1678



 同じクラスの春日井くんは、人や物を何かに例えるのが好きな男の子だ。
 さっきも、クラスの中でサッカーをして騒いでいる吉田くんに対して「君は音量調節機能が壊れた楽器みたいな男だな」と言って喧嘩になっていた。
 その時、僕は春日井くんが何を言いたかったのかよくわからなかったけど、今思えば「うるさい」って言いたかったのだろうと思う。でも、それならそうと、はっきり言えばいいのに。「回りくどいんだよ!」と怒鳴った吉田くんの意見も、僕には少し理解できた。
 春日井くんは、何でもかんでも、遠まわしに物を言うので、クラスの中ではちょっとだけ浮いていた。ちょっとというか、かなり浮いていた。誰が話しかけてもつまらなそうな顔をするので、皆話しかけたるのが怖いんじゃないかなあと思っている。
 春日井くんは頭がいいから、吉田くんや周りの人は、僕らを馬鹿にしているんだと怒っていた。人の言いたいことを先に言ったりするから、未来が見える気持ち悪い奴、とかも噂されてる。
 そんなこともないと思うんだけど、仲間はずれにされるのは怖いので、僕はそのことに対してなにも言わない。
 だけど、春日井くんが人を何かに例えるのを聞くのは結構楽しかったりする。僕は春日井くんみたいに頭が良くないので、春日井くんが何を言いたくて例えたのか、考えるのは面白いのだ。解ったときや、当たったときはすごく嬉しい。
 そういえば、春日井くんは、僕のことは何に例えてくれるんだろう。

「ねぇ、春日井くん」
「なに、宿木くん」

 気になって、後ろの席から話しかけると、春日井くんは僕の方も見ずに返事を返した。色が白く、黒縁のメガネをかけていて、僕の方を見ようともしない。

「あのね」
「次の宿題で当たるのは宿木くんじゃなくて、隣の席の浅見さん」
「え?」
「違った? じゃあ俺が好きな色は緑色」
「あの……」
「これも違う? なら、俺は君を写真みたいな奴だと思っている」
「!」
「ああ、これね。当たり?」

 そこで初めて春日井くんは振り返り、ニヤリ、と、"にひる"に笑った。
 僕はその顔が素直に格好いいと思う。春日井くんはあまり喋らないし笑わないから、みんな根暗な奴って言ってるけど、クラスの女子がこっそり春日井くんがかっこいいって言ってることを聞いたことがある。僕も、そう思う。
 だけど、怖いから皆話しかけないんだ。
 でも、どうして春日井くんは僕が言いたいことがわかったんだろう? それに、写真みたいな奴ってどういう意味なのかな? 薄っぺらいってことなのかな? 僕、そんなに痩せてるかな、じっと自分の体を見てみたけど、紙みたいにペラペラではないと思う。
 だけど、よくわからないからこそなんだかワクワクする。気分は前にお父さんの部屋に置いてあったホームズ探偵だ。春日井くんのいいたいことを、僕が当ててやるんだ!

「か、風に飛ばされそうってこと?」
「違うよ」
「そっかあ、でもすごいね春日井くん、どうして僕が言いたいことがわかったの?」
「それは秘密だよワトスンくん」
「すごい! 春日井くん、僕がホームズ好きってこと知ってたの!?」
「さあね」

 春日井くんははぐらかして答えてくれないけど、僕は大興奮だった。将来は、ホームズになろうと思っていたのに、春日井くんが僕のことをワトスンくんって呼んだから、僕はホームズに成り損ねてしまった。でも、春日井くんならぴったりかもしれない。春日井くんがホームズなら、僕はワトスンでもいいかも。ちなみに、ワトスンくんっていうのは、ホームズの助手さんの名前だ。友達とも言う。

「えへへ……」
「何笑ってるの、宿木くん」
「秘密!」
「そう」

 あまり興味が無さそうに、宿木くんは呟いた。

「ねえ春日井くん、僕が写真みたいな奴ってどういうこと? 紙みたいにペラペラってことじゃないの?」
「違うよ、もっと本質を見てみた方がいいね宿木くん、写真は何のために撮るもの?」
「えっと……えっと、記念!」
「そうだね、じゃあ、なんで記念の為に写真を撮るの?」
「え? そりゃあ、楽しかったこととか、嬉しかったこととかを、何か形にして残しておきたいからじゃないかな?」

 そういうと、春日井くんは再び「そうだね」と頷いた。
 正解したことが嬉しくて僕はにっこりと笑う。僕が笑うのを見て、春日井くんも少しだけ笑った、その笑顔がなんだか嬉しくて、僕は更に笑顔になった。けれど、言いたいことは、まだよくわからない。僕はどうして写真なのだろう? そんな僕の疑問が最初からわかっていたように、春日井くんは答える。

「写真に残しておくと、その中の物は変わらないだろ?」
「そりゃそうだよ!」
「だから、君は写真なのさ」
「? 春日井くん、言ってることがよくわからないよ」
「だろうね」

 筆箱の中に入っていたエンピツをくるくると指で回しながら、春日井くんが僕を見た。

「ねえ宿木くん」
「何?」
「君は僕の事をどう思う?」
「え……」
「好き? 嫌い?」

 じっと目を見つめられて僕はなんだかどきどきする。こんな風に誰かに真剣に目を見られることってないから、なんだか恥ずかしくなって目を逸らした。照れてるのかな、なんだかほっぺが熱いや。

「僕は、春日井くんは格好いいと思うよ」
「…………ありがとう」
「皆春日井くんのこと怖いって言ってるけど、僕は春日井くんのこと、好きだよ。えへへ、なんて……」

 その言葉に、春日井君はにせんごひゃくじゅうにかいめ、と呟いた。
 僕は何の数字かなあって思ったけど、春日井君がすぐに何事もなかったかのように本を読み始めたから、ひょっとすると僕の気のせいだったのかもしれない。
 それにしても、こんなに恥ずかしかったのは僕だけなのかな、誰かに好きって言うのは、初めてなのに、春日井くんは全然動じてないようだった。やっぱり、春日井くんは大人だなあ。

「……春日井くん、何を読んでるの?」
「読み飽きた夢の話」
「ふぅん……面白い?」
「全然」
「そっか。あのね、僕、春日井くんが人とか物とかを何かに例えるの、聞くの好きなんだ」
「ふうん」
「ねえ、田端先生って、何だと思う?」
「消えかける前の蝋燭の炎、かな」
「えーっと…………」
「髪の話だよ」

 そういって、春日井くんはくすくす笑った。
 僕も釣られて笑う。田端先生の頭はあと少しでピカピカになるからだ。だけど、それを春日井くんが言うとは思わなかったので、僕はケラケラと笑った。なんだかずっと前にも、こんな風に笑いあったことがあるような気がして、それだけでますます春日井くんが好きになる。

「ねぇねぇ春日井くん!」
「何?」
「他にはー?」
「他にはって言われてもね」
「何か例えてよ! ねっ」

 机を揺らすと、また「タンバリンを叩くサルの人形みたい」って怒られるかなって思ったけど、予想に反して、春日井君は答えてくれた。

「じゃあ、君が写真ならこの世界は俺にとって壊れたテープレコーダーだと思うよ」
「うーん……うーん……雑音が酷いってこと?」
「ハズレ」

 はずれてしまったみたいだ。
 結構自信があったのになと、僕は小さくため息を吐く。じゃあなんなのだろう。テープレコーダーが壊れると、音が録音できない。音が聞けない? ボタンが押せない、他には……ううん。何かあったかな? お母さんはいつも壊れたら他のものを買ってしまうから、どうなるのか、僕には思い出せなかった。

「新しいのと、取り換えがきく?」
「惜しいけど、はずれ」
「えー、なんだろう……」

 結局春日井くんは何が言いたいのだろう。頭を抱えてうんうん唸っていると、悲しそうな顔をしながら、少しの笑みを込めて、答えてくれた。

「同じフレーズばかりが繰り返されてるって事さ」
「フレ……?」
「言い忘れてたけど、俺も宿木くんのこと好きだよ」
「本当?」
「うん、こんな世界にいてもいいかなって思えるくらいには」
「? ありがとう!」
「どういたしまして」

 春日井くんの言っていることは、やっぱりよくわからなかったけど、でも、好きって言ってもらえて、なんだかとっても嬉しかった。
 胸がぽかぽかして、僕は春日井くんにぎゅって抱きつく。嫌がられるかと思ったけど、春日井君は優しく僕の頭を撫でてくれた。

「これで1678回目」
「え?」
「なんでもないよ、帰ろうか、宿木くん」

 そういって、手を差し伸べた。その手がとっても嬉しくて、僕はうんと頷き、握り返した。今日は春日井くんとなんだかとっても仲良くなれたような気がする。明日はもっと沢山お話できるといいな! そう思って、夕暮れの中、僕達は帰路についた。
 でも、最後に別れるとき、どうして春日井くんはあんなに悲しそうな顔をしていたんだろう? まるでもう会えないみたいな顔をしていた。
 どうしてそんなに悲しそうなの? 聞こうと思ったけど、聞けなかった。

 だから、明日、また聞いてみよう。
 ばいばい春日井くん、また明日。



終わり


春日井くん以外同じ日を何度もループしている世界

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