その後


 俺の部屋には宝物を入れる箱がある。

 部屋の引き出しに仕舞っているそれは、子供の頃からの宝物。
 あまり人気がなかったヒーローのフィギュア、歪んだビー玉、何枚か足りないトランプ、壊れたオルゴール。他人にとってはガラクタと一蹴される代物でも、俺にとっては宝物。俺からすれば、キラキラと輝いて見えるのだ。たまに取り出しては眺めている。これは、俺だけのものだから。
 昔から、人とはちょっと外れたところを好きになった。
 だって、そっちの方が、誰かに取られる可能性が低いし。別の誰かが好きになることもない。
 最初は、皆と同じ、人気のあるヒーローを好きになったりもした。
 でも、弟が生まれてから何かと面倒くさくなって、それなら最初からそういうのを好きにならなければいいと思ったんだ。
 そうしたら、本当にそういうものに興味がなくなり、俺はいわゆる「なんでアレを?」って言われるものが好きになるようになった。
 使いにくくて嫌われているゲームのキャラは率先して使ったし、あまり好まれない給食は俺の大好物。みんなが気持ち悪がったブサイクな金魚は俺にとっては一番かわいく見えた。
 大志くんって、変わってる。
 別にそんなこと言われても気にしない。
 それよりも、そうすれば、じゃあ、これは大志くんのだね、ってなるからさあ。

 俺はそういうのが好きなんだ。

 だから、今のお気に入りも、絶対誰にも取られたくない。皆からも、「これは大志くんのだよね」って認識を持ってもらいたい。
 「これは大志くんのだから、手を出したら駄目だよね」ってさ。

「………………」
「今日は親も弟もいないから、ゆっくりしていってよ」

 カラオケから二人で抜け出して、正義ちゃんを俺の家まで連れてきた。初めて来た訳ではないはずだけど、少し緊張した様子できょろきょろと俺の部屋を見渡している。俺は台所から持ってきたジュースを片手に、正義ちゃんの前に置いた。
 顔には狐のお面。なんでかはわからないけど、喋らない。不安そうに室内を見渡している姿に、笑みを隠せない。

「なに、どうしたの? 今は俺だけしかいないから、喋ってもだいじょーぶ」
「…………」

 けれど、言葉が浮かばないのか、結局お面越しからいつものか細い声が発されることはなかった。
 ああ、かわいー。入学式で、初めて見た瞬間ピンときたのだ。俺の中のセンサーが反応した。そして、同時にやばいと思った。案の定浮いたそいつは、教室でもハブられていて、騒がしい教室の中、小さくなっているその姿が最高だと思った。可哀想で可愛かった。
 俺は仲良くなりたくて、なんでもした。そう、なんでも。
 ぎし、とベッドを軋ませて隣に腰掛けると、少しだけ正義ちゃんが肩を揺らす。緊張しているのかもしれない。

「今日、ごめんね? カラオケ、いやだった?」
「…………」

 正義ちゃんは、少しだけ迷った後、小さく首を横に振る。ああ、ばかだなあ。お人好しでまじめな正義ちゃんは、こうやってどんどん自分の首を絞めていく。それが自分の退路を塞いでいるとも知らないで。
 その様が最高に不憫で馬鹿で、俺は小さく笑みを漏らした。

「そっか、よかった。俺、正義ちゃんに嫌われたらすげーショックだから」
「…………」

 お面の奥で、なにを考えているんだろう。今お面を外したら、どんな表情をするかな。押し倒して、無理矢理服を脱がして、突っ込んだらなんて言うだろう。それでも、うまく口車に載せれば、納得させられそうなところが愛おしい。
 想像が頭の中を過ぎり、胸の奥が期待に震えた。でもダメ。そんなことしたら、嫌われちゃうもんね。

「お面、外してもいい?」
「…………!」

 正義ちゃんは、その問いに首を横に振った。耳が赤くなっている。正義ちゃんは、すぐに赤くなる。そして、お面でそれを隠せていると思っている。そういう迂闊なところが、俺は非常にもえるのです。
 お面の紐で若干浮いた髪に手を通し、狐の面越しにキスをした。

「残念」
「……っ」

 ああ、また赤くなった。俺はその反応が楽しくて、くすくすと笑う。正義ちゃんは、何か言いたげにしていたけれど、結局言葉を発さず、俯いた。俺はもっと何か喋ってほしくて、近くにあった机の引き出しをあける。

「ねー正義ちゃん。いいもの見せてあげよっか」
「……?」
「俺の宝物、正義ちゃんにだけ見せてあげるね」

 手に収まる程度の、正方形の箱を取り出して、正義ちゃんの前に差し出した。正義ちゃんは不思議そうな顔をしていたけれど、開けていいのかと問いかけるような目線を投げかけてきたので、俺はいいよ、と開けることを促した。
 昔、家族があまりおいしくないと言ったクッキーの箱。デフォルメされた不気味な蛇の絵柄がかかれた木箱自体も、俺のお気に入り。年月がたって、大分黄ばんできているけれど、それでも大事だった。中に入っているのも大事。俺は、大事なものが沢山ある。
 俺が隣でにこにこと笑っていると、正義ちゃんが、恐る恐る箱を開けた。

「……っ!?」
「これねえ、俺の宝もの、全部この箱にしまってあるんだ。正義ちゃんだから見せてあげる。あ、これ小学校の時、ドラマティックエストってやらなかった? やったっしょ。俺そのゲームのドロンバってキャラが好きでさあ、うん、人気はなかったけど、好きだからキャラグッズとか集めてたの。これはそのメダル。まあ、人気ないから、キャラグッズ自体少ないんだけど。あ、そのビー玉? 綺麗でしょ、一瞬だけビー玉集めるのが流行ったんだよね。んでそっちは……」
「……あ、あ、だしの」
「ん?」

 その時、珍しく正義ちゃんが声を上げた。いつも通り、小さい声。正義ちゃんって、本当アンバランス。人前で狐面被るなんて珍妙な真似する勇気はあるくせに、赤面症で気が小さく、自信がない。
 その不釣り合いな感じが、魅力的だと思う。
 正義ちゃんの声はなぜか震えていて、箱の片隅を指さした。

「あの……これは?」
「あ、それ? 昔学校で飼ってた金魚のプク。なんか可愛くないって人気なかったんだけど、俺は可愛いと思っててさあ、目がね、片方つぶれてて不格好って言われて放置されてたから、俺がずっとお世話してあげてたんだ、優しいっしょー」

 箱の片隅においてある、骨になったプクを指していたので、俺は嬉々として説明する。
 けれど、なぜか正義ちゃんは青くなっていった。もしかして、俺が殺したとでも思ってんの?  殺して箱に入れたとでも? いやいや〜、どんなサイコパスだよ。俺がそんなことする奴だとでも思っているのだとしたら心外だ。
 弁解する様に伝えておく。

「一応言っておくけど、俺が殺したとか、そういうんじゃないからね。死んでたから、持って帰ってきただけだよ。だって俺が一番世話してたし。土に埋めるより俺の側に置いておいた方が、プクも幸せじゃん?」

 そもそも、誰もプクになんて見向きもしてなかったんだ。俺が世話してあげなきゃ、すぐに死んでた。
 俺が餌をあげて、水槽を綺麗にしてあげて、休みの日だって様子を見に行ってあげて、俺が毎日世話をしたんだ。ある日突然死んでしまって悲しかったけど、俺が育てたんだから、亡骸は俺が貰って当然だ。
 墓なんて作って、そこに埋めてどうなんの? そんなの、独りぼっちだし、プクも寂しいでしょ。
 俺が笑うと、正義ちゃんはそっと宝箱の蓋を閉めて、俺に返してきた。

「あれ? もういいの? まだあるよ」
「…………」

 そのまま小さく頷く。

「そっか、でもこれ、友達の正義ちゃんだから見せたから、ほかの奴には内緒にしてな」

 しぃ、と口元に指を立てて伝えると、少しだけ正義ちゃんの耳が赤くなった。
 正義ちゃんは友達が少ないから、俺がこうやって言うと、喜ぶのだ。俺は正義ちゃんが喜ぶ顔を見るのが好きなので、こう言ってあげる。特別な友達って表現は、あながち間違っていないから。
 宝箱を机の中に閉まって鍵をかけると、俺は再び正義ちゃんに向き直った。

「あ、お面とっていい? チューしづらいから」
「…………」

 思案した後、正義ちゃんは小さく首を横に振った。
 キスするの嫌なのかな、案外嫌いじゃないと思うんだけど。

「じゃあ俺がお面かぶるから、正義ちゃんは取ってよ」
「……? ……」

 一瞬なぜそうなる、という雰囲気が見えたけど、やはり首を横に振った。

「えー、んじゃあさ、正義ちゃんがお面取ったら、いいこと教えてあげるから」
「…………」

 少し悩んで、やはり首を横に振った。
 なんで、そんなに顔を隠したいんだろう。前に聞いたら、顔が赤くなるからって言っていたけど、そんなの意味ないのに。俺は正義ちゃんの意志を無視して、そのまま狐面の顎に手をかけた。

「…………!」

 正義ちゃんは、びくりと肩を揺らしたが、そこで抵抗をする訳でもない。基本的に、俺の言うことは信じてくれるし、俺のすることを嫌がらない。本当は、嫌がっているのかもしれないけど、そんな自分を押し殺して、静かにしている。
 感情を露わにして怒鳴りつけたりしない、臆病な正義ちゃん。そんな正義ちゃんが、驚いたりする顔を見るのが、俺は好きだった。悪趣味って思う? 俺も思う。でも、その顔を見ると、なんていうんだろう。こう、胸の奥がー、ぞわっとして、やめられないんだよね。

「外すけど、いいよね」
「…………」

 問いかけではなく、確認だ。
 正義ちゃんは観念したかの様に、小さく縦に頷いた。俺は満足してお面を上にずらす。すると、中から真っ赤になった、困り顔の正義ちゃんが顔を出した。相変わらず視線が合わず、口を真横に結んでいる。
 俺は小さく笑って、口づけた。正義ちゃんも目を瞑る。約束通り、いいこと教えてあげよう。

 ああ、本当にかわいいなあ。これ、俺のだから、誰も手を出さないでね。
 宝箱は念のため大きくしておくから。



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