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 センリュウとは元々友達だった。

 だった、って過去形なのは、今は友達だとは思っていないから。友達はキスをしないし、人を押し倒したりしない。したとしても、男同士は普通じゃないだろ。友達じゃないなら、俺とセンリュウの関係っていったい何だ。

知人、他人、敵、色々考えてみるけれど、どれもしっくりこない。知り合い程度と割り切るには、俺たちは関わりすぎている気がするし、他人と言われれば他人だけれど、それを言うとセンリュウは怒るだろう。敵、……そう敵だ、どちらかと言えば俺はその感覚の方が強い。

 けど、あいつは俺のことをそう思っていないんだ。あいつが俺に抱いている感情はきっと碌なもんじゃないし、その碌なモンじゃないセンリュウに捕まってる俺も、碌なもんじゃないだろう。

「タンカ、何考えてるの?」
「…………いや、何も」

 センリュウが、俺の方を見て笑っている。俺は首を横に振って、手に持っていたグラスの中身を煽った。アルコールの力に頼ってしまえば、この奇妙な感覚も捨てて、空気に馴染んでうやむやに出来ると考えたのかもしれない。しかしセンリュウは俺から目を離さず、そっと空いている片方の手を握った。

俺は思わず顔をしかめて、小声で呟く。

「……やめろよ」
「やだね」
「お前、今何してると思ってんだ」
「合コン中?」

 その通りだ。

 そもそも、俺たちの出会いも合コンだった。同じ大学だけど、学部が違う俺たちが初めて会ったのは、共通の友人が開いた合同コンパ。近場の居酒屋で俺たちは出会った。

 俺は元々友達に「違う学部に何かすげえイケメンがいる」と聞かされていたので、初めて会ったときは「ああ、こいつか……まあこの合コンが終わったらそれっきりだろうな」と言った気分だったけれど、向こうは違ったようだ。にこにこと人の良さそうな笑顔で近づいてきて、「タンカくんだ」と抱きつかれた。

 その時点でちょっと変な奴だと避けるべきだったのかもしれない。俺はそもそもタンカなんていう名前ではないし、素面の男に抱きつかれる趣味もない。

 『俺、センリュウ、本当はかわやなぎって読むんだけど、あだ名でセンリュウって呼ばれてるから、そう呼んでよ』
 『はあ……センリュウクン』
 『くんづけはいいよ、同い年でしょ』
 『じゃあセンリュウ……なんで俺がタンカ? 俺の名前、歌好(うたよし)なんだけど』
 『でも名字が短沢でしょ? 略したら短歌じゃない』
 『ああ……まあ』
 『川柳に短歌って、なんだか相性良さそうだろ? 吉田に聞いて会うの楽しみにしてたんだよね。よろしく』
 『えーと…………よろしく』

 そんな感じの、軽い出会いだった。

 結局その合コンでは盛り上げ役の吉田やその友達、顔の良いセンリュウばかりが女たちにちやほやされて、残された俺は空気で終わった。言っちゃ何だが、俺は合コンでは基本こういう役回りが多い。圧倒的な数合わせ要員。まあ、どうせこの後会うこともないだろうから、それでいいと思っていたのだけど、意外なことに、センリュウは俺が出る合コンには度々顔を出した。

 元々顔も人当たりも良いセンリュウはいつも合コンに呼ばれるから、そのせいだと思っていた。けれど、吉田が言うには、センリュウは元々合コン等の類にはあまりでないらしい。まるで示し合わせたかのように同じ合コンに出てくるセンリュウが、俺はその頃少し怖かった。

「ねえねえ〜、何話してるの?」

 ぼんやりと出会った時のことを思い出していると、遠くの席から、ボブカットの女の子が移動してきた。彼女は俺の隣に座ると、可愛らしい笑顔を向ける。ピンク色の唇から少しだけ八重歯が覗くのが可愛い。名前は……確かくるみちゃん、だっただろうか。小動物を思わせる小柄な体躯に、シフォンのようなワンピースを着た彼女は、まん丸い目で俺を見ながら話しかける。俺はセンリュウの手をふりほどくと、笑い返した。

「あー、俺、酒あんまり飲めないから、何がオススメか聞いてたんだ」
「え、短沢くんお酒駄目なの? 甘いの好き? サワー系とかカクテルだったら飲みやすいよ」
「駄目って訳じゃないんだけど、すぐ顔に出るからさー、俺。男なのにめっちゃ顔真っ赤になんのやじゃない?」
「あはは、そういう体質の人っているよねぇ、可愛いー、あ、川柳くんは何飲んでるの?」

 くるみちゃんが、今度は俺を挟んで、センリュウを振り返った。センリュウは笑いながら持っているグラスをあげて見せる。中には透明の液体がたゆたっており、入っていた氷がカランと音を立てた。

「ジン・トニックだよ」
「へ〜、美味しい? 一口ちょうだい!」「いいよ」

 センリュウからグラスを受け取って、くるみちゃんが一口飲む。こんな風に自然に回し飲みするんだから、酒の力ってすげえよな。一口のみ終えると、くるみちゃんは渋い顔をしてグラスを睨みつけた。

「どう?」
「う〜〜、あんまり好きじゃないかも……でも川柳くんはこういうの好きなんだ?」
「そうだね、好きかも」
「じゃあ、私も好きー、川柳くんも好き! なんちゃって! あはは〜!」

 酔っぱらっているんだろう。顔を赤くして、俺を跨ぎ、俺とセンリュウの間に座ると、可愛い笑顔をセンリュウに向けた。センリュウも笑顔で、端から見るとお似合いのカップルに見える。むしろ俺がいることが不自然に思えるくらいだ。此処にいると邪魔かなと、席を立とうとしたら、センリュウに手を捕まれた。

「何処いくのタンカ?」
「えっ、いや……ちょっと……っつか、センリュウ、手冷てえな」

 その手が予想外に冷たかったので、驚いてセンリュウを見るが、センリュウの顔は、いつもと変わらない笑顔だった。せめて表情を変えてくれればこっちだって何かしら言えるのに、そのうさん臭い微笑みを何とかしてほしい。そんな硬直状態が続いていると、くるみちゃんが不思議そうな目で俺たちを見た。

「ところでさあ、短沢くんってなんで川柳くんにタンカって呼ばれてるの?」
「え?」
「タンカって何? 救急車とかのやつ?」

 それは担架だ。

 俺はセンリュウとの出会いのことをおおざっぱに説明すると、くるみちゃんがキラキラと瞳を輝かせながら、センリュウを振り返る。

「えー、そうなんだ! じゃあわたしもセンリュウくんとタンカくんって呼ぼうかな!」
「…………」
「それにね、私、名字が灰野っていうんだけど、灰野くるみって、略したら俳句じゃない? ねっ、なんか運命感じるよね!」

 はしゃぎながら言う彼女に対して、センリュウはただ笑みを浮かべているだけだった。そうだね、と肯定もしなければ、なんだそれ、と茶化すようなこともしない。ただ微動だにしない綺麗な笑みを浮かべていて、俺はそれがなんだか恐ろしかった。これ以上この場にいたくない。
 そう思って、俺はセンリュウの手を振り払い、今度こそ立ち上がる。

「俺、ちょっとトイレ」
「えー、行っちゃうの?」
「じゃあ俺も行こうかな」
「えっ? いや、お前は……」
「いいじゃん、ツレションしようよ」
「…………」
「センリュウくんまで行っちゃうの?」

 センリュウはそういって俺の隣に立つと、名残惜しそうな視線を寄越すくるみちゃんに向かって手を振った。

「うん、じゃあねー」

 そうして俺は、半ばセンリュウに引っ張られるようにしてその場を後にした。


****


「おい」
「何? タンカ」
「手ぇ離せよ……ってか、何処行くんだよ?」

 捕まれて向かった先はトイレなんかじゃなく、まっすぐ店の外へ向かっていた。がっちりと捕まれた手をふ振り解こうとするが、思っているよりも力が強く外れない。周りの視線が嫌で、小さな声で訴えるが、センリュウは離すつもりはないようだった。

「何処って、帰るんだよ。可愛い子もいないし、いいでしょ、別に」
「いや、よくねーだろ! いきなり男二人も抜けたら……!」
「お金は最初に払ってるし、さっき吉田にメールしといたから大丈夫だよ。あいつ人脈広いし、なんならほかの奴呼ぶだろ」
「そういう問題じゃなくて……」
「じゃあどういう問題?」
 振り返ったセンリュウの顔は、……――笑顔だ。
 ……こいつは、どうしてこうなんだろう。最初に会った時も、他の奴と話している時も、どんな時でも笑顔を崩さない。結局俺はそのまま腕を引っ張られ、居酒屋を後にした。

 店を出ると、センリュウが片手で携帯を打っている。抜けたことをメールで伝えているんだろう。大体、抜けるなら抜けるで、一人で帰ればいいのに、どうして俺まで巻き込むんだ。そもそも出なければいいだろうが。毎回毎回、こんな感じだ。合コンに出るものの、女の子をお持ち帰りしない。何のために来たんだお前? なんて、自分に言い聞かせてみるけど、本当は知っているんだ。

 センリュウが一人で帰らない理由。

「タンカ」
「え? ……わっ……!」

 ぐい、と手を引っ張られ、路地裏に引っ張り込まれた。すぐそこではギラギラとしたネオンが華やいでいるのに、その道から逸れて、俺達は薄暗い路地裏へと進んでいく。

「ちょ、おい! 何処行くんだよ!」
「ねえタンカ、タンカが今考えている事、当ててあげようか?」
「は?」
「合コン、途中で帰るくらいなら、出なきゃいいのに。違う?」
「……っ……。その通りだろうが……」
「俺が合コンに出る理由、タンカはもう見当がついてるでしょ? 気づかないふり、いい加減やめたら?」
「えっ……」

 壁を背に後ずさると、センリュウは俺の肩を押さえ、そのまま口づけてきた。

「んっ……、うー! ……ふ、うっ……」

 口内に舌が入り込んできて、その感触にぞわりと怖気が走る。怖い怖い怖い。
 こうなるといつも蛇に睨まれた蛙みたいに、体が動かなくなる。殴って逃げればいい。走って振り切ればいい。それなのに、まるで縄でがんじがらめに縛られたように硬直する。口内をいいように嬲られると、名残惜しむようにそっと唇が離れた。
 恐る恐る目を開けると、まるで愛おしむように、センリュウが俺の頬へと手を伸ばした。

「可愛いね、タンカは」
「…………っ……」
「気づいてるんでしょ? ねえ」

 俺は閉口したまま、目線を逸らす。
 そうとも、本当は気づいている。どこの世界にキスされても友達だなんて思ってる馬鹿がいるんだ。何故かわからないけど、センリュウは俺に執着していた。いつから、なんて覚えてない。けれど、俺が行く合コンには必ず来るし、毎回途中で俺を連れて抜け出す。
 最初にキスされたのは、多分三回目くらいの合コンで会った時だ。その前にメアドを交換して、何度か話したり、遊んだりもしていた。普通の友達だと思っていたんだ、その時までは。こいつばっかり女の子お持ち帰りしてて羨ましいと思ってはいたけど、嫌いじゃなかった。
 だけど、今じゃこれだ。獲物を狙うような目で俺を見る、そのくせ顔は笑顔のままなんだから、こっちは全然笑えない。

「……なんで、俺?」

 そう問うと、うっとりとした目で俺の頭を撫でてくる。

「なんだっけ、切っ掛けは名前だったけど、今は全部好きだよ。顔も、性格も。だから、俺の目ぇ盗んで合コンとか行くのやめて欲しいんだよね」
「……別にセンリュウに許可とる必要はないだろ」
「それ、本気で言ってる?」

 本気も本気。付き合ってもいないのに、どうして口出しされなくちゃいけない。そもそも男だろ。しかし目の前の威圧感に口を塞ぎ、そのまま目線を下へと落とした。
 ずっと前から、俺はセンリュウが怖い。物腰は柔らかく、顔だって決して怒ったりしないのに、それが逆に人間味が薄くて怖かった。

「……センリュウには、関係ない」
「……そう」

 答えた声は、とても低く、ひんやりと冷たいセンリュウの手が俺に触れる。

「じゃあ、関係あるようにしてあげる」

 そうして俺を見るセンリュウの顔は笑顔で、でも全然目は笑ってなくて、俺はその場から動くことができなかった。
 

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