その後の話1



 右腕を骨折して、左腕も骨折して、ようやく完治したのでもう腕は折らないぞ! と意気込んでいたら、今度は左足を骨折した。つい三日前のことだ。
 確かに腕は折らなかったけれど、足だって折れたら不便なことに変わりはないし、第一痛い。半端なく痛い。腕が折れた時も痛かったが、今回は折り方が以前より複雑だったようだ。最早顔馴染みとなりつつある医師も「またかよ」という顔で診察してくれた。いや、駄目だろ、医者がそんな顔したら、患者は不安になる以前に怒りを覚えるよ。
 しかし三度目ともなると、またお前かと思う気持ちになるのもわからなくはない。表に出しちゃ駄目だけどな。
 それよりも許せないのは「山川さんは相変わらず自分の骨を折るのが好きだねぇ」とか言われたことだ。
 脱力、まさにこの言葉が相応しい。どうやら俺はこの医師の中で完全に自分の骨を折るのが大好きなマゾ野郎だと思われているみたいだ。違う、誤解だ。俺は一度だって好きで骨を折ったことなんてない。
 そう、腕を折った時も、今回のように、足を折った時もだ。確かに一介の大学生である俺が、そう何度も骨を折っていたら、変態マゾか、よっぽど運が悪いかのどちらかに分類されるかもしれないが、どちらかといえば俺は運が悪い方なのだ。別にマゾじゃない。
 そもそも、今回も折った原因は例によって例のごとく森である。

「樹(たつる)〜、このキン肉マンの続きどこ?」
「お前…………本当酷いな、どうしてそんな暢気なんだ? 一度頭開いて見てみたいよ」
「怖ぇ! そうやってグロ発言するのやめてくれよ〜」

 物の例えだというのに、そんな猟奇的な発言として受け取るお前の方がよっぽど怖い。ついでに言うと、人の背中を押したお前の方が超怖かったよ。テーブルの上にあるポテトチップスをつまみながら朗らかに言う森に、殺意を覚える。毎回毎回、どうしてお前はそんなに軽いんだ。それとも俺のことなんて取るに足らない問題だからどうでもいいのか?
 いかん、なんだかその考えが正しい気がしてきた。

「……俺、いつかお前に殺されるんじゃないかと思ってるんだけど、そこんとこどうなの?」
「いやだから違うって! あの時はなんか犬がさあー」

 なんて、言い訳しながらも言う森の顔は、やはりどこまでも笑顔だった。その爽やかな顔を軽くビンタして、俺は松葉杖を突きながら、ため息を吐く。

 先日、大学内で起こった出来事だ。その日、俺はレポートを提出し終えて、この男、森(もり)と帰る途中だった。この間の肝試しの一件以来、森は合コンに参加する回数が著しく減ったらしい。
 共通の友人である男に聞いた所、最近はほとんど出ていないそうだ。
 珍しいこともあるもんだ、と思うと同時に、このちゃらんぽらんな男でもやっぱり責任ってものは感じるんだろうかと疑問に思ったりもした。
 間接的であるとはいえ、俺が骨折した原因は、この森にあるのだから。事実、森は甲斐甲斐しく世話をしてくれた。
 ノートや代返はまだしも、いいと言うのに毎日家まで来て、飯を作ってくれたし、風呂は流石に断ったけれど、それこそ四六時中と言っていいくらい、一緒にいた。一緒にいすぎることに、若干引いた。
 ようやく、骨折が完治してお世話になりました、という矢先のことだったのだ。

 学校の階段を降りていると、どこからかワン! という犬の鳴き声が聞こえた。聞こえたと同時に、背中が押されていた。驚いたような声に、視界が反転して、反射的に頭を腕で庇いながらも、ゴロゴロと階段から落ちていった。人間って落ちている最中は何も考えられないんだな。
 気づけば、階段の下まで落ちていて、意識が戻った頃には、左足が熱を持ったように痛かった。
 一番上だったからか、それとも落ち方が悪かったのか。
 俺は全治3ヶ月の怪我をおった。その原因は、森が「犬に驚いて避けたら前にいた樹にぶつかった」せいだ。つまり、俺はまたしても森が原因で骨折したのだ。

「大体、なんであんなところに犬がいるんだ……」
「知らねえよ。ほらぁ、俺って犬苦手じゃん? 超びびってさー。一応シッシッてやったんだぜ。吠えられたけど」
「それこそ知らねえよ、なんでお前が犬苦手なことを俺が知ってる前提で話してんだ」

 幽霊といい、犬といい、お前の苦手なものなんて知らねーよ。ていうか毎回毎回、どうして苦手な物に率先して向かっていこうとするんだ、なんなのその無駄なチャレンジ精神。全然見習えないんだけど。素直に関わらないで逃げとけよ。
 と、言ってやりたかったが、どうせこの男に何を言っても笑顔でかわされるので、俺は文句を言うことを諦めた。治療費とかは出してもらえるし、森が看病で家にくると、飯を作らなくてもいいので楽といえば楽だ。だから、別にいいか、という気持ちもある。
 その甘えがいけないのかもしれないけど。

「……そういえば、なぁ森ー」
「何?」
「お前さ……、最近なんかないの?」
「樹ってば超アバウト。なんかって何よ。俺の性生活?」
「いや全然興味ないけど……。例えばほら、こう、怪我したり、とか」
「別に? 怪我したのは樹だろ」
「…………」

 俺は口を閉じた。以前写真に写っていたあの無数の手。絡みつくような、影。林流星は気を付けろと言っていたけれど、未だに森が怪我をするような気配はない。それどころか、以前よりも明るくなったような気すらする。
 森がずば抜けて頑丈なのか、それとも、ただ単に俺が林にからかわれただけだったのか。今となってはわからない。

「おい、何考えてんの? 樹」

 気がつけば、森が至近距離で手をふりながら俺を見つめていた。少し目がマジだ。こいつがこういう顔をしている時は大抵やばいので、俺は視線を逸らして、ついでに話も逸らす。
 時間は丁度夕刻で、もうすぐ夕飯の支度に取り掛かってもいい頃合だった。開かれている窓からは、丁度赤とんぼのメロディが流れていた。近所の公園の時計からだろう。

「…………夕飯のこと」
「ははっ、食いしん坊さんだなー樹! そんなんじゃ十年後はメタボだぞ! よっ生活習慣病!」
「お前って本当、毎回一言余計だよね」
「冗談だって、樹太ってないよ全然、気にするなって」
「いや、気にしてねえし!」

 そんなフォローされると逆に本当にデブみたいじゃねーか。違うぞ。俺は標準体重だ。思春期はもう終えたけど、デブと筋肉質では全くの差がある……。

「今日の夕食は何がいい?」

 しかし森の中ではもうこの話は終わったらしく、すでに夕飯のことを考えていた。俺もあまり気にしないことにする。

「えーと、カレイの煮つけとお吸い物」
「おっけーおっけー、じゃあ、買いに行ってくるから、待ってろよ」

 そう言って、森は立ち上がり買い物に出かけた。俺は怪我のせいで、自宅療養ということもあり、あまり出歩けない。出歩くにしても、大抵森が一緒だった。流石に泊り込みまでは遠慮しているが、最近ではそれもなし崩しになっている。いっそルームシェアをすれば家賃が安くあがるかもしれないな。
 しかしこれじゃあまるで、森は俺の母親だ。少し世話になりすぎているかもしれない。苦笑しながら、森の帰りを待つことにした。

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