その後の話2



 林流星に会ったのは、本当に偶然だった。
 森が大学でいないため、俺はリハビリを兼ねて、近所の公園まで来ていた。俺が住んでいるアパートから近く、歩いて五分ほどで行けるところだ。
 日はまだ高く、子供連れの母親が何人かいて、皆楽しそうな声をあげて遊んでいた。しかし、その和やかな雰囲気に、明らかにそぐわぬ男がいる。男は何故か全身青い変な服を着ていて、ベンチの上でシャボン玉を吹かしていた。それだけならちょっと怪しい奴、で済むが、時折ブランコの方向を見てニヤニヤ笑っているのだ。
 俺が子供を連れた母親だったら不審者だと認識しているだろう。絶対に子供を近づけたくないと。
 実際、この公園にいる母親たちも、少し遠巻きにそいつを見ていた。

「あれ?」

 そこで、目があった。
 とっとと逃げておけばよかったのに、男、林は俺に気づくと、ニヤニヤ笑いながら立ち上がった。
 俺はまずい奴に会ってしまったという気持ちで一杯だったが、今更引き返すわけにもいかない。ぎこちない笑みを作って右手を上げた。

「こ、こんにちは、林君」
「あー樹だ。何? また骨折ってるの? あんたも大概骨折るのが大好きなやつだね。それともまた折られたのか」

 と、まるで俺の担当医と同じことを言う。少し違うのは、俺が自らの意思で折っているわけではないと認識しているところだ。いや、認識しているのかどうかはわからないけれど、少なくとも、マゾだとは思っていないはずだ。

「そんなに骨折るのが好きなんて、樹みたいなマゾの考えることは、よくわからないよ」

 と思ったらマゾだと思われていた。なんだよちくしょう。マゾじゃねえよ。

「いや、俺、マゾじゃないし……」
「え? 痛いの好きなんじゃないの?」
「違います」
「またまた、まぁ座れよ。骨折ってるんなら立っててもきついだろ、ここは日が当たってあったかいよ」
「はぁ……」

 と、公共物を自分の所有物のように言って、自分の隣を指し示した。断ろうとも思ったけれど、別にすることもないし、少し聞きたいこともあったので、大人しくその場に腰を下ろす。
 公園にいる母親たちは、俺という人物が現れたお陰で、少し安心したらしく、もう気にはしていないようだった。子供たちを見守っている。
 夏のピークは過ぎたけれど、まだまだ暖かい。
 林は相変わらずシャボン玉を吹いている。空に浮き上がるシャボン玉は、風があまり吹いていない為か、結構遠くまで登るが、やがては割れてしまう。俺は座ったはいいものの、何から話せばいいかわからず、そのシャボン玉について訪ねることにした。

「その、なんでシャボン玉吹いてるん、ですか?」
「今禁煙中なんだよ」
「へー…………」

 禁煙のためにシャボン玉を吹く奴をはじめて見た。

「大学は?」
「休んだ。だって今日天気いいからさ」
「あ、そう……今日の服、随分青いんですね……」
「だって天気がいいだろ? 当たり前じゃん、変な奴だな」

 当たり前と言われても、天気がいいことと、お前の服が青いことになんの関係があるというのだ。変な奴はお前だ。しかしそれ以上突っ込むことはせず、俺は曖昧に頷いた。
 すると林はシャボン玉を吹くのをやめて、再びブランコの方を見て笑う。同じように、俺もブランコへと視線を移した。しかしブランコは今は誰も使っておらず、ただ風に吹かれてキイキイ揺れているだけだ。何がそんなに面白いのだろう。

「ブランコがどうかしました?」
「そういえば樹、まだあいつと付き合ってるの?」

 林は俺の質問には答えず、質問に質問で返してきた。あいつ、というのは森のことだろう。

「……まぁ、友達ですし。それに、この足折ったのあいつが原因みたいなところもあるから、一緒にいますよ」
「ああ、やっぱりまた折られたんだ」
「その言い方は御幣があります。森だって別にわざとじゃない」
「ふぅん」

 林は相変わらず笑っていた。笑っているくせに、その目はあまり笑っていなかった。何が言いたいのか図りかねていると、ふいに林が俺の首元に向かって手を伸ばしてくる。鎖骨辺りに爪を立てられ、皮膚がちくりと痛んだ。

「いっ、な、なに?」
「わざとじゃないんだ。本当に?」
「……森は友達なんだから、当たり前でしょ……。大体、は、林くんは森にあいつらが移ったとか言ってたけど、全然変なことは起こらないし」
「へぇー」
「…………う、嘘ついたんじゃないんですか」
「嘘? 俺が?」

 俺はこくりと頷いた。林と森は何故か仲が悪い。あれは嫌がらせの一環だったのかもしれない、そう考えた方が納得できるような気もする。空と同化するような、青い服。その服から伸びた手が、俺の首を掴む。
 一瞬、掴まれた強さに、息が止まった。慌てて距離を取ろうとしたものの、足が折れているので、バランスをがとれず、そのまま地面へと倒れこんだ。
 しかし、寸前のところで、林が俺の体を受け止める。

「大丈夫?」
「っ……! ゲホッ、ゴホッ」
「俺は嘘つかないよ、林流星は嘘つきじゃないんだ。馬鹿だな」
「ば、馬鹿はどっち……!」
「樹!」

 その時、背後から裂くような声が公園に響いた。公園で遊ぶ子供たちの声が、一瞬止んだ。母親たちが驚いたような目で俺たちを見ていた。
 後ろを振り向くと、森が走ってくる。時間的にまだ大学は終わっていないはずだ。一体どうしたというのだろう。
 森は俺の所まで近付いてくると、林から引き離すように腕を引っ張った。

「わっ」
「大丈夫か? 樹」
「森……お前大学は?」
「樹の携帯にメールしても電話しても出ないからさ、心配になっちゃって」
「…………」

 そんなことで、帰ってきたというのか。骨が折れているとはいえ、俺は小さな子供じゃない。もう大学生だし、長距離でなければ出歩くことも可能だ。森が罪悪感を感じるにしても、些か心配しすぎだと思う。しかし森は俺を支えるようにして立つと、林を睨みつけた。
 その姿を見るに、心配とか、そういう理由じゃないのかもしれないと思った。
 林はそんな森を面白そうに見つめている。

「樹にちょっかいかけるの、やめてくんない?」
「なんで? やだよ」
「樹も、こんな奴に関わるなよ」
「ご、ごめん」

 何故か有無を言わせぬ雰囲気を持った森に、俺は勢いで謝った。実際どうしてこんなに森と林の仲が悪いのかはわからないが、やはり森が一方的に林を嫌っているように思える。
 事実、林は森のことを面白そうに見るだけで、罵ったりしようとはしなかった。
 すると、突然俺たちを見ていた林が口を開いた。

「ところで、あんたら一緒に住んでるの?」
「は?」
「聞いてみただけ。住んでるの?」

 ヘラヘラと笑う林に、答えたのは俺だ。

「住んでないよ。最近はよく泊まるけど」
「ああ、やっぱり」
「?」

 よくわからない発言をする林が、トントンと首を指し示す。そう言われても、自分の首なんて見えない。じゃあ森は……、と視線を移したところで、強引に手を引っ張られた。そしてそのまま歩き出す。
 俺は松葉杖をつきながらも、必死で森の後をついていく。

「ちょ、森、待てって」

「……もう帰ろう樹クーン、俺、あいつと話したくないからさ」

 顔は笑っているが、声は全然笑っていない。ここで逆らうのはやめたほうがいい。俺は後ろを振り返る。林は手をひらひらと振り、声を発さないまま口を動かしていた。

「…………?」

 何て言ったのか、俺にはよくわからなかった。林の後ろでは、相変わらずブランコがキィキィと風に揺れていた。

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