中学でびゅう



 俺には兄が一人いる。

 一歳上の兄である正義は、うじうじしていて、人の目はあまり見ないわ、言葉に詰まるとすぐに顔を赤くするわで、メンタル脆弱の軟弱野郎だと思う。後ろ向きな考え方ばかりするので、全然兄らしいと思えない。
 子供の頃は、それなりににこにこと愛想のいい子供だったのに、成長するにつれて、そうなっていった。
 ちなみに、俺は子供の頃から無愛想と呼ばれて育ってきたので、今更無愛想と言われても気にならない。

 中学の時だって軽くハブられてたみたいなのに、高校に入ってからもあんなじゃ、いじめられるんじゃないだろうかと思っていたけど、特にいじめられてはいないらしい。別に、仮にいじめられていたとしても、俺が何かするってわけじゃないけど。
 あんな高校だから絶対いじめられていると思っていたのに。
 そもそも、正義は運がない。
 勉強だってそこまでできない訳でもないのに、受験の日には風邪引いて寝込むし、普通に受けてれば、あんな学校通わずに済んだのに。
 俺は玄関にある靴を見て、誰もいないのをいいことに舌打ちをした。
 正義よりも少し大きいサイズの、男物の靴。

「えっ、正義ちゃんの弟くん? へー! あんま似てないね! なんつーの、真面目そ〜」

 と、初対面から俺の肩を叩きながら言ったそいつのことは、最初から好きじゃなかった。
 あのバカ校らしいチャラチャラとした容姿に、ピアスだって何個もあけて、制服の着こなしもだらしない。そのくせ身長だけは高く、頭には何故かひょっとこのお面をつけていて、第一印象は「こいつ頭悪そう」だった。
 実際、正義に聞いたところ、そんなにテストの成績もよくないらしい。喋った印象も「頭悪そう」だ。
 ま、あの高校で上でも全然自慢にならないだろうけど。

 正義はあのバカ男、化野? とやらと学校では仲がいいらしく、化野はたまに家に遊びに来る。
 正義と部屋でなにをしているのか知らないけど、たまに大きな笑い声が聞こえてきて、静かな空間を好む俺としては、非常に勉強しづらい。
 全然タイプが違うのに、なにがきっかけで仲良くなったんだろう。少しだけ気になって聞いたこともあるけど、なんだかごちゃごちゃ言っててわからなかった。
 そういえば、「家ではお面つけてないんだ?」と初対面の時正義に言ってたけど、あれはどういう意味だったんだろうか。
 ……いや、ま、どうでもいいけど。
 
 せっかくの休日だし、図書館に行って勉強でもしようかと思ったけど、あの化野が家にきたから、そんな気分も削がれてしまった。
 正義は昔から友達が少なかったから、母さんは化野のことを歓迎している。ちなみに、俺も友達が多くはないけれど、俺が連れてきた時よりも嬉しそうだ。
 化野は、俺の友達よりも「イケメン」だからかもしれない。初めて見た時、母さんもはしゃいでいた。悪いお友達とつきあっているんじゃ? というよりも、ワイルドで恰好良いお友達ね、と言われて、正義もまんざらでもなさそうで、自分でもわからないけど何故かいらついた。
 今日は母さんはパートでいないので、家には俺と化野と正義しかいない。もっとも、正義と化野は正義の部屋にいるので、俺は居間で一人勉強をしているけど。

 すると、飲み物を取りに来たのか、正義が二階かあ降りてきた。……と思ったら、何故か顔には狐のお面をつけていた。
 なんだそれ? なんのギャグ? 全然面白くないけど。

「なにそのお面」
「……っ!」

 俺が声をあげると、その言葉に、慌てて正義は狐面を取り外した。
 ……何その、つけていること忘れていた、みたいな仕草。普段からつけてるわけでもないのに。つーかそのお面どこで買ったんだ? 頭悪そう。
 俺が呆れていると、案の定、お面をとった正義は真っ赤で、視線を床へと反らした。

「な、なんでも、ない……」
「ふーん。なあ、あいつ、いつ帰るの?」
「あ、化野のこと? そんなに、長居はしないと思うけど、……勇気は化野苦手?」
「苦手じゃない。ああいうバカっぽいやつは嫌いなんだ」

 そう言うと、正義は何かを言い淀むと、小さく「そっか」と呟いた。
 言いたいことがあるならはっきり言えばいいのに、こいつは昔からこうだ。友達がバカにされて嫌だってんなら、ちゃんと言えばいい。俺も言い返すけど。
 正義は目を逸らしながら、曖昧に微笑んだ。
 
「な、なるべくうるさくしないようにするから……」
「よろしく」

 参考書をめくりながら、俺は正義に伝えた。
 この間来た時も、何をしてるのか知らないけど、どたばたとうるさかった。小学生でもないのに、そんなうるさくするなよ。
 だから、俺はほんの軽い気持ちで聞いてみた。

「つーか、この間もうるさかったけど、部屋の中で何してんの?」
「…………っ!」

 え。

「あ、な、んでもない。あの、ゲームとか、してるだけ……」

 え、いやいや、なんだよその反応。
 今赤面するようなことなんも聞いていだろ。何その反応? すぐタコみたいに赤くなるのはいつものことだけど、それも、何か言いにくい時とか緊張したになるっていう癖みたいなものだ。伊達に何年も兄弟やってないから、それくらいわかる。
 ……中で何してんだ? マジで。
 正義は更に問いかけようとする俺をさける様にして、そそくさとコップにジュースを注ぐと、こぼさない様慎重に持って、二階へ上がってしまった。
 後には、また静かな空間が戻ってくる。

「…………」

 俺は再び参考書を手に取った。もうすぐ受験だし、勉強しなきゃ。
 ……ま、まあ、別に俺はどうでもいいしな、あいつらが何してようが。

「…………」

 と、思ったのに、何故か参考書の内容が頭に入ってこない。普段は集中して、すらすらと入ってくるのに、さっきの正義の顔が、何度も頭に浮かんでくる。昔から友達いなかった癖に……! 何今更友達とか家に連れてきてんだよ!
 いや、いいけどさ、さっきのあれはなんだよ。気になって全然集中できない。その瞬間、上からドン、という音が聞こえてきて、俺は顔を上げた。

「……だからっ……!」

 だから、何をやってるんだよ。俺は乱暴に参考書を居間のテーブルの上へ叩きつけると、音を立てないようにして二階の正義の部屋に向かった。

 ドアの奥からは、笑い声が聞こえてくるけど、それは正義のものじゃない。そもそも、正義はそんなに声を上げて笑うようなやつでもない。ぼそぼそと聞こえるその声に不快になった俺は、わざと音を立てて部屋のドアを開けた。

「……っ!」
「うわ、びっくりした」
「……うるさいんだけど」

 部屋の中には、ベッドの上に転がっている正義と、その上に跨っている化野がいた。……何その体制?
 正義の近くには、さっきまで持っていたお面が転がっている。正義は顔をまた赤くして、勢いよく起きあがった。その瞬間、化野の顎に頭をぶつけていた。

「いてっ!」
「あ、ご、ごめ……」

 ざまあみろ。
 額を抑えながら、正義が俺を見た。相変わらず、顔が赤い。

「ゆ、勇気、ごめん!」
「いてて……弟ちゃん、うるさかった? 次は静かにするね」
「つーか、今何してたの」
「なんでも、ないから」
「あは、遊んでただけ。ねー正義ちゃん」

 正義が何度も首を縦に振る。
 何故かイラっとくるその物言いに、俺は額へ青筋を立てた。顔も気にくわなければ、人の家で、我がもの面するその態度が気に食わない。多分、根本的に俺と化野はあわないんだろう。
 軽く化野を睨みつけると、化野は名前の通り、人を化かす様な笑みを浮かべて俺を見て目を細めた。
 
「やーん、怖い顔」
「は? 勉強集中できないんだよ、迷惑」
「受験生だっけ? じゃあ、外行くよ。俺の家いこ、正義ちゃん。弟ちゃんきっつーい」
「あ、うん……」

 正義の腕を引っ張って、化野が立ち上がる。正義は俺のことも気にしているのか、おろおろしたように俺を見た。なんで、こんなのが兄なんだか。もっと堂々としていればいいのに。
 傍にあった狐面を持っていく理由も不明だし、舌打ちしたい気分でいっぱいだった。というか舌打ちした。

「ゆ、勇気、あの……」
「何」
「……。なんでも、ない……」

 だから、言いたいことがあるなら言えばいいだろ!?
 そう思うのに、実際言うことができない俺も、似たようなものなのかもしれない。正義の腕を引っ張る化野と目があった。
 俺を見て笑った気がする。しかも、ただの笑みじゃない。嘲笑する様な、馬鹿にした笑み。

 やっぱりこいつ嫌いだ。
 正義も、早くあんなバカ高校、卒業してしまえばいいのに!



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