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『糸通し?』
『そう、糸通し、糸川だって聞いてるでしょ』
『うん、聞いてる。縫さんはいつ聞いたの?』
『昔から……、だって私跡取りだもん、いつか、私と結助でやらなきゃいけないことなんだって』
『……できるかな?』
『わかんない』

 子供の頃の記憶が蘇る。
 縫さんと二人で、針間矢と糸川のお役目について勉強した。その時ばかりは、通とも遊べなかったから、俺はその時間があまり好きじゃなかったけど、縫さんとは話すのも、それはそれで楽しかったから、苦じゃなかった。
 悪戯っぽい顔で、俺に問いかけてくる縫さん。

『結助、糸通しの意味わかる?』
『わかるよ、授業でやったし』
『バカ、そういう意味じゃないってば。糸通しっていうのは……』

「っ……う、っ……!」
「…………」

 押し殺すような、通の声に意識を浮上させた。懐かしいことを、思い出してしまった。
 まだ、縫さんも俺も、十六になってすらない、子供の頃の話。
 でも、今はそんなことどうでもいい。こっちに、集中しなきゃ。布団の上で、顔を腕で隠す通に声をかける。

「通、腕どけない? 顔、見えないよ」
「……っ、無理……!」
「っ、……っ」

 言った瞬間、通の中がきゅっと締まった。汗ばんだ体に張り付く髪を払うと、通の体がびくつく。柔らかく熱い中に、体の中が芯から熱くなってくる。俺は通の中に埋めた陰茎を一度引き抜くと、再度中へと押し込んだ。肉のぶつかる音と同時に、通の引き攣った声が漏れた。通は唇を噛んで、声が漏れない様にしていた。
 そうまでして、声を抑えることないのに。ここは俺の家だけど、離れだし、それに、糸川と針間矢がこういうことをするのは、俺達の家では当たり前のことなんだから、誰も何も言わないよ。
 推奨されてるくらいだ。そう、俺達は、こうするべき存在なんだ。優しい手つきで通へと手を伸ばし、体を屈める。

「通」
「っ、……ゆ、すけっ……」
「腕どけて? あと、唇、噛んでたら血ぃでちゃうよ」
「…………っ」

 行為のせいなのか、顔も体も赤くなっている通に言うと、通は頑として首を立てに振らなかった。
 素直に甘えてくれていいのに。どうして、素直になってくれないんだろう。もう少し快楽に堕とせば、もっと素直になってくれるだろうか。みっちりと包み込む肉壁を擦り、反応するところを押し潰すようにして中を突くと、悲鳴にも喘ぎにも似た声が通るから零れる。

「ひっ……ンっ……っ!」
「はぁっ……きもちい?」
「うっ……くっ…………!」

 ぴったりと咥え込んだ穴に、俺の形を覚え込ませるように、何度も中を擦りあげる。他の誰かなんて、受け入れられないくらい、気持ちよくなってくれたら。そう思って、何度も何度も。通の陰茎はすっかり勃ちあがって、先端から透明な液をこぼしていた。気持ちよくないことはないと思うんだけど。ごり、と中を押すと、通は首を横に振る。

「っ、結助、そこ、無理っ……! も、いいって……っ」
「ここ?」
「あ、うぁっ、あっ!」

 通が気持ちいいと思うところ、いっぱい擦ってあげると、通は嬉しそうに涎を垂らした。ずちゅ、と濡れた音を立てて、精一杯咥えこむ通の中に、自身の硬さが増していくのを感じた。
 仰け反る腰を掴んでピストンすると、耐えきれなくなったように近くの枕へと腕を伸ばし、通が縋ると、ようやく顔が見えた。

「あっ、あ」
「とおる」
「……っ、ひ」
「可愛い」
「…………っ」

 口を結んで、戸惑うような、混乱したような顔で、俺を見てくる通が、可愛くて可愛くて仕方ない。通は何かを恐れるかのように首を振っているけど、その顔は快楽に蕩けている。半ば噛みつくように、覆い被さって唇を奪うと、通をもっと近くに感じられた。

「通」
「あ、ぁっ」

 通。

「もっと俺だけを見て」
「…………っ、は、ぁっ……はっ……」
「ここにいるのは俺だけだよ」

 唇を離して、至近距離で言うと、通の息づかいが聞こえてくる。もっと、俺のことだけ見て、俺のことしか考えないようになってほしい。
 俺の目を見て、驚くように目を見開く通に、体がゾクゾクした。薄く開いた唇に舌をねじ込み、かき回す。通の体を抱きながら中に射精すると、通の体が震えた。
 繋がってる、通と。

「……っあ〜〜〜〜〜っ……!」

 初めての糸通しの時みたいに、声に出さずに好き、と言うと、通が泣きそうな顔をした。その顔に、唇が緩んだ。
 その顔は、俺が昔から見てきた顔。もっと、もっとだ。まだ足りない。





『ねえ、結助、あんた通のことが好きなんでしょ?』
『縫さんてば、何言ってんの。そりゃあ好きだよ、幼なじみだもん』
『そういう意味じゃなくて』
『…………』
『そういう意味じゃなくて、わかるでしょ』

 また、昔のことを思い出していた。
 もう、昔のことなんて思い出す必要なんてないのに、たまにこうして思い出すのは、縫さんの存在がなくては、今の通は存在しなかったからかもしれない。
 隣で、通が眠っている。少し、無理をさせすぎたかもしれない、起きたら謝らなくちゃ。
 眠っている通を見ながら、真っ直ぐに俺を見てきた縫さんの顔を思い出す。通と三つ年の離れた彼女は、通とは違って、プライドが高く、気も強かったけど、そこが彼女の魅力だった。
 別に通のプライドが低いという訳ではないけど、通は縫さんのことを尊敬していたし、いつもどこか遠慮しているように見えたから。
 俺も、縫さんのことは、本当の姉みたいに慕っていた。
 俺と縫さんは、多分似ていたんだと思う。

『結助には、感謝してるよ。すごく。あの人に会わせてくれたし、私の背中も押してくれた。応援してくれたし、私が家を出るときも味方になってくれたよね。昔から一緒にいて、話してても疲れなかったし、楽しかった、私、結助のこと好きだよ』
『俺も、縫さんと一緒にいる時間、すごく好きだったよ』
『通よりも?』
『二人とも好きだよ』

 俺がそう言うと、縫さんはおかしそうに笑った。

『結助、糸通し、通とやるんでしょ?』
『まあ、縫さんが針を抜けるとなると、そうなるね』
『嬉しい? 念願叶ってよかったね』
『念願って、まるで俺が望んでたみたいな言い方だね』
『違った?』

 そこで言葉を切ると、縫さんは俺の首に針先を当てた。今の通よりも、細く、長く、美しい針は、縫さんの指の先から出て、俺の喉仏にぴたりと狙いを定めた。
 常人には見えないし触れられない針と糸。だけど、針間矢と糸川、そして袷の人間は例外だ。今、この針が俺の喉元に刺されば、痛いじゃすまない。ぷつ、と音がして首に痛みが走った。血が出たかな。
 しかし、特に慌てもしない俺を見て、縫さんが笑った

『針を出すのも、これが最後、袷に入ったらもう出さないから』
『寂しくなるな』
『本当に?』
『本当だよ、俺から縫さんには会いにいけないけど、いつでも会いに来てよ、通も待ってるからさ』

 そう言って笑いかけると、縫さんが眉を顰めた。

『……ねえ結助、糸通しの意味、覚えてる? 昔教えたよね』
『覚えてるよ、"意図"通し、でしょ』
『そう、糸通しは、体だけじゃなくて、心を繋ぐ儀式。意図を通して、気持ちを繋ぐ。好きってことを、伝える儀式。お互い好きじゃないと出来ない行為。体というよりはそっちに重きを置いている。でもね結助』
『ん?』
『多分、その調子だったら、結助は通と糸通しなんてできないよ、少なくとも、意図通しは』

 吐かれた言葉に、俺は少しだけ目を見開いた。
 喉仏が動いて、喉元に当てられた針先が、再び喉を掠めて、鈍く痛んだ。
 俺は笑みを崩さず問いかける。どうして、そんなことを言うのか、純粋に知りたかった。だって、通は俺のことが好きだってのは、俺が一番よく知ってる。
 通のことに関して、世界で一番誰よりも、よく知ってるのは俺だっていう自負がある。だって、ずっと隣にいたんだから。

『……なんで?』
『わからない?』
『最後かもしれないのに、意地悪なこと言うな、縫さんは』
『昔から、私はこうだったじゃん。何を今更。それに、通は私の弟でもあるんだから、一応申し訳ないとは思ってるんだ、お役目放棄しちゃったこと』
『通のことなら、俺が……』
『俺が、何?』
『……俺が、大事にするよ。大切に』
『うん、結助は昔からそうだったよね。通が一番大切で、通ばっかり大事にして、甘やかして、自分に頼らせて……。甘やかすのと優しさは違うんだよ。それさあ、わかっててやってる?』
『何が?』

 問いかけると、縫さんは俺の顔をじっと見る。俺もその目を真正面から見返した。通に似た目鼻立ち、綺麗な黒髪。でも、この人は通じゃない。通とは違う。
 少しの間があって、縫さんは手の先から針を消した。首元に向けていた手を降ろして、小さくため息を吐く。それから何かを諦めたような表情で、俺に目線を送った。

『……これで終わり。もう二度と針なんて出さない』
『幸せになってね』
『ありがと、結助も、幸せになれるといいね』

 その問いには答えず、優しく微笑みかけると、縫さんもにこやかな笑みを送ってきた。多分、これが最後なんだろうな。なんとなくそう思った。

『それじゃあ、行くね』
『うん、元気で』
『…………結助』
『ん?』

 立ち去る寸前、縫さんが振り返る。長い黒髪を翻して、言った。

『よかったね』
『……なにが?』
『全部結助の思い通りになって』
『…………』

 さっきまでの優しげな表情とは一転して、冷めた目で縫さんは俺を見る。俺はきょとんとした顔で、縫さんに目線を返した。
 しかし、縫さんはそんな俺のことなんて見透かしたような顔で笑う。

『私ね、結助のこと好きだったよ。それはほんと。でも、結局最後まで、結助は何も変わらない。私を袖にするとか、結助くらいだよ』
『…………』
『私も継深も遠ざけて。私と糸通しなんて、最初からする気もなかったんでしょ? だから、あの日、私とあの人を会わせたんだよね。嬉しい? これで、名実ともに、通と糸通しができるんだから』
『縫さん、俺は』
『別に、これで結助に当たろうなんて、微塵も思ってないし、通にも言わないから安心して。色々あったけど、結助に感謝してるのは本当のことだから』
『……怒ってる?』
『怒ってないけど、その嘘は、いつか自分に返ってくるし、後悔しか生まないよ』
『縫さん、俺』
『……通によろしく、ごめんねって謝っといて』

 俺が言葉を返す前に遮って、皮肉げに笑うと、今度こそ縫さんは踝を返し、去っていった。反論なんて許さない空気に、俺はそれ以上言葉を返すこともなく、ただ去っていく縫さんの後ろ姿を見つめていた。それ以降は一度も振り返らず、また、それ以降縫さんには会っていない。
 なんというか、最後まで気の強い縫さんらしい物言いだった。全部バレてたか、まあ、あの人なら気づいてても仕方ないけど。
 だって、もう会うこともないし。

「ん……」

 隣で、通が小さく声を上げて身を寄せてきた。少し動いただけで、まだ眠ったまま。昔から、一緒に寝ていた時は無意識の内にこうやって近づいてくる。知ってるよ、通のことならなんだって。
 頭を撫でながら、額に唇を落とした。
 通のことならなんだって知ってる。俺のことが好きだってこともわかってる。だって、俺を好きになるように、俺自身が振る舞ってきた。通は優しい人が好きだって言ったら、その通りに。俺以外じゃ満足できないくらい、甘やかして。
 だって、通の性格は、わかりやすいから。

「通……」

 とびっきり甘い声で名前を呼ぶと、反応するように瞼が動いた。でも、起きてない。眠ってても、俺の声に反応してくれるなんて、可愛いな。柔らかい髪の毛を手櫛でとかしながら、通のことを考える。俺はいつだって、通のことしか考えてない。縫さんにはバレちゃってたけど、肝心の通はちっとも気が付かない。
 でも、今はそれでいい。
 甘やかして甘やかして、どろどろに溶かして、そうして俺だけを見るようになればいいって思う。
 多分、縫さんは気づいていたんだろう、俺が思ってることも、やろうとしていることも。

 俺がしているのは、通の手足をもごうとしているのと同じことなのかもしれない。
 甘やかして、縋らせて、好きだというのを知りながら伝えない。だって、今のままなら、きっと通はいつか逃げちゃうかもしれないだろう。
 糸川と針間矢は、想いあったところで、いつかは離れなくちゃいけなくなる、馬鹿げた呪いのせいで、運命が決まっている。俺の父親がそうだったように。糸川と針間矢は惹かれあうのに一緒になれない。どうして俺たちがそんなことにならなきゃいけないんだ?
 通はきっと真面目だから、俺が結婚するとなったら祝言を述べるだろうし、お役目の為にと、子孫を残すため他の女と結婚するんだろう。
 そうして、また縫い合わせの為の子孫繁栄は続いていく。俺達の家はそうやって続いていく。……くだらないにも程があるだろ。
 なんで、俺がそんな奴の為に、通と離れなきゃいけない? この連鎖を断ち切るにはどうしたらいい。
 逃げ出せないなら、さっさと終わらせてしまうしかないけど、きっとそれに通はついてきてくれない。だって、通は優しいから。俺なんかよりも、優しいから、色んなものを守りたいと思ってる。だから、あんなくだらないお役目を引き受けるんだ。
 優しい通。子供の頃から、生まれる前から。でも、通も同じとは限らない。
 それなら、通が何を捨ててもいいと思えるくらい、俺を好きになればいい。通にも、俺が全てだと思うくらい、もっともっと好きになってもらったら、手を伸ばした時、掴んで一緒にきてもらえる。
 優しさに溺れさせて、俺の手しか握れないようにすれば、もうどこにも行けないんだから。

 もっともっと、甘やかして、ジャムみたいに煮詰めて、ドロドロに溶かして、俺なしじゃ駄目になるくらい、俺だけを頼りに生きてくれよ、通。
 
「ゆ……すけ」
「…………はは」

 小さく呟かれた言葉に、笑みを浮かべた。かわいいかわいい、俺の通。

『俺のこと、好き?』

 初めての糸通しのことを思い出す。通の問いかけに、一つだけ嘘をついた。
 好き、なんて、そんな言葉で足りるはずもない。
 愛してるよ、通。好きなんて言葉じゃ全然足りない。愛しくて愛しくて、誰にだって、渡したくない。

 お前とだったら、どこに堕ちてもいいんだ、俺は。
 だから、ずっと一緒にいてくれよ、通。


終わり

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