7つめの人食い黒板



――なあ、知ってる? 俺ら学校の三階にさ、閉鎖された教室あるじゃん?
――あ、それってあれだろ。”人食い黒板”の話!
――そうそう、でさ、隣のクラスの奴から聞いたんだけど、あの教室に入った奴、3組にいるらしいぜ。なんか肝試ししたんだって。
――うっそ、マジで? やばいじゃん! だって、一度入ったら出られないんだろ!
――うん、でも、なんかそいつ、ふつーに出てきたらしい。でもさ、変なんだって。
――変って何が?
――性格が全然違うんだってさ。まるで、人が変わったみたいだって。
――へぇー……







 どこの学校にも、怪談話は存在するのが"ていせつ"だ。
 学園の七不思議、とでもいえばいいのだろうか。
 小学校に流れる噂は、都市伝説と言ってもいいだろう。
 トイレの花子さん、美術室の泣くモナリザ、音楽室のベートーベン、校内を走り回る人体模型、一段増える階段。どれもこれも、有名で、まるで示し合わせたかのように全国の学校内にまんえんしている。
 しかし、一つ違うのは、学校の中でも「七つ目の怪談」だけは、学校によって異なっていると言う事だ。

 僕が通う学校の七つ目の怪談は、『人食い黒板』だ。

 閉鎖された空き教室、そこに足を踏み入れると、黒板に食われて戻って来れない。
 授業中、忘れて帰られた生徒の呪いでそうなったらしい。
 本当に馬鹿馬鹿しい話だ。僕は、おばけとか、妖怪とか、そういう目に見えない様な話は信じてない。

「よ、ようちゃん、帰ろう……」

 僕のシャツを心もとなさそうに握って後ろを歩く葵が、泣きそうな声を上げた。
 僕は振り向いて、「博士」と呼ばれるあだ名のゆえんとなった眼鏡を持ち上げて言った。

「葵、お前はそんなだから田上になめられるんだぞ。人食い黒板なんて、いるわけないだろ。ひかがくてき、だ」

 田上は、僕と葵のクラスメイトで、嫌な奴だけど、クラスを取り仕切ってる奴だ。
 従わない僕の事が嫌いみたいだけど、僕は勉強は出来るので、人のある所では何も言ってこない。そういう所が、卑怯な奴だと思う。それに、僕は何を言われても言い返すから、田上もやりづらいんだろう。
 だけど、葵なんて気が弱いから、田上とその子分共のからかいの対象だ。人食い黒板の話で盛り上がって、葵をいじめる田上のことが、僕も嫌いだった。
 だから、田上にいじめられる葵を見て、思わず言ってしまった。
 「そんなの、いるわけないだろ。僕が見てくる」と。

 葵は、小学1年生の時から、ずっと僕と同じクラスで、弱弱しくて、女の子みたいな奴だ。名前が女の子っぽいのも気にしているから、口には出さないけど、もっと堂々とすればいいと思う。
 昔から「ようちゃん」って僕の後ろをついてくるばかり。
 今日だって、別についてきてなんて言ってないのに。

「が、学校、よく入れたね……」
「昼間こっそり鍵を開けておいたんだ」
「そっか。ようちゃんはすごいね……」
「葵、別に帰ってもいいよ。僕、一人で大丈夫だし」
「だ、駄目だよ!! ようちゃんがいなくなったら、僕悲しいもん……」
「……あっそ」

 弱虫のくせに。
 泣き虫のくせに。
 葵は結構頑固者だ。田上は知らないかもしれないけど、葵は優しいし、意思も強くて、僕と同じで本が好きなんだ。お前よりよっぽど物を知ってるんだぞ、と言っても、田上は馬鹿にして、葵は困ったようにおろおろするだけだ。

「ようちゃん、本当に行くの? だって開かないよ」
「ドアの所に、ちょっと隙間があるんだ。あそこから、何か見えるかもしれない」
「ようちゃん、危ないよぉ……」
「大丈夫だ」

 僕は怖がる葵を無視して、どんどん先へと進んでいく。
 用務員さんもとっくに帰ってしまった。親に見つからない様にこっそり抜け出すのは苦労したけど、僕は少しワクワクしていたのかもしれない。真夜中の大冒険。そう、「ちてきこうきしん」を満たすこの行動と、怪談の原因を突き止めることを、楽しんでいた。

 あっという間に開かずの教室に辿り着くと、震える葵が止めるのもきかず、教室のドアに手をかけた。普段は、鍵がかかっていて開かないし、窓も中からガムテープが張られていて、見えない。けれど。

「あれ……?」

 すんなりと、ドアが開いた。教室の中から、うっすらと光が漏れている。変だな。灯りなんて、僕たちが持っている懐中電灯しかないはずなのに。

「よ、ようちゃん、帰ろう! 開いてるなんて変だよ、食べられちゃうよ!」
「待て葵。これはチャンスだ。田上達に一泡吹かせてやる」
「だ、駄目だよ! ようちゃん!」

 葵を無視して、僕はドアを開けた。鍵もなく、あっさりとドアは開き、教室の風景が、僕たちの目に飛び込んできた。

「っ……! なに、これ……」

 後ろで、葵が怯えている。僕も、動くことが出来なかった。
 当たり前の教室の姿が、目の前にはない。開かずの教室といっても、結局中は普通の教室なんだろうという想像が、僕の中にはあった。
 だけど今、僕たちの目の前に広がっているのは、当たり前の教室なんてものじゃなかった。
 散らばった椅子と机、朽ちた掲示板。同じ学校なのに、まるでこの教室だけ何十年も放置されたかの様に、風化している。
 それに、黒板が見当たらない。通常あるはずの位置に、おいていないのだ。教室の後ろの方にあるのだろうか。
 振り向き、後ろを向いた瞬間、葵が指をさした。

「よ、よう、ちゃ……」
「え?」

 震える葵の声が、僕の耳に届く。葵は、僕の後ろを指さしている。
 もう一度前へ視線を動かした瞬間、目の前が真っ暗になった。


***


 目を開けると、そこはいつもの教室だった。
 近くにいたはずの葵の姿がない。まさか、僕を置いて帰ってしまったのだろうか? 
 葵に限って、そんなはずはない。あいつは、弱いし、臆病だけど、人を置いていくような、田上みたいな卑怯者じゃない。
 けれど、実際どこにも葵の姿は見えなかった。暗い教室の中、懐中電灯だけが転がっている。

「……葵?」

 教室内に響く声に、答えは返ってこない。
 まさか、本当に帰ってしまったんだろうか。近くに落ちている懐中電灯を取ろうと立ち上がった瞬間、視界がぐにゃりと揺れた。脳みその中がぐちゃぐちゃにかき回されたみたいで、気持ち悪い。めまいがして、すぐにその場にしゃがみこんだ。

「うっ……」

 床に手をついて、口元を抑える。なんだろう。よくわからないけど、とてつもない違和感を覚える。周りの物は、見慣れたもののはずなのに、どこか違っている。
 けれど、その原因を追究するよりも、僕は早く家に帰りたかった。葵も見つからないし、もしかした先に家に帰ったのかもしれない。葵はそんなことをするような奴ではないけれど、何か理由があったのかも。
 僕はふらつく足を動かしながら、教室の出口へと向かった。
 とりあえず、今日は帰ろう。
 また明日、学校で葵に会おう。きっと、葵も家に帰っているはずだ。僕は、無理やり自分を納得させた。
 田上にはまた面倒なことを言われるかもしれないけど、何もなかったといえばいい。
 教室を出て、もともと開けてあったガラス窓から脱出すると、早々に家へ帰った。
 夜空に浮かぶ月は細い三日月で、僕を笑っている気がした。



 翌日、教室に入ると、そこには葵がいた。
 昨日となんら変わりはない、いつも通りの葵の姿を確認して、僕はほっと胸を撫で下ろす。本当は、心配していたのだ。
 もし、葵が行方不明になっていたらどうしようって、ニュースで、流れてきたら、あのあと、僕を夜の学校で探していたら、葵のお父さんやお母さんになんて言おうって。
 だから、教室の真ん中に座っている葵の姿を見て、僕は心底安心した。一人で帰ってしまったことはひどいけど、行方不明とかになってなくてよかった。
 でも、それと同時に、不思議に思った。
 葵は、毎朝僕の家まで僕を迎えにくるし、僕の傍をいつもうろちょろしている。それに、田上にいじめられている葵の周りには、普段人はいない。
 けれど、今日はどうだろう。葵の周りには、沢山の人が集まっていて、皆で葵を取り囲んでいる。新しいいじめだろうか。みんな、今まで見て見ぬふりをしていたのに、突然加勢しだしたのか?
 でも、それにしてはどこか不自然だ。
 葵は楽しそうに笑っているし、周りの子たちも楽しそうで、まるで友達みたいだ。
 すると、葵が僕に気が付いたようで、こちらに向かって笑みを溢してきた。

「あ、ようちゃん、おはよう!」
「……おはよう」

 葵は、一瞬僕の態度にきょとんとした顔を見せたが、すぐに立ち上がり、僕のそばまで寄ってきた。

「今日は、迎えに来なかったんだね。何かあったの?」
「はあ?」

 葵の言葉に、今度は僕が首をかしげる。
 迎えに来なかった? どうして僕が葵を迎えに行くんだ。僕の家の方が学校に近いのに。それに、いつも僕の家に迎えに来ているのは、葵の方じゃないか。
 僕はつけている眼鏡の位置を直して、葵を睨んだ。

「何わけのわからないこと言ってるんだ。それより、昨日、どうして僕を置いて帰ったんだ? びっくりしただろう」
「昨日? ていうかようちゃん、どうしたの。いつもと雰囲気違うね。何かあった?」

 葵は少し困ったようににこにこと笑う。いつも怯えているか僕の後ろに隠れている葵らしくない、晴れやかな笑みだった。……これ、本当に葵か? 僕が黙ると、それを見て、さっきまで葵の周りにいた女子たちが、博士ひどーいと零してきた。
 なんだこれは。普段は、葵に対して、女子たち全員が口もきかないじゃないか。みんな田上が怖いから、いじめられている葵と関わりたくないのだ。
 ……そうだ、田上は?
 こんな葵を見ると、田上が放っておかないはずだ。今日は休みなんだろうか。
 教室内に視線を動かすと、クラスの一番端っこで、田上がぽつんと一人で座っていた。いつもは、周りに取り巻き達を引き連れて、大声で騒いでいるのに。まるで二人の立場が逆転してしまった様なこの状況に、僕はひどく混乱した。
 葵から離れ、恐る恐る田上に声をかける。

「た、田上、どうした。具合でも悪いのか?」
「あ、博士。大丈夫だよ、ありがとう」

 田上は、話しかけられたことに一瞬驚いたようだったが、僕だとわかると、薄い笑みを浮かべて頭を下げた。誰だこいつは。普段の田上なら、がり勉野郎と僕をののしってくるくせに。
 僕が混乱していると、後ろから葵が僕の手を引いた。

「ようちゃん、田上と話してどうするのさ。こっちおいでよ」
 「あ、葵、お前本当に葵か?」
「ようちゃん、さっきからどうしたの? 今日は変だよ」
「変なのはお前だろ! ひ、人食い黒板に食われておかしくなってしまったのか!」

 僕としては、人食い黒板なんて、ひかがくてきな物、信じたくはない。
 けれど、おかしくなったのは、やはり昨日あの教室に入ってからだ。葵も、周りの生徒も一瞬静まり返った後、笑い出した。

「人食い黒板? 何言ってるんだよ博士〜」
「ていうか、葵くんに怒鳴るとかひどくない?」
「……っ!」

 なんだこれは。
 なんだこれは。
 なんだこれは!
 みんなで僕のことをからかっているのか!? 僕は葵の手を掴むと、強引に教室の外へと連れ出した。

「ようちゃん、もう授業始まるよ」

 後ろから葵が僕に声をかけてくるが、僕は無視して、葵の手を握り、三階にある人食い黒板がある教室まで走り出した。何かがおかしい。
 何かというよりも、僕以外のすべてがおかしい。おかしくなったのは、多分昨日、あそこで目が覚めてからだ。
 だから、あそこにいけば、何かわかるかもしれない。
 
 しかし、授業開始のチャイムを振り切ってたどり着いたそこにあったものは、ただの壁だった。
 明らかに不自然な空間があるのに、白塗りの壁が行く手を阻むように佇んでいる。僕は頭をかきむしる。
 こんな、こんな馬鹿な話があるか。
 やっぱり、みんなで僕をからかっているんだ。でも、それならこの壁は? 明らかに一晩で終わらせられるような作業ではないし、いたずらにしては手が込みすぎている。
 僕は、夢でも見ているんだろうか?

「……ようちゃん」
「ひっ」
「どうしたの?」

 握っていた手を放して、僕は葵を振り返った。
 葵は、うっすらと歪んだ笑みを浮かべている。
 こいつは誰だ。

「お、お前は誰だ」
「だから、どうしたのって。いつも怯えて僕の影に隠れているようちゃんらしくないなあ」
「誰の話だ!」
「ようちゃんの話だよ。昔からいじめられそうになったら助けてあげてたでしょ」

 にこりと笑った葵は、全く知らない人間に見えた。
 いじめられそうになったら、助けてあげた? 違う、逆だ。それはお前の話だろう。昔から、いじめられそうになっていたら、僕が助けてあげていたんだ。それなのに、この「葵」は何を言っているんだ。怯える僕に、葵が両手を伸ばして、僕の顔の横に手をついた。
 
「何を怖がっているの? ようちゃん。また、誰かにいじめられた?」
「い、いじめられてたのは……」
「ようちゃんをいじめるようなやつは、僕がやっつけてあげるから、安心してよ」

 そう言って、葵は笑ったが、僕はまったく安心できなかった。これが夢なら、早く覚めてくれ。


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