風邪の話@



 馬鹿は風邪を引かないとは言うけど、それは迷信であって、実際は馬鹿でも風邪はひく。
 っていうか、むしろ馬鹿ほど自分の健康とか体力に気を使わずはしゃぎまくるから風邪をひくんじゃないかと俺は思うね。
 よく、夏風邪は馬鹿しかひかないとか言うけど、大志に限っては、夏の方が元気な気がする。暑さで馬鹿が加速してんじゃねーのって感じ。
 ざわめく教室の中で、スマホ画面をスクロールしながら、小さく息を吐いた。

「にっしー、大志風邪で休むって?」
「あー、そーみたい」
「珍しくね? サボりじゃなくて?」
「いやそれはねーだろ、大志学校サボんないし」
「あー、なるほー」

 学校に登校すると、佐々木が寄ってきて珍しそうに言ってきた。いつも、重役出勤ではあるけど、学校をサボることはまずない大志の席が、今日はがらんと空席だ。今朝、大志からラインがきて「今日は風邪だからお休みしますよ」と変なスタンプと共に送られてきた。
 珍しいこともあるよな。あいつ普段そこまで風邪ひかないのに。
 むしろ、ちょっと体調が悪かったら、それを理由に小波に絡んでここぞとばかりにワガママを言いそうなのに。正義ちゃんお腹空いたーとか、正義ちゃん、俺と一緒に保健室行こうとか、うわ、言いそうあいつ。馬鹿じゃねーの。
 丁度、小波も登校してきたところで、俺の隣の席で、鞄から教科書やノートを取りだしている最中だった。
 この学校で、毎日律儀に教科書とかノートを持ってきてるのも、こいつくらいなもんだ。
 ほかの奴らは大体置き勉で、持って帰んねえし。

「小波、おはよ」
「……!」

 声をかけると、小波は驚いたように肩を揺らし、それから俺の方を見て、小さく頭を下げた。朝の挨拶に、頭下げるってお前ヤンキーの舎弟かよ。
 まあ、もう、この反応にも慣れた。ていうか、むしろこのくらいが落ち着く。
 大志が騒がしすぎるから、逆にこのくらい静かな方がバランスが取れているのかもしれない。
 小波は真面目で勤勉で、かつ、健康らしく、風邪を引いているところは見たことがない。つーか狐面してるから風邪引いててもわかんねえけど、とりあえず咳とかしてるところは見たことがない。

「小波、大志風邪で休みだって」
「…………」

 その言葉に、小波は小さく頷いた。ああ、うん、まあそうだよな。大志が、あの変執的なまでに小波を構い尽くしてる男が、小波に休むことを知らせないわけないか。
 毎日うぜえくらいライン送ってるって聞くし。そりゃ知ってるわな。

「小波、大志から今日休むってラインきた?」

 小波はこくりと頷いた。

「そっか、つーかあいつお前にライン一日何回くらい送ってんの? 送りすぎてたりしねえ?」
「…………っ」

 すると、小波はちょっと躊躇ったが、自分のスマホを取り出して、大志とのトークラインを少しだけ見せてくれた。
 俺は小波の隣に立って、トーク画面をスクロールする。ずらずらとした文字の羅列が、俺の目に飛び込んできた。

「……こわっ! あいつ送りすぎだろ! キモッ! 小波お前これキモいって送ってやった方がいいぞ! うぜーからもう送ってくんなって言ってやれ」
「…………!」

 小波は焦ったように首を横に振ったけど、いやいや、これはちょっと気持ち悪いだろ。
 一日数回とかならわかる。仲のいいやつと興味のある話題で盛り上がるのもわかる。
 でも、今日は学校帰りにかわいい犬見つけたとか、今何してるの? とかそういう死ぬほどどうでもいいライン、一日に三桁単位で送ってるぞこいつ。
 小波もそれに律儀に返すし、既読スルーとかもしないから、延々とメッセのやりとりが続いてる。
 っていうか既読のまま時間たつとまた送ってるし。メンヘラかよ怖えーな。
 最終的に小波が「もう寝るね」で切ってるけどそれなかったらいつまで続くんだこれ。面倒くさい彼女かあいつ? うっぜー。あいつ俺らのグループラインは既読スルーするくせに必死かよ。
 どん引きしながらトーク履歴を見ていると、予鈴が鳴った。

「あ、わり。ありがと」
「…………」

 小波は頷きながら、スマホのモードをサイレントにして、鞄にしまった。
 この学校で授業中にスマホの電源切ったりサイレントにしてる奴とかいねえのに、ほんとこいつ真面目だな。
 授業中なんてむしろ皆全力でスマホいじってるっつの。一人真面目にノート取ってる小波は、普通の学校では埋没すんのかもしれないけど、この学校じゃやっぱちょっと浮いた存在だ。いや、普通の学校でも狐面つけてたら浮くわ、やっぱ。
 そんなんだから大志に目をつけられたのか? 哀れな奴。
 同情の目で小波を見てると、俺のスマホが音を立てた。大志からだ。
 【正義ちゃんがライン既読してくんないんだけど】
 俺は呆れながらラインを返す。
 【授業中だから、サイレントにしてたぞさっき。小波くんの勉強の邪魔してやんなよ。俺はもう寝る。
 お前も風邪なら寝てろよ馬鹿。超馬鹿】
 【は?!寝飽きたっつのくそセイ。俺暇!つまんない!】
 なんて、馬鹿が絶えずラインを送ってきたけど、いつものことなので、俺はさっさと通知設定をオフにして机にしまうと、昨日徹夜でゲームして眠かったから、授業が始まると同時に眠ることにした。





 目が覚めた時には、授業が終わっていたらしく、次は体育の授業で、井上に揺すり起こされた。

「にっしー、次体育館移動だぞー」
「てか、にっしー爆睡しすぎ! 超寝てんじゃん! ウケんだけど」
「ん? あー……? ふぁ……やっべ、昨日徹夜であれやってたから…………ゲーム……」
「なに、PS4?」
「いやスーファミ……」
「なんで今時そっち!?」
「やー、なんかやり始めたら止まんなくなった」

 ジャージを取り出しながら、体育館へと移動する。
 一応、教室は女子の着替え場所だから、男子は体育館のクソ寒い更衣室で着替えなきゃいけない。つーか、女子も体育館に更衣室があんのに、寒いからっつって教室で着替えてる。必然的に俺らは追い出されんの、差別じゃね、こういうのって。
 席を立つと小波も鞄の中からジャージを取り出していた。
 そういえば、普段は大志が鬱陶しい位絡んでるからそこまで感じないけど、小波って大志以外と全然絡まないから、大志いねえと途端に一人だな。つーか誰も話しかけようとかも思わないし。
 下手に手ぇ出すと大志が怖いし。
 なんか可哀想になって、声をかけようかとも思ったけど、それすると多分佐々木とか井上があんまいい顔しないからな。特に佐々木は絶対文句言うだろうし。俺も大志のお気に入りに関わるのは正直微妙だ。話かけはするけど、そこまでしてやる義理はない。
 結局一人でぽつんと歩いていった小波をそのまま見送った。
 すると、それを見ていた佐々木が苛ついたように眉間に皺寄せた。

「あー、小波うぜー、マジうざいわー」
「佐々木ってほんと小波嫌いな、俺は無害だからそこまでって感じだけど。虫みたいな感じ?」
「はあ〜? 井上お前仏かよ、懐広すぎじゃね? てか虫はキモいだろ。害悪だっつの。俺ああいう陰キャの癖にはっちゃけた格好してる勘違いくんまず嫌い。大志のパチモンみたいに狐面つけてっし」
「いや、どっちかっつーとあれは完全に大志が真似した側だろ」
「でも大志の方が本物感あるっしょ? 喋んねーし、暗いし、つまんねーし。何より大志があいつに構っいっぱなのが腹立つ!」
「お前それが全てだろ」
「だってそーじゃん! あいつにばっか構うから最近大志つき合い悪いし! クソ小波マジ嫌い! つーか俺以外にも多分嫌いな奴いっから、マジで!」

 そう言いながら佐々木はキレてたけど、それを小波に言うのもどうよって俺は思うけどな。
 小波が大志を拘束してんならともかく、どう見ても大志が小波に絡みまくってる感じだし。
 でも佐々木は大志と仲よかったから、そこがむかつくのかも。大志は馬鹿で何も考えてないように見えるけど、やっぱ人気あるし、クラスのカースト頂点だし。顔もいいしな。
 それが友達一人もいない、訳わかんない狐面にべったりだったら、その矛先が小波に向かうこともあるかもしれない。あいつも、つくづく不憫な奴。
 もう見えなくなった小波を思いながら、俺たちは体育館に向かった。





 今日の体育の授業は、男子はバスケ、女子はバレーだった。俺のクラスは男子の方が数が多いから、必然的に余った生徒は隣のコートでやってる女子を見ている。つーか、品定め、的な?
 あいつはおっぱいでかいとか、あいつヤリマンって噂とか、まあ全体的に胸のサイズ言い当てたり、下ネタ言って笑ったりとかしてる。
 大志がいると、もっと盛り上がるし、女側もキャアキャア言ってんだけど、今日いないからな。
 つーか、体育の時間は教師のやる気がゼロすぎて割と自由だから、基本小波にめっちゃひっついて……と思ったら、小波の姿が見えない。
 あれ? 確かあいつ俺たちより先に体育館行ったんじゃなかったっけ?

「なー、小波くんは?」
「は? 知らんしあんな奴」
「にっしー、小波くんやけに気にしてんね、なに、好きなの?」
「ちげーわ。大志いなかったら一人じゃんあいつ」
「孤独キャラ気取ってんだろ、いいじゃん」

 いいじゃんって言うけど佐々木、お前あいつのことよく知らずに嫌ってるだろ。
 あいつ孤独キャラ貫けるような性格じゃないぞ多分。俺らが思ってるよりだいぶ気弱だから。狐面もあれ、多分顔隠す為だけにつけてるっぽいし。顔隠す為に狐面つけるって発想はよくわかんねーけど。
 きょろきょろと体育館を見渡すと、体育館の男子更衣室の電気がついていた。更衣室の電気って、着替え終わったら、消すはずなんだけど。
 ……あー、なるほど、そういうことか。
 こういう高校にいると、俺はなんとなくピンと来てしまって、佐々木たちから離れた。

「俺ちょっと行ってくるわ」
「は? にっしー行くの? ほっとけよ」
「おい、佐々木も気づいてたんなら言えや、なんかあったら、あとで大志キレるぞ」
「俺は気づいてねーもん」

 もん、って男が言っても全然かわいくねえし、俺より背は低いけど、お前全然女の子っぽくないし、ピアスじゃらじゃらしてるし。そういうのは清楚系の可愛い女子に言ってほしい。
 アホくさくなって佐々木達から離れると、男子更衣室へと向かう。閉まったドアは鉄製で重い。

 わざと大きく音を立てて、ドアを開いた。
 すると、すぐに中にいた奴らが振り返って、一瞬固まった。……ああ、こいつら確か、前に今野とかと仲よかった奴らか。今野結局転校しちゃったし、腹いせってやつ? そんなもん、小波悪くねえのに逆恨みとかだっせえ。
 三人くらいの男に囲まれた中心には、小波が立っていた。小波も、驚いた顔で俺をみている。俺は笑いながら全員に声をかけた。

「なー、もうすぐ授業始まるってよー、体育館集合しろや」
「……西園ぉ、俺ら後から行くから。見てわかんだろぉ?」
「どーせあのタコ点呼しねーし」
「ちょっとこいつと話あっから、なあー小波くーん」

 金髪の輩、……なんだっけあいつの名前? 伊藤だか鈴木だか。そいつが、小波の肩を叩いた。小波はびくりと肩を震わせたが、何も言葉を発しない。そもそも、喋らないしな、あいつ。そういうキャラで通してんだろ。もう今更わかってんじゃん。
 けど、それが気に障ったのか、近くにいたパーマが舌打ちしながら睨みつけた。

「っんだよ……無視か? おい、なんとか言えや、あぁ?」
「…………っ」
「わけわかんねー狐面つけてよ、ツラ見せろや!」
「いや、逆に俺を無視すんなって。なあ、聞いてんの
?」
「るっせーな、西園! お前関係ねーだろ!」
「すっこんでろや!」
「は? ……何お前ら、三人いりゃ勝てるとか思ってんの? あ?」
「っ……いって、っ……!」
 
 言い方にむかついたから、近くにいた奴の胸ぐらを掴みあげた。言っちゃなんだけど、俺の方がタッパもあるし、ガタイもいい。つーかこいつら程度に負ける気もしない。
 こういう馬鹿高校にいると、他高の奴から絡まれるのもしょっちゅうあるし、大志と昔から一緒にいるんだから、弱くはねえよ。大志があれだから、喧嘩は強いに越したことない。
 それを、こいつらもわかってんだと思う。俺ら馬鹿高校に通ってるバカだけど、そういう勘は冴えてっから。ぱっと手を離すと、咳込み、舌打ちしながら、渋々と離れていった。

「……チッ……くそが……!」
「ばーか、お前、見つけたの俺だったことに感謝しとけよー、大志だったらお前今野コースだぞ」
「……くっ……」
「おい……行こうぜ、んだよ、いつも化野にくっついてる金魚のフンの癖に。ホモかてめーら」
「……西園テメーあんま調子乗ってんなよ、化野もな」

 最後に捨て台詞を吐いて、そいつらは更衣室から出ていった。うるせー負け犬。
 中には、俺と小波が残される。小波はこういうの慣れてなさそうだな、と思ったら案の定、狐面からわずかに覗く顔色は青ざめていた。
 なんなら若干震えてる。まー、小波ならそうなるだろうな。と、俺は小波のこと大して知りもしない癖に、なんとなくそう思ってしまった。
 正直、俺がここで助ける義理はない。ないんだけど、大志のお気に入りだし、あとから大志になんか言われるのも面倒だ。それとなんというか、小波はアレに似ている。昔ガキの頃に飼ってたハムスター。か弱き者、というか、小動物みたいな。守ってやらなきゃすぐ死にそう。
 だからつい助けてしまった。

「小波、大丈夫?」
「………………」

 小波は小さく頷いたけど、これ全然大丈夫じゃなさそう。まあ、小波は喧嘩とかしなさそうだし、しても負けそうだから、仕方ねえか。
 ぼんやりと突っ立っている小波の肩を叩く。

「大志に言えば、あいつらボコってくれっかもよ」
「…………」

 これは冗談じゃなくマジ。くれっかもっていうか、確実にボコる。
 実際ボコられた奴もいるしな。けど、それには小波は首を横に振った。
 なに、平和主義ってやつ? ぬるいなー。大志はお気に入り傷つけられるの一番嫌いなんだから、そこ利用すりゃいいのに、小波はそういうの考えないんだな。
 わかんねー。俺だったら使っちゃうけど。

「ふーん、でもあいつらまた突っかかってくるかもよ? ボコられっぞ」
「…………」

 すると、小波は曖昧に頷き、お礼を言うように頭を下げた。
 大志も大概だけど、小波も、考えてることよくわかんねーんだよなあ。
 またああいう目にあってもいいの?

「…………、あー、そういえば、小波、この間の日曜、近くにできたモールにいたりした?」

 なんとなく沈黙ができてしまって、俺は先日モールで会った奴のことを思い出す。顔を見たのは一瞬だったけど、なんとなく仕草が小波に似ている気がした。顔もやけに赤くしてたし、すげえ小波っぽいって思った。
 けど、小波はそれを否定するように首を振る。じゃあ、やっぱ俺の勘違いか。
 その時、体育教師がまだ更衣室に誰かいるのか、とドアをあけてきたから、俺たちは体育館へと戻っていった。

***


「小波お前、マジで大丈夫?」
「………………」

 俺の問いかけに、小波は小さく頷いたけど、全然大丈夫じゃなさそうだ。
 今、俺たちは保健室にいる。
 というのも、バスケだっつーのに、ドッヂボールかってレベルで小波にボールが当たるんだよな。まあ、小波が若干とろくさいってのもあるかもしれないけど、大志がいないからって調子に乗ってる奴らが面白がってんの。中心はあいつらだったけど。
 俺が見かねて見学してれば? って言おうとしたところで、小波がぶっ倒れた。
 そんなにボールが痛かったのかと思ったけど、腹を押さえてたから、別にボールじゃないらしい。食中りか?
 一人で保健室行こうとしてたみたいだけど、途中でまた絡まれたりしそうで、授業受けんのもダルかったし、付き添いという名目で堂々とサボれるから、俺は小波についていった。
 ちなみに保健室に保険医は不在。
 基本的にこの学校の教師ってやる気ねーんだよな。生徒と同じで。

「なに、なんか変なもんでも食ったん?」
「…………」

 腹を押さえてうずくまってたから、肩を貸して保健室までつれてきて、とりあえずベッドに寝かせたけど、小波は大丈夫、と言わんばかりに首を横に振って、頭を下げた。
 一人で大丈夫だから戻れってか。
 つーか喋れよ、前喋ってたじゃん。

「いーって別に戻ってもつまんねーし。腹下してんじゃないんだったら何、ぶっけた? ここ?」
「ぃい゛っ……! ぅっ……!」

 小波の腹部分を触ってみると、うめき声をあげて、ベッドに突っ伏した。瞬間、俺はまたピンと来てしまった。
 行くのちょっと遅かったか、あれ。
 小波のシャツを捲りあげて、腹を見ると、若干赤みがかっている。大きな痣の痕があった。

「あいつらに殴られた?」
「…………」

 小波は何も言わない。でも、言わなくてもわかるよこんなん。殴られた痕とかよく見てるし。狐面のせいで表情は見えないけど、どういう顔してるかはなんとなく想像がついた。
 ……あーあー、大志が知ったら怒りそうだな、これ。だってあいつ、自分のお気に入り傷つけられるの一番キレるし。
 俺も思わず黙ると、小波がスマホを取り出して、突然文字を打ち始めた。なんだなんだ急に、と思っていたら、目の前に画面が差し出される。
 映っていたのはシンプルに一言だけ。
 『化野には言わないで』
 だけだった。

「……なんで? つーか喋れよ、別に喋れるだろ。何、そんなに俺と喋りたくねえのお前」
「……っ!」

 小波は頭をぶんぶんと横に振って否定するが、だったら喋ってもよくねえ? 急にそんな声がでない奴みたいな行動されても。前に喋ったことあるんだから、二人しかいない時は喋ればいいのに。
 けど、小波は小波で思うところがあるらしく、再び両手でスマホを操作して俺に画面を見せてきた。
 『化野が他の人と喋らないでほしいっていうから、ごめん』
 『西園と喋りたくないわけじゃない』
 打つのに時間がかかるから、会話のテンポが悪いけど、小波は小波で色々あるらしい。つか大志の奴小波に喋るなっつってんの? 制限しすぎだろ。独占欲強いにも程がある。
 小波もなんでそれ守ってんだよ。なんだお前ら。

「別に、今大志いないんだから、喋ってもバレないだろ。つーかなんでそんなん守ってんだよ、うるせえ喋らせろって言っときゃいいだろ」
「…………」
「……別に、喋りたくないなら、それでもいいけど」
「…………」

 小波はぺこり、と頭を下げる。それからもう一度スマホを見せてきた。
 『ごめん』ね。別にいーよ。大志怒らせると面倒くさいってのは、俺が一番知ってるし。
 とりあえず、治療? とかした方がいいのか。ここ保健室だけど保険医いねえからわかんねえんだよな。殴られた痕とか、放っとけば治ると思って、俺はいつも放ってるけど、小波は鍛えてなさそうだし。

「とりあえず、もっかいさっきの痕見せてみろよ、なんか湿布とか貼ればいいの、か……」
「…………っ」

 再び小波のシャツを大きく捲ると、俺は言葉を失った。小波が慌ててシャツを下げたけど、もう見てしまったからどうしようもない。
 さっきは腹の部分ちょっとしか見なかったから気づかなかったけど、今胸の上部分まで捲ったら、殴られた痕以外にも色々痕があんだけど。ぽつぽつと小さな赤い痕。こういうの、見覚えある。
 いわゆるあれだ、キスマーク。
 失礼だけど小波に彼女とかいなさそうだし、この痕つけたのって、多分大志だよなあ。
 そこで、今まで忘れようとしていた科学準備室のあれこれを思い出して、俺はさっと青ざめる。
 小波は、今どんな顔しているんだろう。面からはみ出す耳は赤い。

「……あー……っと……」

 今、俺にある選択肢は二つ。
 一つは、見なかったことにして、適当に薬品棚を漁る。ついでに適当に治療っぽいことして教室に戻る。これが妥当。
 んで、もう一つは、思い切って聞いてみる。これは正直、しない方がいい気がする。そこまで踏み込んだところで、碌なことになんねえだろうし。ただ、……めっちゃ、気になるんだよな。
 だって大志ってホモじゃなかったはずなのに。今までつき合った彼女だって、変わってる奴が多かったけど、女だった。それがなんでいきなり小波?
 ああいうことしてんの自体よくわかんねえし。いや、大志の考えることなんて、昔からよくわかんなかったけど。
 俺はごくりと生唾を飲み込んで、スマホに必死に何かを打ち込んでいる小波に訪ねた。

「あのさあ、小波、ちょっと聞いていい?」
「……っ」

 ちょっと目線を外して、否定してほしいという思いを込めて、聞いてみた。

「お前、大志とつ、つき、合ってんの?」
「!?」

 瞬間、小波は首をすごい勢いで横に振った。
 え!? つき合ってねえの!? 聞いといてなんだけどつき合ってると思ってた。だってセックスしてたし。じゃあ逆になんであんなことしてんの!? 何、セフレ?
 けど、小波ってそういうこと全然しそうにないんだけど。俺がなんて言おうか考えていると、小波がスマホを俺に見せてきた。

 『化野は友達、だと思う』

 だと思うってなんだよ。いや、セックスする友達とかそれセフレだから。小波とセフレって単語似合わね〜。
 けど、俺が見てたこと、小波は多分知らないんだろうな。だから、隠してるって可能性もあるけど……。
 けど、なあ。どこまで聞けば許されるんだこれ?
 俺は、言葉を濁して小波に訪ねる。

「小波って、大志のことどう思ってんの? 嫌いじゃないんだよな?」
「…………」

 小波は、その質問に対して、少し戸惑った末に、小さく頷いた。

「じゃあ、好き?」
「…………」

 これにも迷った末に頷いた。……マジかよ。
 大志は確かにカリスマはあるけど、俺も大志のことは好きだけど、あんなことまでする程好きかって聞かれたら普通に無理だし。え〜、もう小波全然わかんねー。

「どこが好きなの? あいつの」
「…………っ」

 それに対して、小波は再び両手でスマホを打ち始める。テンポがかみ合わねえんだよな。俺は若干やきもきして、自分のスマホを取り出した。

「小波、ラインやってるだろ? 交換しよう、んで、喋りたいこと俺のラインに送って」
「…………」
「交換すんのやならいいけど」
「…………!」

 小波はぶんぶんと音がでる勢いで首を横に振った。耳が赤い。また照れてんのか? てかちらっと小波の友達リスト見たら大志と母親しかいねえんだけど。ちょっと面白くて笑いそうになったけど、ここで笑ったら多分ダメだよな。
 小波とラインのIDを交換して、トーク履歴に小波のメッセージが載る。
 ポコン、と音を立てて、画面が動いた。

【化野はすごい人だから】
【憧れてる】
「はあ? 大志馬鹿だぞ? 小波の方が頭いいよ」
【僕はそんなに頭よくないよ。要領も悪いし。化野の方がすごい】
「でも前に勉強ちょっと教えてくれたじゃん、あれ分かりやすかったけど」

 すると、また小波の耳が赤くなった。こいつわかりやすっ。てか面白れー、大志が構うのも、ちょっとわかる気がする。
 狐面で表情が隠れているのにも関わらず、仕草が色々とわかりやすすぎる。
 ラインで話すと、無言よりかは話しやすい。小波もすらすらと答えてくれるし。これを機に気になってたことを聞いてみてもいいかも。

「あ、てか前から聞きたかったんだけど、何でお前狐面つけてんの? なんかそういう宗教?」
【違う】
【入学式前に、深夜のテンションでつけて学校行ったら引っ込みつかなくなっちゃって……】
「!? ぶぁははははは! ばっかおまっ、ばっかじゃねーの!? あ、わりっ、やっぱ頭悪いわお前!」
【その時はかっこいいと思ってたんだけど】
【完全にただの馬鹿でした……】
「はははは、ちょっ、急におもしれー感じにしてくんのやめれって!」

 思わず爆笑してしまった。いやだって予想外だったから。てっきりもっとなんか別の理由があるかと思ったら、かっこいいからって中学生かよ。しかも別にかっこよくねーし! なんでそう思ったんだよ!
 保健室で大爆笑してたけど、はっと小波を見た。思わず爆笑しちゃったけど、流石に気を悪くしたか? 怒ったかもしれない、と思ったけど、小波は仮面の奥で小さく笑った。

「………………ははっ」
 
 ………………。
 あ、やべ。
 俺、今、すげえこいつの顔見てみたい。
 なんでか知らないけどそう思って、小波の狐面へと手を伸ばす。狐面まで、あとちょっと。けど、タイミング悪く、その瞬間、チャイムが鳴ってしまった。
 俺は手を止め、小波が顔をあげる。伸ばした手を、慌てて引っ込めた。
 いや鳴ってしまったってなんだよ。別に、小波の素顔とか今関係ないだろ。確かに気になるけど、それ見て大志になんか言われるのもうぜーし。でも、なんとなく見てみたかった。
 こいつ、どんな顔して笑ってんだろって。
 小波がスマホを操作する。

【西園、ありがとう】
「ん、え、なにが?」
【さっき助けてくれて】
「あー、いや、別に」
【すごく嬉しかったから】
【ありがとう】
「…………いーって、別に、あんくらい」

 大したことしてねえし。そんな畏まられてお礼言われても。なんとなくこっちも照れてると、小波が立ち上がった。

【そろそろ授業始まるから戻ろう】
「腹、もう大丈夫なん?」

 小波はこくりと頷いた。

「あそ。あんま無理すんなよー」
「…………」
「じゃあ、教室戻るか」

 そう言うと、小波は再び頷いて、俺たちは教室に戻っていった。ラインだと、当たり前だけど、あの気弱っぽい喋り方じゃないんだよな。まあ、当然っちゃ当然だけど。文字だけだし。
 でも、やっぱちょっと声も聞いてみたくなってきた。つーかなんで大志だけなんだよ。前は話してくれたじゃん?

「……小波ー」
「…………?」
「…………あー、やっぱなんでもねえわ」

 でも、俺とも肉声で話してくれって言うのもなんだか言いにくくて、結局俺は伝えずに保健室を後にした。


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