バレンタイン

番外編です。


 バレンタイン、というのが、どういうイベントなのか、僕だって知っている。
 っていうか、日本人で知らない人とかいるの? ってくらい有名だし、僕自身は残念ながら、小学校一年生の時、隣の席の女の子に一度貰ったくらいしか記憶がないけど、それでも、女の子が男の子にチョコを渡すイベントってくらいはわかってる。でも……
【正義ちゃん、バレンタインのチョコ楽しみにしてるね!】
 …………このイベントは、知らない!

 二月十四日も近づき、スーパーに特設コーナーが作られるようになって来た時期。
 化野から唐突に来たラインに、僕は狼狽えながら、どう返せばいいものか悩んでいた。バレンタインが、チョコを渡すイベントだってのは知ってる。日本だけかもしれないけど、チョコを手渡して告白するイベントでしょ? 僕は縁がなかったけど……。あとは女子同士なら、友チョコとか言って、チョコを渡すのも知ってる。でも、普通男同士でチョコとか渡すかな?
 少なくとも、中学時代はそんなことはしなかった。僕に友達が少なかったってのもあったかもしれないけど、周りでも見たことなんてない。化野は、何か勘違いしているんじゃないだろうか?
 それとも、この学校では普通のことなのかな。僕が知らないってだけで、化野は当たり前のようにラインしてきたし……。
 取りあえず、勘違いかもしれない可能性にかけて、僕はラインを返した。
【化野、もしかしてバレンタインのこと言ってる? あれは、女子が男子に渡すイベントだよ】
 すると、間髪入れず返事が来た。
【あれ? 正義ちゃんもしかして知らないの? 今時は男同士でも友達だったら渡すんだよ? そんなん常識だって!】
 ……や、やっぱりそうなのか? 僕が知らないだけで、男同士でも渡したりするんだ……。化野がそう言うんなら、きっとそうなんだろう。
 嘘かもしれない、とも思ったけど、化野がそんなことを僕に嘘つくメリットなんてない。せいぜいチョコが手には入るくらいだけど、チョコくらいなら安いし、化野がほしいなら……。そう思って、僕は再びラインに文字を打ち込んだ。
【わかった、チョコ用意しておくね】
【本当? 正義ちゃんの手作りチョコ、すっげー楽しみ!!】
 えっ……。
 手作りだなんて一言も言ってない……。慌てて市販のものだと送ろうとしたけど、化野は僕よりラインを打つのが、すごく早い。僕が訂正するより先に、化野のラインが飛んできた。
【親友なら、やっぱ手作りチョコだよね〜】

「…………っ」

 そ、そうなの!? 僕、お菓子とか作ったことないんだけど! でも、ここで市販品を送るって言ったら、化野はがっかりするだろうか。親友とまで言ってくれてるのに、こいつ市販品かよマジかよ、みたいな流れになったりする? 化野にチョコを渡した瞬間、市販品とわかって失望されため息を吐かれる図を想像して、僕は首を振った。無理、そんなの無理だ。化野に嫌われたり、失望されるのは悲しい……。
 それから、ぽちぽちとラインを打って返信する。
【化野、僕、チョコ作ったことないから美味しくないかもしれないんだけど、大丈夫?】
 これで、市販品がいいと言われれば、僕も楽なんだけど……。しかし、帰ってきた答えは僕の予想からは外れていた。
【大丈夫! 正義ちゃんが作ったチョコなら、トカゲでも食うよ!】
「…………」
 ここまで言われてしまうと、今更作れません、なんていえない気がして、僕はわかったとだけ返信しておいた。トカゲは作らないけどね。
 返信したはいいものの、チョコなんて作ったことがない。昔、勇気にご飯を作ってあげるくらいはしたことがあるけど、お菓子なんて手を出したことはないし、その料理だって、昔は美味しいって言ってくれてたけど、今は普通にまずいって言いながら食べるし……。
 僕に料理の才能はない気がするんだけど。
 でも、人にあげるからには、ちゃんとしたものを作ってあげないと失礼だよなあ。化野って、どういうチョコが好きなんだろう。いやそもそも、チョコレートってどうやって作るんだろう。溶かしたチョコをもう一度固めればできるのかな。とりあえず、作り方を調べてみなきゃ。

****

「ただいま……正義、なにやってんの」
「あ、勇気お帰り……」
「なにこれ?」

 それから、僕はコンビニに行って板チョコと生クリームを買ってきた。すでにデコレーションされたチョコだったら、店員さんに、コイツ自分用か? って目で見られて恥ずかしかったかもしれないけど、板チョコだったら、結構気軽に買えた。手作りで逆によかったかもしれない。
 あれからレシピを調べてみたけど、どうやらチョコってのはただ溶かして固めるだけじゃだめらしくて、テンパリング? とかいう適切な温度で溶かしたり固めたりしなくてはいけないらしい。難しそうだ……と思って、練習用に沢山買ってきた。僕は要領が悪いから失敗しそうだし、不味いものあげるのも申し訳ない。
 今作ってるのはトリュフってやつで、僕も好きなチョコだ。でも、自分で作るとなると、難しい。不格好なチョコレートが、皿の上に並んでいるのを見て、塾から帰ってきた勇気が不審気な眼差しで僕を見た。

「なにって、チョコ……」
「は? そんなん見りゃわかるけど。俺が聞きたいのはなんで作ってんのってこと。しかもこんな夜に。うるさいんだよな」
「あ、ごめん……」

 確かに、練習とはいえ、こんな夜に作り始めるのは迷惑だったかもしれない。お母さんは頑張ってねとしか言わなかったから、作る音とか、勇気の部屋に響いたら迷惑だったかな。片づけようとすると、勇気はじろじろとチョコを見た挙げ句、僕を睨みつけてきた。

「もしかして、バレンタイン?」
「えっ、あ……うん」
「ふーん……」
「練習、してて、その……、勇気、よかったら食べてみてほしいんだけど……」
「…………」

 面倒くさそうにしていた勇気は、その言葉に対して僕を睨んだ。その目線に、僕も怯む。
 いや、やっぱり食べないかな。勇気、甘いもの苦手ではなかったけど、あんまり食べるの見たことないし。僕の作ったもの、多分そんな好きじゃないだろうし。一応完食はしてくれるけど、毎回美味しくないって言うし……。

「あの、やっぱりいい…」

 けど、僕が止めるよりも先に、勇気は出来上がっていた不格好なチョコレートを口の中に放り込んだ。

「…………甘っ」

 そうして、眉間に皺を寄せて、近くにあった水道からコップに水を注ぐと、一気に飲み干した。

「ご、ごめん」

 僕が謝ると、勇気は面倒くさそうに「別にいいけど」とだけ呟いて、もう一つ口の中に放り込む。

「なんで急に手作り?」
「ああ、化野が友達なら手作りが普通だって言うから……」
「は?」

 素直に理由を話した瞬間、失敗した、と思った。そういえば、勇気は化野のことが嫌いだった。多分、真面目な勇気と、言ってしまえば不真面目な化野では、基本的に反りが合わないんだと思う。

「何、あの馬鹿にあげる為に作ってたってこと? へー……」
「や、えと……」

 あからさまにイラついている勇気を前に、僕は慌てて付け足した。

「あの、ほら、バレンタインは、チョコを交換するっていうから、化野だけじゃなくて、違う人にもあげようかと……」
「馬鹿? 普通男同士で交換とかしないけど、きもいし」
「え……」
「つーか違う人って誰。正義友達いないだろ」
「うぅ……」

 勇気の言葉が胸に突き刺さる。確かに友達は全然いないけども。男同士で交換とか、しないんじゃないかなって、僕もなんとなく思ってたけども。でも、化野にああ言われたら作らなきゃって……。
 ちらりと勇気を見てみると、不機嫌そうにチョコを睨みつけていた。

「……ゆ、勇気にも……完成したらあげようかなって……」
「…………」

 いや違う、これじゃあ火に油を注ぐだけだ。でも、違う人って言われても、確かにだれも浮かんでこない。かろうじて西園の顔が頭に浮かんだけど、勇気の言うとおりきもいって思われたら迷惑なだけだ。

「でも、やめる……、ごめん……」
「いや何勝手にやめてんの?」

 チョコを片付けながら、口を開くと、苛んだ勇気の声が飛んできた。え、と顔を上げると、勇気がチョコを指さした。

「え、だって……」
「別に、俺は交換とかしないだけだし」
「え、うん……」
「あと味甘過ぎ。チョコビターに変えろよ」
「はい……」
「チョコの糖分は、勉強に適してるから」
「…………?」
「……あんまりがちゃがちゃ音立てないなら、練習してもいい」
「……? うん……」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみ……」

 それだけ言って、勇気は二階に上がってしまった。……とりあえず、練習するのは許された、らしい。一応チョコの種類はビターとミルクとスイートで三つ買ってきたから、勇気にはビターで作ってみよう。
 自分で作った試作品のトリュフを口に入れると、確かに甘い味が、口の中に広がった。

「………………甘っ」

 僕は、チョコよりお煎餅とかの方が、貰ったらうれしいけどなあ。

****

 それから、なんだかんだと日は流れ、あっと言う間に二月十四日がきてしまった。僕はといえば、そもそもそこまで器用でもないので、作ったチョコは、やっぱり不格好のままだった。でも、分量だけはきっちり計ったので、味は悪くない……と思うんだけど。
 出来上がったチョコを百円均一で買ったラッピング用の箱に詰めて、鞄に入れる。学校に行こうとしたところで、勇気が隣にいたので、勇気にも渡した。

「あ、勇気……これ……」
「………………」

 勇気は無表情で僕を一瞥して、特になにも言わずにチョコを受け取った。それから、中身を確認して、小さく息をこぼす。

「作るのへったくそ、形でこぼこじゃん」
「…………ごめん……あの、いらなかったら」

 食べなくても大丈夫、という意志を伝える前に、さっさと玄関を出て行ってしまった。話したくもないという態度に、少し傷つく。
 捨てる位だったら、自分で食べようと思ったんだけど……。でも、勇気はきっと食べ物を粗末にはしないはずだ。持っていったってことは、多分、食べてくれるんだろう。ポジティブに解釈して、僕は化野の分と、余った分は自分でお昼にでも食べようと思って、鞄に入れた。





「控えおろーう皆の衆!」
「おー、大志、今日は馬鹿殿のお面でなにしてんの?」
「お前そのお面一番似合ってるよ」
「つか、馬鹿殿みたいなもんだしな」
「一瞬お面じゃないかと思ったわ」
「酷くね!?」

 教室につくと、いつも通り化野が皆の中心に居た。楽しそうなその輪の中に、僕は入れないけど、傍から見ているだけでも楽しい。クラスの女子が、化野にここぞとばかりにチョコを渡していた。

「はい大志、これあげる!」
「なに、本命?」
「明らかに義理だってーの!」
「きゃはははは!」
「実際、義理にかこつけて本命とか?」
「えー、ありえるー!」

 す、すごい……。女子にチョコを貰うなんて、僕にとっては夢のまた夢だ。少なくとも、僕だったらこんな怪しい狐面なんて被った男にチョコを渡そうとは思わない。でも、化野は馬鹿殿のお面をつけててもチョコを貰えるんだから、やっぱりすごい。内心羨んでいると、近くにいた西園が席に着いた。

「おはよ、小波」
「…………」

 小さく頭を下げる。西園もモテそうなのに、チョコとか貰ったりしないのかな。化野たちが騒いでいるのを、眠そうな目で見ていた。すると、西園を見た化野が、僕たちに近寄ってく。

「おっはよー、正義ちゃん、セイ!」
「おー、なにお前そのお面」
「今日は殿でゴザル!」
「なんだその口調」
「うっさ。セイは黙っとれ。正義ちゃん、例のあれは!?」

 そう言って、化野は満面の笑みで僕に両手を伸ばしてきた。えっ、ここで渡すの? 確かに作ったし、持ってきてもいるけど、化野は今沢山チョコを貰ってるし、そもそもやっぱり男があげるのはおかしいんじゃないかと思う。
 だって他にあげてる人がいないし……。ここで僕が化野にチョコをあげようものなら、変な目で見られてしまうかも。このお面つけてる時点で変な目もなにもないかもしれないけど、そういう問題じゃない。鞄を見て、化野をみる。化野の目は、爛々と輝いていた。

「…………」

 ああ、どうしよう、また顔が赤くなってるかもしれない。暑くなってきた顔に、固まっていると、西園が声をかけてくれた。

「……大志、お前何ねだったか知んねーけど、あんまり小波困らせてやるなよ」
「はー? だって約束してたもん、ね〜」
「…………」

 化野の問いかけに、小さく頷いた。約束、確かにしていた。でも、ここで渡すのはやっぱり無理だ。こんなやりとりをしている間に、どんどん周りの目が集まってきている気すらする。

「おーい、大志ー、チョコ食わねえの?」

 すると、間を裂くようにして、佐々木の声が飛んできた。化野は何かを言いたげな顔をしていたけど、僕をじっと見つめると、お面をはずしてにこりと笑った。

「じゃ、また後でね、正義ちゃん!」

 食べるー、と言いながら、化野は自分の席へと戻っていく。よかった……。ほっとしてしまった自分がいて、僕はいったい何がしたいんだろうと、自分でもわからなくなった。お面を通して化野を見ると、色んな人に囲まれて、色んなチョコを貰っている。
 少なくとも、僕が作ったチョコよりもよっぽど美味しそうなものだってある。あんなに貰えるなら、僕のチョコなんて、別になくてもよかったんじゃないだろうか。
 なんだか、急に作ったことが恥ずかしく思えてきた。

「…………」
「おい、小波」
「……?」
「お前、いやなことはちゃんといやって言ったほうがいいぞ……っつっても、お前は言えないんだろうけど」

 その言葉に、僕は何も答えることができなかった。多分、普通に喋れても何も言えなかったと思う。別に、いやな訳じゃない。なんだかんだ言って、チョコを作るのは楽しかったし、化野が喜ぶかなって思うと、作るのも渡すことを考えるのも楽しかった。ただ、ああやって沢山貰えるなら、僕のものなんて、なんの価値もないように覚えて。そんな感覚を覚える自分が醜くて、落ち込んでいるのかもしれない。
 親友だから、という甘い言葉に、浮かれていたのかな。だって、僕よりは西園とかの方がよっぽど親友だ。幼なじみらしいし。僕はスマホをいじって、西園にラインを送った。

【西園は、化野にチョコをあげる?】

 そのメッセージに、西園は怪訝な顔をして、首を振った。

「あげねーよ。何言ってんだ?」
「…………」

 なんとなく、わかってたけど。
 僕は、鞄の中から、余っていた自分用に食べようと思っていたチョコを取り出した。

【友達には手作りチョコあげるんだと思った】

 僕の言葉に、西園は何かを察したかのように、目を瞑った。

「っあ〜〜……まあ……、そういうやつも、居るんじゃねえの……? 俺はあげねえけど」
「…………」
「そのチョコ、大志にあげんの?」

 僕は首を横に振って、ラインを送る。

【ううん。これは余ったから、自分で食べようと思って。西園も食べる?形は悪いけど味は大丈夫だよ】
「あ、いいの?」

 その言葉に大きく頷いた。作るにあたって、練習しすぎて、正直チョコももう食傷気味だった。甘いものは嫌いじゃないけど、そんなに沢山も食べれない。食べてくれるなら、そっちの方がありがたい。西園がチョコを摘んで口に入れる。

「ん、うまい」
「…………」

 よかった。美味しかったなら、うれしい。ほっとしていると、チャイムが鳴ったので、僕は残りを全部西園にあげた。甘いのは嫌いじゃないと言って、貰ってくれたから、ありがたい。
 その時、なんだか目線を感じて振り返ると、ちょうどこっちを見ていたらしい化野と目が合った。

「……?」

 化野はただこっちを見てるだけで、何も言わなかったけど、なんだか怒っているように見えて、少しだけ怖かった。

****

 授業を終えると、半ば強引に化野に連れられて、科学準備室まで連れてこられた。西園と話している最中、笑顔で僕の腕を掴み、鞄を持ってこっちこっち、と導かれて、気がつけばここに居た。西園が何か言いたそうにしていたけど、それを聞く前に、教室を離れてしまった。
 科学準備室。……いつかのことを思い出して、ここに居ると、なんだかそわそわして、落ち着かない。

「…………あ……」
「…………」
「あだし、の……」

 小さく呼びかけるが、化野は反応がない。いつもは、呼びかけると「なに?」って笑顔で答えてくれるのに。心臓の音が少しだけ早くなる。ぼ、僕は、知らない間に化野を怒らせるような何かを、してしまったんだろうか……。そう考えて、少しだけ怖くなった。
 でも、どうしよう。怒らせてしまったとしても、どうすればいいのかわからない。なんて言えばいいのかも、わからない。謝った方がいいかな? でも、なんで怒っているのかがわからないんだから、何に対して謝ればいい、なんて、わかるはずもない。

「その……」

 僕は、持ってきた鞄から作ったチョコを取り出した。

「これ……約束してたやつ……」
「…………」

 すっと差し出したが、振り返った化野は、不機嫌そうな顔で僕を睨んでくる。その顔を見て、僕は内心ショックを受けた。なんとなく、作ってきたら、喜んでくれるんじゃないかなって思ってた。化野のことだから、喜んで、食べてくれるんじゃないかって。
 でも、実際はどうしてか怒っているし、特に喜んでもいないし、そもそも、こんなチョコを喜ぶはずもなかった。思い上がりも甚だしい。友達、なんて言われて、調子に乗ってたのかもしれない。浅ましい、僕は少しだけ浮かれて作っていた自分が恥ずかしくなって。そのままチョコを鞄にしまった。

「……な、んでもない……」

 そのまま教室に戻ろうとしたところで、腕を掴まれた。

「なんでそこで仕舞うの!?」
「え……」
「そこは、俺の為だけに作った俺のチョコだよって言ってくれるとこじゃん! なんで仕舞うの!」

 そんなこと言われても……。
 戸惑う僕の鞄を奪い、中からチョコを取り出して、僕に突きつけた。

「やり直し」
「…………」
「俺の為に作ってくれたんでしょ?」
「…………」

 その言葉に、小さく頷いた。そうだ、これは化野に言われて、作ったものだ。そうじゃなきゃ、チョコを作ろうなんて思わない。どう考えても買った方が安いし美味しいのに、作る意味なんてない。
 僕が頷くと、化野は少しだけ満足そうに笑って、「じゃあもう一度言い直して、俺に渡して」と僕が持っているチョコを指さした。

「…………」
「ね?」

 言い直す、と言われても、なんて言えばいいんだろう。いや、そもそもなんだこのシチュエーション? 告白でもないのに、二人きりで、チョコを渡すって……。意識した途端に緊張してきた。心臓の音が、どんどん早くなっていく。やばい、顔がまた熱く……。

「あっ」
「せっかくだから、これも取ってよ」
「か、返……」
「だーめ。早く言って」

 つけていたお面を外して、化野が少し意地悪そうに笑った。このお面は、僕にとって一種の安定剤だ。これをつけていれば、顔は見られないし、このすぐ真っ赤になる顔もわからない。なのに、取られてしまったら。カッと顔に熱が差し、僕は目線を下にずらした。どうしよう、恥ずかしい。きっとまた赤くなってる。
 だいたい、言ってって、何を言えばいいんだよ。

「正義ちゃーん。早く」

 化野の、嬉しそうな声が降ってくる。さっきまで損ねていた機嫌も、いつの間にか戻っているし。僕はチョコを化野に渡して、震える声で言った。

「あ……っ」
「お?」
「あんまり、美味しくない、かも……」
「うん?」
「あ、味見して、何回か、作りなおしたんだけど……」
「うん」
「これが多分、一番うまくいったので……」
「うん」
「化野に、これを……その、お納めください……」
「…………」

 自分でも、何を言ってるのかよくわからない。なんだお納めくださいって。殿のお面をつけているから、釣られたのかもしれない。そういうことにしておこう。しんとした科学準備室で、化野が僕のチョコを受け取った。
 それから、無言のままラッピングをあけて、中のチョコを取り出した。歪つな形をしているけど、これでも一番マシなやつだ。化野はにまにまと笑みを浮かべながらそれを眺め、口の中に放り込んだ。

「……あの……」

 これでよかったのか? と思った瞬間、腕を掴まれ、化野側へと引っ張られた。

「ん、んっ……!?」

 まだココアの残る指先で顎を掴まれ、上から唇を重ねられた。甘いチョコレートの味が、口の中に流れ込んでくる。柔らかな舌が絡まると、口の中でチョコが溶けていく。これ、やば……っ!

「……っ〜〜……!」

 ちゅ、と音がしたかと思うと、化野の舌が、僕の唇を舐めて離れた。きっと、今真っ赤になっている。っていうか、こんなの僕じゃなくても真っ赤になる。きっとそうだ。逸る心臓を押さえながら動揺している僕の前で、化野が嬉しそうに笑う。

「ん。おいしー」
「………………」
「上手にできてるよ」

 キ、キスする必要、あったんだろうか……。けど、そう問いかけることもできず、僕はよかった、と何がよかったんだか全然わからないままに呟いた。化野の機嫌はすっかり直ったようで、準備室に置いてある椅子を指さして僕を呼んだ。

「正義ちゃん、ここ。ここ座って」
「…………?」

 僕が隣に座ると、化野は自分の鞄の中から、箱に入った何かを取り出した。

「これは俺から正義ちゃんへ! 手作りよ手作り」
「えっ…………」

 可愛いパッケージのチョコレートを貰って、僕は正直面食らった。まさか、化野も作ってくるとは、思っていなかった。でも、人から貰うのは嬉しいかも。多分嘘だっていうのはわかってるけど、友達なら手作りで渡すのが当たり前、という化野のラインの言葉が、僕の脳内に深く残っているせいかもしれない。
 ラッピングをあけると、僕が作ったのより遙かにクオリティの高いチョコレートがそこにあった。狐と狸の形をしたチョコに、正義ちゃんへ、とチョコペンで書いてある。す、すごい……。

「すごい……」

 思わずそのまま口に出した。でも、本当に上手だ。化野は、何でも器用にこなすからすごい。僕なんて、何度か練習してもあの歪つなトリュフが限界だったのに、これ、市販品とかじゃないんだよね?
 狐はもしかして僕なのかな。嬉しくなって、手に取ると、化野も嬉しそうに笑った。

「正義ちゃんの為だから、頑張っちゃった」

 なんて、もし化野が女の子だったら、健気な彼女みたいな台詞に、僕の心臓が跳ねた。
 僕のために頑張ってくれたっていう気持ちが、嬉しい。化野ももしかして、そうだったのかな。だから、言ってほしかったのかも。僕の口は自然に緩み、化野に向かって笑んだ。

「ありがとう……僕も、化野の為に頑張ったよ」
「…………」

 すると、化野は一瞬目を見開いて、きょとんとした顔をした。僕、何か変なこと言っただろうか。それとも、もっと気の利いた褒め言葉を吐いた方がよかったかな?

「あ、……」

 言い直そうかと思ったところで、化野がにんまり笑って、僕の体を抱き寄せた。

「……!?」
「……っあ〜〜〜〜〜、やべえやべえ! はははっ、いいわ〜、正義ちゃん!」
「な、何が……」
「ひひひ、えへへ〜、嬉しいなあ〜」
「あ、化野……」
「嬉しいから、さっきセイに先にチョコ渡したことは、少しだけ許してあげるよ」

 そう言って、化野が一瞬瞳に暗い色を宿した。西園? なんでここで西園が? と思ったけど、それを問いかける前に、化野の手が僕の制服に伸びていた。

「え、ちょっ……」
「ん?」
「………………が、……」
「何?」

 ここは、学校だ。そもそも、こういうことをすること事態が、きっと間違っている。でも、僕はそれを化野に言うことができない。それを言ってしまえば、化野に嫌われてしまうような気がして。するすると、化野の手がシャツの中に入り込んできて、僕は背筋を伸ばした。このままじゃ、また流されてしまう……。
 僕は、化野が作ってくれたチョコレートを、化野に見せた。

「あ、あの」
「んー?」
「……これ、食べてからが、いいんだけど……」

 僕の言葉に、化野は笑う。狐の面なんてつけているけど、正直、僕より化野の方がよっぽど狐っぽい。人を食ったようなその笑みに、僕はどうすることもできなかった。
 持っていたチョコを奪って、化野が僕の口元に突きつける。

「じゃあ、俺が食べさせてあげるよ」
「え、いや……」
「はい、あーん」
「…………」

 有無を言わせぬその態度に、僕は小さく口を開けた。口の中に広がるチョコの甘みに、嬉しそうな化野の顔を見ていると、なんだか全てがどうでもよくなってきた。こういうことを考えてしまう時点で、なんだか自分でもやばいなって思うんだけど、どうすればいいのかもわからない。

「美味しい?」
「……うん」

 頷くと、優しく撫でてくる手のひらに、僕は目を瞑った。

終わり

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