本編



「ハンバーガーとポテトのM一つ、あとオレンジジュースのS下さい、ハンバーガーは肉とピクルス抜きで」
「かしこまりましたぁ」

リーズナブルなファーストフード店で、いつものメニューを注文すると、毎回僕に応対してくれる女性店員、若葉ちゃん(17)は営業用の笑顔を見せた。その笑顔が、本当にもう超可愛い。なんていうか、天使?
毎度のことながら、顔がにやけてしまう。まあ、毎度のことになる原因は単純に僕が彼女のシフトを調べて、わざわざその時間帯に行ってなおかつ彼女のいるレジに並んでいるからなんだけど。大部分の人が引くであろうこの行為も、指摘する人がいないと止めどころがわからない。

「若葉ちゃん髪型変えた?」
「いつもと同じですお客様」

この遠い距離感もたまらない。若葉ちゃんにとって僕は迷惑な客だろうけど、別にストーカーというわけじゃないんだ。彼女と付き合いたいわけじゃないし、そもそも付き合えないだろうし。どちらかというと、ファンに近い。純粋に、応援していて、そして話せると嬉しい。だらこうやって二言三言喋るだけだ。常連ってやつ。ファンならその子の心に少しでも印象に残ってもらいたいと思うのは普通のことだろう。
若葉ちゃんはいつも髪を横で縛っている。サイドテールって言うらしい。パーマをかけているのか縛られた髪が動くと同時にふわふわ揺れていて、その動きがまた可愛かった。
睫はつけているのか結構濃くて、ピンクの唇はいつだってつやつやだ。綺麗な卵形の顔に乗るパーツはどれも整っている。若干ギャルっぽいけど、それを感じさせない清楚っぽさがあった。

受験に失敗してから毎日来るようになったこの店で、僕は確実に常連と呼ばれる類の客になっている。多分従業員からは変な客と思われていることだろう。ハンバーガーの肉とピクルス抜きなんて、言ってしまえばただのパンだ。
そんなのに金を払うなんて正直無駄だし、買ってる人間も変質的で気味が悪い。いや、僕のことだけど。

別に肉が食べられないわけではない、ピクルスだって好きな部類だ。これはいわば口実、こんな特殊なメニュー頼んでたら印象が深くなっていつか親密な関係になれるんじゃないかと、ほのかな下心と期待を込めているのだ。今のところ、功を成してはいないけれど。

「あ、それとスマイル下さい。お持ち帰りで」
「かしこまりましたぁ」

にっこり笑って、若葉ちゃんはひっこんだ。え、マジ? お持ち帰りできるの? やったー! とか思ったところで、後ろで注文のバーガーをつめている男を、若葉ちゃんが呼んだ。

「ビンゴくん、こっちレジお願いね」
「あ、いらっしゃいませーお客様! いつもご利用ありがとーございます!」

後退した男が、とても爽やかに笑った。
若葉ちゃん……。毎度毎度、どうしていつもこんな肝心のシーンで引っ込むのか理解できない。理解できないっていうかただ単に僕が嫌われているのか。認めたくないから理解しない。

代わりに出てきたのは若葉ちゃんと同い年くらいの高校生だった。正直、またお前かよ。という感想。
茶色い髪は無駄にツンツンふわふわと立てていて、ピアスとかしてる今時の若者だ。普通にモテそうな彼は僕に変わると「注文の品はもう少々お待ちくださーい」と笑顔で言った。

ふざけんな畜生、僕はお前の笑顔じゃなくてその隣でレジ打ってる女の子の笑顔が見たいんだよ。っつーか若葉ちゃん隣では普通にスマイル注文されて笑顔見せてんのになんで僕は拒否んだよ、お持ち帰りって言ってるのが駄目なのか? ひく? まあ引くかもしれないけど、だってその場凌ぎの笑顔よりやっぱり持ち帰りたいって思うじゃん。
大体なんでわざわざ男子高校生のスマイル注文しなきゃなんねーんだよくそくそくそ!

「…………やっぱスマイル取り消しで」
「かしこまりましたー!」

取り消しと言ったのに、男子高校生はスマイルをやめなかった。馬鹿にされているんだろう。昼間っから妙なオーダーする変な気持ち悪い感じの男とか、裏で笑われているに違いない。まったくなんて世の中だ。店員の男から注文したバーガーと言う名のパンを受け取ると、僕は店を出た。
最近は毎日これの繰り返しだ。

この後は近所の公園でこれを食し、それから図書館で勉強。勉強、勉強……あぁあ、頭がおかしくなりそうだ。公式も英単語も歴史にも、正直そんなに興味はない。ただ、行きたい大学があって、そこに入りたいんだ。

次落ちたら三浪になってしまう。




外では蝉が鳴いていた。夏真っ盛りといったところだ、学生諸君は夏休みだろう。だからこそ若葉ちゃんも平日にも関わらず頻繁にバイトに励んでいる。
なのに僕ときたら、夏でも冬でも行動が変わらない。

「暑……」

額に浮かんだ玉のような汗を、手の甲で払った。昼間だからか蒸している。蝉の声が反響する中、陽炎が笑うコンクリートの上をフラフラと歩いた。

ところで、僕がよく行く公園には、最近中学生がいる。
といっても集団じゃなくてたった一人で、ベンチで詩集を読んでいる少年だ。結構端正な、というよりも整った顔立ちをしていて、中学生らしく真っ黒な髪は風に靡かせながら本を読む物静かな様相は、言うなれば美少年というやつだ。ただ、怪我でもしているのか、左目にはいつも眼帯をつけていた。

木陰のベンチで読書に勤しむその姿はとても絵になるけれど、どこか近寄り難い空気をまとっていた。
言ってる僕もジャージ姿で昼間っから公園で変なバーガー食べてるから近寄り難いかもしれないけれど。
夏休み中だろうというのに学ラン姿の少年。夏期講習か何かに出ているのかもしれない。半袖だけど、夏に黒い服なんて暑いだろうに。まあどちらにせよ、毎日若奥様が集うこの公園において、僕と同じく非常に浮いていた。

たまに子供連れの若い主婦の一人が中学生に話しかけるんだけど、中学生はシカトする。話しかけるなとか言っている。すげえ怖いし、近寄りづらすぎる。後で通っている中学校に「どういう教育してるんですか」とか苦情入りそう。
最近の中学生はデンジャー精神に溢れてるなあ。なんて思ったりもした。

「……あー、今日は天気がいいなあ」

公園に着くと、詩集を読んでいる中学生の隣に腰を下ろし、ぼそりと呟いた。蒸しすぎているし、言うほどいい天気ではなかったが、なんとなく何か言わないと居辛い空気だったからだ。
他のベンチは大抵子供や若奥様に占領されていて、この近寄り難い中学生の隣しか空いていないので、木陰で涼しいその場所に、これ幸いと近寄って座る。
中学生は少しだけ僕に目線を向けたけれど、すぐに逸らし、また手に持っていた本を読み始めた。僕は隣に座っていいものと解釈し、袋を開けた。
いつものことだ。今日はゲーテの詩集らしい。中学生にしては珍しい。僕が中学の頃は漫画くらいしか読んでなかったけど。あの時勉強しときゃ、こんなに浪人せずに済んだのかな。

しばらくポテトを食べていたけれど、ふと、そういえば彼は何か食べているのだろうかと思い当たる。

僕がこの公園に来ると彼はいつもここで本を読んではいるが、そういえば何かを食べている姿を見たことがない。大抵本読んでるか、憂いを含んだ目で空を見つめると「まだ世界は終わらないか……」とかなんかよくわからないことしか呟いていない。

「…………」

目の前では子供が鬼ごっこをしている。
微笑ましい公園内で明らかに浮きまくりの僕と少年。
ここはひとつ意思疎通して、少しでも仲良くなり浮かないように努力してみるのはどうだろう。
よくわからない提案が頭の中に浮かんだ。
僕は隣の中学生にそっとポテトを差し出してみる。

「君……食べる?」

中学生は、不審者を見る目で僕を見た。通報する一歩手前の目だ。
そんな目で見ることないのに。少し傷つく。

「俺に話しかけるな」
「……そして中学生はさらに傷つくことを言った。元々心が弱い僕はもう立ち直れない、三郎してるし、好きな子にはシカトされるし、ああもう駄目だ、やっぱり僕は気持ち悪い人間なんだ。生きてる価値はないな、帰り道にでも死ーのうっと!」
「やなこと口に出すなよ! やな大人だな!」
「あ、普通に喋れるんだ」

大分痛い不審者になった甲斐があったというものだ。代わりに何かとてつもなく大事なものを失った気もするけど。

「……っ、なんだよ、あんた」

しかし今の、わざと出していたんだけど、きちんと反応してくれるあたり、結構いい子なのかもしれない。普通なら「キモイ」って言って逃げるもんな。それにたいして、僕は大分大人気ない。

「……なあ、おっさんいつもここにいるな、……友達いないの?」
「お、おっさんって言うな! 軽くびびったわ、僕ぁまだ二十だぞ!」
「オッサンじゃん」

中学生は鼻で笑った。
子供を殴りたいと思ったのは初めてだ。ていうか殴った。殴ったっていうかチョップした。流石に僕もこんな通報されそうな真昼の公園で中学生をグーで殴ったりしない。大丈夫、これくらいならスキンシップの範疇内のはずだ。
大体中学生ならそんなに年齢差は無いはずなのにおっさんとか。まだ20なのにおっさんと呼ばれると破壊力がすごい。
中学生はチョップされた頭を抑えて涙目で僕を睨みつける。

「って……、何すんだよ!」
「チョップ」
「くそ、これだから人間は……」
「えぇ、何、君人間じゃないの?」
「そういうことを言ってるんじゃない。すぐに熱くなって面倒だから嫌だっていうんだよ!」

ふい、と顔を背けられ、僕は言葉に詰まる。
なんて答えていいのかわからないけど、とりあえず君も僕と同じで友達とかいなさそうだなあと思った。友達、作ってもお前面倒くせえとか言って離れてくんだよね。奇しくも彼の言ってることは当たっていたわけだ。

「……君のその制服って皆目中学だよね、毎日ここにいるけど、なんで? 夏期講習?」
「そんなもの行かない。レベルの低い奴らと付き合いたくないんだ」
「えーと……名前、なんていうの?」
「人に名前聞くときは自分から名乗ったら? おっさん馬鹿だろ」

頭の中で破壊神が彼を滅せよと命令したけど、僕は年上なのでそれをぐっと堪えて自己紹介した。

「……月光仮面、浪人生でーす……」
「へぇ、なんだ、失敗した人か」
「一応聞くけど……何に?」
「人生にだろ」

チョップした。そりゃもうさっきより力を込めてチョップした。再び睨みつけてくる中学生、だけど僕も負けじと睨みつける。昼間の公園で中学生と睨み合う浪人生って構図がしょっぱいけどもう何も言うな。
名前に突っ込むことはせず的確に心を攻撃してきた中学生に恐怖すら感じた。
受験に失敗したとか言うのかと思ったら、人生に失敗ってとんでもないこと言うなこいつ!

「……で、君の名前は?」
「紅遊螺」
「く……え、何? くぎゅ……え?」
「紅遊螺だよ、くゆら、紅と遊ぶに螺旋の螺で紅遊螺。それが俺の名前だ」
「はあー、変わってるねーそれ本名?」
「…………」

答えない。てことはペンネームとかラジオネームとかそんなんだろう。まぁ僕も月光仮面とか名乗っちゃったからその辺はおあいこだ。しかし最近ならマジで本名とか言われても違和感ないからなー怖いよなー。手に持っていたバーガーを口に含んで咀嚼する。いつもながら微妙な味だ。

「なあ月光仮面のおっさん」
「お兄さんだって堪忍袋ってものがあるんだぞ」
「冗談だよ。てゆーかそれ何食べてんの?」

薄気味悪そうな目で僕の持っているバーガーを指差してきた。

「最近の中学生はハンバーガーも知らないのか」
「ハンバーガーは知ってるけどその中身の無い変なパンは知らない」
「ちゃんとレタスとか入ってるじゃん……」
「何、あんたレタス好きなの?」
「別に好きでも嫌いでもない」
「じゃあなんでそんなの食べてるんだよ、変な人」

変な奴に変な人呼ばわりされた。お前だって夏休み中に真昼間から一人学ラン姿で詩集読むとか変な奴じゃん。中学生はもっと友達と下ネタとかで盛り上がってればいいんだよ。

「いやー好きな子に会う口実っていうか、ぶっちゃけ僕もこれあんまり食べたくないんだけどね、肉ってあんまり好きじゃないし」
「フィレオ食べれば」
「こういう変わったの食べてれば印象づけできるかなって」
「好きな子に?」
「うん」
「印象づいたところで悪い印象しか持たれないと思うけど」
「的確なこというな!」
「ていうか……好きな子とかいるんだ」
「いるいる、君も中学生ならいるでしょ? っつーかもう中学生の時なんて一日中女の子のことしか考えてないよね、僕が中学の時なんて周りの人間の顔みんなおっぱいに見えたもん」
「変態……」

どん引きされた。

「いや、くる、くゆら……うわ言い辛っ、くーちゃん? はさ、毎日ここで本読んでるけど」
「くーちゃんって言うな! ちゃんと紅遊螺って言えよ!」
「だって言い辛いし……」
「チッ……愚民が……」

愚民って言葉、生まれて初めて言われた。一体彼は何を目指しているんだろうか。
そしてどこに行くつもりなんだろう。ある意味中学生っぽくて微笑ましくはあるけど、早めにそういう言動はやめておかないと黒歴史になりそうだ。

「そういえばその眼帯、いつもしてるけどどうしたの? 怪我してるの?」
「これは共鳴する奴を探してるんだよ。同じ目を持つ奴をな……」
「へー、何言ってんだか全然わかんないや。でも格好いいね、なんかやけに似合ってるよ。くーちゃん美形だからね。美形は大体何しても許されるよ」
「えっ…………そう? 格好いい?」
「うん」

僻みと妬みを交えつつ、率直な感想を言った。すると、くゆらことくーちゃんは僕のことを何故かさっきよりも強く睨みつけ、口元を押さえながら持っていた本を鞄に仕舞い立ち上がる。
いつの間にやら公園には人がいなくなっていた。若奥様や子供はお昼の時間だから帰ったのかもしれない。

「……こっ、心が乱れたから帰る」
「心がて」
「じゃあな、月光」
「月光て」
「どーせまた明日もそこで気味の悪いパン食べてんだろ、明日はもうちょっとマシな格好してこいよ。変なジャージ男!」

そういって去っていく。最後に罵倒するだけ罵倒して、おまけに僕の服にまで駄目だししやがった。突っ込みたい部分は多々あったけれど、とりあえずそんなにこのジャージはセンスが悪いだろうかと、少しへこむ。思春期の少年は扱いづらいな。
ポテトを口に運ぶと、すっかり冷め切っていて美味しくない。どうして僕はこんな真夏の最中、一人で公園でポテト食べてるんだろう。早く図書館に行かなくちゃ。






翌日、若葉ちゃんが出勤のシフトだったので、僕は当たり前のようにファーストフード店へと足を運んだ。
しかし妙だ、いつも元気で明るく可愛い若葉ちゃんの姿がレジに見当たらない。普段は鈴を転がすような声が店内に溢れているというのに。
きょろきょろと店内を見渡していたら、毎回若葉ちゃんに話しかけられる高校生に肩を叩かれた。

「いらっしゃいませーお客様! 今日もいつものオーダーでよろしいですか!」
「若葉ちゃんは?」
「辞めました!」

終わった。

どうやら長かった僕のファーストフード店通いも終焉がきてしまったようだ。
若葉ちゃん、なんで辞めちゃったんだ。やっぱり僕がシフトあわせてたのがキモかった? うざかった? そりゃうざくてキモかったかもしれないけど、別にあの店でしか会わないんだから辞めることなくね。それともそのうち家とか付けられるとか思ったのかな。しないよそんなこと! あーもうあの娘に会えないのかと思うと涙出てきた。ってゆーかそんな唐突に辞めることないじゃんよーもー。
いや、もともと辞めることが決まってて、昨日が最後だった、のか? ああもうよくわかんない。

「お客様、お客様ー!」

ぐるぐる隅っこの方で考えていると、高校生が笑顔で紙袋を差し出した。

「何?」
「お待たせしました。ハンバーガーの肉とピクルス抜きと、ポテトのM、あとオレンジジュース」
「頼んでないけど……」
「じゃー俺奢るんで」
「いやなんでだよ」

お前に奢られる理由はないんだけど。それともあれか、憐れみ? ストーカーまがいの変な男が振られて嘲笑っているのか、上等だ。その勝ち組笑顔が癪に障るんだ。と拳を握ったところで、胸に袋を押し付けられた。

「その代わり、俺もうそろ上がりなんで、上がったらちょっと付き合ってくれません?」
「いやだ、僕はこれから用事がある」
「若葉が辞めた理由、知りたくないスか? お客様」

にこぉっと男子高校生は笑う。薄い唇の端から八重歯が覗いていて、実家で飼っている犬を思い出した。大五郎元気かな。しかし吐かれた言葉は犬というよりも悪魔の言葉に近かった。若葉ちゃんが辞めた理由。僕だろうか、僕なのだろうか、そうなのか? 僕のせい!?
自分でもわかるくらい血の気が引いていくのを見て、高校生は外のテラスを指差した。

「あと十分なんでー、外のベンチでそれ食いながら待ってて下さいよ」

ぽんと肩を叩くと、彼は再び接客に戻ってしまった。僕はまだうんともすんともバカヤロウとも言ってないのに。けれどもけれども、どうせ僕は彼についていくことになるのだから、何を言っても時間の無駄だ。
だって若葉ちゃんが辞めた理由知りたいし。
普段当たり前のようにいる女の子がレジにいない。それだけなのに、その光景は、やけに僕の胸を締め付けた。



それから十分後、本当に高校生は着替えを済ませると、にこやかに僕に近付いてきた。廃棄前のということでこっそりポテト持ってきちゃいましたーと笑いながら。お前それ駄目なんじゃないの。

「あれー、バーガーまだ食ってなかったんスか?」
「食べる場所は決まってるから、それより若葉ちゃんが辞めた理由って何、やっぱり僕? 僕なの!? ごめんなさい!」

青と白のボーダー模様のTシャツを来た高校生は、詰め寄る僕の手を両手で握った。襟首を掴んだその手をそっと外すと、ポテトを咥えながら言う。

「まーまー、話しながらでいいじゃないスか、っつーかどこで飯食うんですか?」
「……公園……」
「じゃ、そこいきましょーよ」

そういって高校生はやたらフランクに腕を引っ張ると、どこのとも言ってないのに彼は僕行きつけの公園に向かって歩き出す。この辺りは確かに公園少ないけど、だけど公園って言われてすぐ出てくるなんて、この近くに住んでるんだろうか。

「あ、おにーさん名前なんて言うんスか? 俺はビンゴって呼んでください」
「ビンゴ? 変わってる名前だね」
「や、や、本名は利一って言うんスけどぉ、あ、りいちって利口に利に漢数字の一でリイチね、で、ずっとリーチリーチ呼ばれてたんスけど、なんか途中からもうリーチとか、逆にビンゴじゃね? ってことになって、それ以来仲間内からはビンゴって呼ばれてんの。ウケるっしょ?」
「いや、別に……」

逆にのくだりがちょっとよくわからないくらいで、笑い所は特にない。
だけどビンゴくんは何が楽しいのかケラケラと笑いながら僕の背中を叩いてくる。微妙に力が強いので痛い。

「で、おにーさんは?」
「知り合いの中学生からは月光って呼ばれてるよ」
「ぶはは! 何それカッケー! ウケる!」

どうやらウケるは彼の口癖らしかった。ゲッコーさんゲッコーさんと、蛙の鳴き声みたいに呼ばれながら、僕達は日差しの照りつける歩道を歩いていく。
今日も変わらず蝉が鳴いていた。鬱陶しいけど、これもまた夏の風物詩。まだまだ去る予定はなさそうだ。
僕は頭の中でこれからの予定を組み立てた、この後ご飯食べながらビンゴくんから若葉ちゃんが辞めた理由を聞いたら、そのあとは図書館行って……

「そーいやゲッコーさん、今日はジャージじゃないんスね」
「え? ああ、知り合いの中学生にその格好ダサイとかそんなニュアンスのこと言われてへこんで」

ていうか、僕のジャージはそんな印象に残るほどダサかったのか。

「マジすか、シメた方が良くねッスか? 生意気じゃん!」
「いやー別に」

ていうか君も相当だ。知り合いでもないのにこの馴れ馴れしさはなんだ。
そういえば、今日もく……なんだっけ。くゆら? くんはあの公園にいるのだろうか。今更だけどこんな暑い中、わざわざ公園で本読まなくとも、もっと涼しいところで読めばいいのにと僕は思うんだけど。図書館とかあるじゃん、色々。

「あ、そういやゲッコーさん」
「ん?」
「若葉が辞めた理由なんスけどぉ」
「何!? 僕!? やっぱり僕が悪かった!?」
「いや、ゲッコーさん全然関係ないです」
「マジかよ!」

それはそれでちょっとへこむな、僕は一ミリも気にかけられてなかったってことか。ああ若葉ちゃん、少しくらい見てくれてもよかったのに……、とうな垂れた所で、ビンゴくんが「いや」と否定の言葉を吐いた。

「あ、やっぱちょっと関係ーありました」
「え、何、何?」
「俺、若葉と付き合ってたんですけどー、昨日別れたんですよね」
「は」
「で、若葉居づらくなって辞めたんすけど。つーか、男と別れて居づらくなったからって突然辞めるのって正直無くね? って思うんスよね。店長とかガチで困ってたし。常識なくないスか?」
「いや、おい」
「んでぇ、こっからが重要なんスけど」
「いや、僕にとってはその前のくだりの方が重要だったよ!」

お前若葉ちゃんと付き合ってたのかよ、彼氏!? まぁ若葉ちゃんは可愛いからさ、そりゃ彼氏くらいいるだろうなとは心の中で思ってた。でもいいんだ。癒しの笑顔が見れるなら、僕はそのスマイルを見るだけで幸せ幸せにゃんにゃんうふふ、とか気持ち悪いことも考えていたから。それくらいは気にしない。でも、お前……さ、先に言えよ!

その彼氏がこの目の前の男子高校生っていうのは想定外だ。フレンドリーだからてっきり僕と若葉ちゃんの仲を応援しているくらいに思っていたのに、とんだ勘違いだったわけだ。今の僕はさながらピエロってか。
彼氏って、お前。あ、でも別れたんだっけ、なんで? あんな可愛い子と別れるなんて理解出来ない。何かの修行か。

「……なんで別れたの?」
「俺、最初はゲッコーさんのことマジきもくて変な奴だなって思ってたんスよー。若葉のこと付回してるっぽかったし、実際相談されてたし?」

ストレートすぎる。もうちょっとオブラートに包んで「変わった人だな」くらいに止めてほしかった。

「でも、毎回変なオーダーしてくるだけで別に何もしないし、付回してるわけでもねーみてえだから? 変な人から痛いけど無害な人に変わったんスよ、俺の中で」
「ああそう……」

痛くはあったんだ。

「でも、ゲッコーさん変なオーダー毎回するじゃないスか、あれ妙に印象に残っちゃってー、でもって若葉に向ける笑顔も意外と可愛くね? とかそのうち自分でもマジやべーこと思っちゃうようになったりして」
「は……?」
「大体ゲッコーさん店にしか来ねーのに、若葉悪口言いまくりだし、ストーカーとか変質者とか不審者とか犯罪者とか毎日聞かされてなんか冷めたっつーか。彼女が人の悪口ばっか言ってると萎えません?」
「若葉ちゃん……」

陰でそんなこと言ってたのか。あの笑顔は癒しだったけど、その事実は知りたくなかった。
しかし僕は若葉ちゃんに印象付けようとしてたのに、なんでお前に印象づいてんだよ。対象が違うよ。

「で、いい加減限界かなって思って別れたんスけど、今はそれどうでもよくて」
「どうでもって」

最近の高校生って皆こうなのか? こんな軽ーく付き合ったり別れたりしちゃうの? 男はアクセサリーみたいな感覚なのか。ついていけないんだけど。
夏の日差しで頬を伝う汗を拭うと、気づけばビンゴくんがじっと僕の目を見つめていた。バーガーを持っていない方の手を取られ、歩みが止まる。

「……ビンゴくん?」
「ゲッコーさん、俺ゲッコーさんのこと好きになっちゃった。付き合ってください」
「え」

ドサ、と何かが落ちる音がした。だけどその音の発信源は僕ではない、ビンゴくんでもない、僕の後ろから聞こえた。
振り返ると、そこには眼帯をつけた中学生ことく……えーと、紅遊螺くんが見てはいけないものを見てしまった表情で立っていた。この暑い中、相変わらず学ランだ。気づけばここは公園の近くじゃないか。歩きながらだから気づかなかったけど、どうやらいつもの公園のすぐ傍まで来ていたらしい。こんな白昼堂々、若奥様と子供入り乱れる中男に告白されるとは思ってなかった。


「ゲッコーさん、返事聞かせて」
「え、普通に話し続けるんだ!? 後ろで驚いてる子とか気にならない!? ここ公園だよ!?」
「中坊とかほっとけばいーじゃないスか。ね、駄目? 試しに付き合ってみたらいいじゃないスか」
「いや、駄目っていうかさもっと場所とか考えようよ。他にも問題色々あるけど……」
「……おい」

今度は後ろからシャツを引っ張られた。さっきまで呆けていたのに、今はちょっと怒ったように掴んでくる。今日はジャージじゃなくて、白いワイシャツで、片方の手はビンゴくんにつながれているため、足がもつれて転びそうになる。

「何? 今ちょっと大事なとこだからガキは黙ってて?」
「月光は俺と先約があったんだ。力のないそっちこそすっこんでればいい」
「は? 力って何? つーかなんでお前この暑い中学ラン来てんの、何か目指してるわけ? マジウケる」
「フン、お前みたいな人間にはわからないさ」
「ああそう、どうでもいいけどその手離せ、今大事な話してっから」
「そっちこそ離せ。月光は俺と先約があったんだ」

何この状況。なんでこの暑い中年下の男に挟まれて痴話喧嘩みたいな状況に……誰も幸せにならないだろこの状況は。っていうか月光って誰だよ、ゲッコーて蛙かよ、僕そんな名前じゃないよ、名乗ったのは僕だけどな。なんて考えているうちに、公園で遊んでいた子供や若奥様達が集まってきた。やめて、見ないで。野次馬は散れ!
ていうか今の構図、知り合いに見られたくない場面ナンバー1だ。おいそこのちびっ子指差すな。

「あの、二人とも落ち着いて……」
「チューボーは帰れ帰れ、ほらポテトやるから」
「いるかそんなの、人のテリトリーに入り込んでくるな」
「公園は公共の場だっつーの、てか年上にタメ口きいてんじゃねーよ」
「……ビンゴくん、くーちゃん、僕帰っていい?」
「ゲッコーさん! 俺まだ返事聞いてない!」
「え、あぁ、うん、僕女の子好きだから普通にごめんなさい。君ホモ?」
「ちょー! 一瞬かよ! もっと考えてくれてもよくねぇ!?」
「はっ……だっせ」

焦るビンゴくんの後ろで小さく笑うくーちゃんを(面倒だからもうくーちゃんで統一)僕に対する笑顔とは違う目でが睨みつけた。怖。両者の間に火花が散る。だって僕は若葉ちゃん好きだったのに、なんでその元彼と付き合うって思うんだよ。どう考えてもおかしいだろ、っていうか男同士なのに軽すぎる。今の高校生ってこうなの? いや、そんなわけない。どう考えてもこいつがおかしい。

なんて考えていると、いつの間にかつながれていた手も背中のシャツも離されていた。
変わりにくーちゃんがいつものベンチを指差した。

「月光、今日もその気味の悪いパンを食べるんだろ、早く来れば」
「あ……うん」
「待った! ゲッコーさん、いつもこのガキと食ってるの? マジありえねーっつか俺諦めないし!」
「フン、負け犬が」
「あ? 何言ってんのお前」
「いつまでもしがみ付くみっともないおっさん」
「俺まだ高校生だし、ウゼーんだけどマジで」
「中学生に熱くなるとかかっこわる」

未だに人を挟んで罵りあう二人に、時間よすぎろと切に思った。
ていうかもうここのベンチでご飯を食べることは無理だろ、人集まってきちゃってるし、子供が「あの人達なんで怒ってるのー?」とか残酷な質問してるし。
お母さん困っちゃってるし。

蝉がやかましいほどに鳴いていて、なんかもうだんだんどうでもよくなってきた。ぽた、と汗がシャツに染みを作る。ジャージほど吸汗性が良くないからなあ、なんてどうでもいい事を考えながら、腕時計を見た。早く図書館に行って勉強しなくちゃ。僕は現実逃避することにした。あー暑い。

「ゲッコーさん!」
「月光!」
「誰だよげっこうって……」

早く秋になればいい。そんでこの気まずい空間を打ち壊してくれ。


終わり




オマケ

その後、図書館の裏ベンチとかその辺


「ていうかもうあの公園いけない……主婦や子供にホモだと思われた……」
「ゲッコーさん、気にすることないスよ! 皆言うほどゲッコーさんのこと気にしてないッスから」
「ちょ、酷いな……あといい加減手離して」
「つか俺、ゲッコーさんのことマジなんで、しばらくは諦めませんから。一回でいいんでやってみません?」
「もうやだー、高校生怖えー。なんなのこのポテンシャルー」
「一度振られた癖にしがみつく……惨めだな」
「は? うぜー。大体なんでお前ついてきてんの?」
「月光は俺のメイツかもしれないからだ、凡人はすっこんでろ」
「なにメイツって、漫画か何か? ウケんだけど」
「黙れ! 愚民が!」
「やんのかクソガキ!」
「もう俺のいないとこでやってちょーだい。つーか若葉ちゃんの話はどこ行ったんだよ……」




メイツ:紅遊螺の中で共鳴している人間のこと。造語です。脳内設定です。

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