていればいいと思った。
 だって、そうすれば、俺だって豊を嫌いになれたんだ。
 酷いことを言う奴だ。顔はいいけど性格が悪いって、思えたのに。でも、豊はいつだって俺に優しくて、格好良くて、綺麗で、大好きな俺の親友だった。

 胸の内で膨らむ劣等感の粒は日ごとに大きさを増し、破裂しそうな時、豊に告白された。
 それはいわゆる、愛の告白ってやつで。

『壮真……?』
『あ、いや、俺……あの』
『ごめん、気持ち悪いよな、突然こんなこと言われて』

 真っ白になった頭の奥で、最初に浮かんだ感情が「勝った」だなんて、どうかしている。
 でも、どうしようもなく嬉しかった。それは、豊に対する恋情でもなんでもなく、ただ俺の劣等感が拭えたという喜びだ。
 俺が成りたくて止まない豊が、俺のことを好きだという。
 誰からも愛される男が、俺を選んだ。
 その事実が、じわじわと俺の中に広がっていくにつれ、喜びに震えた。口元の緩みが隠せなかった。けど、同時に失望もした。
 何にって、自分に。

 頬を赤らめて、真剣な表情で言葉を告げる豊は、きっと緊張していたんだろう。昔から、平気なフリをして、緊張する時は眉を掻く癖があった。
 今だってそう。照れたように眉を掻いて、俺の口から吐かれる言葉を待っている。
 そんな豊の姿を見て、俺は自分の醜さに打ちのめされるんだ。
 良いな、お前。だって、その顔だったら、誰かに好きって言って、断られることなんてないだろ。
 男だって、お前に言われたら好きかもってなっちゃうかもしれない。
 羨ましい。
 妬ましい。
 ずるい。
 悔しい。
 そんな感情が胸の奥をかけめぐる。馬鹿か俺は。今告白されたんだぞ。
 好きだって言われた。きっと、勇気を振り絞って告白してきた。俺が
誰かに言いふらして、弄られる可能性だってゼロじゃないのに。

『……俺が、人に言いふらしたりしたらどうすんの』
『壮真は、そんなことしないって、知ってるから』
『…………』

 やめろよ。
 俺はお前が思ってるほど良い奴じゃないし、心の奥でお前のことが妬ましくて仕方が無いし、今だって考えているのは自分のことばかりの最低な奴なんだ。お前が俺の事を褒めれば褒めるほど、俺は自分が惨めで仕方ないよ。
 豊は、黙り込む俺を前にして、ごめんと謝った。
 俺が顔を上げると、いつもの綺麗な顔を、少しだけ悲しそうにして、目を細める。

『別に、付き合ってほしいとか、そんなつもりはなくて。……困らせるつもりも、なかったんだ。ただ、伝えたかっただけで……、高校、別々になっちゃうし』
『…………』
『ごめんな、壮真』

 寂しそうに笑うと、豊は俺の返事を待たずに、俺が豊を振ることを前提としたように、その話を終えてしまった。
 中学生だった俺には、豊と付き合うような度胸も、誰かに言いふらして、豊を落とすような必死さも、応えて進むような苛烈さもなかった。ただ、何も言えず、小さく頷くだけで。
 それが、中学三年生の、最後の夏休みのことだ。

 それから、俺たちは元々志望校が別々だったこともあり、受験勉強に追われ、徐々に疎遠になっていった。
 あんなに毎日のように遊んでいたのに、全く遊ぶことも無くなり、俺は豊から避けるように、高校へと進学した。
 豊の居ない学校生活は、どこか色あせたように思えたけれど、同時に安心もした。もう、豊と比べられることもない。周りの人間が、俺じゃ無くて豊ばかり見ることもない。
 けれど、隣に豊はいない。
 俺が豊を振ったから。
 胸の内にぽっかりと空いた穴は中々塞がらず、たまに、家の窓から覗く豊の姿を見る度に、俺は目線を逸らした。

 学校は違っても、親同士が親友だと、嫌でも豊の情報は俺の耳に届く。豊君、今学年で成績一位なんだって、とか。
 今度試合のレギュラーやるらしいよ、とか。
 豊くん、最近彼女出来たって知ってた? とか、聞いてもいないのにべらべら喋ってくる母さんもどうかと思う。
 挙げ句の果てには、あんなに仲が良かったのに、どうしちゃったの。なんか言って怒らせたの? なんて。
 思春期も相まって、俺は怒り、もう豊の話はするな、と怒鳴ったこともあった。けど、心のどこかで豊の話を聞きたがる俺も居て、豊のすごい情報を聞く度に、でも豊が好きなのは俺なのだと言い聞かせ、自尊心を保っていた。
 それで保たれていたのかどうかはわからない。
 今彼女がいるなら、もう俺の事なんて好きじゃないのかもしれないとか、あいつホモじゃなかったんだとか、ひょっとして、俺の事が好きって言ったのも冗談だったのかなとか、色々考えたりもした。
 でも、豊が俺に嘘をついたことなんて一度もなかったし、豊は俺の事が好きなんだと何度も自分に言いきかせた。それだけが唯一、俺が豊に勝てる部分だったから。
 結局俺は、高校を卒業するまで、豊とは一度もコンタクトを取ることは無かった。

 それから、大学に入り、就職して数年経った。
 中小企業で、そこそこのポジション。目立った所はないけれど、無難といえば無難。日々の業務に追われる中、豊に会ったのは本当に偶然だった。
 地元を離れて、よく行く飯屋で、突然声をかけられたのだ。

『もしかして、壮真?』

 幼い頃の面影を残しながらも、美しく成長して現れた男に、俺は食いかけていた餃子を落とした。
 正直な話をすると、俺は豊の現在もなんとなく知っていた。
 相変わらず、聞きもしないのに母親が情報を伝えてくるからだ。どうやら大手企業に就職したらしい豊は、もう貧乏でもないという。給料だって、きっと俺よりいいだろう。
 ずっと貧しくあればよかったのに、と思ってしまう俺の心の貧しさは、きっと誰にも明かせない。
 その完璧さを持って優雅に微笑む豊に、幼い頃のコンプレックスが再び芽を出し、俺の心は打ちのめされかけたが、俺だってもう大人になった。ただ黙って頷く事しか出来なかった中学生時代とは違う。子供の頃の思い出なんて、鍵をかけて仕舞ってしまえ。いつまで引きずってるつもりだよ。
 笑顔で久しぶり、と答えると、豊が隣座っていい? と問いかけてきたので、俺は勿論と答えた。
 実際、話し始めてしまえば、豊はやはり話しやすく、昔話に花を咲かせて、そんで――……

****

 現在に至るのだ。

 豊の部屋には、開けたビールの缶が転がっている。
 いい会社に就職したというから、どんないい部屋に住んでいるのかと思えば、俺の住んでいる部屋と比べても遜色のない部屋で、内心拍子抜けした。そこで、少しだけ安心したというのがあるのかもしれない。もう手の届かない遠くまでいってしまったと思い込んでいた。
 普段はそこまで飲まない酒を買い込み、豊の家にあったワインまで開けた。
 明日が休みだからというのも後押しして、俺たちは子供の頃の話で盛り上がる。意図的に、中学のあのことには触れないようにしていた。豊も、それに触れてくることは無かったから、きっとそれが正しい大人の対応なのだ。お互い、子供だったんだ俺たちは。
 だから、あんなことになった。
 でも、今は違う、俺たちは大人で、昔のことをめそめそと引きずるような年でもない。
 プシュ、とビールの缶を再び開けて、俺はそのまま口をつけて酒を煽る。

「壮真、大丈夫? ふらついてるけど」
「だぁいじょうぶだって……はは」

 心配そうな顔をする豊に、俺は笑いながら喉を鳴らす。自分でもらしくないと思った。成人に成り立てでもないくせに、こんな風に自分の許容量を超えて飲むのは馬鹿だ。
 でも、止まらなかった。ふわふわとした心地の中、俺は豊に問いかける。

「あ、ごめん、もしかして彼女とか帰ってくる予定あった? 俺そろそろ帰った方が良い?」
「いや、俺彼女いないから……」
「へー。お前モテそうなのにな」

 こんな優良物件、世の中の女が放っておくはずもないから、豊の理想が高いのか、それとも。
 そこで、俺は酒を飲む手を止めた。

「…………」
「壮真?」
「お前さ……」

 どうかしている。こんなこと、言わない方がいい。触れないようにすると決めたのは俺自身なのに、酒でたがが外れていた。口につけたチャックは外れ、ぽろりと溢れた言葉が、場の空気を凍らせるのには十分だった。

「お前、まだ俺の事好きなの?」

 見開く瞳。
 凍る空気。
 言わなければよかった。
 言う前からわかっていたのに、酒の勢いで口から出た言葉は、今更やっぱりなし、なんて言うことは出来なくて、かといってうまく冗談に昇華することも、なかったことにする器用さもない。
 なんだよ、これじゃあまた中学時代と同じじゃん俺。酒を持つ手が震え、無理矢理笑みを作ろうとしたが、作れなかった。営業で散々鍛えてきたのに、馬鹿みたいだ。
 俺がまごついていると、豊が、口を開いた。

「もう好きじゃない、って言ったらどうすんの?」
「え……」

 瞬間、視界が歪んだ。
 酒のせいでぐらついたのかと思ったけど、そうじゃない。目頭が熱くなり、涙で視界がぼやけたのだ。いや。いやいやいや。なんで泣くわけ? いやまだ泣いてない。ただ少し、滲んだだけで。そもそも滲むのがおかしいだろって話なんだけど。ただ、俺の中でずっと支えていたものが、崩れたような気がした。
 そんなもの、とっくにないと内心では気付いていたはずなのに、実際に言われると、長年俺の自尊心を保っていたものが、折れてしまった。
 そうだよな、とか。いつの話してんだよって茶化そうと、笑おうと思ったのに、うまくできない。

「そ……」
「ごめん、嘘だ」
「え?」
「まだ好きだよ、お前のこと」
「…………」 

 その言葉に、胸の奥がじわじわと熱くなっていく。
 よかった、という安堵が、広がっていく。豊の手が、ビールの缶を持っていた俺の手に重ねるように握られた。冷たい缶とは裏腹に熱い手のひらの熱が、手の甲に伝わってくる。
 俺がびくりと体を揺らすと、豊が長い睫を瞬かせながら、薄い唇に柔らかな笑みを象らせる。

「それで?」
「それで、って?」
「お前は、まだ俺のことを好きなの?」
「あ…………」

 何言ってんだ? 俺のことを好きなのはお前だろ?
 だけど、その言葉が俺の口から出ることは無かった。

「お、俺……」

 だって、本当は気付いていたんだ。
 家の窓から覗く、一人で帰るお前の姿を見て、ずっと一人で居ればいいと思っていた自分がいたこと。
 彼女が出来たと聞いて、さっさと別れればいいのにと思っていた自分がいたこと。
 窓から彼女と二人で帰る姿を見て、嫉妬していた。
 俺自身に彼女が出来ても、あいつの方が綺麗な顔をしていたな、と思ってしまっていた。
 振り払おうとしても、どこにいても、豊の影が俺に付きまとう。劣等感に溺れて、唯一の優越感に浸った所で、決して逃れられることはなかった。
 ……――ああそうだよ。好きなのは、俺の方だったよ。

 愛とも恋とも呼べない感情に、振り回された。
 嫉妬も妬みも羨望も友情も愛情も恐怖も混乱も、全部お前に持って行かれた。気付いてたんだ。ただ、気付かないふりをしていただけだ。だって、俺が好きなことに気付いたら、俺はお前に負けた気がしてしまうから。でも、もうそれも終わりだ。
 もういいよ。俺の負けだ。認める。
 元々、俺がお前に勝てる要素なんて、何一つとしてなかった。

「……ああ、好きだよ……」
「……え」
「え、ってなんだよ」
「……いや、本当に、そう言ってもらえるとは……はは、やべ、嬉し……」

 少し頬を赤らめて、眉を掻きながら嬉しそうに笑う豊を見て、俺も笑った。こいつ、全然その癖治ってねえのな。
 その仕草に、ほっと息を吐くと、なんだか馬鹿らしくて笑えてきた。色々考えて、迷って、考えて、悩んで、勝手に袋小路に迷い込んでいた。最初から誰も勝負なんてしてないのに、どうして一人で勝ったり負けたりした気分になってるんだろう。
 ただ、好きだってだけの話だったのに。

 重なる手のひらから伝わる熱が、強くなった気がした。
 ぎゅう、と上から掴まれた手のひらに、豊の顔が少しだけ近くなる。同性としてのパーソナルスペースの距離は完全に超えている。けれど、不思議と不快感はなく、どこか懐かしい気分になった。幼い頃、同じ布団で一緒に眠った日々を思い出す。
 目の前で嬉しそうに微笑む綺麗な顔を見ながら、俺は少しだけ豊に近づいた。



- 403 -
PREV | BACK | NEXT

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -