翌日。
 雨が強かに窓へ雨粒を打ちつける中、俺は学校を休んで部屋で寝ていた。ただの仮病だ。
 ざあざあと、雨の降る音が耳に飛び込んでくる。仮病と言うよりも、逃げたのだ。東に会いたくなかったし、かん奈にも会いたくなかった。会えば、色々考えてしまう。
 かん奈は、どうして東に俺の未来予知のことを話したんだろう。東との話のネタ? かん奈がそんなことをするのは考えにくい。けど、俺にとってかん奈は唯一だけど、かん奈にとっての唯一は東だ。そう考えれば、理解は出来る。
 納得はできないけど、そうでも考えないとやってられなかった。東も、なんで俺にあんなことを言ったんだろう。そもそも、なんで俺なんだよ。男同士だし、東となんて、あの日まで、全然話したことなんてなかったのに、何がきっかけだったのかすらわからない。
 ぐるぐると悩んだまま布団の中にくるまっていると、午後を過ぎたあたりで、メールが届いた。時間的には、もうすぐ放課後だ。
 午前中にかん奈から風邪かと心配するメールも届いたけど、それには返信できずにいた。
 今度は、誰だ。もそもそと布団の中から手を伸ばしスマホの画面を見ると、東からだった。

 【一階渡り廊下奥】

「…………」

 書かれていたのは、それだけだ。
 今日はどうしたとか、学校にこないのかとか、大丈夫かとか、そういった、普段の東であれば盛り込んでくる文章もない。
 ただシンプルに場所だけを示すメール。でも、俺にとっては、それで充分だ。外を見れば雨が降っている。

「っ……!」

 目の前が霞む。いつもの、あれだ。
 頭の中に浮かんでくるビジョン。

 『私が、多分、身の程を知らなかったんだ……、彼女になれて、浮かれてて……』
 泣きじゃくるかん奈の横顔。
 すぐに映像は終わり、またいつもの部屋の景色に変わった。これを無視すれば、俺はきっと泣くかん奈を見ずに済む。悲しむかん奈を直視せずにすむ。後から慰めればいいのかもしれない。
 だけど、見ずに済むからってなんだ? そんなことしたって、かん奈が泣く事実は変わらない。

「……くそっ……」

 俺は急いで制服に着替え、走り出した。傘も差していたけど、途中から風に煽られて邪魔になったから、畳んでただひたすら走った。
 今なら、今ならまだ間に合うかもしれない……っ!

「……はっ……はぁっ……!」

 家から近い位置に学校があってよかった。たどり着いた時にはもう、ずぶ濡れだったけど、俺は渡り廊下の奥へと走る。
 渡り廊下の奥には、小屋があって、あまり人目につかず、目立たないその場所は密かに告白スポットと言われていた。今の時間は、鍵がかかっていて入れないかもしれないけど、きっとあそこだ。
 走って、走って、渡り廊下の奥を抜けるとかん奈の姿が見えた。

「かんっ……」

 叫ぼうとしたところで、止まった。誰かがいる。東か? いや、違う、東じゃない。

「……私、ふられちゃったあ……っ、何がだめだったのかなあ……」

 泣いているかん奈が、誰かに向かってそう言っている。誰だ? 思わず隠れて様子を見ると、俺の知らない男がいた。いや、知らなくはない。見たことはある。っていうか、同じクラスにいた奴で、最近かん奈のことを可愛いとも言ってた奴だ。でも、なんで、そいつと一緒にいるんだ?
 かん奈は目を赤くして泣いていた。それを、必死にそいつが慰めている。なんでそいつがそこにいて、どうしてかん奈がそんな風に泣きながら話しているのかはわからない。でも、俺が入っていけそうな雰囲気じゃなく、俺は黙ってその光景を眺めていた。
 ひっく、としゃくりあげるかん奈の肩に、そいつはそっと手を乗せる。

「あの、さ……。東は別にかん奈のことが嫌いになったとかじゃないんだから、かん奈が悪いんじゃないよ。ってか東が悪いって、絶対」
「でも……、私、知らないうちになんかやっちゃって、それでっ」
「違うって! 東が気まぐれなだけだよ! かん奈にはもっといい奴とかいるって!」
「違う、私が、多分身の程知らなかったんだ……、彼女になれて、浮かれてて……」
「そ、そんなことないよ、かん奈って可愛いし、身の程知らずとかそんなこと絶対ないって! ってか東もバカだよ、かん奈振るとかさ! このタイミングで言うのもその、あれだけど、俺もずっと可愛いなって思ってたし……」
「えっ……?」
「今は全然考えられないかもしれないけど、その……、俺、かん奈のこと好き、です……」
「あ、えと……」
「あ、ああっ、ごめん、こんな時に言われても困るっつー話だよな!? えっと、でもその、かん奈には泣いて欲しくないっていうか……あ」

 かん奈の手が、そいつの袖を掴んだ。

「ぐすっ……ごめ、……ありがと……」

 泣きながら小さく呟くかん奈の肩をそいつが優しく叩いたのを見て、俺はもうその場に居ることは出来なかった。
 気づかれないように走って逃げた。ばしゃばしゃと跳ねる泥も気にせずに、学校から離れた。通り過ぎる人たちが何事かと言う様に俺を見ていたけど、そんなの関係なかった。

「はぁっ……はっ……はぁっ……!」

 逃げて逃げて、昨日から逃げてばっかりだ。頭がガンガンする。雨の中走ってきたから、風邪でも引いたのか。違う、そうじゃない。

「うっ……」

 雨に濡れているから、目から溢れてきた涙なんて、全然目立たない。大丈夫だ。
 袖で顔を拭ったけど、更に濡れただけだった。ぼんやりと立ち尽くしたそこは、いつもの本屋の前だった。俺は店の前に立って、今更雨宿りも何もないのかもしれないけど、雨をしのぎながらぼんやりと店内を眺めていた。落ち着きたい時は、超能力関係の本を読む。
 それが昔から習慣だった。でも、今は、今だけはどうしてもそれをする気にはなれなかった。だって。

「……っくそ……」

 なければよかった、こんな能力。そうすれば、見ずに済んだのに。知らずに済んだのに。かん奈とも、こんな風に関わらなかったのかもしれない。こんな想いを抱くことも、なかったのかもしれないのに。
 本当は、俺が言いたかった。あいつが言ってたこと全部、全部全部、俺が言いたかった!
 かん奈を慰めるのは俺でありたかった。誰でもない、かん奈が振られたときは、俺がって、そう心のどこかで思ってた。
 でも実際はどうだ。よく知らない奴に取られて、かん奈もそれに対してなんにも言わなかった。当然と言えば当然だ。かん奈は俺の幼なじみで、俺にとっては親友で、俺の憧れで俺の唯一ではあるけど、かん奈にとって俺はそうじゃない。
 俺の知らないかん奈は沢山いて、俺が知らないだけで、かん奈はそいつと仲がよかった。それだけのこと。かん奈にとって、俺は大多数の一人ってだけで、子供の頃の約束だって。

「……っ」

 涙がこぼれるのを堪えていると、ポケットに入っていたスマホが震えた。
 俺はゆっくりとスマホを引き抜き、操作する。メールが来ていた。東からだった。

 【家にいる】

「…………」

 また、場所を示すものだけだ。しかも、誰の家とも書いてない。書いてないけど、どの家かなんてわかりきってる。突き放したかん奈の家じゃない。ましてや俺の家も知らないはずだ。だったらあとは、東の家しかない。
 俺が東の家に行くとでも思ってるんだろうか。何しに? ……そう思ったのに、自然と足は東の家の方角へと向かっていた。そういえば、いつの間にか傘もなくなってる、さっきあれを見たときに落としたのかもしれない。まあ、どうでもいいか。

 再び雨の中足を踏み出し、俺は導かれるように東の家へと向かった。

****


「うわっ、びっしょ濡れじゃん!」
「…………」

 東の家に行くと、東は俺を見た瞬間驚いたようにそう言った。まるで、友達が家に来たら雨に濡れていたみたいなリアクションだ。

「うわー、タオル持ってくるから、とりあえず入って。傘持ってこなかったの?」
「……どっかに落とした」
「あーあ、まあ俺の家の傘貸すから帰る時も降ってたらそれ使いなよ」
「……なんで」
「ん?」
「なんで、そんな風に話せるんだよ」

 なんで、そんな、普通に接することが出来るんだよ。
 俺は八つ当たりのように怒鳴り散らした。

「なんで、かん奈を振るんだよ! かん奈、泣いてた、かん奈はお前のこと、本当にずっと好きだったんだ、それをなんで……っ」

 どん、と拳で東の胸を叩く。
 こんなのただの、嫉妬の八つ当たりだ。でも、東はそんな俺に静かに告げた。

「榮太郎は、好きでもないのに、つきあい続けて欲しかったの?」
「それは……っ」
「そっちの方が傷つくんじゃない?」
「…………っ」

 当たり前の様に言ってくる東に、言葉を詰まらせた。
 どう言えばいいのかもわからなかった。確かに、東はかん奈を振ったけど、それは東が自由にしてもいいことだ。東は付き合ってる最中、かん奈に酷いことなんて何一つしていないし。
 いつも、俺に報告するときのかん奈は幸せそうだった。かん奈を悲しませないでほしいと思うけど、無理に付き合えとも言えない。だから、俺は自分でも何が言いたいのかわからなくて、ただ、悔しくて、ぼろぼろと泣いた。そんな俺を、東は持ってきたタオルで頭を包んでがしがしと拭いてくる。

「とりあえず、服脱げば。冷たいし、風邪引いちゃうよ」
「俺」
「ん?」
「俺、東が何考えてんのか、全然わかんない」

 俺がそう言うと、東は俺の服に手をかけてきた。びしょ濡れになった制服のボタンを、一つずつ外していく。
 だったらなんで好きだなんて言ったんだよ。すぐ好きじゃなくなるくらいなら、最初から付き合わなければよかったんだ。最初から、俺に声なんてかけてこなければよかったのに。そうすれば。

「俺も、榮太郎が何考えてんのか、全然わかんなかったけど、今は少しわかるよ」
「……は?」
「失恋しちゃったんだろ、かん奈ちゃんに」
「っ」
「可哀想にな」

 見透かしたような、嘲笑めいたその言葉に、俺は東の手を振り払った。

「……違うっ! 俺は、ただかん奈が泣いてるのが、……っつらくて……慰めてあげたかっただけでっ」
「じゃあ、そのかん奈ちゃんは今どこにいんの?」
「それは、……っ」
「まだ学校に居る? だったら榮太郎が慰めてあげればいいのに、そこにつけ込めば、かん奈ちゃんも榮太郎のこと好きになったかもしれないよ」
「俺は、かん奈のことそういう意味で好きなわけじゃないって……っ」
「嘘つけ」

 東は笑って、俺の胸を押した。

「好きだったんでしょ?」
「違う」
「好きなら好きって言えばよかったのに」
「違う!」
「違わないだろ。少し手を伸ばせば、その手は届いたかもしんないのに、榮太郎すぐ逃げちゃうから」

 違う、違う、違う! そう頭の中で否定しても、東の声は離れなかった。かん奈の笑顔が、頭の中に蘇る。
 榮太郎、と親しげに呼んでくるかん奈の声。かん奈の笑顔、かん奈。
 ……本当は、自分でもわかってたんだ。さっき気づいてしまったから。見ないように、気づかないように逃げていただけだ。
 かん奈のことが好きだった。
 憧れてた。
 でもそれは、恋情とかじゃなくて、単純なヒーローでって、思いこんで。
 それがあの時、知らない奴に告白されていたかん奈を見て、胸が痛んだ。じくじくと痛んで、同時に頭が真っ白になって、胸に黒いものが広がっていった。土砂降りの雨の中、なにも出来なかった。
 好きだって告白されてるかん奈を見て、なにも。

「……っ」

 かん奈は、東が本当に好きだって言ってたから、だから協力したんだ。かん奈が好きなら、それで幸せになるならって。
 ……かん奈はあいつと付き合うんだろうか。あいつと付き合って、もっとかん奈は俺から遠ざかって、東ならともかく、あいつと付き合うんなら。

 あいつと付き合うくらいなら、俺でよかっただろ。
 そう思ってしまったんだ。

「……っ……う……」
「泣くなよ、榮太郎」

 好きだった。好きで、好きで、本当に好きで。でも、手を伸ばしても届かないって思ってた。
 かん奈が喜ぶなら、なんでもしてあげたい。だってかん奈は俺のヒーローだから。そう思って誤魔化した。
 幼稚園のあの日、かん奈に出会って、俺のことを笑顔で受け入れてくれて、俺の超能力のことも、全部信じてくれて。かん奈だけだったのに。かん奈だけが、俺のことを認めてくれたのに。
 あの日、俺はかん奈に恋をした。でも俺は、それを、憧れという形で閉じこめた。だってそうじゃないと、東に嫉妬してしまうから。
 嫉妬して、東のことをもっと嫌いになる。自分の醜さがいやになる。そんな俺からも逃げてたのに。ずっと逃げていたことから、捕まったみたいに、動けない。
 ぼろぼろと涙が落ちる。そんな俺の頭を、東が撫でてきた。ゆっくりと、あやすように。
 そうして、目の前で笑ったかと思うと、戯れみたいに口づけてきた。

「……っ……」
「可哀想にな」
「触んな……っ」
「いつもみたいに笑わないんだ? あの癖、俺結構好きなんだけど」
「うるさい……」

 もう何かを言う気力もなくて、俺はその場にずるずると座り込んだ。そんな俺を見て、東は抱きしめてくる。

「俺が慰めてあげる」
「…………」

 なんて、キスしながら笑ってきた。こいつ、本当何なんだ。東のことが、どんどんわからなくなる。最初の印象からかけ離れて、今は目の前に居るのが本当に東なのかすら危うい。 
 濡れた服を器用に脱がせて、持っていたタオルで俺の体を拭く。わからない。触れる手のひらが、やけに熱く感じられたのは、俺の体が冷えていたせいだろうか。
 東という人間が、もう全然わからない。淡い初恋の消失を打ち消すように、頭の中が東でいっぱいになってくる。そうしないと、頭がおかしくなりそうだった。かん奈の代わりに、東への嫉妬と憎悪が募る。
 ただの八つ当たりかもしれないけど、俺はそれほど器用な人間じゃない。

「体、冷たいなあ。雨で冷えちゃった?」
「…………お前なんて……」
「ん?」
「お前なんて……大嫌いだ……っ」

 そう呟くと、東は嬉しそうに「そうこなくちゃ」と笑った。なんなんだこいつ……。
 俺はそれ以上もう何も言う気にはなれなくて、ただ、へらりと笑って、雨の音を聞きながら、伸びてくる東の手を振り払うこともできなかった。

「やっとこっちを見てくれた」

 終わり
 

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