とあるストーカーのお話



それはまさに、僕の世界が構成された瞬間。

彼女は完璧な人間だった。僕にとっての神であり、僕の人生全てだった。

「おおはしるりです。よろしくおねがいします」

初めて僕と彼女が出会ったのは彼女が幼稚園の頃だ。
昼ごはんの時、僕の隣に座った彼女は、皆と違って目の色が青かった。ビー玉のような綺麗な瞳が、不思議で仕方なかったことをよく覚えている。家に帰って両親から彼女がハーフであることを知ったけれど、正直その時のことはあまり覚えてない。

ただ、彼女が美しかった、そのことしか印象にないんだ。
美しいなんて言葉じゃ済まされない、むしろ神々しさすらあった。

「めがあおいってへんだよなー」

隣にいた奴が僕に向かって話しかけてきたが、耳に入ってこない、脳が認識しない。
それよりも、彼女の声だけが僕の中に直接響いた。

彼女の名前は瑠璃。
確かに宝石のように輝いていたさ。

ストレートな亜麻色の髪に、水晶のような瞳、桜色の唇に卵形の輪郭、睫は影が出来るほど長く、ぱちぱちと瞬かれる目を見るたびに卒倒しそうになった。美少女、いいや、そんな言葉では片付けられない。瑠璃は天使だ、神様だ。その日から僕は瑠璃の虜となった。
毎日毎日瑠璃を見るためだけに幼稚園に通った。

「泉水くん、お絵かきばっかりしてないで、皆と外で遊んでみたら?」
「…………」

幼稚園の頃から内気だった僕は、それまで外では遊ばず、園の中でただ絵を描いているだけの子供だった。しかし、瑠璃は活発で、外で遊ぶような子供だったので、僕もそれに習うよう外へ出た。
といっても、一緒に外で遊ぶわけじゃない。外に出て、遊んでいる瑠璃の絵に描くのだ。幼い僕には瑠璃の美しさを世に残すための手段が思い浮かばなかったので、毎日毎日飽きもせず絵を描いて、描いては自分の腕じゃあ瑠璃の美しさを表現できないと唇をかみ締めた。
瑠璃と話すことはなかったけれど、いつも見つめていた。
僕はずっと彼女だけを見ていた。

こんなこともある、幼稚園で、一番好きなもの、という課題で絵を描く時間があった。
皆両親や食べ物や動物を描いている中、僕だけは瑠璃を描いた。毎日絵を描いていただけのことはあり、僕の画力は園では群を抜いていた。
それゆえに、僕が描いた絵のモデルは瑠璃だと解ったらしい。先生が困った顔をしていたのを良く覚えている。しかし、僕はその時、もっと瑠璃の姿を綺麗に何かに残すことだけを考えていた。




小学校にあがった。それからも毎日瑠璃の絵を描いていたけれど、中学年に入ったあたりで、父親にとうとうデジタルカメラを買って貰った。
どうしても欲しいと、ずっと頼み続けて買って貰った代物だ。僕は狂喜乱舞して、毎日のように瑠璃を撮影した。
気づかれてしまうと怖がられたり、没収されたりするので、気づかれないよう、物影からこっそりと撮影する。
撮影できないときは、相変わらず絵を描いた。

瑠璃はいつでも美しかった。立っているときも座っているときも、寝ているときも話しているときも、高価な美術品にも劣らない、いや、それ以上に甘美な輝きを放っていた。
授業中に撮るとシャッター音で気づかれてしまうし、先生に没収されると戻ってこないので気をつけていたが、それ以外はいつでも見つめていた。
いつでも撮影して、小学校を卒業する頃には、僕の部屋はすっかり瑠璃の写真で溢れ返っていた。
両親は呆れて物も言えないようだったけれど、僕は元々そんなに期待されていない子供だったらしい。何か害を成すわけではないと判断したのか、そのまま静観した。

登校中、下校中、放課後、休日の公園、両親との買い物。毎日毎日撮り続けて、それが当たり前と思っていたある日、同じクラスの同級生に、カメラを取り上げられたことがある。

「げーっ、こいつのカメラ、大橋ばっかりだぜ!」
「やだー! きもーい!」
「るりちゃん、かわいそう!」

当然だが僕のカメラのデータには瑠璃しか入っていない。他に移す価値を見出せないからだ。
しかし、そんな僕の思考は理解されなかったらしい。
クラスの連中は僕をからかい、異端者扱いし、女子は口々に「気持ち悪い」と罵ったが、どうでもよかった。
僕にとっては瑠璃が全てで、瑠璃以外のじゃがいもにどう思われようと関係ない。
それに、瑠璃だって僕に撮って貰えて嬉しいはずだ、自分の美しい姿を収めて貰えるのだから、しかし彼女は僕のことを怖がり、近付かなくなってしまった。

元から話したことはなかったけれど、それからはますます近付かなくなった。そっと遠巻きにし、他の女子や男子から守られるようになった。
少し悲しかったが、別にそれで写真が撮れなくなるわけじゃない。

僕は毎日変わらず撮影した。
ただし、それからは少し撮りづらくなったことだけは確かだ。僕の机の中に、生ゴミや虫の死骸が詰め込まれたり、机に落書きされたり、無視されることが多くなったので、片付けるのにも時間がかかった。
だけど、別にそれは悲しくなんてない。
僕にとって悲しいのは、瑠璃の写真が撮れなくなってしまうということだけだから。

僕は"瑠璃"という被写体を、美しさを永遠に見続けていたいだけなのだ。

やがてクラス替えが行われ、僕と瑠璃の教室が別々になったのは、それからすぐのことだった。

「結局お前、全然泣き言洩らさなかったな、つまんねーの」

クラスが分かれる際、同じクラスの男子が、吐き捨てるように僕にそういった。僕は無視した。





中学生に上がると、瑠璃は私立の中学校に行ってしまい、頭を抱えた。
今までも少し撮り辛い状況ではあったが、これからは更に厳しくなる。

僕も私立の中学に行きたい、と両親に頼み込んだものの、毎日写真を撮り続けて、地に落ちた成績では到底無理な話だった。
その頃になると、皆小学生の頃よりも明確な目的を覚え、部活動をしたり、また、誰かと恋愛に勤しんだり、環境に伴ない心や性格に変化が訪れていたが、僕は変わらない。

学校が終わると真っ直ぐ瑠璃の通う学校へ向かい、瑠璃が出てくるのを待ち伏せた。朝はいつも早く出て、瑠璃が登校する姿を写真に収めた。
セーラー服の瑠璃の姿は、いつでも群を抜いて綺麗だった。幼少の頃よりも更に美しく、輝いていた。少女の殻を抜け出しきれない、そのあどけなさが堪らなく好きだった。

僕はその代償として学校にいつも遅刻していたが、構わない。
瑠璃、瑠璃、瑠璃、瑠璃。僕の中はそればかりだ。それ以外のものなんてない。

「相場ってさあ、いつもカメラ持ってるよな。なんで?」

ある日、同級生が僕に話しかけてきたことがある。いつもカメラを持っていて、友達がいない僕に話しかけてきたのは彼が初めてだった。彼をどこかで見たことがあるような気もしたけど、気のせいだろう。

そいつはクラスでは明るい部類で、暗い部類に入る僕に話しかけたのは、罰ゲームなのかもしれないと思ったくらいだ。
無視しようかとも思ったが、たまには他人に瑠璃の美しさを伝えるのも悪くない。僕は彼に言葉を投げかけた。

「僕はこの世に財産を残したいんだ」
「ふーん……?」
「誰だって美しいものは好きだろう。僕はそれをずっと見ていたいんだ」
「へー……相場って変わってるな」

せっかくありがたみのある言葉をくれてやったというのに、そいつはよくわからないという顔をするだけだった。まったく失礼な奴だ。男はそれからもしきりに何か話しかけてきたが、僕はそいつの回答が気に食わなかったので、その後は無視した。
やがてそいつが僕に話しかけてくることもなくなったけれど、別にいい。もとより、僕の世界には瑠璃しか居ない。
瑠璃だけがいればいいんだ。



それから、時間は流れ、僕は高校生になった。

僕は瑠璃の入る学校を調べ上げ、同じ高校に受かる為、必死に勉強した。中学と同じような過ちは犯さない。そのためなら、僕は遅刻もしない。本当に必死だった。瑠璃の入る学校は県内でも屈指のレベルだったが、学業に励んでいる瑠璃の姿を撮る為だ。寝る間も惜しんで勉強した。

こんなことになるのなら、小学校の頃の授業風景も撮っておくべきだったと後悔すらした。
しかし、努力は報われた。

僕は無事瑠璃と同じ高校に入学し、制服姿の瑠璃を朝昼晩と毎日見ることに成功したのだ。
天にも昇る気持ちだった。

彼女の美しさは、年齢を重ねても劣化することはない、それどころか磨きがかかるように美しくなっていく。その美しさは瑠璃の周りの人間全員が思っていたらしく、ファンクラブなるものも存在した。
しかし、僕はそんな低俗なものには入らない。僕の目的はただ一つ、彼女の美しさを写真に収めることだ。その頃になると、彼女を収めたアルバムは百を超えていて、僕の部屋は一面瑠璃の写真で埋まっていた。
瑠璃は僕が一緒の学校にいることに気づいていないようだったけれど、それでもよかった。僕はただ、瑠璃を見ていたいだけなんだ。
同じ高校に入ってからは、まさに薔薇色の日々、瑠璃のいなかった中学生活とは違う。
毎日瑠璃が見れるんだ! 瑠璃と同じ空気が吸えるんだ!

僕は小学生の頃に買って貰ったカメラは当に卒業して、バイトしてもっと性能のいいカメラを買っていた、シャッター音も出ないように改造してある、瑠璃を撮影するにはうってつけのカメラだった。同じクラスになったのは、運命としか思えない。授業中もこれで撮影できる。

学校に行くのが楽しみで、僕の瑠璃アルバムは、中学の頃よりも倍の速度で増えていった。


そんなある日、僕は瑠璃に彼氏が出来たことを知ってしまった。

相手は同じクラスの男で、僕は全く知らなかったが女子には人気があるらしい、言われてそいつの顔を見ていたが、確かに男前な顔をしていた。
だが、それは僕にとってはどうでもいい情報だ。

たとえその男が女子に人気があろうとなかろうと、瑠璃に影響がなければ別にいい。僕はただ、美しい瑠璃を見ていたいだけだ。
そう思っていたのだけど、その男が瑠璃に悪影響を及ぼし始めたあたりで、僕の考えは変わった。

「哲也くん、一緒に帰ろっ」

男の腕に自らの腕を絡ませる瑠璃。
そいつと付き合い始めてから、瑠璃の雰囲気が変わった。
前はあまり化粧もせず、いや、化粧なんてせずとも瑠璃の美しさは揺るがないものだったけれど、最近は化粧をし始めた。その化粧が、美しいというよりもどこか淫猥な空気を纏っていて、僕の心を傷つけた。

着る服も変わった。清楚だったワンピースは膝よりも高いミニスカートに変わり、美しかった亜麻色の髪は汚い金色に染められた。
唇は毒々しい赤に塗られ、男に媚びる様しなだれかかる姿は、とてもじゃないが見ていられない。こんなの瑠璃じゃない。瑠璃はもっと純真で、可愛く、そして美しいんだ。
寝る前にはいつもクマのぬいぐるみの頭を撫でたりする子だったのに、今じゃ淫らな下着がタンスの中に増えていった。

瑠璃が、僕の瑠璃が汚されていく。

「瑠璃、あんまりくっつくなって、皆見てるよ?」
「だって哲也くんと一緒にいたいんだもん」

我慢できなかった。

僕の神が、僕の瑠璃が、幼い頃からずっと見つめ続けていた僕の瑠璃が!
誰かによって汚されていく姿は、僕の心をずたずたに引き裂いた。絶対に許さない。その怒りは瑠璃ではなく、男に向けられることになった。

ある日、いつものように帰り道を撮影していると、男が瑠璃の唇に自分の唇を重ねている姿を目撃した。瑠璃は頬を染めつつも、男の首に、しなやかなその白い腕を絡め、うっとりしている。
瑠璃、僕の瑠璃。男の手が、瑠璃のスカートの中へ侵入し、甲高い声が、人通りの少ない路地に響いた。二人がホテル街に向かい始めた時、僕の中の何かが切れた。

「…………」

殺そう、と決意したのは、自分でも存外早かったと思う。

写真の中で、どんどん醜く汚されていく瑠璃を見つめて、瑠璃の使っていたジャージを抱きしめ、口付けた、吐精した翌日、僕はその男を裏庭へと呼び出した。

誰にも見られないように、放課後、立ち入り禁止となっている、廃校になった学校の裏庭へと呼び出したのだ。

来ないかもしれない。というよりも、冷静に考えれば来ないだろう、男は女子には人気があったらしいけど、男子には嫌われている。
それは瑠璃が美しかったから、瑠璃のファンである男が嫉妬する為だ。だから、男から嫌がらせを受けることは多々あると予想されるので、こんな見え見えの悪意には乗らないだろうと、どこかで思っていた。

でも、それはそれでいい。僕はあの男に悪意をぶつけて、じわじわと痛ぶってやるつもりだったから。毎日毎日嫌がらせを続けて、精神を弱らせて、殺してやろう。


しかし、予想に反して男は現れた。

「待った?」

瑠璃と一緒に帰る約束もあっただろうに、飄々とそいつは現れた。僕は少し困惑したが、こうなったら、逆に好都合だ。内ポケットに忍ばせたそれに手を伸ばす。

「……来るとは思わなかったよ」
「相場が呼んだんだろ?」

会話を交わしながら、近付いていく。男が僕の存在を知っていたことは予想外だったけれど、それで何が変わるということもない。
どこかのサイトで読んだことがある。煙草を小瓶に入れ、その中を水で満たす。そして染み出たニコチン液を体内に注入すると、死亡するらしい。僕はポケットにはいったその小瓶を握り締める。

「用って、何?」

男は笑った。馬鹿にしたような笑みだった。もしかしたら僕のような男は笑って流すことにしているのかもしれない。しかし本当に馬鹿なのはお前だ、これから死ぬんだからな。
僕も笑いながら、言う。

「瑠璃に近付くな」
「は?」
「彼女にお前は必要ない。消えろ、死ね。瑠璃を汚すな、殺してやる」
「…………」

途端に、男は無表情になった。怯えているのだろうか。
僕はざくざくと、地面に散っている落ち葉を踏みしめながら、進んでいく。先ずは催涙スプレーで相手の目を潰そう。それから、ニコチン液を針で体内に注入するんだ。何処でもいい、血管に当たるまで刺してやる。死ね、死んでしまえ。
お前は瑠璃にとっていらない人間、僕にとって必要ない人間だ。僕と瑠璃の世界にお前みたいな異物は不要だ。

「……なんだそれ」

しかし、僕の発言に今まで黙り込んでいた男が、突然ぼそりと呟いた。

「えっ」

突然のことに体がびくりと止まったが、ここで逃げるわけにはいかない。

そのまま催涙スプレーを拭きかけようと手を振り上げたが。それは空振りに終わった。男の拳が僕の腹にめり込んだからだ。

「っ……げほっ……!」

胃の内容物をぶちまけてしまいそうな重いパンチに、僕はその場へ蹲る。せり上がってくる嘔吐感に耐え切れず、涙が零れた。腹が痛い、苦しい。
しばらくそうやって咳き込んでいると、男が僕の髪を掴み、無理やり視線を合わせてきた。

「何言ってんの、お前」
「っ……う……」

初めて男の顔をきちんと見たけれど、やはりどこかで見たことがあるような気がした。僕は昔から瑠璃しか見ていなかったので思い出せないけれど。
客観的に見て、綺麗な顔をした顔の男だったが、それは瑠璃の足元にも及ばない。
男は僕を無表情な目線で見下ろすと、そのまま首に手を持ってきた。

「いっ……!」
「お前、全然わかってないんだな」
「痛っ……げほっ……」

爪が首の皮膚に食い込み、痛い、それ以前に苦しい。両手で男の胸を押しのけるが、首を抑えられているせいか、強い力は出なかった。脳に酸素が行き届かず、苦悶の表情を浮かべる僕を見て、男は無表情だったその顔を笑顔に変えた。満足そうな笑みだった。なんなんだこいつは。

「はは……そうだよ、それでいいんだ。泉水。お前は俺だけを見ていれば」
「はっ……」
「俺のせいで苦しいんだな。俺の、せいで」

泉水というのは僕の下の名前だ。どうしてこいつが僕をそんな下の名前で呼ぶのだろう。
それ以前に、どうしてこいつはこんなに嬉しそうなんだ?
だけど、それを考える前に、僕の意識は奥深くへと沈んでいった。
ああ瑠璃、ごめんよ。僕はこいつを殺すことに失敗してしまった。君と僕の幸せな未来に、不要なこの男を殺すことに失敗した僕を、どうか許してくれ。

頭の中で瑠璃は、以前と変わらず微笑んでいた。





「おはよう」
「っ……ここは……」

目を開けると、男の顔が目の前にあった。
僕は起き上がろうと手に力を入れるが、全く力は入らない。それ以前に手には鎖のようなものが繋いであり、ベッドに括りつけられている。じゃらりと無機質な音が耳障りだ、改めて自分を観察すると、衣類を身につけていない。一体どういうことなんだ。

「ここは、俺の部屋だよ」
「……なんで……」

なんで、と言ったのは、何故僕がお前の部屋に連れてこられたんだという意味と、ここに縛り付けるのだという意味と、そもそもどうして僕の服が剥がされているんだという意を含めての発言だったけれど、その発言は天井を見た途端、違う意味のものに変わった。

「っ……!」
「どうした?」

天井に貼り付けられていたのは、一面、僕の写真だったからだ。
天井一面にびっしりと貼り付けられている写真は、それこそ幼稚園から今日の授業風景まで貼ってある。その写真が瑠璃のものだったのならば、僕は自分の部屋と錯覚してしまいそうなほどに。しかし、貼られているのは、間違いなく僕の写真。

「いいだろ、俺が全部撮ったんだ」

男は絶句する僕の顔を嬉しそうに見ると、そのまま口付けてきた。気持ち悪い。僕は口の中に侵入してくる舌を避ける様に顔を背けたが、顔は男に固定されていて逃げることが出来ず、それから数十秒嬲られ続けた。
口内を嬲られる感覚に、背筋が粟立つ。

「んんっ……う……や、めろ……!」
「可愛い」
「離せ!」
「ようやく捕まえたんだ。もっと早くこうしてればよかったのかな」

笑いながら、男は言う。僕の話を聞いていないようだった。恍惚とした表情で、僕の頬をゆっくり撫でてくる。

「幼稚園の頃から、ずっとお前が好きだったんだよ。お前はいつもあの女ばっかり見ていたから気づかなかったかもしれないけど」

言われて、ようやく思い出した。いや、やっぱり記憶が曖昧だ。そういえばこんな奴が幼稚園の時も、小学校の時も、僕の近くにいたような気がするけれど、僕は瑠璃のことしか記憶にない。
お前なんて知らない。

「俺なんて知らないって顔してるな」
「…………」
「でも、俺はお前をずっと見てたよ。初めて俺とお前が会ったのは幼稚園だった。お前はあの女を呆けた顔で見てたな。隣に座ってた俺が話しかけても、無視して」
「……」
「小学校の時苛めても、中学校の時話しかけても、お前は見向きもしてくれなかった。お前が見てたのはあの女だけだ。お前があの女を見続ける度、腸が煮えくり返る思いだったよ」

そこで、一旦言葉を区切ると、男は馬鹿みたいに笑い出した。

「だから俺さ、気づいたんだ。普通じゃ駄目なんだって!だから、お前が今日俺を呼び出してくれたとき、死ぬほど嬉しかったよ!」
「うっ……ぐっ……」

ぎゅっと、首を絞められて、再び息が出来ず、風の鳴るようなヒューヒューとした音が漏れた。

「だけどこれで、お前はあの女を見ることができない。これで俺とお前はずっと一緒だよな」

あの女、が瑠璃を指していることだけは解った。しかし男が僕に執着する理由はわからなかった。

「なんで、僕なんだ」
「誰だって美しいものは好きだって、言ったのはお前だろ?」
「僕は美しくない、美しいのは瑠璃だ」
「いいや、俺にとっては泉水の方が美しいよ。あんな女はどうだっていい。そんなの人の価値観によって変わってくるんだからな。なあ、愛してるよ、泉水。本当に本当に、もう誰にも見せたくないくらいに」

男が、再び僕に覆いかぶさってきた。その顔には笑みが浮かんでいて、僕は二の句を告げることが出来なかった。
しかしそれよりも悲しかったのは、これから瑠璃が見れなくなってしまうかもしれないということだ。この状況では流石に写真が撮れない。さっさと逃げ出せればいいのだけど、それは少し難しそうだ。
だってこの部屋、一高校生が住むにしては、光が届いていない。それに、傍に置いてある妙な器具も気になる。
困ったな、僕にとっての全ては瑠璃だというのに。悲しくて悲しくて仕方なかった。

「これからはいつでもお前の写真が撮れるよ。毎日、毎日さ」

涙を零す僕に対して、男は笑いながらそう言った。
ああ、僕も君の写真が撮りたいよ、瑠璃。


終わり


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