「そういえばお前、人間界に馴染むとか戯言抜かしてたけど、具体的には何する気なの?」
「言葉の中の端々に毒がありますね。僕は林道さんのそういう所がとても好きですよ」
「……雪くんは、これからどうしたいのかな?」
「言葉だけ優しくても顔は引きつってます」
「うるせえ」
 こいつが俺の部屋に転がり込んでから、2週間が過ぎた。
 最初の内は、ヒーターの熱で溶けないかなとか、いっそお湯をかけてみたらどうだろうとか、いろいろ画策していたのだけど、雪女というのは、案外丈夫でおまけに運も強いらしい。何度か試してみたけれど、ことごとく失敗に終わった。おまけに俺が試そうとすると、ものすごく嬉しそうな顔をする。僕に対して冷たい林道さんは好ましいです、とか言って。ふざけんな溶けろこのスノーマンが。
 まあ、こちらとしても人ではないとはいえ、誰かを殺すのは忍びないし寝覚めも悪い。本音は俺が消そうとするたびに見せる笑顔がキモイだけだけど、結局俺はこいつが部屋に住むことを容認した。脅され半分だったが。
 しかしだからといって、いつまでもこうやって部屋でごろごろしていていいものなのだろうか。いや、よくない、そんなの人間でも駄目だろ。雪は最悪氷さえあれば生きていけるという非常にエコな男だが、それは最悪の手段であって、最低限、飯は必要とする。金を持ってない雪の食事代は、もちろん俺が負担しているわけで、ぶっちゃけ、月々のゲーム代だけでも精一杯なのに、成人男性をもう一人養うような経済力は俺にはない。
 むしろ、何で俺が養わなくちゃいけないんだ。逆にお前、俺を師匠と仰ぐならば俺に授業料とかを払うべきだろう。と、テレビを見ながら人間界というものを勉強している雪を見て思った。
「なあ雪」
「はい」
「お前、働かないの?」
「働く?」
「なんでそこで首傾げてんだよ、ニート思考か」
 そもそも、俺はこいつのことをほとんど何も知らない。何度も凍死させられそうになっているので、さすがに人外であるということは信じているけど、それ以外は解らない。年齢も、以前何をしていたのかも、何が好きなのか、嫌いなのかとか、いや、それは別に知りたくはないけど、一緒に暮らすんなら必要最低限のことは知っておくべきだ。
「そもそも、お前らって、前に住んでたとこじゃ普段何してたの?」
「そうですね、遭難した人間を氷漬けにしたり、助けたりしてました」
「すげえ両極端だな……お前への接し方間違えると死亡フラグ立ちまくりそうで怖えよ」
「林道さんを氷漬けになんてしませんよ。ご希望とあらば別ですが」
「んなもん希望するか! って……そうじゃなくて、お前らがその雪山? に住んでた頃はそれでよかったのかもしれないけど、ここじゃそうは行かないんだよ。お前のような成人男性は働かなくちゃ食っていけないし、ごろごろ寝転がってゲームしているなんてもっての他だ。働かざるもの食うべからず! 社会に貢献して社畜になれ!」
「でも、林道さんは今正社員じゃないと聞きましたが……」
「どこでそんな言葉を覚えた」
「テレビです。フリーターって大変なんですね」
 そう言ってほほ笑む雪の顔は、イケメンじゃなかったらぶん殴っているところだ。この顔でも結構殴りたいんだから、崩れてたらすでに殴ってるだろう。う、うるせええ! ほっとけよ! 不況なんだよ! 職があるだけマシだボケ!
 反射的に出る文句をぐっと堪える。おちつけ時雨、こいつは人間社会のことをよく知らない。この雪女の言葉をすべて鵜呑みにすれば、の話だけど、つい最近人間界に来たばかりなんだ。ならばここは師匠らしく俺が知恵を授けてやろうじゃないか。
「いいか雪、お前が俺達の住む世界にくる以上、お前もこの世界のルールに合わせなくちゃいけない。まずは働け、話はそれからだ」
「働く」
「つーか、お前の母ちゃんとか何も言わなかったのか? 俺があの雪山通らなかったらどうなってたと思ってんだ」
「母には、『お前は顔がいいから、最悪ヒモになって生きていける』と言われてました」
「本当に最悪だな」
 お前の母ちゃん投げすぎだろ、いろいろと。とにかく、このままじゃだめだ。どこでもいいから働かせて、社会性を身に着けさせないと。こんな米を凍らせたまま炊飯器に入れるような常識じゃ、現代社会を生きられない。
「けど、働くって言ってもなあ……」
「?」
「……ホスト、とか?」
 お似合いの職業を考える。
 しかし正直、こいつの事は顔がいいくらいしか知らない。どんな職業が向いているかなんてわからないし、ぶっちゃけ、ヒモが天職にも思える。今もヒモみたいなもんだし。だけど、こいつに接客が出来るだろうか。いらっしゃいませと出会いがしらに凍らせたりしないだろうか。
「ホスト? ああ、あの赤い……一日中立ってるのは疲れそうですが、何事も経験なので、頑張ります」
「それはポストだ」
 こんな頓珍漢なことを素でいう奴に接客が務まるとは思えない。無駄に前向きだし。それとも、顔が良ければ「雪くんって天然で可愛い〜」で済まされるのか? いやいや、そんな理不尽なことあってたまるか、俺がむかつく。却下だ却下。
「……工場、とか?」
「ああ、あのアンパンのヒーローを作る」
「お前のその偏った知識は何処から来てんだ」
「違うんですか?」
「いや、アンパン作る工場はあるかもしれねえけど……お前、全部凍らせそうだしなあ」
 そうなったら、一発でクビ、つーか変な生物として捕えられるんじゃねえの。こんなことを心配してたら、そもそも働けない気もするけど、何にせよ飲食系は難しそうだ。熱に弱いしな。どうせなら寒いところで働かせればいいのかもしれない。 寒いところ言えば何だろう、冷凍保管庫での作業員、とか? とにかく温度が低いところかな。そんな都合よく空きはないかもしれないけど、探してみる価値はありそうだ。いや、それとも一般常識を身に着けさせるのが先か。でも、そんなこと言ってたらあっという間に文無しになってこのアパートを追い出される。つーか、根本的な問題だけど、こいつ履歴書とかあんのか?
「林道さん」
「なんだよ、今いろいろ考えてるんだよ」
「そんなに悩まないで、何かあったら俺に相談してよ……、君の力になりたいんだ」
「……なんのつもりだ」
 そんな冷たい両手に包まれて、真摯な瞳で見つめられても、悩みの種がお前な訳で。俺がドン引きしながら聞くと、雪はけろりとしながら答えた。
「この間、林道さんから借りたげーむとやらで、悩んでいる子にはこうやると好感度があがると学びました」
「それは男と女で、ある程度親しくなっていることが前提条件だからな」
「ほかにも色々学びました。林道さんがいない時は大体げーむしてます。色々勉強しているんです、僕も」
「コントローラーがこの間もう一個凍ってたけど、やっぱりあれお前の仕業か。隠してたのにどっから見つけた」
「押入れの奥です」
「わかった、今度隠し場所変えておく。っつか羨ましい生活してんじゃねーよ離れろ」
 ぐぐぐ、と力を込めて超近距離の顔を上にずらした。
「いたいです」
「碌でもない知識ばっかり身に着けてんじゃねーよ。それ現実でやったら寒いだけだからな」
「寒いんですか、いいですね」
「よくねえよ、お前のその寒かったり冷たかったりしたらいいみたいな思考どうにかしろ」
 結局仕事の話も決まらない。 こいつにやる気がないのだから、話が進まないのも仕方ないのかも。そろそろ腹も減ったし、飯にしようかと考えていると、インターホンが鳴った。もしかしたら、大家かもしれない。今月の家賃まだ払ってないし。けど、今月はゲームソフト何本か買って、おまけにこんな大男が転がり込んできたもんだから光熱費やら食費やらで金がない。もう少し待って貰えないだろうか……。
 そうこうしている間にも、インターホンが鳴り響き、ドアが何度か叩かれる。この叩き方は大家だ。間違いなく大家だ。居留守使うか? いやでも、さっきまで騒いでるの聞こえてるだろうし。
「……はーい……」
 雪は部屋の中に待機させ、恐る恐る扉を開けると、そこにはやはり不機嫌そうな顔をした大家が立っていた。パンチパーマの大家は、腕を組んで、低姿勢な俺を睨みつけてくる。
「あは……あ、どうも〜いつもお世話様です〜」
「林道さん、家賃貰いに来たんだけどね」
「あ、そのことなんですけ」
「待たないよ」
 若干食い気味で答えられた。くっそ、このババア。まだ最後まで言ってねえだろ、ちゃんと聞けよ! こっちにだって色々あるんだよ! けれど怒らせるわけにもいかないので、こっちはあくまで低姿勢を貫く。
「いや、あのぉ〜」
「大体ねえ、林道さん、先月の分もまだなのよ?」
「すみません、少し事情がありまして……」
「そっちの事情はそっちの事情。早く払って頂かないと、アパート出ていってもらいますからね」
「あの、そこをなんとか〜……駄目でしょうか?」
「ダメダメ! そういう所はきっちりしてもらわないと困るのよ、こっちも!」
 取りつく島もない。まずい、このままじゃ本当に予想通りアパートを追い出されてしまう。今追い出されてもいく場所なんてないし、最悪氷漬け。それだけは避けたい。
「大体ねえ、最近林道さんの部屋、声がうるさいって苦情が入ってるのよ!」
「いや、あのそれは……」
「誰か来てるの? それはいいけど、もう少し静かにしてほしいのよね」
「あ……す、すみません〜」
 くそ、これも全部雪のせいだ。あいつが怒鳴らせるからこんな苦情まで。つーかどうして俺があいつのせいでここまで言われないといけないんだ。苛つく大家の前で俺がまごついていると、突然背筋が冷たくなった。 いや、背筋というよりも、背中全体から腹にかけて。鳥肌が立つくらいの冷たさにぎょっとすると、真っ白い手が、俺のTシャツの中に突っ込まれていた。
「ひょっ!?」
「おい、あんた、俺のモンに手を出すんじゃねえ」
「なっ、せっ……!? お前何し」
 何してるんだ、戸惑う俺の額に、雪の唇が降ってきた。鳥肌が全身に広がる。色々な意味で。何してるんだこいつ。なんなんだそのキャラは。何処へ向かっている。そんな俺達を、大家は呆けた顔で見ていた。
「あ、あらあら……まあ……林道さんってそっちの方だったの……こんな昼間っから」
「違、違う、ます! 誤解です!」
 慌てて雪の顔をどける。
 こいつのことだ。どうせまたゲームの影響でも受けたんだろう。しかしその影響のせいで、俺の性癖がとんでもない誤解を受けようとしている。というか、もうすでに手遅れの気すらする。大家が顔を赤らめて俺達を見ているこの状況だと、何を言っても無駄な予感がした。 よせ、やめろ。違うんだ。こいつはただ単にゲームでやったことをしているだけで、俺達は全然そういう関係じゃない。
「隠さなくていいのよ。そういうことには私偏見ないから……」
「いや、だから違いますって!」
「それにしても綺麗な子ねえ……正直林道さんには勿体ないわ」
 どさくさに紛れて俺をdisってきやがった。けど、今はそれどころじゃない。
「ち、ちがっ……だから誤解です! こいつはただの……」
 何ていうんだ。居候? ルームシェア? でもルームシェアなら家賃払えるだろ。こいつ家賃払ってねえし、なんで養ってるのって言われたら俺はどう答えればいいんだ。脅されてるんです? 雪女なんですって? 頭おかしいと思われる。つーか多分、他の奴にこいつが妖怪ですってばらしたら、俺呪われるんだよな? だ、駄目だ。なんかまともな言い訳が出てこない!
「ただの……えっと……」
「ただの恋人なのね。いいわあ、そういう何もかも振り切るような恋。私も昔はしたのよ〜、若いっていいわね」
「あの……だから」
「ところで林道さん……、そろそろ肌が熱いので離してもいいですか」
「そもそも頼んでねえよ!」
「そう、怒鳴り声って痴話喧嘩の声だったのねえ」
「違います! 大家さん俺の話聞いてます!?」
「ちなみに、出会いは?」
「林道さんが雪山で倒れてる僕を拾ってくれました」
「あらまあ……ロマンチックね……」
「ロマンチックじゃないですって! 雪、お前も黙れ!」
 帰ろうとしてるところ、足掴まれて転ばされて、そのあと呪いをかけるとかなんとか脅されることをロマンチックというなら、この世のロマンチックは消滅すべきだ。しかし、うっとりした顔で俺を見つめる大家さんは、すでに俺達のことなんて見えてないようだった。それどころか、俺の否定の声も響いていない。それから、しばらく今の旦那さんとの思い出話を語った後、大家はぎゅっと俺の手を握った。
「ふう……なるほど、林道さんの事情はわかったわ」
「はぁ……」
 たぶん何一つわかってないぞこの人。
「道ならぬ恋に走って、財も名誉も捨てて、アパートで二人慎ましく暮らしてるのね」
 ほらわかってなかった。
「はぁ……」
「愛があれば生きていけるなんて、若いわあ」
「はぁ……」
 面倒なのでもう否定することも諦める。とりあえず大家が俺達のことを全力で誤解したのはわかったけれど、話に夢中になって家賃ことを忘れてくれればいいなという下心もあった。しかも脳内で勝手に妙なストーリーを作っているらしい。駄目だこのババア。雪はすでに興味を失ったのか、部屋の方に引っ込んでいた。俺は延々と旦那との思い出話を聞かされた揚句、今は手を握られている。なんだこの状況。早く終わってくれ。
「わかったわ、林道さん。私も鬼じゃないからね。家賃、もう少し待ってあげるわ」
「はぁ…………。って、えっ、本当ですか!?」
「ええ。応援するわ、貴方たちの事。家賃はお金が用意できた時でいいからね」
「あ、ありがとうございます!」
 やった! なんだかかけがえのない物と引き換えに、おれはアパートを追い出されないという権利を得た!未だ握られた手をぶんぶんと振り、大家様に感謝する。あいつと恋人と思われるのは嫌だけど、家賃を待って貰えるならこの際なんでもいい。どうせ本当のことなんて言えないんだ。彼女もいないし、大家一人にホモと思われるくらい、なんてことないさ。
「それにしても、本当に綺麗な子ねえ。彼氏、モデルさんなの?」
「いえ、無職ッス……」
「あら、勿体ないわね。芸能界でもやっていけそうなのに」
 うっとりした顔で言う大家に、本当に美形は得だなと思ったけれど、その言葉は俺にある考えを閃かせた。



 大家を見送って部屋に戻ると、雪は俺のゲームをやっていた。この野郎、暢気にしやがって、俺のゲームで遊ぶな、と拳を握るが、今回ばかりはこいつのおかげでもあるので許す。
「おい雪」
「あ、林道さん。お話終わりました? 長かったですね」
「ぶん殴るぞ。まあそれよりお前、ちょっと写真撮らせろ」
「シャシン?」
「いいから黙ってそこに立ってろ」
 最近はほぼ使っていないデジカメを棚から取り出し、ぼんやりとした雪の顔を撮る。撮った写真を確認すると、顔だけは確かに男前だ。撮った写真を後ろから、雪が覗き込んでくる。
「なんですか、それ? ちょっと僕にも貸してください」
「駄目だ。お前凍らすから。あとさっきやったやつ、今度他の奴の前でやったら殴り飛ばすから」
「さっきの? あれは絡まれてる子を助けるのにはああした方がいいとあったので」
「お前、もうゲームやめろ。二度とすんな」
 まこの調子で絡まれてはたまらない。雪は解りましたと言いながら、コントローラーを握った。……言うだけ無駄かもしれない。
「ところで、そのシャシン、何に使うんですか?」
「いや……まあ、そう簡単にはいかねえとは思うけど、やってみる価値はあるかもしれないからな」
「?」


 数日後、雑誌に送った写真は見事選ばれ、雪は雑誌の読者モデルというジョブを手に入れた。正直俺の仕事よりも給料がいい。人生って、本当理不尽だよな。


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